第91話 プロゲーマーは流行に流されない
【ゴッズランク31連勝達成! 《トート・ウィザード》】
バランス調整を経てランクマッチ環境に新登場した《ハイ・ウィザード》。これを使用したスタイルが、早くも驚異の実績を残しました。
作成者は《五闘神》の一人にも数えられる強豪、Dr.Solu.選手です。
●クラス
《ハイ・ウィザード》
(補正内訳
HP:0.8
MP:1.3
STR:0.9
VIT:0.7
AGI:0.9
DEX:1.0
MAT:1.6
MDF:1.3)
●スキル構成
《魔法学》
《精神力》
《悟りの境地》
《高速詠唱》(2枠)
《魔力節約》(2枠)
●ステータス(ポイント)
HP:320(0)
MP:988(500)
STR:252(0)
VIT:189(0)
AGI:243(0)
DEX:260(0)
MAT:1248(500)
MDF:442(80)
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
オレは相手の杖の先端に注目した。
集中しろ……集中……!
射出角度は杖の延長線を0度として大体20度くらい。
頭の中に弾道予測を描いた直後、杖の先端から《ファラミラ》が放たれた。
「ぬおらっ……!!」
《魔力武装》の加護を得た拳でその弾道を逸らしながら、オレは対戦相手に肉迫する。
が、こっちの間合いに入る前に、相手はぶんっと杖を横に振るった。
オレの目の前に炎の壁が立ちはだかる。
《ダイホウカ》……!
いったん下がるか、飛び越えるか、一瞬だけ判断が鬩ぎ合う。
その一瞬が命取りだった。
対戦相手がスペルブックに左手で触れ、唇を動かす。
ランクマッチでは相手の声は基本、聞こえないが、オレはその動きだけで、その言葉を明瞭に聞くことができた。
――《オール・キャスト》。
初撃の《メガデンダー》をまともに受ける。
続けざまに襲ってきた3種類の魔法によって、オレは袋叩きにされた――
「――だぁーっ!! くっそぉーっ!!!」
マッチング・ルームを出たオレは、対戦室のソファーに飛び込んでじたばたと暴れた。
「勝ーてーねーえぇぇぇ!!! んごごごががががぎごがががもがもが」
「わあっ!? ちょっとジンケさん! ソファー噛まないでください!」
プラムにソファーから引き剥がされる。
腕置きの部分に、オレの歯形がくっきり残っていた。
新環境2日目である。
オレたちEPSメンバーはまたぞろノース・アリーナの対戦室に集まって、環境の検証を行っていた。
ただし、コノメタは仕事で欠席。
オレ、プラム、ニゲラ、そしてシル先輩という面子だ。
シル先輩は例によってカードをいじっている。たぶんハウスに誰もいないから寂しかったんだと思う。
八つ当たりの対象を失ってフローリングの床に沈んだオレを、プラムはゆさゆさ揺らしながら励ましてくれた。
「お、惜しかったじゃないですか! あと一歩踏み込めてたらジンケさんの勝ちでしたよ、今のは!」
「そうなんだよなぁ……あと一歩なんだよなぁ……でもどっちにしろ、無理してる感じはあるんだよなぁ……」
「それはまあ……相性がいいとは言いませんけど……」
「スタイルパワーで負けてるだけなのだわ」
と、ソファーに腰掛けて足を組んだニゲラが、ピッピッとリモコンで壁面の大モニターを操作しながら言う。
「録画を見てみなさいよ。必死こいて相手の魔法を防ぎながら距離を詰めようとするアンタに対して、《トート・ウィザード》側のこの余裕。ティアー1の貫禄ってやつなのだわ」
「絶対王者感は出てますよね……。まだ2日目ですけど」
「火力がおかしいんだよ、火力が!」
