DAY 8 飛竜便
「すまん~~!!」
その日、屋台が跳ねて、日が暮れようとしている頃、すでに寿命が一蓮托生の二人に、俺はモンスター召喚の事を話して、土下座していた。
もしも利息が払えなかったら、死んでしまうのは今や自分だけではないのだ。
間違って使ってしまったとはいえ、あまりに軽率だった。
「だいじょーぶだよ、カモさん。今日も一杯売れたから」
シャロンが、パンパンと俺の背中を叩いて言った。
「サンドは12個。耳揚げが634本。ニモカラは275個販売された。なんと12,520RDの売り上げ」
コアが丁度良いとばかりに報告してきた。
「え? じゃあ……」
「36DPが消費されて、688DPが取得された。現在の合計は――」
視界のの左上に、いつもの数値が表示される。
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DP:1235 (debt:-10,000) RD:44,420
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「おお! すごい!」
「へへーん。どう、感動した?」
マイユが胸を反らせてそう言った。
「したした! もう大感動! 神様、マイユ様、シャロン様~」
俺は、へこへこと頭を下げる。いや、ホント助かったよ。これでなんとかひと安心だ。
稼いだお金は、毎晩、DPからラディールに戻していた。なんだか、ざくざくあるほうが、頑張った実感がわくだろうと、勝手に思っているからだ。
ただまあ、屋台の売り上げだけに、銅貨がものすごい数になっていて、すでに2500枚以上あるようだ。適宜上の通貨にするべきだったのかもしれないが……金貨1枚がぽつんとあるより、銅貨が1000枚ある方が、派手で楽しいよね? 邪魔だけど。
それも、結構貯まってるみたいだし、二人に給料も出せそうじゃないか?
「頼もう!」
そのとき店舗の方から呼びかけの声が聞こえてきた。誰か来たみたいだ。
日が落ちてからの来客というのは、この世界では珍しそうだが……
「はい! 少々お待ち下さい」
俺は、そう答えると、すばやく灯りを用意した。そうして、訝りながら、店頭へと出て行った。
そこには、小柄で筋肉質な男が、灯りを持って立っていた。どうやら魔道具というやつらしい。
「こちら、マイヤー商会で間違いないか?」
「そうですが、こんな時間にどのような御用で?」
そう尋ねると、男は懐から1通の手紙を取り出して言った。
「アネット=マイヤー殿から、ショータ殿宛に飛竜便が届いておる、確認されたし」
飛竜便?
『飛竜を使って、各都市間を結ぶ臨時の宅急便。高い』
おう。そんなものが……
俺はその手紙を受け取って、宛名を確認した。
あの性格からは信じられないくらい、細くて優雅な美しい筆跡で、俺の名前が書かれていた。
「ありがとうございました。受け取りが必要ですか?」
「こちらにサインを」
使者の男が差し出した羊皮紙の、言われた場所にサインした。男はそれを確認すると、すぐに一礼して帰っていった。
「しかし、こんな高額な手段まで使って、一体何を送ってきたんだ?」
裏返して封蝋を確認すると、なんとなく見覚えのある紋だった。
「この間、アネットがマスターに見せた封筒と同じ」
「この間……!!」
コアに言われて気がついた。そうだ、ベルファスト公爵家の封蝋だよ! なんだそりゃ?!
