55 露見
悲鳴が上がったほうを、私たちはじめ、アベル殿下の近衛隊も、大神官御一行も皆で体を伸ばして凝視する。
藪中に、人が数人! なんの障壁もない場所で四つん這いになっている!
「ど、ドミニク第二王子殿下……」
双眼鏡を取り出し覗いたシエル様が呆然とかすれた声で言った。
「まさか!」
私はもう一度目を凝らす! 確かに金髪がうごめいて見えるけど、なぜ?
そう思ってるあいだにも、数名がうずくまった藪に、光の尖った槍がドンドン降り注ぐ! もう一度アベル殿下周辺を見るも、近衛も誰も動かない! 動けない!
アベル殿下は……気がつかない。
「クソっ!」
私はゴーシュ譲りの、令嬢にあるまじき声を出して、正面の我々の壁を破る!
「成長! 氷解!」
私たちのハコの中に、猛烈な空気が入り込み、渦になって暴れる!
『うおっ』
「クロエ様!」
エメルの翼が風にあおられる! 吹っ飛ばされそうになった私を背中からホークが支える!
「シエル様! あなたはアベル殿下を大声で止めて!」
「わかった! アベルさまー! 殿下ー!」
シエル様は絶叫しつつ、ゆるい『風刃』をアベル殿下に飛ばす! シエル様は〈風魔法〉だったか。
ドミニク殿下の周囲の草を一瞬でチェックする。力ない短かい葉ばかり。あれを繁らせていては間に合わない! 出すしかないっ!
私は地面に手をつき、魔力を放出する。
「シェルター!!」
地中をドミニク殿下に向かって真っ直ぐ魔力が走る!そしてたどり着くや否や、彼らの周りの土が一気に隆起し、かまどのように彼らを包み込んだ!
『クロエ! 薄い!』
「遠いんだものっ! シェルター!」
もう一度地面に魔力を流す!そして今できたシェルターの外側に、ひとまわり大きなもので囲む。
その瞬間、輝く特大の槍が降ってきた!
バキバキバキっと音を立て、外殻のシェルターがあっという間に破壊された!
「アベル様ーっ!」
シエル様の風刃がアベル殿下の頰を切った!アベル殿下の意識がこちらに向いた!
「殿下ー! 終了ですー! お願いいたしますーっ!」
シエル様の必死の形相に、アベル殿下は魔力の放出を止めた。
宙に浮いた槍はキラキラとした光のかけらになり、地面に舞い落ちた。
最後のかけらが落ちて、夢のような光景が幕を下ろすと、時が動き出した。
近衛隊がドミニク殿下のシェルターに向かって走り出す。
その後ろから、大神官様のお付きと思われる神官たちも追いかける。
シエル様はアベル殿下のもとに駆け寄り、殿下の身体を労わりながら、事情を説明しているようで……
アベル殿下が、私には向けたことのない、恐ろしい形相で、シェルターから引きずり出されている弟王子を睨みつけた。
「……クロエ様、急いで帰りましょう」
ホークが私の腕を雑に引っ張る。
「殿下にひとこと挨拶したほうがよくない?」
「そんな悠長なこと、言っておれません」
「え?」
確かに、ごっそり魔力を使って、ひどい脱力感ではあるけれど……。
エメルが草、氷、双方の結界術を解く。草が枯れ、水溜りができる。
『クロエが〈土魔法〉もマスターであることがバレた』
ああ……そうだった。
「シエル様を置いて帰って大丈夫かしら?」
「シエル様は第一王子殿下のそばを、当面離れられませんよ」
ホークが少ない荷物を馬に積みながらそう言った。
『ホーク、クロエを抱き上げろ。力尽きたので帰る体だ』
「はあ……今更な気もしますが」
ホークはいつものように私を片手で抱き上げた。そして大股で馬に向かう。
私がホークの肩越しに後ろの光景を見ると、大神官様とバッチリ目があった。
大神官様はゆっくり微笑んで、手を振った。
◇◇◇
帰宅して、私が入浴している間に、ホークは王宮に向かった。
「え、なんで?」
「抗議ですよ」
ベルンが怒りも冷めやらぬ様子で常備している薬草茶を淹れてくれる。
「ローゼンバルクの宝であるクロエ様を、王家のミスで危険に巻き込んだのです。当然でしょう? 全く、お館様のおっしゃる通りだわっ! モルガンばかりでなく王家もロクでもない……」
物騒なことを呟きながら、マリアが私の肩甲骨まである茶色い髪をタオルで拭いてくれる。
