27. 日中交錯・揣摩臆測そして雪風返還問題
「昭和二十二年七月六日、雪風は、上海で行われる引渡式に列すべく、長浦港を離れた。艦長には中佐東日出夫が最後の指揮官として感激深く艦橋に立っていた。再び帰ることのない祖国に永の別れを告げるべく、将兵は登舷礼をもって静かに辞して行った。少数の旧鎮守府部員は、俯目がちに、雪風の姿が岬の外に消えるまで見送った」伊藤正徳『連合艦隊の栄光』第9章13節より。
...戦前から活躍した名海軍記者による、叙事をもって叙情を語る名文である。
※一方で、豊田譲『雪風は沈まず』では、横須賀の長浦港ではなくて佐世保から出航したとされる。
横須賀を出た後に佐世保に寄港したのか、あるいは終戦直後の混乱で情報が錯綜していたのかはわからない。
異界の東シナ海での演習を終え、中華民国領である青島に入港した我が連合艦隊。
青島の中国人街に昼食を取りにでた、わたし、金剛、榛名、そして中華民国艦としての経歴を持つ雪風。
そこで中華民国艦の逸仙に出会い、この異界にも日中近代史が影を落としていることを教えられたのである(前回参照)。
「過去の歴史はどうあれ、あなたたちの歓迎会は心をこめて行います。定刻どおりはじめますから、中国時間なんて思わないでね」
去っていく逸仙の後ろ姿を雪風は名残惜し気に見送っていたが、彼女の言葉を聞いた金剛と榛名の顔色が変わった。
榛名は袖珍通信機…要するにスマホなのだが彼女はたまにこういう言い方をする…を取り出して、司令部の比叡や霧島と何かを話している。
話が終わった榛名が金剛にアイコンタクトを送る。すると金剛は
「さて、そろそろ旧租界に戻るか。みなに土産物を買いながらゆくとちょうどな時間になるじゃろう」
あわてて戻るより余裕を持ったほうが良いからの、と金剛。
榛名は留守番をしている比叡や霧島への土産を買い
雪風は駆逐艦仲間と食べるんです! これ美味しいんですよ! と冰糖葫芦…山楂子の砂糖漬けを屋台で買った。
かくして歓迎会の会場である、プリンツ・ハインリヒ・ホテルに着く。中国人は王子飯店と呼んでいる。
その名前が示すとおりに、もともとは帝国主義の時代にドイツ人が建てたホテルである。
ホテルの前ではすでに日本艦たちが集まっていた。
神通たち巡洋艦が駆逐艦の点呼を取り、それを比叡たち戦艦に報告している。
その最中、バタバタバタ…騒々しい足音が聞こえた。
「ほら、早く走りなさい!」
霧島が集合に遅れた駆逐艦をせかして走ってきた。着物の裾がパタパタとめくれるので手で押さえている。
「比叡姉さま、この娘たちで最後です! これで始まる45分前に全艦揃ったわ!」
榛名が霧島に駆け寄っていき
「霧島、ご苦労様。何とか集められた?」
「ええ。本当にご苦労だったわよ。あなたから歓迎会は必ず定刻どおり始まるって連絡を受けてね。これは遅れる娘が出ると思ってね。駆逐艦の娘たちがとぐろをまいていそうな場所を探し回ったのよ。 あなたが提督と買い物している間にね!」
「本当にごめんなさいね。あなたの好きな干し棗、たくさん買ってきたからこれで許してね」
「えっ! ほんとう? 帰りに二人で食べましょう」
仲が悪いのか良いのかわからない二人の会話を尻目に、わたしは金剛に聞いた。
「しかしかなり中国側に気を遣っているんだね、キミたち日本艦は」
すると金剛は腕組みをして
「今の我らはかっての幣原外相に倣って対中融和外交を行っておるのじゃ」
すると遅れて来た駆逐艦を睨んでいた山城が
「金剛、 いつまでそういう軟弱外交をやってるの? 今に下の娘たちの不満が溜まっても知らないわよ!」
「落ち着くのじゃ、山城。我が国が死地に追い込まれるように米英と開戦したのは、さかのぼれば大陸政策の失敗が全ての始まりなのじゃ。戦後に我らが高木少将もそう書いておるではないか」
海軍次官を務め、終戦工作にも従事した海軍軍人高木惣吉とその著書『太平洋海戦史』を出されて黙りこんでしまう山城。
確かあの著書は太平洋戦争の歴史を語るのに第一次世界大戦中の対華21ヶ条要求から始めてたっけ。その直前の1913年に日本に来た金剛。それからずっと海軍を見て来た彼女の経験からも発せられる言葉なのだろう。
「そうよ、山城さん。あの戦争の轍を踏むことはできないのよ」
姉の扶桑に諭されて山城は一旦は引き下がった。
山城「扶桑ねえ様はああ仰ったけど、シナ人の排外主義に譲歩を重ねたために戦争に追い込まれたあの歴史を繰り返すことはできないわ」
金剛「あの時、中国の多くの若者が愛国心に目覚めて立ち上がった。しかし、なおもわしらは中華民国を弱国と侮っておった。それが全ての間違いだったように思えてならぬ」
頃合いを見計らってわたしは皆に声をかけた。
「では、そろそろホテルに入ろうか」
今日の歓迎会は、ただの儀礼ではない。
