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インフェルノでダンジョンなマスターは、今日もキョウとてセワしない。  作者: 之 貫紀
第2章 始まりの日々

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DAY 8 ウォーレン=バーク

「おまたせしました」


店舗に移動した俺は、そう言ってやってきた男の様子をうかがった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう?」

「いえ、実は――」


その男は一昨日俺のところに突撃してきた、あのバーク商会の従業員で、バクシューだと名乗った。


「実は、ウォーレン様がまるっきり使い物にならない状態でして……」


あのウォーレンという男は、バーク商会を支える頭脳とも言うべき男で、言ってみればこの世界における麦粉の権威と呼ばれてもおかしくない男らしい。

それが、一昨日の騒動以来、貴麦のひき方に没頭していて他の仕事をしないらしい。


「それと当商会になんの関係が?」


バクシューは、「え、アンタのせいじゃないの?」という色を瞳に浮かべながら、懐の中から、小さな袋を取りだした。


「こちらをご覧下さい」


それを受け取った俺は、袋を開いて、中身を確認した。


「!」


それはまごう事なき小麦粉だった。いや、貴麦粉か。

パンを焼くのに使うそうだから、おそらく強力粉だろうが、見た目からだけでは判断できない。


「これは?」

「一昨日からウォーレン様が研究室にこもりきりで作成した麦粉です」


ウォーレンは、胚乳と聞いて、とりあえず手元にある最高級の貴麦の実を半分に割って、白い部分だけを取り出して集め、それを最高に細かい粉を作るための小さな石臼で引いてこの粉を作ったんだそうだ。

固い麦のふすまを手作業で割って胚乳を取り出すとは、なんという執念。セモリナ部分だけを掘り起こして集めたのなら歩留まりも最悪だろう。


俺はそれを袋に戻して、彼に返した。


「それで、私にどうしろと?」

「この粉を使ってパンを作れば、あのパンと同じになるのかどうかが、どうしても知りたいそうです」

「そんなの、焼いてみれば――」


そこまで言って、気がついた。

この方法では、大量の粉を作るのに、死ぬほどの時間がかかる。つまりは2日では、ここにあるだけでほぼ全量だろう。

パンを焼ける量まで粉を作るには、相当の手間がかかるはずだ。その後やってみたら違いましたでは、洒落にならないと言うことか。


「いえ、それはすでに試みられたようです」

「マジで?!」


たった2日で、こんな作業を繰り返してパンを焼くだけの粉を作ったのかよ?! すげぇな、ウォーレン。流石権威と呼べばいいのか?