それにしても……まずいことになった。
一般的に、魔法は自分の適性魔法しか持っていない。保安職や冒険者ならば身を守るため、隠し球として複数の習得に励むこともあるが。
一般人として生きていくならば、適性魔法をほどほどに使いこなせば十分で、複数魔法を持つのは魔法マニアか、よほど命を狙われているか。
そんな社会で、私は知れ渡っている適性魔法である〈草魔法〉ではない〈土魔法〉を発動した。〈土魔法〉は四魔法の一つのため、王都に使える人間は山ほどいる。先ほどの近衛や大神官様の護衛にも当然いただろう。
そして彼らは『シェルター』を使った私が50レベルオーバーだと当然気がつく。
「……これから警戒されるかな」
「……否定はできません。まあお館様の指示を待ちましょう。おや?」
ベルンが窓を開けると、エメルがパタパタと入ってきた。
「私たちが帰ったあと、どうだった?」
『シェルターから引っ張り出されたのは、第二王子とその取り巻き合わせて四人。皆そこそこの怪我をしていたが、神官たちがあっという間に治癒したからそこは問題ない。ただ、第一王子はかなり怒ってたなあ。あの場では抑えていたが』
「神官に治療? それは王家は神殿に借りを作ってしまいましたね」
おやおやとベルンが呆れる。
『あの大神官が『素晴らしい〈光魔法〉の使い手である第一王子殿下には、是非神殿に籍を移していただきたいと思っておりましたが……第二王子がこう……ヤンチャでは、王家を離れられませんなあ』って言って、第一王子、顔を真っ赤にしてた』
「うわあ……」
私はベルンとマリアとともに、顔をしかめる。
『どうやら第二王子は第一王子や、王家の制止を振り切って見に来たようだ。無謀な行動に非難は免れまい』
「おかわいそうに」
『誰が?』
「もちろんアベル殿下よ。本来なら、拍手喝采を浴びるはずだったのよ?」
おめでとうのメッセージを添えて秘密裏にお花でも送ろうかしら……などと考えていると、
「クロエ様、情けなどかけてはなりません。ホークとお館様の返答なしに、独断での行動は謹んでください!」
「はーい……」
皆でぐったり薬草茶をすすっていると、使用人に呼ばれてベルンが出ていった。
戻ってきたベルンが大きなカゴを持ち、引きつった顔をしている。
「あなた?」
マリアの声に、ふうと息を吐いて表情を戻し、テーブルの上にそのカゴを載せた。
「クロエ様、神殿からお届けものです」
「えーっ!」
『マジか?』
私は恐る恐る上にかぶさった布を外した。王都の有名な菓子店のタグのついた、繊細なお菓子が山盛りだった。
ベルンから手紙を手渡される。緊張して封を開けると、
『今日はお疲れ様でした。頑張ったクロエにジーク神の加護があらんことを』
大神官のサインがあった。
「私……神殿には借りなど作ってないよね。このお菓子をもらったところで問題ないよね?」
「まあ、頑張った女の子に立派で余裕のある大人がご褒美のお菓子を渡した、ということでよろしいでしょう。これを機にクロエ様と神殿が近まった……など私どもは全く認識していないということで。とりあえずお館様には私が報告します」
ベルンの言葉に頷いた。
「捨てるのももったいないですわ。お嬢様、いただいては? 疲れた時に甘いものを食べると、元気が出るのは確かですもの」
マリアがお茶を注ぎ足した。
『よーし、オレが毒見してやろう』
見てすぐ毒などないことはわかっているのに、エメルが目を輝かせて待っている。私は小さなハートの形のクッキーをエメルの口に入れた。
『うん、うまいっ!』
ただのお菓子だ。お菓子に罪はない。
「せっかくだから、みんなで食べよう?」
私も焼き菓子を一つ取り出してかじってみる。甘さ控えめで、フワッとしている。
「美味しいわ……」
マリアの口にもポイっと入れる。
「……買収されそうな美味しさですわね」
ベルンも小さめのものを口に入れる。
「これは……最高級のブランデーまで入っている……」
日頃、贅沢と縁遠い私たちは、破れかぶれの心境でガツガツと口に入れ、禁断の罪のような味に酔いしれた。




