第98話 プロゲーマーはわからせる - Part2
11月28日日曜日。
00時28分。
配信開始から早くも3時間半が経った。
日付も変わったってことで、ぶっ続けでランクマッチに潜っていたオレとプラムは、1回目の小休止を取ることにした。
対戦室のソファーに座り、大モニターに自分の試合の録画を流しながら、オレはプラムとの通話を繋ぐ。
「よお。調子はどうだ?」
『ボチボチ……って、言いたいところです……』
「どうした? 低順位アタックでも喰らったか」
『ううっ……!』
プラムは沈んだ声で言う。
『……900位台の人に負けて、レート吸われちゃいました……。あと少しで一桁だったのに……』
「オレもさっき喰らったわ。はっはっは!」
『笑い事じゃないですから!! 一気に120位まで下がったんですよ!?』
オレの今の順位は48位。
プラムにはだいぶ水を空けることができたようだ。
「でも順位の上がり下がりを見てる感じ、50位から15位くらいまでは、かなり詰まってる印象だぜ? ちょっと勝ったらまた戻れるだろ」
詰まってる――つまり、同じくらいのレートの人間がたくさんいるって意味だ。
マラソンで言うところの『集団』があるということである。
こういうときは、少しレートが上がるだけで順位が一気に上がるのだ。
『問題はそれより上ですよ。結構連勝してるなーってときでも、一桁には触れることさえできなくて』
「確かに、トップ10はちょっと離れてる感じがするな」
『どうやって勝率確保してるんでしょうね……こんなジャンケン環境で……』
今の環境はスタイル同士の相性がはっきりしている上に、三つのアーキタイプによって三竦みが成立している。
グー、チョキ、パー――まさにジャンケン環境だ。
環境をメタ読みして高い勝率を叩き出すスタイルを模索するのは、MAOの対人戦の醍醐味の一つだが、現状はその余地がないと言える。
《トート・ウィザード》。
《地形忍者》。
《洪水シャーマン》。
これらをすべてメタれるスタイルは存在しないし、オレたちはこの三つのどれかを出して、勝てる相手とマッチングすることを祈る以外にないのだ。
これをジャンケンと呼んで嫌うか、神環境と呼んで讃えるかは個々人の好みによるところだが、とりあえず、1位を目指して勝率を高めなければならないオレたちにとっては厄介だった。
何せ、完全なジャンケンだったら、勝率は33パーセントにしかならねーからな。
あいこ(つまりミラーマッチ)で半分勝って、ようやく50パーセント。
1位まで行くなら、瞬間的でもいいからせめて60パーセント――できれば70パーセントくらいにはしたいところだ。
そのためには、不利マッチで勝ちを拾うか、ミラーマッチでの勝率を上げるかの二択しかない。
「んー……。プラム、お前も今は《地形忍者》だっけ?」
『あ、はい、そうですよ。使い慣れてますし、最初にリスナーさんのリクエストで決めたんですけど――』
「ああ、格好がエロいから」
『エロくありませんっ!!』
おおっと、セクハラはほどほどにしよう。
「対《洪水シャーマン》って、実際のとこ、どうだ? どのくらい不利ついてると思う?」
『えー……? 3:7くらいじゃないですか? 10回やって3回勝てるかどうか……』
「そんなもんだよなあ」
このゲームで7割勝てない相手と戦うというのは、ほとんど交通事故みたいなものだ。
実力差があれば覆せるが、ゴッズランク上位ではそれも見込めない。
「有利とは言わないまでも、多少マシに戦える方法はなんかないのかね」
『あたしは川を作らせないように立ち回ってますけど、それにも限界があるんですよね……。そもそも射程の差がありますし……』
「《忍法・雷遁の術》ってないんだっけ。相手が川に潜ったところをビリビリーみたいな」
『あったらとっくに使ってます!』
《地形忍者》が《洪水シャーマン》と戦うには、まず大前提として相手の水中戦法を封じる必要がある。
つまり、川そのものを作らせないか、水中に潜った相手を引きずり出すか。
それプラス、距離を取らせない、というのも重要だ。
射程負けをしている以上、間合いを取られたら手も足も出なくなるからな。
川そのものを作らせないってのは実は簡単で、《地形忍者》側が地形操作をしなければいい。
