5花咲き娘と再演
悪役になりきって、茶番を終え家からも離縁されたはずなのにどうして私はまたここに来ているのだろうか。
講堂に入って早々に見覚えのある人達が並んでいるのを見て溜息をついた。
ということで帰ってきました。
この茶番の場へ。
向けられる期待の眼差しと嫌悪の眼差しから逃れないよう、私はゆっくりと頭を上げる。
もうここまで来たら腹を括るしかない。
隣にはアルトさんが居て、後ろではユーリイが心配そうにこちらを見守っている。
大丈夫。あの時と違って私には帰る場所がある。
物語に出てくる悪役のように、意識的にゆったりと微笑むと私は綺麗な淑女の礼をとった。
「皆様、御機嫌よう」
懐かしのメンツと目を合わせる。
うんざりするほどメンツが変わっていない。
うげぇと顔を顰めたくなっている私に「アリーサ」と声をかける人物がいた。
私の元婚約者もとい、ただのアホである。
「ハッ、お前一体どの面下げて帰ってきたんだ?」
「ですからこの面でございますよ。えっと·····」
微笑んでから元婚約者の名前が出てこなくて、困ってしまう。
なんだっけ、アリ·····?いや違うな。アロ·····、いや違う。
えっと、あれだ、あれ。·····そう、アランだ!
確かにそんな名前だった気がする。
思い出してスッキリしたけど元とはいえ婚約者である男の名前を忘れるなんて私、やばいな。
まあでも元々この男にそこまでの興味もなかった。あんまり関わりなかったし。
「そうそう、アラン様でしたわよね?あまりにお久しぶりなものですから少々名前に記憶違いがございましたら申し訳ございません」
ふふふと微笑むと元婚約者が顔を真っ赤になるのがはっきりと見えた。
あー、怒ってる怒ってる。ちゃんと謝ってるのに。
短気なところは相変わらずのようで。血管切れちゃうよ。
「·····ご実家から離縁されたと聞きましたが、何故またここに?」
と、その隣から宰相の息子が警戒した顔つきで私に話しかけてきた。
「ええ、私も離縁されてまったりと生活しておりましたのに呼び戻されたのです。·····聞きましてよ。随分派手に学園生活を謳歌されているご様子ですわね」
スッ、と今までうかべていた笑みを消して宰相の息子を見る。
男は心当たりがあるのか僅かに目を彷徨わせる。
「私の行いを説いていた割にはご自分の素行もあまり宜しくないようで。これではどちらが悪役か分かりませんね」
狼狽える男に追い打ちをかけている私の方が間違いなく、100%悪役に見えるに決まっているのだけどそう言うと男は力なく俯いた。多分、このメンツの中で一番まともなのはこの人だろう。
この人はまだやり直しがきく人種だ。きっと気長に説得を続ければ協力者になってくれるのも夢ではない。
宰相の息子が何も言わなくなったので私は視線をチャラ男と双子に向ける。
·····こいつら、未だに会長以外欠けることなくリリアを囲ってるのか。リリア軍団無駄に団結力高いんだね。
なんというか·····、思わず溜息をつきたくなる。
「今更何しに戻ってきたのか知らないけど早く出てってくんないかな〜。君が視界にいると不快〜」
私と目が合うと相変わらず馬鹿っぽい喋り方でチャラ男が喧嘩を売ってきた。
よし、その喧嘩買ってやろう。
「私も不快ですからなるべく早く話を終えましょうか。まず最初にひとつお聞き致します。確か貴方、生徒会の会計でしたわよね?」
「·····そうだけど、それがなに?」
訝しげに聞き返すチャラ男を私は嫌味に、馬鹿にしているように聞こえるよう鼻で笑う。
「仮にも生徒会に務めている方がこの騒ぎの中心にいることの意味ご理解できていて?
その薄っぺらい頭を使ってよく考えてくださいまし。生徒内での暴力沙汰に授業妨害。ここまで大事になってもまだ目が覚めないとはもはや笑い話ですわね。
いいですか?貴方方はあくまでも自分たちの正当性を信じてらっしゃるでしょう。それで良いと言うのならそれでも構いません。
ですが、学園を卒業したあと世間は貴方達にどのような目を向けるでしょうかね。あの騒ぎを止めるどころか、その勢いを増長させた生徒会メンバー。
·····この先も人生は続くのですよ?この辺で一度ごゆっくりと自分の立場を考えては?」
正直、私はこのメンツの中でかなりこいつのことが嫌いだ。
だから本当になるべく早く話を終えるべく、一息で言いきってやった。反論する余地なんて与えない。
「いつの間に」
「説教できるほど」
「「偉くなったの?」」
チャラ男が私への反論を思いつくよりも先に双子が面倒臭い喋り方で口を挟んできた。
あー、本当にお前らは嫌いだ!!なんだその話し方は!未だにその面倒臭い話し方してるのか!