この異界の日中関係の未来を占う小さな試金石でもある。
「ようこそいらっしゃいました、軍門大人」
提督クラスの高級軍人を指す古い中国語で、わたしを呼んだのは逸仙。
チーパオ…チャイナドレスに、断髪のヘアスタイル。1930年代上海のモダンガールと言った趣きの大人の女性。
人間の姿に生まれ変わった中華民国艦である。
「今日のレセプションの主役はあなた様ですよ。さあ、こちらへ」
逸仙は自分からわたしと腕を組んだ
彼女の肌から漂う香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
このゴージャスな匂いはココ・シャネル? まさに西欧と中国が融合した1930年代上海モダニズムだ。
逸仙の香りを堪能しているわたしを見て、山城は柳眉を逆立てた。
「ふん! 雑役船が偉そうに!」
すかさず比叡と扶桑が両側から肘で山城をつつく。
「山城さん! 確かに逸仙さんは雑役船と呼ばれたわ。でもそれはあの人が帝国海軍だった頃の話。今は違うでしょう?」
「だって扶桑ねえ様。逸仙はシナでは巡洋艦と呼ばれているけど、わたしたちの基準では駆逐艦以下、砲艦程度の要目しか無いじゃないですか?」
「山城。昭和10年に逸仙が福建省主席の乗艦として台湾に来航した時、 帝国海軍は彼女を軍艦として遇したわ。異界に生まれ変わったわたしたちもその先例に倣うと決めたでしょう?」
山城をたしなめる比叡の言葉を聞きながら、わたしはいつもの悪い癖で長い思索に入ってしまった。
…確かに…逸仙は駆逐艦以下という山城の言い分も間違ってはいない。
逸仙の排水量は1560トン。これは日本海軍の軽巡洋艦天龍の基準排水量3,230トンどころか特型駆逐艦の基準排水量1,680トンよりも下なのだ。しかも駆逐艦と異なり魚雷発射管も装備していない。
海軍の権威とも言えるイギリスでは逸仙をどのように考えていたのだろうか。
1932年版の『ブラッセー年鑑』では逸仙は砲艦(gunboat)に分類されている(p.51)。
1938年『ジェーン年鑑』では
「海防艦、ただし格付けは巡洋艦(Escort Vessel, officially rated as Cruiser)」
と呼称している(p. 141)。
そして彼女が日本海軍から中華民国海軍に返還された後の1952年版『ジェーン年鑑』ではフリゲート艦(Frigates)としている(153頁)。
時期によって揺れのある呼称から、逸仙の艦種が曖昧なものだったことがわかる。少なくとも中国側の巡洋艦という格付けは、実態とは異なっている。
え?逸仙が何か話しかけてきたが思考が中断されるので適当に生返事をしておく。
...だが戦艦がいない中華民国海軍が、巡洋艦未満の艦種を出しては、外交儀礼が成立しない。そこで比叡が言ったような苦肉の策が施される。
1935年、逸仙が台湾に外交艦として派遣された時は、旧日本海軍は彼女を砲艦に分類する一方で、公文書では軍艦と呼称した。(「第4410号 10,10.18 支那軍艦逸仙台湾来航に関する件」JACARRef.C05034180900、公文備考 昭和10年 D 外事 巻11)
旧日本海軍で「軍艦」とは、艦首に菊の紋章を掲げる名誉の艦だ。基本的には巡洋艦・戦艦・空母といった大型艦に許される。
しかし逸仙は駆逐艦以下の要目にも関わらず軍艦とされた。
ただし公文書の字面だけに注目するのは危険ではある。しかし、逸仙の艦長と副長は台湾総督主催の宴に招待されたので、まさに外交使節として待遇されたと言える。
え?え?金剛と比叡が近づいてきてわたしの袖を引っ張る。何だろうと思ったが思考が中断されるのを恐れてうっちゃっておいた。
...ここで注目するべき事がある。旧日本海軍の砲艦は長江の警備が主任務だった。彼女たちは、諸外国から中国に派遣された艦艇や、中国側要人と対等に交際するため、小型艦にも関わらず軍艦の呼称を特別に許されていた。
旧日本海軍は外交的な配慮と自らの組織のルールを合わせるために、この例外規定を逸仙にも当てはめたわけだ。
艦艇の艦種及び格式は、砲の口径や排水量といったスペックだけで厳密に決められるものでは無くて、その時々の情勢に左右されて例外が設けられることも多い。
それが、異界に生まれ変わった彼女たちの人間関係にも微妙な影を落としている。アドミラルとして注意しなければならないところだぞ…
そんなことを歩きながら考えていると…
「さあ、軍門大人。レセプションのスピーチをお願い致します」
「え? え? え?」
なんということだ!わたしは自分の考えにふけっていたため、逸仙に手を取られてレセプション会場の壇上に立っていたのに気づかなかった。逸仙が何やら話しかけたり、金剛や比叡が袖を引っ張ってわたしの注意を促したのはこのことだったのか!
