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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
混沌の新環境編――神逆のメタ・ゲーム

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第89話 プロゲーマーは検証する


 ついに、この日が来た。

 オレはMAOにログインするなり、セーブポイントとなっている個室を飛び出して、VRハウス地下1階のトレーニングルームに駆け下りた。


「おっ、来たねジンケ君」


「おはようございます、ジンケさん!」


 無機質な白塗りのモニタリングルームで、コノメタとプラムが飛び込んだオレに振り返る。

 オレは勢い込んで訊いた。


「アプデ来たか!?」


「来たよ。いま検証中」


 そのとき、トレーニングルームに繋がったスピーカーからニゲラの声がした。


『《ファラゾーガ》!』


 正面の壁面には、トレーニングルーム内を映した大きな窓がある。

 その真ん中に立ったニゲラが、手から火球を迸らせて、試し打ち用の人形を吹き飛ばしていた。


 窓の表面に様々な数字がオーバーレイ表示される。

 それらデータを眺めて、コノメタとプラムが口々に呟いた。


「うーん。威力は変わってないね」


「弾速が気持ち速くなってませんか?」


「……いや、弾速じゃねーな」


 オレは窓に近寄りながら言う。


「詠唱から火球が出るまでが3フレくらい早くなったと思う」


「へ? 3フレって……」


「ふむ。言われてみればそうかな」


「えっ!? コノメタさんもわかるんですか!?」


「そりゃ3フレームも違えばな」


「だいぶ違うよねえ」


「ええ……? わからないあたしがおかしいんですか……?」


 3フレームといえばわずか0.05秒だが、ことゲームの世界ではとても大きな差だ。

 今は傍から見ているだけだから『ちょっと早いな』くらいで済んでいるが、実際に自分で使ってみれば、拭いようのない違和感に襲われることだろう。


 これは大昔の話だが、地上デジタル放送への移行やなんやで家庭からブラウン管テレビが一掃された後でも、一部のゲーマーはブラウン管を使い続けたらしい。

 理由は、液晶テレビより操作の遅延が少ないから。

 それは数字にしてみれば0.1秒にも満たないものだろうが、ゲーマーたちにとっては看過しがたい枷だったのである。


「んにしても、運営も何がどう変わったのかはっきり教えてくれりゃいいのにな」


 細々とした数字に目を走らせながら、オレは言った。

 運営はどれが強化されてどれが弱体化されるのかってことは明示してくれたが、具体的にどの性能がどうなるのかまでは説明してくれなかった。


 クールタイムが変わるのか。

 威力が変わるのか。

 硬直が変わるのか。


 それぞれでまったく違うってのに、『ゲームが快適になるように性能を調整しました』の一言だけだったのだ。


「わたしもそう思うけど、運営的には、調整内容の検証もゲームのうちだってことなんじゃないかな」


「あたしは結構好きですよ? みんなで細かい検証するの」


 そう言ったプラムは、確かに心なしかうきうきしているように見える。

 地道な作業が性に合っているのかもしれない。


「それに、今回は人海戦術にも頼れますから!」


「ん?」


 今更になってようやく気付いた。

 プラムの後ろに妖精が飛んでいる。

 VR空間用のウェブカメラ――通称《ジュゲム》だ。


「あ、配信してたのか。ちっすー」


 妖精に向けて軽く手を振った。

《ハイ・ウィザード》に必要なスキルを取りに行ったときに、プラム配信のリスナーには顔見せをしていた。

 ちょうどプラムの人気が爆発した頃にランクマッチで1位争いをしたのも手伝ってか、意外にも暖かく迎えてもらえた。


「なるほど。リスナーの手も借りようってわけだ。はー、さすが人気ストリーマーは人望が違うなー」


「ちょ、ちょっとぉ、やめてくださいよう!」


 困っているような恥ずかしがっているような様子で、プラムはオレの肩を手でぐいっと押した。

 プラムは自己評価が低いので、こうやってからかうと面白い。


「気付いたことを報告してもらって、わたしたちがすぐに試す――なかなか便利だよ、これは」


 コノメタが言った。


「配信のアーカイブに残しておけば証拠にもなるしね。この時期は結構デマが飛び交うんだ」


「へー。デマか」


「ついさっきもすごい噂が出たんですよ。《ギガデンダー》の麻痺時間が平均2倍になってるとか」


「はあ? なんだそのOP魔法」


「単なる確率の上振れだったよ。試行回数を増やしたら前と大して変わらない時間だった」


 なるほど……。

 そういう勘違いを減らすためにも、配信しながら検証するのは有効かもな。

 何百人という証人がいるうえ、動画まで残るんだから。


「他には何か重要そうな変更はあったか?」


「《雷翔戟》の麻痺時間がすごくブレるようになっちゃいました……」


 プラムがしゅんとしながら答えた。


「今までは結構、《ブロークングングニル》での連続《雷翔戟》が決まってたんですけど、麻痺がすぐに解けちゃうことが多くなっちゃって……」


「逆に、すごく長く麻痺るようにもなったけどね。いかんせん、あそこまで麻痺時間に振れ幅があると、投擲系体技を《雷翔戟》のみに絞ったタイプの《ブロークングングニル》は使いにくくなるんじゃないかな」


