3.みんな心配している
「……いいんだ、気にするな、レオン……」
バルタ男爵は、諦念の表情を浮かべ、力なく笑った。
「なんとなく、こういう事になりそうな気もしていたしな……。私が悪かったのだ。おまえに無理に見合いをさせて……」
「父上」
お通夜のような夕食の席で、バルタ男爵はうなだれて言った。
「本当に気にするな。うん……、そうだな、将来はバルタ領を親族の誰かに任せて……」
「あなた早まらないで。婚約解消のお申し入れは、ゲルトルード様の独断で、チェイス伯爵様は承知していない、と先ほど使いの方がいらしたではありませんか」
「うん、まあ……、そうだが」
マリー夫人の言葉に、バルタ男爵はため息をついた。
「しかしこういう事は、本人の意思が一番大切なことだからなあ。ご令嬢が嫌がっているのに、お金のために無理にこちらに嫁いできてもらうのは、あまりに可哀そうではないか」
「嫌がっている……」
父親の言葉は、レオンの胸をぐさりと刺した。
レオンは戸惑い、肉を切り分ける手を止め、そっと胸を押さえた。
今はどこにも怪我をしていない。まったくの健康体なのに、何故か今、戦場で槍に串刺しにされたような痛みを胸に感じたのだ。
「そうかしら? わたしには、ゲルトルード様がレオンを嫌っているようには見えないのだけど」
「それは親の欲目ではないか? 今までだってさんざんレオンは貴族のご令嬢に嫌われて、逃げられているではないか」
「それはそうですけど、今回は違いますわ」
本人を目の前に、いろいろと酷いことを言われているのだが、レオンはまったく気にしていなかった。それより、自分の心が自分でもわからず、レオンは戸惑っていた。
その日以降、ゲルトルードとは会えなくなった。
チェイス伯爵は婚約は解消しないと言い、いまだレオンとゲルトルードは婚約者同士ではあったが、一度も会えないまま時間だけが過ぎていった。
俺は婚約者殿に嫌われてしまったのだろうか、とレオンはぼんやりと考えた。
婚約者のいつも優しい瞳が、あの時は炎を宿したように燃え上がり、輝いていた。それに見惚れてにこにこしていたら、怒られて婚約解消を言い渡されてしまった。
「なんで覚えられないんだ!? たった一人の婚約者だろ!」
思った通り、事の顛末を話したらアドにも怒られた。
アドの言う通りだと自分も思う。なぜ自分は、ただ一人の婚約者、優しくしたいと思った女性を、泣かせてしまったのだろう。
己の不甲斐なさに、レオンは唇を噛みしめた。
アドだけでなく、銀色の美しい神官やアドの妹が、いろいろと自分のために考え、解決策を模索してくれた。
「お名前ではなく、愛称で呼んでみては?」
アドの妹が、思いもかけぬ解決案を提示してくれた。
「ルウはどうだ? 二文字だ、いけるだろう」
アドも励ましてくれる。神官は祈ってくれた。
「心配をかけたようで申し訳ない! 婚約者殿には、愛称で呼ぶことを許していただこうと思う!」
レオンは友情に感謝し、あらためて努力することを己に誓った。
もう婚約者殿には嫌われてしまったかもしれない。しかし、せめて謝りたい。謝って、それでもし、彼女が許してくれるなら、もう一度結婚を申し込もう。
レオンの気持ちは決まった。
あとは彼女に会うだけだ。……と思ったのだが、何度訪問を申し入れても、彼女に断られてしまう。一度、謝罪の手紙を頑張って書いてみたのだが、「謝罪には及びません。悪いのは私なのです」という返事が戻ってきただけだった。
その手紙に、レオンは首をひねった。
名前を間違えたのは自分だけだ。婚約者殿は、一度も自分の名前を間違えたことはない、……と思う。注意していなかったのでよくわからないが。
それなのに、なぜ自分のほうが悪いと言うのだろう?
彼女は、自分の何を責めているのか?