壇上のわたしに、日本艦、中国艦、イタリア巡洋艦ガリバルディやイギリス駆逐艦ジャーヴィスといった欧州艦が注目している。
緊張しながらスピーチの文章を作文し、とってつけたように話し出す。
「あー…あー…あー…中国海軍と帝国海軍艦艇諸君。諸君の母国である中国と日本との間にはかって不幸な歴史があった。しかし両国は一衣帯水にして同文同種と言われている。この異界に生まれ変わっても、力を合わせ手を取り合って混沌と戦おうではないか」
日中の歴史や政治に詳しい人間が聞いたら失笑するに違いない。我ながら歯の浮くようなスピーチだ。
綺麗ごとばかり言ったので白けた空気も漂っている。ここはジョークでも言って場を盛り上げなくてはならないな。
「不幸な歴史と言っても、2008年に起きた、中国産冷凍餃子に毒物が混入していた事件ではありませんよ」
その瞬間、場の空気が凍りついた。いしいひさいちの四コマ漫画のネタを拝借したのだが、さすがにこの場にはふさわしくなかったか!
気まずさが漂う中で
「何やってるの! 早くお笑いなさい!」
山城が小声で巡洋艦と駆逐艦を叱る。
会場に乾いた笑い声がこだまする。
それに合わせて逸仙が手を叩き、日本の戦艦たちも彼女に倣い、万雷の拍手の中でわたしは壇から降りた。
…人間界だったらアドミラル職を即辞任だが、ここでは彼女たちの寛容と配慮に助けられた。いやはや我が身の不甲斐なさよ。
「軍門大人、ありがとうございました。では皆さま、しばらくご歓談ください」
逸仙の司会とともに場がにぎやいだ。
...銀燭青烟を吐き、金樽綺筵に対す...
...銀色の美しい燭台は青い煙を吐き、金の酒樽は美しい綾衣のむしろに据えてある....
そんな漢詩の一節が思い浮かぶ華やかなレセプションだ。出席者もみな美しい礼装に身を包んでいる
その中で雪風が日本の駆逐艦仲間に声をかける。
「みんな。雪風が紹介したお店どうだった?」
「美味しかったよ~。店のおじさんがね、丹陽シャオチエの友達なら自分の乗艦もおんなじだ! って言ってくれてね」
「そうそう、それでたくさんの料理や点心を出してくれてね。お代はいらないって」
「まあ、お前の紹介した店にしては上出来だったな」
「またまた~磯風が一番パクパク食べていたくせに~」
「な…! せ…せっかくの厚意を無下にできないじゃないか! ま…まあ味のほうは否定しないが」
わたしは雪風に話しかけた。
「なかなかの顔じゃないか」
すると雪風は
「あのラオパン、雪風が中国艦の時に備品だった中華鍋なんです。食材の味が染み込んでますからどんな料理も作れますよっ」
わたしは呆れたようにつぶやいた。
「……本当に何でも人の形になるんだな、この世界は」
するとクロークで自分の荷物を物色していた磯風が戻ってきて、ぶっきらぼうに雪風に包みを差し出した。
「ほら、お前が美味しいって言ってた山楂子の砂糖漬け、屋台で売っていたから買ってきてやったぞ。ありがたく思うのだな」
「ありがとう~雪風も同じもの買ってきたけど嬉しいよ~」
「なんだ。お前と同じ行動を取るなんてわたしもヤキが回ったものだ」
磯風「歓迎会には礼装を着用するようにという命令が出たんだ。だが、駆逐艦にはドレス専用のクロークなんて気の利いたものは無いからな。このドレスは霧島さんのフネから借りてきた。....司令、あまりジロジロ見るな!露出度の高い服しか残っていなかったんだ!!」
雪風「ふふふ...似合ってるよ、磯風。そうだ、五粮液でも飲む?桂花陳酒も甘くておいしいよ」
ジャーヴィス「磯風、こういう服を着る時は堂々としていなさい。そのほうがカッコいいわよ」
ガリバルディ(イタリア軽巡)「そうよ。わたしたちは国家の誇りを担ったウォーシップ。人間の姿になった今でも自分を魅せるイイ女でいなきゃね」
雪風・磯風・ジャーヴィス「ガリバルディさんって大胆...」
ガリバルディ「男が襲いかかってきたら?はったおしてやればいいのよ。わたしの機関出力は十万馬力、人間の男なんか一ひねりよ」
するとわたしの視界の片隅に蒼い影が入り込んだ。
それは青色のチャイナドレスに身をつつんだ10代の少女。
中国艦かな…?そう思っていると、その少女はわたしに挨拶をした
「ご挨拶が遅れました。軍門大人。ワタシ、中国砲艦の永建いいます」
流暢な日本語に驚いた。
「キミはどこで日本語を覚えたの?」
わたしの質問に永建はニッコリ笑っただけで答えず
「中国語ではワタシの名前、ユンジェンいいます。ジェンジェンって呼んでくださいね」
下の名前を二つ重ねると某人形劇のシンシンやロンロンみたいだな…それともパンダの名前か…そう考えていると駆逐艦たちのささやき声が聞こえた。
「ねえ…あの娘って飛鳥じゃない?」
「シナ事変の時に上海で遠くから見ただけだけど...やっぱり飛鳥だよ」
わたしは永建が飛鳥じゃないかと話している駆逐艦たちに尋ねた。
「キミたちは永建のことを話しているのかい?」
「ええ。わたしたちは駆逐艦。でも飛鳥は雑役船。だから話をすることはなかったんですが...ねえ、飛鳥ってもとは中国のフネだったっけ?」
