22 花咲き娘、失態を犯す
扉を開けてあたりを見渡す。
時間帯がまだ早朝だからか、廊下は静まり返っていた。
昨日の説明では今日中に見張りの者を紹介すると言っていたけれど、まだ来ていないようだ。
まあ、ささっと行ってささっと帰ってくれば大丈夫だよね。
私はもう一度辺りを見渡して人がいないことを確かめると、外に出てそっと扉を閉めた。
確か、資料保管室の場所は·····。
大まかな城の地図を頭の中に浮かべながら資料保管室を目指す。
保管室の鍵は昨日、貰った。
鍵をあっさりと渡された時は警備が緩いことに驚いたけど、本当に大事な資料は保管室のさらに奥にある部屋に厳重な警備の元保管されているらしい。
とは言っても、保管室に置かれている資料は国立図書館にあるものよりは貴重なものだろう。
聖女に関する資料をあっさりと見せてくれることといい、思っていたよりも対応が良くて拍子抜けした。
歴代の聖女への対応がどんなものだったのかも気になるし、それも資料の中にあるのか探してみよう。
しばらく歩いていると、扉が見えてきた。
近づいて周りを観察する。
·····ここかな?
この部屋の説明が何も無いため、ここが本当に保管室なのか分からない。
私は恐る恐る、鍵穴に昨日貰ったばかりの鍵を差し込んだ。
カチャリ、と音がした。
どうやらここが保管室であっているようだ。
「おじゃまします·····」
誰に言うでもない挨拶をしながら、部屋に入った。
少し埃っぽい。
窓から差し込む自然光が私を包み込む。
あったかい·····。
しばらく日向ぼっこをする亀のように、ぼーっとしていた私だったけど、本来の目的を思い出してハッとする。
聖女の資料を探さないと。
本棚の方へ向かおうと動き出した時、背後から物音が聞こえて私は身を硬直させる。
だ、誰·····?!
ビクビクとしながら振り返った先にいたのは四十代くらいの男性だった。
「·····あれ?王弟殿下、お久しぶりです」
私が咄嗟に淑女の礼をとると、その男性―――王弟殿下は国王にそっくりなその優しい目を少しだけ見開いて私を見た。
「あ、ああ。久しぶり。随分早い目覚めだね」
「ええ、少し目が覚めてしまって·····。王弟殿下もお早い御起床で」
言葉を交えながら私は、なんでこんな所に王弟殿下が?と内心首を傾げる。
確か、王弟殿下は昨日謁見の間にはいなかった。
風邪でもお引きになったのかと思ったけど様子を見るに違うようだ。
と、何故かそんな私を王弟殿下がチラチラと見ているのことに気づいた。
ずっと、私の頭の上ら辺を見ている。
·····頭にゴミでもついてるかな。
「あの、私の頭に何かついていますか?」
気になって素直にそう聞けば、王弟殿下は少し目を泳がせた。
「えっと、すごく言いづらいんだけどさ·····」
「はい?」
しばらく部屋に沈黙が落ちる。
え、何この沈黙。
永遠とも思えるような時間が過ぎたあと、王弟殿下が絞り出すような声で言った。
「頭に、花が咲いてるよ」
「え"」
常人なら王弟殿下のこの言葉を比喩か何かだと思うだろう。
でも、私の場合·····。
確かめる為に頭に手をのせる。
モサッ。
予想通り、身に覚えのある感触がした。
·····。
··········。
···············。
ブチィィ!!
今までにないほどの勢いでおもいっきり花を抜く。
見られた、見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた。
ダラダラと流れて来る冷や汗と手に握りしめた花の感触。
夢であって欲しいと願うのに、そのふたつの感覚が今が現実だと突きつけてくる。
やばい。どうしよう。
ちらりと王弟殿下を見る。
私の手にある花をガン見していた。
あ、これどうやっても誤魔化せないやつだ、本当にありがとうございます。
思わず白目をむきそうになってすんでのところで淑女としてのプライドが勝った。
危ない、危ない。
「あの、ですね」
「それが聖女の力?」
なんとか良い方向に持っていこうと私が口を開いたと同時に王弟殿下が花から目を逸らさずに聞いてきた。
「あ、えっと多分そうです」
つい口調が崩れてしまったが、王弟殿下は気にせずに花を観察し続ける。
見られた、と思ったけれど冷静に考えれば王弟殿下も聖女うんぬんのことは知っているはずだ。
だからこんなに落ち着いていられるんだろう。王弟殿下のあっさりとした反応に安堵すればいいのか、恥ずかしく思えばいいのか。
というか、この花いつから咲いてたんだろう。
黙ってしまった王弟殿下を見ていたら、率直な疑問が浮かんできた。
朝は咲いた感覚はなかったし、咲いたとしたら昨日の夜とか?
·····いやいやいや。それは流石にないでしょう。
だって、そうだとしたら私、頭に花が咲いたまま号泣して、そのまま寝たってことよね?
感情に引っ張られすぎて花が咲いたことに気づかなかったって?それで、頭に花を咲かせたままここまで来たと。
·····なにそれ、全然笑えない。
それが事実なのだとしたら、私ったら注意力散漫すぎる。
精神的ショックが大き過ぎて立ち直れそうにない。
鏡を見た時は自分の顔の酷さに圧倒されすぎて頭上なんて見てなかったから、花が咲いていることに気づかなかったんだ。
oh,なんて言うマヌケ。
恥ずかしすぎる。
頭に花が咲いたまま歯磨きしたり、顔を洗ったり、気合を入れている自分の姿を想像したら場所も考えずに悶えそうになった。
穴があったら入りたい。そしてそのまま埋まってしまいたい。
「その花って夾竹桃だよね?」
私の羞恥心がピークを迎えた頃、それまで黙っていた王弟殿下から質問を投げかけられた。
私は手に持つ花を見た。
ピンク色の花弁をした可愛らしい花だ。
「あの、申し訳ありません。私はそんなに花に詳しい訳では無いので·····」
「へえ、自分が知らない花でも咲くの?」
「はい。どちらかと言うと咲く花の殆どが知らない花です」
「なるほど」
「王弟殿下はこの花をご存知なんですね。花、お詳しいんですか?」
「いや。私も花はそんなに詳しくない。だけど、この花は東の方の国で国花にされていたから覚えていたんだ」
「へえ、国花に·····」
「うん。確か花言葉は『めげない精神』だったかな」
王弟殿下の言葉に私は大きく目を見開いた。
なんだか、自分で自分に励まされた気分だ。
それが少しだけおかしくて、僅かに笑みを零すと王弟殿下から不思議な顔で「何か変なことを言ったかな?」と聞かれた。
「あ、いえ。失礼いたしました。こちらの話です」
「そう」
私の返答に王弟殿下は気を悪くするでもなく、優しく微笑んだ。
「君の能力は花を咲かせることなの?」
興味深げに花をもう一度観察し始める王弟殿下に私は首を振る。
「いえ、多分違います。私も自分自身よくわかっていないのですが、恐らく私の能力は咲いた花に見合った能力を使えることかと」
「それは、恐ろしいね」
優秀であられる王弟殿下は私の下手な説明だけでだいぶこの能力について理解したのだろう。心の底から驚いたとでも言うように私をまじまじと見る王弟殿下に実感を込めて頷く。
王弟殿下は昔からこういう方だった。
私が貴族だった頃から、かなり好奇心が強くて様々なものの研究や観察を良くしていた。
だからだろうか。
まるであの女の子と同じような無邪気なキラキラとした目を向けられ質問されると、今まで誰にも話していなかった能力のことでもそう気張ることなく話すことが出来た。




