第90話 プロゲーマーは解答を見る
バランス調整の検証をあらかた終えたオレたちは、夕食休憩を取ってから連れ立ってアリーナに繰り出した。
向かったのは、ハウスから一番近いノース・アリーナだ。
オレ以外の面子――コノメタ、ニゲラ、プラム――は女性プレイヤーの多いウエスト・アリーナが根城なのだが、オレの居場所がなくなるので今回はこっちにした。
オレたちがロビーに入ると、そこに屯していたプレイヤーたちが一斉に振り向いた。
「あっ、来たなハーレム野郎!!」
「ぞろぞろ引き連れやがって!!」
「EPSの女の花園によくも!!」
「あーあー、うるせえうるせえ。っつーかEPSにも結構男いるっつーの」
早速突っかかってくる顔見知りどもの罵詈雑言を、オレは耳に指を突っ込んで遮断する。
まあ正直、オレもこの女性率の高さには肩身の狭さを感じてるけどな。
この前の歓迎会じゃあ、普通にメンバーの半分以上が男だったし……MAOメンバーが例外的に女性率の高い面子なのだ。
MAOっていうゲームが、格ゲーというあからさまに男臭いジャンルとは少し離れた位置にあるからだろうか。
「……ううっ……」
プラムがか細く呻いて、オレの背中に身を隠した。
オレは溜め息をついて、デリカシーのない野郎どもに言う。
「ほら見ろ、プラムが怖がってるだろーが。お前らみたいなイキりゲーマーに慣れてねーんだよ。イキり度を下げろ」
「うるせえ! イキりゲーマーの頂点が吹いてんじゃねえ成り上がり野郎!!」
「あ? やるか? 10先でいいぜ」
「上等だ。やったろうじゃねえか!」
おおおおっ!! と周りが盛り上がった。
プラムがひえっと怯えて、ニゲラが肩を竦め、コノメタは苦笑する。
「こらこら。目的を忘れるなジンケ君。まだスタイルも決まってないだろう」
「あ、そうだった」
「ああん? てめえも《ハイ・ウィザード》に頼るつもりか、ジンケぇ!」
「堕ちたもんだなRISE王者ぁ!!」
「お前らがそれだけ反発するってことは、そんなに《ハイ・ウィザード》だらけなのか?」
「おうよ。今日はもう九割くらい《ハイ・ウィザード》ミラーだぜ」
「煽りからするっと普通の会話になった……」
背中で呟くプラム。慣れだ、慣れ。
オレたちはロビー内を移動して、壁に設置された巨大モニターに向かう。
そこには、現在ランクマッチで行われている対戦がランダムに放送されている。
縦横に分割された画面に映る無数の対戦をざっと眺めて、オレは思わず「うっわ」と呻いた。
「マジで《ハイ・ウィザード》だらけじゃん……」
画面に映る何十人というプレイヤーのうち、剣や槍を握っているのはせいぜい1割いるかどうか。
つまり、9割以上が魔法使い――《ハイ・ウィザード》だった。
ニゲラが腕を(実は結構大きいという噂の胸を押し上げるかのように)組みながら、壁面モニターを見上げる。
「むべなるかな、ってヤツね。新環境初日だもの。とりあえず新しいのを使ってみたくなるものなのだわ」
「とはいえ、これは……」
プラムが困ったように眉を下げた。
その隣でコノメタが小首を傾げ、
「メタったら入れ食いになりそうなものだけど、その辺どうなのかな?」
「それな。強化された《マギシルド》とかでカモにできねーの? かなり強度上がってたよな」
「その《マギシルド》を《ハイ・ウィザード》で使えばいいんじゃないかしら?」
「ああー……」
ニゲラの意見を聞いて不覚にも納得してしまう。
現時点では、《ハイ・ウィザード》で《マギシルド》――魔法障壁を展開する魔法を使って同系スタイルをメタるのが一番勝ちやすいらしい。
メタとパワーが合わさればすなわち最強。道理だな……。
「まあ、研究が進めば変わってくるとは思うけどね」
「環境最初で暴れてたスタイルが最後のほうでは影も形もない、とか結構ありますもんね」
「そのうち近接系のスタイルも増えるんじゃない?」
先輩方の意見を聞きながら、オレは今一度モニターを眺める。
今は誰もがいろんなスタイルを試している最中なのだ。
今の時点で環境がどうこうと評価することはできない、か……。
「ま、自分の肌に合うかどうかなのだわ、結局のところはね。わかったら、さっさと対戦室に行きましょう――」
――おおっ!!