すると永建はいたずらっぽく笑って
「アイヤー。バレちゃいましたか。ワタシは民国7年(1918年)竣工の中国の砲艦ですが、日華事変からは日本の船に所属が変わりました。昭和20年に沈むまでは飛鳥という名前でずっと揚子江の警備をやってたんです。29年の間は中国艦、残りのパー年は日本艦。あ、だからといって頭がパーじゃないですよ」
わたしは彼女のジョークにどう反応していいのかわからない。
「あ、ウケませんでしたか? ワタシに乗った日本人のオジサンってこういうダジャレが大好きだったんだけど」
すると山城がわたしに近づいてきた。
「まあまあまあ…提督。飛鳥は艦種こそ雑役船で戦闘艦ではありませんの。でもね、揚子江の警戒任務や陸兵の掃蕩では何度も勲功甲や勲功乙を授かってますのよ」
※(「支那事変 第8回功績概見表綴 特設部隊 特設艦船 海軍武功調査/第13砲艦隊機密第14号の23雑役船飛鳥支那事変第8回功績概見表」JACAR Ref.C14121012200)等
そして山城は、永建のオヤジギャグに失笑している駆逐艦たちを、ギロッと睨むと
「あなたたちも少しは飛鳥を見習ったらどう?! 外様の雑役船がこれだけの勲功を立てたのよ!」
…しかし、日本側で勲功を立てたということは、かっての同胞と戦ったということだ。永建の気持ちを考えるとわたしは…
「アイヤ。軍門大人、気にしないでくださいね。メイファーズです。それに妹のジージー…永績は汪精衛先生の海軍に加わりました。南京と上海は川でつながっていますから淋しくなかったです」
そうだ。南京の汪兆銘政権も独自の海軍を持っていたのだった。長江の警備のためだったから、それほど規模の大きい海軍ではなかったが。
「そう言えばキミの妹のことが同時代の日本の雑誌にも載ってるよ」
…南京遷都三周年の記念祝典に引き続いて三月三十日午後三時から国府海軍最初の観艦式は下関碼頭から揚子江対岸浦口に渉って挙行された。汪精衛主席は任援道海軍部長以下を引き連れ旗艦「海興」に搭乗...
『海と空』昭和18年5月号「海の月報」より。
汪兆銘が搭乗した旗艦「海興」というのは名前を変えた永績である。
永建はわたしがタブレットに映し出した雑誌の頁を興味深げに眺めていて
「ジージー…永績は日本側に軽く見られているんじゃないかって言ってましたから、自分たちが日本の雑誌で取り上げられていたと知ったら喜ぶと思いマス」
「考えてみれば、キミやキミの妹だけではなくて多くの中国人が日本軍に味方したのだったね」
永建はそっと目を伏せて
「是的。ワタシが警備していた長江でも多くの中国人が日本の協力者となりました。逸仙さんは漢奸って吐き捨てるように言ってますケド」
漢奸か…漢人の中の裏切り者…あの頃の中国人にとって、このレッテルを貼られることは死刑宣告だ。戦後になって多くの中国人がこの罪状で裁判にかけられた。有名なのは清朝の皇族であるが故に中国人と見られた川島芳子、その他には日本の占領地で知事になった人物など…
「でもワタシは日本軍に協力した中国人を長江の畔から見ていましたが、奸賊と罵られるような人ばかりでは無かったんです…」
永建は逸仙にチラリと目をやってか細い声で呟いた。
「そうだね、立派な人もいたと思うよ。僕も書物で読んだだけだけど…」
確か福本勝清の『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』に書かれていたのだったか...
わたしはある一人の地域指導者を思い出した。彼、楊貫一は河南省浚県の村夫子だったが、各村落を統合する民兵組織天門会を結成し、国民党、日本軍、共産党それぞれの勢力を乗り換えていく複雑な動向を見せた。表面的には日本軍の占領に協力していたが、裏では共産党の工作員と接触していたという。
その動向だけを見るとクレバーな日和見主義者に見える。しかし、日中戦争や文化大革命の迫害をくぐり抜けた彼は、1980年代に亡くなるまで村の水利の管理に携わっていた。
つまり生涯を農村の指導者として送ったのだ。一郷紳としての生き方を貫いた彼の生涯を知って感銘を受けたことを覚えている。
…その事を永建に話すと彼女はパッと顔を輝かせて
「就是这样! その通りです! もちろん勝ち馬に乗るために日本に味方した人もたくさんいたケド、故郷を守るために自分から漢奸の汚名をかぶった人も多かったんです」
「そうだ。どんな戦争でも占領地の統治の確立は必要な仕事だ。それが無くては治安やライフラインが崩壊してしまうからね」
「真的?本当にそう思うの?」
「実際はきれいごとばかりでは済まないだろう。占領軍の威を借りる狐は必ず現れるからね。でも善悪を越えて必要な仕事だ」
「 わたしや永績の任務を認めてくれて嬉しいィッ! ヘンシーファン!!」
永建はそう叫ぶやわたしに抱きついてきた。見ていた雪風が驚きの声をあげた。
永建に抱きつかれてウットリしているわたしを彼女は上目遣いに見上げると
「日本のオジサンってやっぱりスケベイですね。ワタシに乗った日本の軍人サンや船員サンもハオクーニャンが口癖でした」
