4.波乱の求婚
そういうわけで、レオンはそれから一週間後、ローザ王女に言われた通りに王宮の中庭を訪れていた。
王女の言いつけ通り、騎士団の制服を着用して左肩にはペリースを掛け、腰には細剣を佩いた。最初、できるだけ殺傷力の高い細剣を選ぼうとしたところ、なぜかアドリアンから「いいからこの剣にしろ! 今回に限り、刀身は泥でもかまわんのだ! 見た目がすべてなのだ!」と言われ、ルカーチ家の宝物庫から持ってきたという細剣を装備することになった。
ルカーチ家の細剣は、柄頭にレオンの瞳と同じ色の緑柱石を嵌め込んだ、贅をこらした作りのものだった。柄と一体になった鍔は薔薇の花のように優美な曲線を描き、柄を握るレオンの手にぴたりと吸いついた。
「これは素晴らしい得物だなあ! 俺はあまり細剣は使わんのだが、これは面白い!」
喜んで細剣を振り回そうとしたレオンを止め、アドリアンは慌てて言った。
「鍛錬は後にしろ! 今日は暗殺者でも現れん限り、決して剣は抜くな!」
残念そうなレオンに、後で好きなだけその細剣で遊んでいいから、と言ってなだめ、アドリアンはレオンを王宮へと送り出した。
「……もう少し右に寄ってくれ、アドリアン。ここじゃローザが邪魔でよく見えない」
「しかし殿下、これ以上生垣から離れますと、令嬢がたに気づかれる恐れがありますが……」
王宮の中庭にしつらえられた茶会用の席を、薔薇の生垣の隙間からなんとか覗こうとして、王太子とアドリアンは悪戦苦闘していた。人払いも済ませてあるため、不用意に誰かに見られる恐れはないのだが、それでも覗き見など外聞が悪いし、第一、ローザ王女に気づかれたら後で何を言われるかわからない。
それでも、レオンとその婚約者がどうなるかは気にかかる。
二人はやきもきしながら、茶会のおこなわれている方向を見守っていた。
「それにしても、かなりの数のご令嬢が出席されているようですね。ゲルトルード嬢はどちらにいらっしゃるのか……」
「ローザが真っ先に向かったテーブルにいるはずだ。探してみろ」
二人は精一杯体を伸ばし、ローザ王女の向かったテーブルを確認した。
「レオンの話だと、ゲルトルード嬢は黒い巻き毛に黒い瞳をされています。あの手前の令嬢でしょうか? 黒っぽいドレスの……」
アドリアンが言いかけた時、
「来たぞ、レオだ!」
王太子が声をひそめて言った。
二人のちょうど反対側から、レオンがやってくるのが見えた。
アドリアンの渡した細剣を腰に佩き、騎士団の制服を着用したレオンは、ローザ王女の意図した通り、なかなかの男ぶりと二人の目にも映った。
「ほう、さすがローザだ。あれならゲルトルード嬢も騙されてくれるのではないか? どう思う、アドリアン?」
「殿下、騙すなどと人聞きの悪い……」
言いながら、アドリアンは息をつめてゲルトルードの反応を見守った。
ローザの背中が邪魔で、ゲルトルードの表情がよく見えない。失礼ながらローザ王女に少し後ろに引っ込んでいただけないだろうか、と気を揉みながら様子をうかがっていると、
「……ん? あれは何だ?」
王太子が顔をしかめ、中庭に面した回廊に視線を向けた。アドリアンもつられてそちらを見ると、王の親衛隊の制服を着た騎士が、急ぎ足で茶会の席に向かってくるのが見えた。
人払いをしたはずなのに何故、と思っていると、その騎士は真っ直ぐローザ王女のもとへ向かってきた。
騎士に気づいたレオンが、素早く王女を守るようにその前に立った。
「……おまえは何者だ?」
誰何するレオンに、ローザ王女が困ったように言った。
「レオン、この者はたぶん、お父様の親衛隊の一人だわ」
ローザの言葉に、その騎士がひざまずいた。
「はっ! 陛下からローザ殿下へお預かりしたお言葉をお伝えいたします! ローザ殿下におかれましては、至急、王の間へ戻られるように、との由、失礼してわたくしめが案内をつとめさせていただきます!」
