第97話 プロゲーマーはわからせる - Part1
11月27日土曜日。
21時00分。
〈きた〉
〈きたあああああああああああああ〉
〈うおおおおおおおおおおおおおおおおお〉
配信開始時刻になるなり、チャット欄がやたらめったらに騒ぎ始める。
オレはそれを眺めて口角を上げつつ、目の前に飛ばしたVRカメラ――《ジュゲム》に向かって話しかけた。
「初っ端からそのテンションで大丈夫か? 今日は長丁場になるから体力温存してけ」
〈最後まで見届けます!!!!〉
「へいへい。無理をしない程度にご視聴くださーい」
何度かプラムの配信にお邪魔したおかげか、チャットの相手も慣れたものだ。
最初は文字に対して声で喋るという感覚に違和感があったもんだけどな。
これからはチームの公式配信に出演することもあるから今のうちに慣れておけって、コノメタやニゲラにも言われているから、今日の配信はちょうどいい練習になるだろう。
「んじゃ、オープニングトークにでも入るか、プラム」
『はっ、はい! え、えと、聞こえてますか……?』
「聞こえてるよ。なんでお前のほうが緊張してんだよ。配信はお前のほうが先輩だろ」
『だ、だ、だってぇぇぇ……! 寝ない配信なんて初めてなんですもんっ……!』
今は別室にいるプラムと通話が繋がっているが、本格的にランクマに潜り始めたら、お互いに連絡は取らないことになっている。
合間合間で休憩がてら途中経過を報告し合う予定だが、それ以外の情報交換は完全にリスナー頼りだ。
「とりあえず簡単にルールを説明するけど、オレとプラムとでどちらが先にゴッズランク1位になれるかを競う。で、ここからがついさっき追加されたルールなんだが、10秒以上寝たら自動ログアウトするようにあらかじめ設定しておいて、それが作動したら即負け」
『そ、それがないと寝顔を全世界配信することになっちゃうじゃないですかっ! 無理です! 無理無理!』
MAOでは、ゲーム内で眠ることができる。
なぜかといえば、寝る間も惜しんでレベル上げに励む廃ゲーマーどもが、『少し寝オチしただけで強制ログアウトになってしまうようでは不便だ』とクレームを入れたからだ。
そのおかげでより没入感のあるゲーム内旅行もできるようになったわけだが、当然、寝たら自動でログアウトする機能も存在する。
「いやいや、だーいじょうぶだって。勝てばいいんだから。勝てば」
『そ、そうですけどぉ……』
〈罰ゲームはー?〉
と、まさにベストのタイミングで、そんなチャットが目に飛び込んできた。
「罰ゲームは? って、こっちのチャットに来てるぞ。プラム、どうする?」
『え!? あるんですか!?』
「そりゃあリスナーが言ってんだからやらなきゃダメだろー」
にやにやしながら言うと、チャット欄がにわかに盛り上がった。
プラムも『あうーっ……』と困った声を上げている。
向こうの配信のチャットも同じ様子らしい。
「そういえばさあ、さっきハウスでチームメンバーと喋ってて、プラムのボイス集出したら売れるんじゃねーかって話をしたんだよなー」
『えっ……? ま、まさか……』
「オレが勝ったらプラムがボイス集を出す。これが罰ゲームでどうだ」
『えええええええええええええええええええっ!?!?』
プラムが通話の向こうで絶叫し、チャット欄が〈おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〉で埋め尽くされた。
オレはカメラに向かって言う。
「お前ら今のうちにプラムに言ってほしい台詞考えとけ。参考にするから」
『やっ……ちょっ……むりむりむりむりむり!!』
〈GJGJGJGJGJGJGJ〉
〈10万までなら出す〉
〈社長の許可取ってきた〉
最後のはコノメタのチャットだった。
〈社長許可出たあああああ〉
〈コノメタOP〉
〈凄まじいスピードで外堀が埋まったw〉
加速するチャット欄を前にして、プラムは『あうあうあう』と呻くばかりだったが、