が、その場合、相手の魔法の射線を遮ることができなくなるから、間合いを取られて終わり。
水中に潜った相手を引きずり出すってのも、実は難しくない。
《洪水シャーマン》側も攻撃時には水上に顔を出すから、そのときを狙えばいいのだ。
が、この場合もやっぱり――
「……川だの水溜まりだので移動を制限されるのが致命的だよな。地面が水浸しになってるせいで足音が目立って《隠密》スキルが役立たずになるし、川の対岸に陣取られたら《地形忍者》側にはもう手出しできねー」
『《土遁の術》で橋をかけるとか、やりようはなくもないんですけど、そんな悠長なことしてるうちに蜂の巣ですし』
「AGIを目一杯上げてたら飛び越えることもできなくはねーんだけどな」
『それもやっぱり無防備じゃないですか。イチかバチかですよ』
「でもまあ、元より不利マッチなわけだから、ワンチャンあるだけマシじゃああるよな。相手のエイムがヘタックソだっていう人任せのワンチャンだが」
『ゴッズランクの上位で相手のガバエイム期待するんですか?』
「期待はできねーよな、普通なら……」
普通なら。
そう、普通なら――
話しているうちに、オレの中でアイデアのようなものが形を取り始めた。
オレは頭の中でしばらくそれを追いかけるが――
「――いや、無理か……」
『どうしたんです?』
「いやさ、《土遁》なり《火遁》なりで、地面を爆発させて粉塵の煙幕を作れば、相手のエイムを妨害できるかと思ったんだが……」
『あ。いけるんじゃないですか?』
「いや、でもさ、……雨を降らせるんだよな、《洪水シャーマン》は」
『あ……』
濡れた地面から粉塵が巻き上がることはないし、巻き上がったとしてもすぐに洗い流されてしまう。
「つくづく考えられたスタイルだぜ」
『結局、《地形忍者》での対《洪水シャーマン》は捨てるしかないってことですかね……』
「ミラーマッチで勝ちを拾えば勝率は上がるからなあ」
『うあー! あたし、《地形忍者》ミラー苦手なんですよぉ! 次々に地形が変わってどんどん把握できなくなって……』
「頑張れよ開発者」
笑い混じりに言って、うし、とソファーから立ち上がる。
今の話を聞いていたリスナーのほうも、チャットで様々な意見や議論を書き込んでいた。
それを眺めながら、オレは未練がましくさっきのアイデアを思い返す。
――相手のエイムを妨害する。
《地形忍者》は、そもそもそれをコンセプトとして生まれたスタイルだ――光明があるとしたら、ここだっていう気がするんだが。
かくして休憩は終了し、オレたちはマッチングルームに戻った。
時間はすでに深夜。
配信を視聴している昼夜逆転ゲーマーたちも、朝が近付くにつれて数を減らす。
そして――
約4時間後。
最も人の少ない朝5時に、その事件は起こった――らしい。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……まず。眠くなってきました……」
くしっとプラムが目をこすると、〈かわいい〉というチャットがいくつも来た。
もお、あんまり煽てないで……。
「そろそろ休憩取るかもです。時間も時間だし、いったんログアウトして朝ご飯食べようかなあ……」
リスナーに言いつつ、プラムは半ば無意識でマッチングを開始する。
ランキングは何とか徐々に盛り返してきて、今は42位だ。
1位まであと少しにも見えるが、ここからが長い……。
(連勝できたら結構サクッと行けちゃったりもするんだけど―――な?)
表示された対戦相手の表示を見て、プラムは目を剥いた。
そこにはこうあったのだ。
――《Lily》。
(え――リリィさんっ!?)
それは紛れもなく、ジンケの恋人である森果莉々のキャラネーム。
いやしかし、自分の知るリリィだとは限らない。さほど珍しいキャラネームだとは言えないし――
と考えながら闘技場に転移し、正面に対峙したのは、漆黒のメイド服を着た銀髪の少女だった。
本物だ。
確かに、あのリリィだ。
〈なんだ、あの装備?〉
〈何のスタイル?〉
配信のチャットに当惑するような声がさざめく。
ゴッズランクでは、対戦前に相手の順位も表示される。
リリィの頭上に出た表示は、44位だった。
今のプラムと、ほとんど同じ。
すなわち、最もマッチングしやすい状態。
(まさか……スナイプされた……?)