ポリティカルラインを思いっきり越えた永建のジョークにわたしはむせて咳き込んだ。
「メイヨウェンティ。ワタシが警備していた区域は占領統治が安定していました。日本の兵隊サンも軍紀を守ってお行儀よく花街で遊んでいましたヨ」
永建はいたずらっぽく笑ってわたしにウインクした。
「あの~はじめまして…ですよね? 永建姐」
遠慮がちに尋ねてきたのは雪風。
「是的、是的。そうネ。これからもよろしくネ。丹陽妹」
そうか、雪風が中華民国海軍に編入されたのは1947年だから、1937年に日本軍に編入されて45年に沈んだ永建とは初対面なのか…
その事を二人に話す。
「ワタシたち中国艦はホントに複雑です」
と、永建。
「そうですね。雪風が中国海軍に入った時も、もとはイギリス巡洋艦オーロラだった重慶さん、アメリカの駆逐艦ベンソンだった洛陽、日本艦だった雪風と初梅、中国で建造された逸仙さんとバラバラでした」
と、雪風。
永建は少し考えてから
「それだけではないネ。建造された国だけではなくて掲げた旗もバラバラネ」
…ほう…どういう事なんだろう…わたしは永建に続けるように促した。
「そうですネ。ワタシや妹のジージーは最初に北洋政府直隷派の艦として建造されました。北伐で国民党の艦になった時までは一緒でしたが、その後、ワタシは日本軍となり、ジージーは汪精衛先生の海軍に入った後で共産党に…姉妹だったケド陣営は別々に」
永建は言葉を続ける。
「でもそれはワタシたち姉妹だけではアリマセン。ワタシたちのように五色旗のもとにいた仲間たち、護法艦隊の一員として青天白日旗のもとにいた仲間たち、そして祖宗興隆の地に戻った黄龍に従った仲間たち、ホントにバラバラなのです」
「同じ中国艦でありながら、北洋軍閥、孫文や陳炯明の広東軍政府、満洲国、汪兆銘政権、中華人民共和国と加わった陣営が異なるということだね?」
永建はうなずいた。
わたしは永建と雪風に話しかけた
「それは軍閥混戦という時代的な背景もあるだろうが…歴史的には中国の一部とは言えないモンゴルやチベット、東トルキスタンは無論、漢人でさえ言葉や帰属意識が違う国柄を象徴しているようだね」
永建は目を伏せて
「日本軍が来る前から中国人同士で殺しあっていましたカラ。ワタシたち」
「それでも中国は一つなのよ」
思わぬ方向から思わぬ声。それは逸仙だった。
逸仙はわたしにドリンクを差し出し、次に永建と雪風に渡すと
「軍門大人がおっしゃったとおりよ。中国は外側のカバーをめくれば内側はバラバラ。でも、だからこそ一つにまとまる努力をしなければならないの。内憂外患の歴史を繰り返さないためにも。ね? 阿建に丹陽妹妹」
さすがに砲艦とはいえ自分より艦歴が長い永建に妹妹呼ばわりはできずに愛称で呼ぶ逸仙。
そう考えていると逸仙は壇上に上がって
「宴も半ばになりましたが、ここで、今の日本の言葉でいうサプライズを発表します!」
マイクを握って宣言する逸仙に会場の視線が集中する。
「かっては我らが総旗艦丹陽。まだ正式ではありませんが、こんど中国海軍に復帰することになりました! 丹陽回到中華的大家庭中来!おかえりなさい! そして快く送り出す日本海軍に感謝を申し上げます!」
会場が驚きでぞよめく。
「どういうこと! わたしたちはそういう話は聞いてないわよ!」
真っ先に怒鳴り声をあげたのは山城。
金剛や比叡もこれまでにない難しい顔をして逸仙を見つめている。
「あら、もともと丹陽妹妹は敗戦国から戦勝国への賠償艦。本来なら中国に所属するべき艦でしょう? 違って?」
挑発するような逸仙の口調に山城はますます激した。
「確かにそういう取り決めは過去にあったわ! でもね、国際連合の代表権とやらが台北から北京に移った時点で無効よ! 無効!」
慎重に扱わなければならない外交的問題を、武断的に切り捨てようとした山城。
慌てた比叡と扶桑が両側から山城の口をふさぐ。
「ち…ちょっと…ムグムグ」
逸仙は外交的配慮で山城の言葉を聞かなかったことにしたようだが、さらに挑発してきた。
「確かにそれじゃあ日本側の面子は立たないわね。じゃあ丹陽妹妹の錨だけなら返してあげてもよくてよ。ほ、ほ、ほ」
険悪な雰囲気になった逸仙と日本の戦艦たちを尻目に、日本の駆逐艦たちが雪風のところに集まってくる。
「ちょっとォ、向こうは大騒ぎになってるわよォ。この話ってあんた知ってた?」
叢雲に聞かれて首を横にふる雪風。
「アイヤ。ワタシたち中国艦も今はじめて聞く話ダヨ。たぶん逸仙さんのハッタリじゃないカナ?」
と、雪風に助け船を出す永建。
「飛鳥、お前は今は中国艦だろう? 味方の手の内をさらすことを言っていいのか?」
男の子のような口調で問いただすのは駆逐艦綾波。
「メイコアンス。ワタシはもともと北洋政府のフネだからネ。日本やイギリスのような列強とは持ちつ持たれつだヨ」
と答える永建。この娘は際どいジョークが好きだなあ…
駆逐艦たちがワイワイやっている中で、雪風の姉妹艦である磯風が口を開いた。