裏書きには、宛名と同じ筆跡で、アネット=マイヤーの署名があった。
「カモさん、どうしたの?」
シャロンが心配そうな顔で、こちらをのぞき込んでいる。
「いや、アネットさんから手紙が届いただけだから、心配しなくても大丈夫」
「こんなに遅く、飛竜便で手紙が届くんだから、そこは心配する所じゃない?」
マイユの言葉に、そりゃそうかと思い直した。
元の世界でも夜中の電話は、大抵が悪い知らせだ。代表的なのは訃報だろう。もっとも本人が署名してるんだから、アネットは無事なんだろうけど。
俺は慌てて封蝋を剥がすと、中の手紙を取り出した。
そこに書かれていた文章は、たった1行だった。
「明朝馬車を用意した。すぐに王都へ来られたし」
「いや、高額な手段まで使って手紙を届けたんだからさ。せめてちゃんと説明しようよ……」
アネットは、その飛びぬけた美貌と冒険者の実力に、ポイントを全振りしたために、残りの全てが残念と呼ばれるようになった女性に違いない。
用件がないから準備するものがあるかどうかも分からない。せめて王都の何処に行くのかくらいは書いておけよと言いたい。最悪、ベルファスト公爵家へお邪魔するしかないか。気は進まないが。
「へー、私たちもついて行って良いのかな?」
「え、お姉ちゃん。私たち王都に行けるの?」
なんだかシャロンが嬉しそうだ。
まあ、二人だけおいていくわけにも行かないし、ミルダスにはTMを1匹残しておけば充分だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、マイヤー家の南大通り側に、飾りの少ないシンプルな外見だが、品の良い4頭だての馬車が停車した。その馬車の御者席から降り立ったのは、背が高く目つきの鋭い痩せた男だった。
彼は、旅の準備をすませて店舗まで出てきた俺達に、慇懃な態度で挨拶した。
「このたび、皆様の王都までの御者をさせていただく、マーテルと申します」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。三上翔太です。こっちのふたりが、マイユとシャロン。一緒に行っても大丈夫ですよね?」
「マイユ様とシャロン様……」
マーテルはふと何かを思い出すように目を細めたが、すぐに「もちろんですとも。ご一緒されるように伺っております」と答えた。
一緒に行っちゃダメといわれるかもと緊張していたふたりは、その言葉に目に見えて弛緩した。シャロンは嬉しそうに笑った。
ベイリーや、ウォーレンにも一言挨拶をしていきたかったが、時間がなかったので、手紙を届けて貰うようギルドに委託しておいた。
商業ギルドは、ギルド員の手紙を届けるサービスをしている。同じ街の中なら、小銀貨1枚で届けてくれるのだ。
「うわぁ、凄い!」
馬車の中は6人がゆったりと座れる広さがあった。
擬装用の中型の旅行用バッグ(倉庫にあった)をマーテルさんに預けると、俺はコアの入ったショルダーバッグを自分で抱えて、その馬車へと乗り込んだ。
外装の質素さと比べて、不釣り合いなほど座りごこちの良い座席がそこにあった。内部は、居心地の良さを重視して、工夫された空間の使い方が為されていた。
物怖じしないシャロンは単純に喜んでいたが、俺は心の中で顔を引きつらせていた。おそらく公爵家のお忍び用の馬車だろう。
馬車は驚くほど振動少なく走り出した。
TM0がプーンと耳元で音を立てて、馬車の窓から外へと出て行った。彼はこの家周辺を警戒する留守番だ。
TM1~9は、馬車の上に待機している。野良モンスター達がいれば、適宜攻撃(口吻で突き刺すんだろう)して、経験値を稼いで良しと言ってある。
少々遅れたところで、彼(彼女?)達が飛ぶスピードは、もはや最速の鳥ですら追いつきようがないスピードらしい。お互いに位置は認識できるらしいから、問題にならないだろう。
馬車はすぐに、ミルダスの西門を出て、王都への道を軽快に走っていく。
窓の外には、きれいに実った麦の畑が広がっていて、その上を黄金の波を立てながら風が渡っていた。
「きれいだねー」
シャロンがうっとりとしながら言った。マイユは何も言わないが、飽きもせずに窓の外を見ているところをみると、同じ気持ちなのだろう。
しばらく屋台でバタバタしてたし、休暇っぽいのも悪くない。向こうで何が待っているのかはしらないが。
「あしたの返済のメドも立ってるし、ちょっと休暇っぽいのも悪く……まて」
俺はそのとき、ある問題に気がついた。
「どうしたの?」
マイユが突然雰囲気の変わった俺をみて不思議そうに聞いてきた。
「王都だと?」
こいつはインシデントだ。しかも重大な。
王都までは、馬車で10日弱だとか言ってなかったか?
「じゅ、11日後の返済って、どうすりゃいいんだっ?!」
DP:1235 (debt:-10,000) RD:44,420
金貨 3, 銀貨 13, 小銀貨 13, 銅貨 12 旅行用に調整した
以上で第2章は終了です。
「第3章 王都への道のり」のスタートは1週間ほど先になる予定です。
お楽しみに。
果たして11日後のDP返済は? お楽しみに。