婚約者の言動がさっぱり理解できず、レオンは常になく考え込むことが増えた。
「……レオ、一体どうしたんだい?」
レオンの挙動不審さは、ついには王太子殿下に気づかれるレベルとなった。
何事も隠し立てしないレオンは、正直に答えた。
「はっ! 婚約者殿に会ってもらえず、悩んでおりました!」
レオンの返答に、王太子は吹き出した。王太子の隣にいたローザ王女は、兄である王太子を睨んだ。
「まあ、お兄様ったら、レオンが悩んでいるのにそれを笑うなんて!」
「す……、すまない。だが、この件に関して、私はいろいろとアドリアンから報告を受けていて……」
「はっ! アドにも助言してもらったのですが、いまだその助言を実行できておりません!」
「まあ……、どうして? 何があったの?」
興味津々のローザ王女に、レオンは真面目に答えた。
「はっ! それでは経緯を説明いたします!」
レオンの説明を、時おり王太子の翻訳を交えながら聞き終えたローザ王女は、キラキラと目を輝かせて叫んだ。
「まあ……、まあ! すれ違う恋人達! 過去の叶わぬ初恋! 会えない苦しみに思い焦がれる騎士! まあああ!」
「……少し差異はあるが、まあ概ね、その認識で合っているようだね」
「わたくし、レオンはてっきりルカーチ家の妹姫にずっと想いを寄せているものとばかり思っていたけれど、まあ、そうなの。そういうことなら……!」
ローザ王女はレオンに向き直り、満面の笑みで言った。
「大丈夫、任せてちょうだい! この! わたくしが! あなたと婚約者を、必ず会わせてあげましょう!」
「……おいローザ、こういう事には口出ししないほうが……」
「お兄様は黙ってて! ……そうねえ、レオン、一週間後、王宮の中庭にいらっしゃい。時間は……、そうね、ちょうど今頃がいいわ。わかった?」
「承知いたしました!」
元気よく答えてから、ふとレオンは顔を曇らせた。
「……しかし、彼女が俺と会いたくないと言うのなら……、無理に呼び出すのは、可哀そうです」
「んまあああ!」
ローザは両手を頬にあて、絶叫した。
「おいローザ、落ち着け」
「大丈夫! 大丈夫ですわレオン! わたくしが保証いたしますわ! 決して決して! あなたの婚約者は、あなたに会いたくないなんて思ってないことよ! むしろ逆よ、あなたに会いたくてたまらないはずだわ!」
そうだろうか、とレオンは思った。
彼女が自分に会いたいと思っているのなら、何故会ってはもらえぬのだろう。
やはり自分は、彼女に嫌われているのではないだろうか……。
「いや、あのレオ、大丈夫だよ、元気を出しなさい」
「そうですわレオン! あなたの長所は顔ですのよ! そのようなしかめっ面をせず、笑顔の練習でもなさい!」
「……ローザ、顔以外にもレオにいいところはたくさんあると思うが」
「もちろんそうですわ。ただ、女性に対する一番の武器を、おろそかにすべきではないと言っているのです」
「うん、まあ……、確かにそうだが。しかしローザ、どうやってレオンの婚約者殿を王宮に引っ張りだすつもりなんだ?」
王太子の言葉に、ローザは意気揚々と答えた。
「わたくし、王女として王都の令嬢がたと交流を深めようと思いますの。王宮の庭園に咲く秋薔薇の名残を惜しんで、気軽なお茶会でも催すのはいかがかしら? 王族の義務として、社交に励むのは良いことですわよね?」
「急に王族としての義務に目覚めたのか、ローザ。……まあ、そういうことなら私も」
「お兄様はご遠慮なさって」
ピシャリとローザは言い放った。
「お兄様がいらしては、令嬢がたが緊張してしまいますわ。それに、お兄様は顔だけは良いのですもの。万が一、レオンの婚約者がお兄様に目移りしてしまっては困ります」
「顔だけって……」
ずいぶんな言い草じゃないか、と抗議する王太子を無視し、ローザはうっとりと続けた。
「薔薇を愛でる令嬢たちの中、ひとりレオンを思い、心晴れぬ婚約者! そこに颯爽とレオンが登場! 驚く婚約者の手をとり、その想いを打ち明け、求婚するのです! ああ……、なんてロマンチックなんでしょう! レオン、必ず騎士団の制服を着てくるのですよ! 剣は……、レオンはいつも長剣を佩いているわねえ。それ、細剣に変えられないこと?」
「長剣の何が駄目なのだ?」
純粋に不思議そうに質問する王太子に、ローザは軽蔑の眼差しを向けた。
「そんなこともおわかりになりませんの? だって、細剣のほうが優美でステキでしょう? 物語の騎士さまは、いつだって細剣を装備しているものですわ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなのですね、承知いたしました!」
納得いっていない王太子と、素直に首肯するレオンに、ローザは鷹揚に頷いた。
「ええ、わたくしの言う通りにするのですよ。……ああ、来週が待ちきれないわ! わたくし失礼して、茶器の選定をさせていただくわ! レオンとその婚約者のために、最高の舞台を用意しなくては! わたくしに! すべて任せておきなさい! わかりましたわね!?」