という歓声が、突然降って湧いた。
別の壁面モニター――リアルタイムランキングのほうからだ。
「なんでしょう?」
「行ってみるか」
リアルタイムランキングのモニターに群がるようにしてできた人だかりに、オレたちは近付く。
「おい、どうしたんだ?」
一番後ろにいた適当なヤツに声をかけた。
知らない顔だったが、ノース・アリーナは身内感が強いから、顔や名前を覚えているかどうかはあまり関係なかったりする。ここにいるってだけで身内っぽい感覚になるのだ。
そいつは振り向きもせず、呻くように答えた。
「で、出た……。出たんだよ、リアタイに!」
「出た? 幽霊が?」
「ばッか! ちっげーよ!!」
リアタイランキングに目を釘付けにしながら、その男は興奮した様子で叫んだ。
「《ドクター・ソル》だよ!! 《五闘神》の一人、《闘神トート》!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
『【MAO】ハイ・ウィザードは本当に最強なのか? 新環境ランクマッチ!』
対戦室に入ったオレたち4人は、プラムがホロウインドウに映した配信画面を、身を寄せ合って覗き込んだ。
「ちょ、ちょっと皆さん、近いんですけど……!」
「いち、じゅう、ひゃく、せん――うわっ、13万!? 同時視聴者数13万人って、マジかよ、これ……」
「ひやっ!? じ、ジンケさんっ……! 息っ……耳に息がぁ……!」
「おお、すまん」
オレが身を離すと、プラムは赤くなった頬を手で冷やすようにしてから、ホロウインドウを拡大した。
オレたちはソファーに座って、空中に投影された配信画面を眺める。
『っし! 9連勝! いやー、ははは、見つけちゃったか?』
聞き取りやすい澄んだ声が、画面から流れてきた。
マッチング・ルームの中に明るい髪色の青年が立ち、カメラに視線を送りながら喋り立てる。
『でも今のはエイムがちょっと甘かったかな。最初は無理に近付こうとしてくる人ばかりだったから楽に魔法を当てられたけど、きっちり避けるのを意識する人がだんだん増えてきた。その辺の補助をスタイルに組み入れてもいいかもね』
チャット欄には猛然とした勢いでコメントが書き込まれ、そのスクロールの様はまるで逆流する滝だ。
当然、画面の中の青年も一人一人と会話しているわけではない。
13万人。
そんな膨大な数の視聴者の総体と話しているような印象だった。
「こいつが……《闘神トート》か……」
なんだかんだ言って、この目で見るのは初めてかもしれない。
EPSに入ってからeスポーツの試合には目を通すようになったものの、自分のことで精一杯だったのもあって漏れも多い。
だから、《五闘神》の一人、《闘神トート》がストリーマー活動に精を出していることを知ってはいても、実際に視聴することはなかった。
見た目の印象としては、さほど変わったところがあるようには見えない。
そこら辺の道を歩いていても、きっと気がつかないだろう。
優男風の雰囲気から、ちょっと軽薄な印象を持つくらいのことで――いわゆるオーラってヤツは、少なくともミナハほどには感じない。
にもかかわらず、この視聴者数。
実力からなのか、あるいは何か人気の秘密があるのか……。
「新環境初日とはいえ、ホントにエグい数ですよね……13万人……」
EPSストリーマー部門所属のプラムがぽつりと呟いた。
「お前から見てもそうなのか、人気ストリーマー?」
「あたしの配信、多いときでも2000人くらいですよ……?」
「桁が二つ違うな……」
コノメタが苦笑して、
「言っておくけど、2000人というのもとんでもない数だからね。日本じゃ間違いなく超が付くレベルの人気だよ」
「そうですよね……あたしなんて、3ヶ月前までリスナー1桁でしたもんね……あはは……」