思えば、寝ない配信開始から10時間ほど、100位辺りから10位辺りまでをひたすら行ったり来たりしていたが、40位台になるのは初めてかもしれない。
まさか、待っていたのか、このときを。
こんな朝方になるまで?
良くない予感を覚えつつも、プラムは構えた。
スタイルはまだ《地形忍者》だ。
対するリリィのスタイルは、見た目からは検討がつかない。
見る限り、武器は持っていなかった。
ということは、《拳闘士》クラス?
昔ながらの《ミナハ型最速》か、弱体化を受けた《ビースト》か――
ともあれ、リーチでは明らかに勝っている。
《地形忍者》には《クナイ》という遠距離武器があるのだ。だから、ここは下手に地形操作をしないでおこう。自分の射線を遮ることになるからだ。
堅実に、着実に、距離を取って《クナイ》と《忍法》で削れば――
対戦が開始された。
プラムは事前の計画通り、開幕から《クナイ》を投擲した。
菱形の刃がまっすぐに漆黒のメイドに飛翔し――
掴み取られる。
「……へっ?」
リリィは、自分に飛んできた《クナイ》を、素手で、簡単に、片手で掴み取ったのだ。
驚きで頭が真っ白になったプラムに、リリィは即座に《クナイ》を投げ返す。
反応が遅れた。
ざくりと刃が太股に刺さった。
「あっ……!」
太股に刺さった《クナイ》を反射的に見る。
リリィから、視線を外す。
その一瞬で、漆黒のメイド服が目前に迫っていた。
――そこからは、一方的だった。
プラムは何もできずにボコボコになって1ラウンド目を落とし、その動揺から立ち直れないでいるうちに、2ラウンド目も距離を詰められてボコボコになった。
ストレート負けである。
「……………………」
マッチングルームに戻り、唖然とするプラムの視界の端で、配信チャットにも戸惑うような書き込みが続く。
……一体……今のは、なんだったんだろう……?
誰もが、白昼を見たかのような気持ちだった……。
呆然としたまま、プラムは手癖で再びマッチングを開始する。
すると。
「あ」
〈連戦〉
〈連戦だ〉
再び、ブラックメイドと対峙した。
感情の窺えない氷のような瞳が、冷然とこちらを見据えているのを見て、プラムは慌てて気合いを入れ直す。
(……同じことをしちゃダメだ)
本能的にそう思ったプラムは、対戦開始と同時、《地形忍者》のセオリー通り《忍法・土遁の術》で地面を隆起させる。
その陰に隠れ潜みながら、《クナイ》によるヒットアンドアウェイを繰り返そうというプランだ。
凄まじく『寒い』プレイにはなってしまうが、これならば――!
だが。
隠れられなかった。
MAOの《隠密》スキルは、使用者の足音や息遣いを小さくする効果がある。
その低減度は熟練度にもよるが、対人戦においても実用レベル――使えばたちまち、居所が掴めなくなってしまうはずだった。
なのに、リリィは一瞬で見つけてくる。
まるで、本当の『気配』を感じ取っているかのようだった。
漫画に出てくるような、敵の殺気を感じて動く達人と、戦っているかのようだった。
隠れては見つけられ、隠れては見つけられ――それを繰り返しているうちに、HPはなくなっていた。
再びのストレート敗北。
これで、2連敗だった。
そして――対戦の終わり際、闘技場から退出する直前のこと。
リリィはプラムに、まるで突きつけるようにして、1本、指を立てる。
それを見るなり、プラムは悟った。
(これ……BO3だ……)
BO3――3本勝負、2本先取。
今、自分は、リリィにBO3で負けたのだ。
だから彼女は、1勝目を宣言した――
――本当の最強なら、相手が何であろうと、状況がどうであろうと、必ず勝つ
前に彼女が言っていたことを思い出す。
もしかして……証明しようとしているのか、あの言葉を。
プラムが使う、あらゆるスタイルに勝ってみせることで。
「……あ……あったまきた……っ!!」
《ブロークングングニル》や《地形忍者》の件でもわかる通り、プラムはどちらかといえばスタイルビルダーだ。
環境を見て、それに合ったスタイルを作ることが至上の喜びだ。
それを。
そのゲーム性を。
あなたは――間違いだって言うの?
(……やってやる。やってやる……っ!!)
使命感めいた熱情に駆られて、プラムは対人戦メニューを開く。
スタイル変更。
《地形忍者》から、《洪水シャーマン》へ。