騎士の言葉は王太子とアドリアンにも聞こえた。
「……陛下がローザ殿下を? なぜ今……」
「父上は気まぐれだからな。……ローザの輿入れも近いし、その件かもしれぬ。もしくは、この茶会に招待されなかったことにお気づきになって、腹を立てられたのやもしれん」
王太子の苦い表情に、ああ陛下の気まぐれによく振り回されておられるのだなあ……と、アドリアンがほのかに憐みを感じた時、
「殿下、お待ちください」
席を立とうとするローザ王女を制し、レオンは再度、騎士に問いかけた。
「おまえは何者だ?」
「あのレオン、さっきも言ったけど、この者はたぶん父の親衛隊……「いいえ」
レオンは不敬にもローザ王女の言葉をさえぎって言った。
「この者は、親衛隊の騎士ではございませぬ」
えっ、とその場の全員が驚いてレオンを見た。
「な、なにを……、貴様、親衛隊の騎士をすべて覚えているとでも言うつもりか?」
騎士がうろたえたように、それでもどこかレオンをバカにした口調で言った。
しかしレオンは、落ち着いた様子で騎士に答えた。
「いいや、覚えてはおらぬ。……だがおまえは、長剣を装備している」
レオンの指摘に、あっとアドリアンは声を上げそうになった。
以前、レオンから不思議そうに問われたことを思い出したからだ。
『なぜ親衛隊の奴らはみな、細剣を佩いているのだ? 筋肉のつき具合から見て、幾人かは長剣のほうが適していると思うのだが』
それにアドリアンは、こう答えた。彼らの主は王だ。王は長剣をお好きではないから……。
「王は長剣を好まれぬ。ゆえに親衛隊の騎士はすべて、普段から細剣を佩いている。長剣を装備するおまえが、王から直接お言葉を賜る騎士であろうはずがない!」
レオンは言い切り、すらりと細剣を鞘から抜き放った。
アドリアンは慌てて王太子を振り返った。
「で、殿下、レオンの申す通り、あれは親衛隊の騎士ではありません。あれはおそらく、賊……」
「うむ、ローザ、下がれ!」
王太子は薔薇の生垣から姿を現し、ローザ王女に向けて声を張った。
何事か、とその場にいた令嬢たちは慌てて席を立った。
剣を抜いたレオンを恐れ、逃げ出す令嬢もいる。だがローザ王女と同じテーブルの令嬢、ゲルトルードなどは、逃げることもできず、ただ縮こまって震えていた。
マズい、とアドリアンは王太子の後について走りながら思った。
人払いをしたことが仇となり、付近に護衛騎士などの姿はない。親衛隊の騎士に化けた侵入者は、恐らく他国の差し向けた暗殺者か誘拐犯か、どちらにせよかなりの手練れだろう。
こんな時に限って、レオンは使い慣れていない細剣で賊と対峙せねばならない。
細剣を無理に押し付けた自分を、アドリアンは呪った。
賊も長剣を鞘から抜き、レオンに剣先を向けた。
「人の名すら覚えられぬ阿呆と聞いたが、噂は当てにならんものだな」
レオンは険しい表情になり、細剣を構えた。
「……おまえは南方の人間だな」
レオンはローザ王女を背に庇い、低く言った。賊の肩がぴくりと動く。
ローザ王女はハッとしたようにレオンを見上げた。
「レオン、下がりなさい、南方の者なら魔法を使うわ」
一般的に南方の人間は、魔力量が豊富で魔法に長けている者が多い。対してレオンには魔力がなく、魔法は一切使えない。
つまり攻撃魔法を使われても、レオンには防ぐ手立てがないのだ。しかしレオンは、一歩も引かなかった。
「セファリアの手の者か」
賊はレオンに答えず、剣をふるった。長剣が赤い光を帯び、炎がレオン目がけて飛んでくる。
賊は剣に魔法をのせて戦う、珍しい魔法剣士だった。アドリアンは舌打ちし、急いで防御魔法を練り上げた。隣の王太子からも同じ気配がする。
「レオン様!」
ゲルトルードが悲鳴のように叫んだ。
炎を紙一重でかわしながら、レオンは細剣を構え、賊に向かって突っ込んでいった。
「バカ、よせ、レオン!」
アドリアンは慌てて防御魔法を打ちながら叫んだ。