「私が説教をできるほど偉くなったのではありません。貴方達が私なんぞに説教をされるほどに堕ちたのです」
こいつらはもっと嫌いなのでなるべく短く終える。
一応論破はした。
でもそれでこの騒ぎが収まってたらこんな大事にはなってないんだろうな。
この後どうするべきかを考えていると隣から場違いな拍手が聞こえてきた。
アルトさんだ。
馬鹿共も憎き私にばかり目がいっていたようで今まで存在を消していたアルトさんには気づいていなかったようだ。驚いた顔をしている。
そして私はといえば、隣にアルトさんがいるのを思い出して一気にサァッと血の気が引いていくのを感じた。
·····だって、今までの私は凄く性格が悪い。
いくら演技だとはいえ、ここまでの性格の悪さをアルトさんの前で見せたと思うと一気に今までの言葉が後悔に変わる。こんなの引かれたに決まってる。やってしまった。
ああ、もっと女の子らしく出来たら良かったのに。
そこで震えているリリアみたいにとは言わないけど、でももっと·····。
そんなことをつらつらと一人で考えていると、いつの間にか拍手が止んでいたことに気づいた。
そおっと隣を伺おうとした瞬間、アルトさんに優しく抱きしめられた。
周りの主に女子からにわかに歓声のようなものが上がる。
·····え、なに?何が起きてる?
予想外の行動に驚き固まる私にアルトさんは小さい子にするように頭を撫でてくれる。
「偉いね。一人であんな奴らに好き勝手言われて、それでも負けずに戦って。アリーサちゃんは強くて美しい女の子だよ」
「え、ア、アルトさん?」
恥ずかしがればいいのか、甘えてしまえばいいのか、いやそんなこと絶対に出来ないけど。
この場合どうするのが正解なのか分からない。
目が泳ぎまくってしまう私の耳のすぐ側で「でも」とアルトさんが囁く。
「これ以上は俺が聞いてられない」
「·····へ?」
最後に二回、ポンポンと私の頭を撫でたアルトさんは私から体を離すとリリア軍団の方へと向き直った。
「おい、クソ餓鬼共」
初っ端から爽やかな笑顔でなんてこと言ってるんですか!!
思わず空気が固まる中、アルトさんはニコリと余裕の笑みを浮かべたままだ。
「理由はどうあれ多勢に無勢で女性一人に食ってかかるのはどうかと思うけど?それに、アリーサちゃんの言ってることは全て正論中の正論だ。逆によくそこまで自信を保ってられるね」
最早アルトさんお得意の猫かぶりさえない。
猫が全く被られていないアルトさんなんて激レアだ。
誰だこれ。
なんて思ってると肩ごとやさしくアルトさんの方へ引き寄せられる。
何故か漠然と守られている、だなんて感じてしまった。
改めて今の私はひとりじゃないんだと自覚する。
「恋愛に現抜かすのも好いた人を守りたいと思うその心も結構。でもね、己の行為に無関係な人を巻き込んだ時点でお前らに偉そうに何かを語る資格なんてない」
口から飛び出す言葉と爽やかなままのお顔が合っていない。
一同がポカーンとする中、アルトさんは相変わらずニコニコと崩れぬ笑みを浮かべている。
「と言うか、そんな理屈云々以前に普通にお前らみたいな奴にアリーサちゃんを汚されたくないし」
そして、爆弾発言を落としになられた。
·····待て待て待て。雲行きが怪しくなってきたぞ?!
「ア、アルトさん、待って、それ以上はあの、本当に」
「なんで?今から面白くなるとこなのに」
浮かべる微笑みはまさに悪魔のそれだ。
うん、これぞアルトさんなんだけどね。いや、うん、分かってるけどね?
今改めて心底この人を敵に回さなくてよかったと思った。
怖い。
「いや、私のメンタルが無理なんで。それだと私がただ恥を晒すことになるので」
小声でボソボソと呟いて抗議を続けるとアルトさんは渋々ながらも引き下がってくれた。良かった、本当に良かった!
が、話はそうスムーズに終わらない。
「あ、あの!!」
リリア・カサランが名乗りを上げたから。