MAOストリーマー界のシンデレラは、暗い過去を思い出して遠い目になった。
そうだよな。何の訓練をしたわけでもない素人の女子の話を2000人が日常的に聞いてるって考えたら、ほとんど異常事態だよな……。
そう考えると、13万人。
東京ドームが二つあっても足りない人数である。
それほどの人間が、一人の男がゲームをしている姿を揃って眺めていると想像すると、もうそれは新興宗教かなんかの集会にしか思えなかった。
「世界的に見てもトップクラスなのだわ、このリスナー数は……。一昔前なら、日本人の配信でこんな数、有り得なかったのだけど」
「日本語話者の数がねえ、たった1億人ちょっとだから。英語配信には天地が引っ繰り返ったって勝てなかった。今はリアルタイム・サブがあるから、多少はマシになったんだよね」
闘神トート――ドクター・ソルの配信の画面下には、英語の字幕が止めどなく表示されている。
リアルタイム・サブ。
ソルの話している日本語をプログラムで同時翻訳しているのだ。
オレもさほど詳しくはないが、ソルのように配信者側で表示設定することもできれば、視聴者側で自分の母語に翻訳するよう設定することもできるらしい。
今時の(というか、某アメリカ企業の)機械翻訳はマジで有能で、ネイティブスピーカーの目から見てもかなり自然だそうだ。
コンテンツを言語の壁から解放するため、というお題目で、あのアメリカ企業の傘下であるこの動画サイトでは、このリアルタイム・サブ機能が有料で提供されていた。
「とはいえ、まだ日本人プレイヤーがほとんどのMAO配信で、これほどの人数を集めるとはね……《五闘神》恐るべし」
コノメタの口調は軽いそれだったが、揶揄するような響きはない。
恐ろしい、という言葉は、事実その通りだった。
これほどの視聴者数。MAOプレイヤーの多くがその中に混じっているだろうし、その内容について小耳に挟む人間となるとさらに増える。
つまり――対戦環境に影響するのだ。
馴染みのない人間には冗談に思えるかもしれないが、たった一人のプレイヤーによって対戦環境が激変する、ということは、かなり日常的に発生する。
オレが考え、プラムが完成させた《ブロークングングニル》が一時、環境を席巻したのもそのひとつだが、最も頻発するのは、有名プレイヤー――それもストリーマーが配信で使用したスタイルを視聴者が真似る、という形だ。
結果を出したスタイルならばそれも当然だが、有名ストリーマーが関わる場合は、必ずしもその限りではない。
ちょっと物珍しくて、ちょっと面白そうなスタイルであれば、暴力的なパワーを秘めていなくとも流行る可能性が高い。
対戦環境ってヤツは絶対的な弱肉強食ではなく、相対的な流行り廃りで簡単に移り変わるものだから、それだけでも充分にメタが変わるのだ。
いわんや、13万人。
この視聴者数はすなわち、この男の対戦環境への影響力を意味する。
ドクター・ソル――たった一人の男の胸先三寸で、ランクマッチの環境が規定されてしまうかもしれないことを意味する……。
『よおし、10連勝! 行くぞ行くぞ行くぞ!!』
オレたちは自分でもランクマッチで《ハイ・ウィザード》の使用感を確かめつつ、対戦室に戻ってはドクター・ソルの配信を確認した。
オレがひとつ勝つたびに、闘神はふたつの連勝を重ねていた。
その数字は、最終的に31に達する。
リアルタイムランキングの頂点には、《Dr.Solu.》の名が、2位に4倍以上のスコア差をつけて君臨していた。
「……ねえ、知ってるかな、ジンケ君? 《ドクター・ソル》の《ソル》が、何の略なのか」
リアルタイムランキングの名前を見上げながら、コノメタが呟く。
オレが無言で首を横に振ると、彼女は引き攣ったように口角を上げた。
「『Solution』。――『解答』という意味だよ」