ローザや他の令嬢がたを守るのが最優先のため、彼女たちを中心に防御魔法を展開させねばならない。あまり前に突出されては、防御魔法でレオンをカバーできないのだ。これではレオンが怪我をしてしまう、とアドリアンが焦っていると、
「おおおお!」
レオンが雄叫びをあげながら剣をふるった。細剣がしなるほどの勢いだった。
するとその時、レオンの細剣から黄金の光がほとばしった。
まばゆい光は、レオンに向かってくる炎の群れをせきとめた。まるで防御魔法のように、細剣から放たれた黄金の光は、炎を押し戻してその勢いを弱めた。
二度、三度とレオンが剣を振るう。そのたびに黄金の光が剣からほとばしり、その光はついに、賊の放った炎を消滅させてしまった。
レオンはさらに賊に向けて細剣を突き出した。剣からはまたしても黄金の光が放たれ、光が当たった賊は、まるで激しい突きを受けたように後ろ向きに吹き飛んだ。
そのまま派手な音をたて、賊は背後の薔薇の生垣に倒れ込んだ。
「……え?」
アドリアンは呆気にとられてレオンを見た。
王太子を見ると、王太子も驚いたように目を丸くしてレオンを見ている。
「……アドリアン、あの細剣は……」
「いえ違います殿下」
何か言いかけた王太子を、素早くアドリアンがさえぎった。
「……まだ何も言っていないんだが」
「あの細剣には、何の呪いも魔術もかかってはおりません。神殿で鑑定済みですから、間違いありません」
「しかしレオンに魔力はない……、はずだ、よな?」
「そう……、だと思います、が」
二人が判然としない思いでレオンを見つめる中、ふいにゲルトルードが立ち上がり、レオンに走り寄ってきた。
「レオン様!」
「……ルウ殿」
レオンは驚いたようにゲルトルードを見た。
「ルウ殿、まだ賊は捕えていない、危ないから……」
「レオン様、お怪我は」
ゲルトルードはぽろぽろと涙をこぼしながら言った。
「申し訳ない」
涙を見て、反射的に謝ったレオンに、ゲルトルードはそっと手を伸ばした。
「レオン様、お怪我は?」
「いや」
「……本当に?」
「ああ」
「よかった……」
ゲルトルードはレオンにすがりついて泣き出した。
レオンは泣きじゃくるゲルトルードを見下ろし、左右を見回した。しかしみな、そっと視線を外し、知らぬふりをしている。
その時レオンは、こちらにやって来るアドリアンと王太子に気づいた。しかし、自分も賊の捕縛に加わろうと一歩踏み出したところ、鬼の形相のアドリアンに手で制されてしまった。
『こっち来るな! おまえはゲルトルード嬢と話せ!』
身振り手振りでアドリアンの言いたい事を察したレオンは、素直にその場に留まった。
泣いている女性を置き去りにすべきではない、とアドは言いたいのだろうとレオンは理解した。
アドリアンと王太子は、できるだけ存在感を消しながら、生垣に倒れた賊に近づき、その両手を魔術で拘束した。
「……それでは、私は警備兵に賊を引き渡してまいりますので……」
「うむ、わたしは他に仲間がいないか確かめよう。騎士たちが到着したら、わたしも取り調べの場にゆく」
アドリアンと王太子はこそこそと話し合い、そーっとその場を離れた。
賊を引きずりながら、アドリアンはこっそり後ろを振り返った。
レオンが両手でゲルトルードの頬を包みこみ、優しく何事かささやいている。
ゲルトルードは何度もうなずき、レオンの手に自分の手を重ねあわせた。それを見守るローザ王女が、うっとりと両手を組み、瞳をキラキラ輝かせていることから、この二人のこじれた仲は修復されたと考えていいのだろう。
良かった……、と気を失った賊の重い体を引きずりながら、アドリアンは思った。
あの黄金の光はなんだったんだ、とか、この賊の正体はいったい、とか、レオンに関わる騒動の後始末がすべて自分に回ってくるのは何故、とか、言いたいことは山ほどあるが、それらすべてを飲み込んで、良かった、とアドリアンは思ったのだった。