「わたしは雪風が重慶...いや国府に行ってもいいんじゃないかと思っている」
中華民国への電撃移籍を賛成するようなことを言ったので、皆が驚いて磯風を見る。
「磯風…」
雪風が呻くように呟いた。
雪風に見つめられて磯風は話を続ける。
「帝国海軍では駆逐艦はしょせん車曳きだ。わたしとお前の陽炎型は水雷戦の花形として建造された。しかし、いざ戦争が始まったら与えられたのは、輸送船の護衛、対潜哨戒、防空などの雑多な任務だ」
それはまあいい。任務だからな…と磯風は話を続ける。
「悔しかったのは、われわれが多くの犠牲から得た戦訓をだ、大型艦の艦長が無視したことだ。雪風、お前だって信濃が沈められた時のことを覚えているだろう。アメリカの潜水艦を甘く見るなとあれほど言ったのに!」
磯風の話を聞いて駆逐艦たちはシンとなった。
「だから…雪風…お前が国府に行って、そこで旗艦として大切にされるならそのほうが…」
と、磯風は雪風から目をそらして言う
「磯風………」
再び沈痛な表情で磯風の名前を呼ぶ雪風。
「軍門大人なら必ず公平な判断をしてくださるわ。丹陽妹妹のためにもっとも良い道を」
いつの間にか逸仙が来てわたしの腰に手をまわしてささやいた。
雪風を見ると先ほどまでの沈痛な表情を消して、ポーカーフェイスでニコニコと笑っている。
「さ、軍門大人のご判断を」
と、逸仙が促す。その眼からは凄まじい圧力が加えられる。
駆逐艦たちも口を閉じてしまった。
「アノ、ちょっといいカナ」
場の空気に構わず発言したのは永建。
「政治が絡んで仕方ないにしても、姉妹艦が離されるのはツラいものだヨ…ここは丹陽妹の気持ちを確かめたほうがいいと思うヨ」
逸仙は永建に目をやり二人の視線がぶつかり合う。
「逸仙さん、この叔母さんのめったに無い頼みだヨ。お願いだヨ」
永建は艦種こそ小型艦ではあるが、艦歴は逸仙より上であることを示す中国的な表現だ。
逸仙は一瞬気圧されたようになった。
わたしはその機を逃さず逸仙に言った。
「雪風とわたしとで二人だけで話したい。いいかな?」
雪風が一番落ち着けそうな場所をということで、駆逐艦雪風の艦長室を選んだ。
今の中国艦は戦艦がいない。人間界の中華人民共和国と違って空母や潜水艦もいない。
確かに中国艦の戦力の強化は各国艦隊のバランスを調整する上では必要だ。
しかし雪風の意向はどうなのだろう。雪風が少しは自分の気持ちを話してくれれば良いのだが…
そう考えて雪風を見ると、彼女はニッコリ笑って
「雪風は駆逐艦です。司令の決断に従います」
…困ったなあ…わたしはパーティー会場から持ってきた椰子汁...中国で売っているココナッツミルク缶のプルトップを開けて一口飲む。
どうしたものだろうかと考えていると、艦長デスクの上に一冊の本が置いてあった。
漢詩の詩集だ。よく開くらしい箇所が割れている。そこを見てみると
「水龍吟」宋の朱敦儒作
北客翩然,壮心偏感,年華将暮...
解説を読む。朱敦儒は北宋王朝の人間だが、靖康の変で女真族の金朝によって南に追われ、そのまま南宋の人として生涯を終える。
この詩を試みに訳すと
「戦いに敗れて故郷を追われた人は帰りたいと願ってもそのまま年を取っていく…」
わたしがハッとした瞬間、雪風が全力でわたしの持っていた詩集を奪った。
詩集を自分の身体の後ろに隠して「これ以上見ないで聞かないで!」と目で訴えている。
わたしは雪風の目をじっと見つめる。そして彼女の肩にそっと両手を置く。
少しくためらった後にわたしは行動に出た!雪風を抱きしめたのだ!
「雪風! 今からボクはキミのエンジンを全開で作動する! キミも心を開くんだ!」
雪風は最初は抵抗した。だが、わたしがさらに強く抱き締めると、手に握った詩集をポトッと落として、膝から崩れ落ちた。
わたしは取り憑かれたように雪風の船体についているコネクタを探す…あった…
コネクタを指で軽く刺激すると途端にボイラー水が逆流してくる。
雪風の顔を見ると頬が紅潮してきた。エンジンの暖気は完了したらしい。
わたしは生命のスティックを取り出すとコネクタに挿し込んだ。
雪風は「あっ…」と甘めいて呻く
わたしはスティックをピストンのように出し入れしながら叫んだ。
「雪風! ボクにキミの本心を教えてくれ!」
「しれいっ…! 雪風は…! 雪風は…!」
まだ彼女の心を開放するには足りないようだ。わたしはスティックの出し入れに緩急をつける。
雪風の声が変わった! 彼女のエンジン出力を上げるのはこのリズムか!
「ああ~わたしッ! 焼け跡から蘇った日本を見てみたかった! 台湾のラジオで聞いただけの新幹線に乗りたかった! オリンピックの開会式の蒼い空を見たかった! 復員の時にわたしのフネで生まれた博雪くんと雪子ちゃんと波子ちゃんに会いたかった!」
雪風の偽らざる本心だ。わたしはもらい泣きしながらスティックの挿入を繰り返す。
「わたし…わたし…もう姉妹の中で一人だけ遺されるのはイヤ! イヤ! イヤなんです~!」
雪風がそう言いはなった瞬間、駆逐艦雪風のエンジンが全開となり、神話の力で輝いた!