オレはガバッと起き上がりながらがなり立てた。
「ワンコンボで体力が半分以上消し飛ぶってどういうことだよ! ひどいときは5秒くらいで1ラウンド終わるぞ!!」
「それはアンタが、MDFに下降補正のある《拳闘士》なんてクラスを使うのが悪いんでしょ? 環境を見なさいよ、環境を」
「……どうせ火力で焼き殺されるなら、AGIを上げて避けたほうがいいと思ったんだよなぁ……」
また暗鬱とした気分になってきた。
モニターに映るさっきの試合のリプレイ映像を眺めながら、オレは「うう~~~~ん」と唸る。
五闘神の一人、ドクター・ソルが生み出した《トート・ウィザード》は、一言で言えば速攻型のスタイルだ。
《ハイ・ウィザード》というクラスが持つ圧倒的なMATの高さを利用し、初っ端から全力の攻勢に出て相手のHPを焼き切る。
やられる前にやる。
それを地で行く戦法である。
ドクター・ソルが着目したのは、バフされた上級魔法でもなければ、ナーフされた下級魔法でもなかった。
その中間――《ファラミラ》を筆頭とする中級攻撃魔法だ。
《ファラゾーガ》《エアガロス》《ギガデンダー》などの上級攻撃魔法は、威力も高い分、MP消費が激しくクールタイムも長い。
かといって、《ファラ》《エアーギ》《デンダー》などの下級攻撃魔法は、《ダンシングマシンガンウィザード》が暴れるのを阻止するためか、長所だった燃費の良さに弱体化が入ってしまった。
火力、燃費、そして速さ。
それらすべてを追い求めた結果、前環境には誰も使っていなかった中級攻撃魔法群に白羽の矢が立つこととなったのだ。
おそらく、運営が《ハイ・ウィザード》の投入によって目論んでいたのは、高威力魔法で一撃必殺を狙う魔法職と、近付いて殴り倒そうと企む前衛職による、ヒリヒリした差し合い対決だったのだと思う。
だが、現実はそうはならなかった。
《ハイ・ウィザード》側は上級攻撃魔法による一撃必殺には決して頼らず、かつての《ダンシングマシンガンウィザード》に迫る勢いで弾幕をばら撒くようになった。
それでいて、上級攻撃魔法をも超える威力と使い勝手を併せ持つフィニッシュ・ブローまで開発してしまった――
「せめてあの《ACコン》がなけりゃあな……決め手に欠けるスタイルだったと思うんだが……」
「あれ、運営も予想外だったと思いますよ。セルフバフの弱体修正が、まさかあんな風に利用されるなんて誰もわかりませんでしたもん……」
「アタシたちのほとんどと同じように、中級攻撃魔法が視界に入ってなかったんでしょうね。今ごろ社内で大慌てかしら」
《トート・ウィザード》のフィニッシュ・ブロー――通称|《ACコン》。
ACってのは《オール・キャスト》の略で、略さずに言えば《オール・キャスト・コンボ》となる。
《オール・キャスト》ってのは、スペルブック(使用可能な全魔法が記された本)の開いたページに載っている魔法をすべて発動する特殊コマンドだ。
以前は、見開き2ページにバフ系統の魔法を4種類入れて、《オール・キャスト》の一言で4つのセルフバフを瞬時に完了させる、という使い方がされていた。
のだが、今回の調整により、《オール・キャスト》コマンドは、開いたページのすべての魔法を同時に発動させるものではなくなった。
同時ではなく、時間差でひとつひとつ順番に発動させる仕様に変わったのだ。
それによって《セルフバフ》系統のスタイルはほぼ成立しなくなったが、代わりに以前はできなかったことができるようになった。
それが《ACコン》である。
やり方は単純だ。
まず、同じ見開きページに中級攻撃魔法を4種類入れておく。
そして《オール・キャスト》と唱える。
以上だ。
これの何が強いのか?