『わっ……わかりましたよっ! もし負けたらボイス集でも何でも出しますよ!! もし負けたらですけどっ!!』
ぶっ壊れそうなほどスクロールするチャット欄。
『え、エロいのはダメですからね!? エロいのは!』と慌てて付け加えるプラム。
出だしから盛り上がってよかったよかった、と満足するオレ。
さて、オープニングトークはこのくらいにするか――と切り出そうとした、そのときだった。
『……それで、ジンケさんが負けたら何をしてくれるんですか?』
「……へ?」
『あたしの罰ゲームはジンケさんが決めたんですから、ジンケさんの罰ゲームはあたしが決めていいですよねっ!?』
お、おお……考えてなかった……。
というか、プラムの剣幕がすごい……。
「あ、ああ……なんか案でもあんのか?」
『あたしが勝ったら……えーと、えーと――』
あからさまに『いま絞り出してます』という間の後、プラムは力の籠もった声ではっきりと叫んだ。
『――こ……今度リアルで会ったとき、ご飯奢ってくださいっ!!』
「……………………」
オレはプラムの言葉を解釈し、理解し、首を傾げた。
「なんだ、そんなことか。いいぜ、そのくらい」
『言質取りましたからね! すっごい高いお店行っちゃいますから! 焼肉とか!』
「いや、限度考えろよ!?」
もっととんでもねーことを要求されるのかと思ってビビっちまった。
プラムが本能的に優しい奴で助かったぜ。
胸を撫で下ろしつつチャット欄を見ると、
〈デートか?〉
〈デートじゃねえか〉
〈デート〉
〈デートだ〉
〈焼肉デート羨ましい〉
……………………んんー?
あっれぇ?
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
11月27日土曜日。
21時08分。
東西南北4つのアリーナのうち、最も女性率の高いイースト・アリーナ。
酒場とゲームセンターを混ぜ合わせたような空間であるアリーナ・ロビーには、女性プレイヤーたちの黄色いざわめきが満ちていた。
「プラムちゃん、やっるじゃーん」
「いやあ、あれ天然だって」
「いいよねー、友達って感じで。ああいうの憧れるー」
「うわっ、似合わねー。スイーツ恋愛脳のくせに」
「ああん? やるかコラ!」
女子校めいたノリでげらげら笑う女性たちが見ているのは、誰かが壁に映写しているプラムの配信だ。
今や女性プロゲーマーの活躍は珍しいものではなくなったが、中でもプラムは、ずっとこのイースト・アリーナで活動を続けてきたプレイヤーであり、常連たちにとっては友達、あるいは仲間のような感覚が強くあった。
その彼女がこれだけ注目を集める配信をするのだ。
即席のパブリック・ビューイングが始まってしまうのも無理からぬことであった。
そんな中、黒いローブで風体を隠したプレイヤーが一人、ロビーの隅で紅茶を飲んでいる。
リアルであれば不審者以外の何者でもなかったが、MAOでは全裸以外のどんな格好であっても不審がられることはない。
彼女は目深に被ったフードの奥から、壁に映写されたプラムの顔に視線を投げた。
赤面した顔を困ったようにして、必死にリスナーに何か言い訳をしている。
ルビー色の紅茶に、さざ波が立った。
「――師範」
何処からか、少女の声が彼女の耳を震わせる。
「やはり、小生が参りましょうか。ご命令をいただければ、いつでも消してご覧に入れます」
「……いい」
彼女はさざ波の立った紅茶で唇を濡らした。
「あなたは、自分のことに専念して。命令」
「は。しかし――」
「しかし――何?」
「……………………」
有無を言わさぬ調子の声に、姿なき少女は押し黙った。
「……それにね、ミョウブ」
カチャリと、彼女はカップをソーサーに置く。
「『消す』なんて言葉は、はしたない。それは、強くない」
「では、なんと……?」
「格闘ゲームのスラングに、もっと適切な言葉がある――」
彼女は音もなく立ち上がり、ゆらりとローブの裾を揺らした。
その足が向かうのは、ロビーの奥――対戦室のあるエリア。
「――あの子は、わたしが『わからせる』」