すると振動で椰子汁の缶が机から転がり落ちて、中身の白い液体がトロトロと床に流れていった……
かくしてフネを桟橋に戻す。うつむく雪風の肩を抱いてラッタルから降りると、そこには金剛と逸仙がいた。
「雪風は中華民国海軍に戻さないことにしたよ」
わたしは二人に言った。逸仙は黙ってわたしを見ている。理由を説明するよう無言でうながしている。
「逸仙、わたしはようやくこの異界の役割の一つに気づいた。それは歴史の動乱に翻弄された魂がその傷を癒す場所だ(第21話)。しかし、それが難しいことは、先日の茶館で君が言ったとおりだ(第26話)。それには時間がかかるんだ」
逸仙はわずかに眉を動かした。
「この雪風も戦乱に翻弄された一人だ。一艦にして二生を経る...それは敗戦による賠償艦という悲劇的な運命によってもたらされたものだ。彼女の心の傷を癒すのには時間がかかるはずだ。そして癒す場所は中華民国ではなくて日本だ。君や永建が日本艦の阿多田や飛鳥では決して傷ついた魂を癒せないのと同じだ。今の雪風には日本艦との絆が必要だ。そう考えたから雪風を中華民国には戻さないことにしたよ...」
雪風は顔を上げてわたしの顔を見つめると強く頷いた。
逸仙は雪風をじっと見る。雪風も逸仙を見返す。そして...
「明日はあなたたち日軍艦隊の出航ね。お見送りに顔を出させて頂くわ」
逸仙はそう言ってクルッと後ろを向いて去って行った。
「物資の積み込みの手配ではいろいろと世話になったの。感謝するぞ」
と、金剛が声をかけた。
艦隊出航の当日。逸仙と永建が見送りに来てくれた。
永建は雪風や磯風といった日本の駆逐艦と話し込んでいる。
「雪風がわがままを言ってご免なさい」
「メイシア。もうすぐ古豪の巡洋艦である海字輩の姐さんたちが着任してくるから心配ないヨ。メイヨウェンティにモーマンタイ」
「しかしまたコイツとの腐れ縁が続くとはな」
「メイファーズ、メイファーズ。諦めなヨ磯風……ホントはヘンシーファンだね」
「なんだと!」
そう言っている横で逸仙と金剛たちが大人の会話をしている。お互いからの儀礼的な贈答品の礼を言い合った後…
「ところでこれはまだ内々の相談だけど…」
と切り出す逸仙。
金剛が何じゃとばかりに逸仙を見る。
「大陸内部の混沌が東海に出てくる牽制にね、日軍艦隊の機動部隊を台湾海峡に派遣して欲しいの」
えっ?という顔をする日本の戦艦たち。彼女たちの戸惑いに構わずに話を続ける逸仙。
「史実に準拠するなら、これはアメリカ艦の仕事だけど…あの人たち、今の自分たちの母国が心配で異界に赴任してこないでしょう? そうなるとアメリカに匹敵する機動部隊を持っているのはあなたたちしかいないのよ」
アメリカに匹敵すると言われていささか自慢気な表情をする山城。
すると日本艦隊の実務を握っている比叡が話しかける。
「検討させてもらうわ。こちらの機動部隊も練成がまだ半ばなのよ」
すると逸仙の目に力が入り
「早いうちにお願いするわ。こちらは当然の権利である賠償艦の要求を一旦は取り下げたのよ。そのことを忘れないでね、ほ、ほ、ほ」
日本の戦艦たちに緊張が走る。
金剛が呻くように呟いた。
「おぬし、雪風の返還ではなくて、これが本丸じゃったな」
…そうか、現有戦力で劣る中国艦が日本艦に空母を貸してくれと頼むとお願いになる。
それで逸仙は派手なパフォーマンスで雪風返還問題を懸案として持ち出し、それを引っ込める交換条件として空母の派遣を求めたわけだ。しかも「一旦は」と後に含みを残すかたちで...
これは中国艦を下の立場にしないための高度な外交テクニックだ。
わたしは逸仙に近づいて
「『戦国策』などの古典に出てくる中国の外交術は健在というわけだね」
「あら、あたしも政治のことばかり考えているのではありませんよ。今回は軍門大人が丹陽妹妹の本心を引き出してくれてとても感謝しているの」
そう言って逸仙はわたしの腰に手を回すとベルトについていたマイクロチップのようなものを外した…
ん? わたしは気づいていなかったがそれは盗聴機だった…!