ところが焼いては見たが、うまくいかなかったそうだ。


それでふたたび粉作りに没頭し始めたウォーレンに、仕事にならないと、今度はまわりが頭を抱えた。

なんとかヒントだけでもと恥を忍んでやってきたそうだ。


つまりはあの粉で俺のパンと似たようなものが工夫次第で焼けるなら、取引先からのクレームにも対応できるということらしい。


「うーん」


確かに見た目は小麦に見える。だからこの粉で間違いないと思うけれど、確かめもせずに安易に答えるわけにも……

そのとき店の扉を開けて、当の本人が現れた。


「バクシュー! やはりここか!」

「あ、ウォーレン様……」


「ショータ様!」

「あ、はい」


そう言うと、ウォーレンはひれ伏さんばかりに頭を下げた。

研究者気質で商売人でもあるウォーレンは、先進技術の重要性というものを嫌と言うほど理解しているようだった。


「バクシューから何をお聞きになったのかはわかりませんが、製造の秘密を他人から聞き出そうなどと言語道断。誠に申し訳ありません」

「いや、ちょっと。頭を上げて下さい」


ウォーレンは、あの白いパンを見て、白いパンなら白い粉から作られると違いないと考えたそうだ。

そして、俺が漏らしたひき方の一言で、白い粉を作るひき方があるに違いないと、そう確信した。

それを検証するために、試しに手間が掛かっても、今できる方法で白い粉を作り出し、パンを焼いて実験してみたのだとか。凄い行動力だ。


「私はあの粉で間違いないと考えています。それより他に思いつきません。失敗したのは生地の作り方や焼成が違っていたんじゃないかと思うのですが……」


なにしろ粉を作るのに時間がかかる。かなりの量がなければ試行錯誤も難しいわけだ。


「ウォーレンさん」

「はい」

「断言はできませんが、あなたの考えで正しいと思います」

「はい!」


ウォーレンは嬉しそうに頷いた。


「しかし、それでは試行もままならんでしょうから、白い粉のひき方だけお教えしましょう」

「は? ちょ、ちょっとお待ちを! そんなことを聞いてよろしいので?!」


面食らったように慌てるウォーレンと対照的に、バクシューは、持っていた鞄からすばやくインク壺の付いたタブレットのような物を取り出すと、付けペンを取り出し、「どうぞ!」と言った。

頼もしいというか、調子が良いというか、なんとも憎めないキャラクターだ。


俺は、彼らの研究で白い麦の粉が実現することで、押しかけてくる人が減るならそれでよかった。

ないとは思うが、不必要に目立つと、ダンジョンバトルを仕掛けられるという問題もあるからだ。

そういや、ダンジョン関係者って、お互いに認識できるんだろうか?


『できる。でも条件がある』


げっ、じゃあ見られただけでもアウトなの?!


俺はちょっと気を散らせたが、目の前ではウォーレンが、聞いて良い物かどうか迷っている。今はこっちに集中しよう。

そうして俺は、逡巡するウォーレンを尻目に、勝手に語り始めた。


「まず半分くらいの大きさに引けるよう石臼を調整します」


バクシューは脇目もふらず、一心にメモをしている。


「すると、貴麦のふすまが割れて4つくらいに分離しますから、そのなかで白い部分だけがくぐるように目の大きさを調整した(ふるい)にかけるのです」

「残ったカケラにはまだ多くの胚乳が含まれています。それを段々と細かい粒になるように、石臼のふくみと目立て、それにふるいの目の大きさを調整して同じ事を行い、数度それを繰り返し、白い部分だけを集めて細かい粉になるよう挽けばよいのです」


途中どうしても分離できないうす茶色の部分も出来るので、それはそれで別に挽けば、別の商品になりますと付け加えた。


ウォーレンは話を聞き終わると、こちらに目を向けて感心するように言った。


「驚きました。これほど簡単にふすま部分を除去できるとは」

「実際は、うまくいく、ふくみや目立てやふるいの目の大きさを見つけなければダメですけどね」


それでもやり方さえはっきりしていれば、後は試行錯誤で調整できるわけで、1を2にするのは、0を1にするよりもずっと簡単だと笑った。

研究職らしい考え方だ。


「これで一気に粉が作れるようになれば、パンを焼くテストもはかどります」


ウォーレンは嬉しそうに俺の手を取って「マイヤー商会に対してお支払いする権利料は、30%でよろしいでしょうか?」と言った。

「はい?」

「それ以上となりますと、私の一存では……」


ウォーレンがすまなそうにそう言った。


「あ、いえ、違います。30%もいただいてよろしいので?」

「もちろんです! この方法は画期的です。ショータ式と名前を付けて、利用料は30%が妥当なところでしょう」


そうは言われても、具体的なことは何もしていない。俺はあまりに悪い気がした。

それにショータ式はやめて欲しい。


「石臼や篩の調整はそちらがやられるんですから、権利料は、うちとそちらで、15%ずつにしませんか?」

「なんと! それでしたら、うちが10%、そちらが20%と言うことにして下さい。さすがに半分は……いただけません」


そこは技術者としてもプライドだろうか。他人のアイデアで稼ぐ事への忌避感があるようだ。この世界では珍しいタイプなんだろう。


「わかりました。それで結構です。あと、ショータ式は辞めて下さい。せめてマイヤー=バーク式とでも」

「ふむ共同研究と言うことにしていただけるならそれでも結構です」


助かった。


「では、しばらくはここにいますから、なにかありましたら気軽にご相談下さい」

「ありがとうございます! また寄らせていただきます!」


そういってウォーレンは店を出て行った。

バクシューは、「あ、後ほど契約書をお持ちしますから」と言って、その後を追いかけた。


契約書って、俺がサインしちゃって言いんだろうか?

まあ、従業員だしいいのかね。


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