以前の《オール・キャスト》は対象魔法がすべて同時に一気に発動されたから、同じことをやっても基本的にはMPの無駄だった。
ひとかたまりになって迫る魔法を躱すことは容易だし、仮に当たったとしても、魔法同士で干渉し合ってしまって威力の多くが散ってしまう。
ところが、今回の仕様変更によって、対象魔法が順番に発動されるようになった。
4種類の魔法が時間差で、しかもショートカットで発動するよりも速いテンポで襲ってくる。
ただこれだけでも避けにくくて厄介だ。
そのうえ、魔法同士で干渉して威力を散らすこともなくなった。
4種類もの魔法の威力を余すことなく、《オール・キャスト》の一言で相手に叩き込めるようになったのである。
さらに、現在の《オール・キャスト》コマンドは、スペルブックの見開き左上に載っているものから左下→右上→右下の順で発動するので、コンボの順番を自由にカスタマイズすることさえできる。
どの魔法をどの順番でACコンに使うのが適当かは、現在進行形で研究が進んでいるが、今のところは1撃目に《メガデンダー》、2撃目に《エアーマ》を持ってくるタイプが多い。
雷属性の《メガデンダー》を受けてしまうと、確率で麻痺が入る。
すると2撃目の風属性魔法《エアーマ》が確定で当たり、今度はノックバックが発生する。
ここまで来ると、残りの2撃も外れることはまず有り得ないってわけだ。
「《トート・ウィザード》の厄介なところは、強い上に使うのが簡単というところなのだわ」
ニゲラが嫌そうにリプレイ映像を見ながら言った。
「中級魔法をとにかく撃ってダメージを稼ぎながら、隙を見てACコンでフィニッシュ。究極、たったこれだけのスタイルなんだもの」
「たまに1歩たりとも動かずに勝てちゃいますよね。というか、動かなきゃいけなくなったら大抵負けちゃいます」
「へえ。そうなのか?」
「はい。動くと照準がブレちゃって、攻撃が全然当たらなくなっちゃうんです」
「ああ、なるほどなぁ……」
プラムはさすが柔軟で、《トート・ウィザード》も自分の手で試している。
オレは無駄に負けん気を発揮してしまうタイプだから、流行スタイルには反射的に拒否反応を示してしまうんだが……。
「オレも、少しは自分で使ってみないとな……」
「ま、この状況だものね」
ピッとニゲラがモニターのチャンネルを切り替える。
ランクマッチの映像をランダム再生するチャンネルだ。
4×4で合計16の対戦が映る。
総計32人にも及ぶプレイヤーのうち――
「うーわー……。《トート・ウィザード》だらけ……」
そうなのだ。
32人中、たぶん28人くらいは《トート・ウィザード》。
世はまさに大魔術師時代だった。
「《ハイ・ウィザード》はMDFの補正値も高いから、《トート・ウィザード》をメタるのには《トート・ウィザード》を使うのが一番手っ取り早い。道理なのだわ」
「地獄じゃ……ここは地獄じゃ……」
おおおお、と魔法使いたちが殺し合う光景を見て絶望の呻き声を上げるオレ。
ウィザードエイジ・オンラインじゃねーか!
「おい、なんかねーのか! 魔法使いどもを虐殺できる天才的な戦法は!」
「それはこっちの台詞よ! アンタ、また武者修行でもして《手負いの獣》みたいな新スキル見つけてきなさいよ!」
「あんなこと何度もできるかっ、この洋ロリ!」
「よっ……! アンタね、先輩に対する敬意ってもんはないワケ!?」
「うるせえぇーっ!! 高い高いしてやる!!」
「きゃああぁーっ!?!?」
お察しの通り、オレもニゲラも負けが込んで気が立っていた。
大丈夫か。
今月50位以内が目標なんだぞ、オレ!
金髪ツインテ先輩を抱え上げてぐるぐる回るオレを尻目に、プラムは眉根にしわを寄せて悩む。
「何か、こう……発想を根本的に変える必要があるような気が……うううう~ん。出てこない~……!!」
悔しそうにバンバンと自分の太股を叩くプラムの背後に、ふらりと小さな影が立った。
ちょんちょん、と肩をつつかれ、プラムはビクッとして振り返る。
「あれ……? し、シルさん? どうかしました?」
裸にオーバーオール(のように見える格好)のシルは、口にチョコ菓子を咥えたまま、ぽんっと自分の薄い胸を軽く叩く。
オレはぐったりとしたニゲラをぬいぐるみのように抱えながら、シル先輩に近付いた。
「なんだ? オレたちに何か言いたいことがあるのか?」
「(ぐっ!)」
サムズアップ。
どうしたんだ、いきなり。
首を傾げるオレとプラムをよそに、シル先輩は大モニターの前に移動した。
ポキッ、と。
咥えていたチョコ菓子を指で折る。
そして、
「……メタ・ゲームは、もともと、カードゲームの言葉」
静かな声を、ようやく口にした。
「……え?」
「そのくらい知ってるが」
「今の話聞いてて……なんとなく、わかった」
EPSデジタルカードゲーム部門のシルバーフォルテ先輩は、折ったチョコ菓子で、背に負った大モニターを指す。
……いや。
先輩が指し示したのは、そこに映った大量の《トート・ウィザード》だった。
「このスタイルの、潰し方。……教えてもいい?」