はなじろむわたしに逸仙は
「今度、中国にいらした時はぜひあたしを操艦なさって。あたしのコネクタはここ…」
そう言って逸仙はわたしの手を船体の深奥部に導く。
今回は逸仙のペースに乗せられてばかりだ。何となく悔しくなったのでコネクタに指を挿れてみた。
「あっ…」
逸仙がかすかな声を上げた。
わたしは指をコネクタの中で振動させる。緩急のリズムをつけて激しく優しく…そしてもう一度激しく…
「あッ…あアッ…ぐ…軍門大人…ダ…ダメ…」
堕ちていく逸仙。わたしは彼女の身体を抱いて支えてあげた。
意識を失った彼女を港のベンチに寝かせる。考えて見れば、逸仙も本心を明かさない雪風の気持ちを知りたくてわたしに盗聴器などを仕掛けたのだな。そして今の雪風にとって一番良い道を選ぶことを承諾したのだ。
「また会おう逸仙」
わたしはそう言って彼女に口づけした。
すると桟橋から大きな声が上がった。
変事かと思って駆けつけると、昨日、榛名と決闘した紅娘子が姿を見せていた。(第26話参照)
彼女は義和団の女性部隊が持っていた赤いランタンが人間に転生した女剣士だ。榛名に何事か叫んだ。
雪風が通訳する。
「一年だけお前を命拾いさせてやる! 一年たったらお前を殺しに行く!」
みなの顔色が変わるなか、紅娘子はさらに叫んだ。
「『わたしの名前は翠雲嬢だ! よく覚えておけ! 』....前世の持ち主だった義和団女性部隊隊長の名前です! この人にとって、とても大切な名前なんですよっ!」
雪風の通訳を聞くと榛名は真剣な表情になり
「ええ、その時は榛名ももっと強くなってお相手させて頂きます」
雪風の通訳を聞いて紅娘子はうなずくと、無言で後ろを向いて去って行った。
金剛はそれを見届け、わたしに声をかけた。
「さあ、提督! 号令を頼む!」
わたしは叫んだ。
「全艦出航準備! しかる後に抜錨!」
後書き
金剛
「さあ霧島の言う通りにしたセットアップはこれで完了。最後まで上手くいくかどうか…ウォースパイト、逸仙、わしの声はそちらに聞こえておるかの?」
ウォースパイト
「ええ、とてもよく聞こえるわ、金剛シスター」
逸仙
「こちらもお二人の声はよく聞こえます」
金剛
「では、異界艦隊初のDOOMを使ったWeb会議を始めるとしよう。言うまでもなく正式の会議は提督臨席のもとで行うから、今日は雑談…ガールズトークじゃの」
ウォースパイト
「でも…ガールズというにはア・リトル…ちょっとだけ年を取っているわね、わたくしたち」
逸仙
「…(苦笑)…」
金剛
「なあに。三笠殿の口癖ではないが、年をとっても心と身体はガールズの心意気じゃ。」
ウォースパイト
「では、ガールズトークと言えば最初は甘いもののお話かしら? 最近何か美味しいものでも食べて?」
金剛
「甘味の話しか。うむ、逸仙から土産にもらった桂花陳酒じゃが、透き通るような甘さが五臓六腑に染みわたったぞ。いやいいものを頂いたわい」
ウォースパイト
「そんなに美味しかったの? わたくしもご相伴に預かりたいわ」
金剛
「その他にもらったものはの、五粮液、紹興酒、マオタイ酒…」
ウォースパイト
「クスッ…いつの間にかお酒の話になってるわね」
逸仙
「喜んで頂いたようで嬉しいわ。でもアルコール操艦で衝突事故など起こさないよう頼みますよ」
金剛
「なあに。このわしにとって酒瓶の一本や二本は飲んだうちに入らぬ…それで酒の話じゃがの。その他に土産でもらったのは、山東の紅高粱、満洲のパイカル酒、蒙古の馬乳酒、西域の葡萄酒、西藏の青稞酒…さすが地大物博の中国じゃ。こちらから贈った純米大吟醸がみすぼらしく見えるわい」
逸仙
「…(ニコニコ)…」
ウォースパイト
「…これがチャイナポリティクス…トリビュート・システムなのね。マイアドミラルからピロートークでお聞きしたとおりだわ…」
金剛
「ん? ウォースパイト、何か言ったか?」
ウォースパイト
「ゴホン! マイアドミラルは歴史の知識が該博でいらっしゃると言ったのよ」
逸仙
「そうそう、お二人とも聞いて下さる? 軍門大人ってひどいのよ。気を失ったわたしを放っておいてさっさと出航してしまったんですよ」
金剛
「それはおぬしが提督にハニートラップを仕掛けたからじゃろう?」
ウォースパイト
「まあ! 逸仙! あなた、マイアドミラルにそんなことを」
逸仙
「嫌だわ。二人とも。あなた方にとってのマイアドミラルそして提督は、あたしにとっても軍門大人なのよ。ハニーならともかくトラップなんて仕掛けるわけないじゃありませんか」
ウォースパイト
「ほんとうに?」
逸仙
「ええ、本当ですよ。たとえ人間界で我が中国海軍の最大の仮想敵が第七艦隊と海上自衛隊であってもね。ほ、ほ、ほ」
金剛
「ブッ…! わしは今飲んでいた寝酒…ではない白湯を危うくこぼすところだったぞ。逸仙、おぬしは台湾の艦じゃろう。そんなことを言ってよいのか?」
逸仙
「あら、中国は一つよ。あたしは国民党の艦ですもの。民進党の人たちはどう考えているのか知らないけDDDDooooくぁwせdrftgyふじこlp」
金剛
「む! 動画が固まってしまった! これは運営による政治的規制…ではない大宇宙からダークマターが降り注いだために通信が妨害されたようじゃ…うーむ。この異界でのWeb会議、霧島に頼んでさらに改良する必要があるのう」