「それは……ドンマイ、プラム」


「ううう……! 今度《炎翔戟》入り《ブログ》の使い方教えてください~!」


 泣きついてくるプラムを肩を叩いてなだめる。

《炎翔戟》入りの《ブロークングングニル》は、《反治の呪》と《フェアリー・メンテナンス》の武器自傷コンボに使う下級体技魔法の種類を減らさなければならないので、使い勝手がかなり変わってしまうのだ。


「他にもジンケ君に関係ありそうなところで言うと、《虎に翼》の強化倍率が下がったくらいかな」


「強化倍率に手が入ったのか。クールタイムをいじられると思ったんだけどな……」


「クールタイムを長くすると《ビースト拳闘士》っていう登場したばかりのスタイルが成り立たなくなるからね。

 とはいえそのままじゃ強すぎると判断したんだろう。大体3回使えば以前のバフ魔法を超える感じかな」


「3回!? んんんー……!」


《虎に翼》のクールタイムは30秒で、ランクマッチの制限時間は1ラウンド90秒だ。つまり、3回使った頃にはあと30秒しか残っていないことになる。


「他のバフ魔法が軒並み消されたことを思えば慈悲深い調整だよ。むしろよく見逃してくれたなって感じだ」


「消された? ……そんなにヤバいナーフだったのか?」


「《セルフバフ》系統はもうコンセプトが成立しないと思います……」


 プラムが悩ましげに言った。


「強化倍率が下がったのか? それとも消費MPが増えたとか?」


「いえ、その……」


「見たほうが早いだろう。ニゲラ! バフを見せてあげてくれ!」


『まったく、仕方ないわね……』


 トレーニングルーム内のニゲラがスペルブックを開き、朗々と唱える。


『《オール・キャスト》!』


 以前なら、その一言で最大4種類のセルフバフを一瞬でかけることができた。

 しかし――


 ――シュッ……イイイィィィィィン……。

 ――シュッ……イイイィィィィィン……。

 ――シュッ……イイイィィィィィン……。

 ――シュッ……イイイィィィィィン……。


 たっぷり3秒以上もかけて、バフ魔法のエフェクトが順番に現れる。


「…………おっっ…………」


 俺は愕然と口を開いた。


「っっっせえええええええええええええええええええええ――――っっ!!!」


 おっ、おそっ、おっせえええ!!

 いや……だって……え? ええ!?


「なんだよあれ!? 処理落ちにしか見えねーんだが!?」


「ぶっふふ。ほんとね。笑うしかないよね」


「しかも今、4つ同時じゃなくて1つずつ発動してたよな……?」


「そうなんですよ……。《オール・キャスト》の仕様自体が変わっちゃったみたいで……。あんなの近接戦の合間に使えませんよね……」


「うぐぐぐ……! 《トラップモンク》が……!!」


 死んだ。

 完全に死んだ。

 トラップコンボは生きているものの、バフ魔法があれでは根本的にスタイルを見直さざるを得ない。


「……まあでも、スタイルを見直すにしても環境次第か……。どっちにしろ、前環境の戦法にこだわるわけにはいかねーよな」


「これから本丸に入るところだよ。《ハイ・ウィザード》の細かい検証だ」


「クラス補正がどうなったかはわかったのか?」


「はい。こんな感じです」


 プラムにウインドウを渡される。

《ハイ・ウィザード》のクラス補正は、次のようになっていた。



 HP:0.8倍

 MP:1.3倍

STR:0.9倍

VIT:0.7倍

AGI:0.9倍

DEX:1.0倍

MAT:1.6倍

MDF:1.3倍

合計補正値:8.5



「MATが1.6倍か……」


「若干下がったけど、充分に驚異的な火力だよ。極振りすれば実数値1200ちょっと」


「全振りしたときの数字は考えたくもねえな」


「でも、それに合わせるように魔法防御系の魔法やスキルにバフが入ってます。特に《魔力武装》は、ジンケさんが一番使いこなせるので……」


「それでオレを待っててくれたのか。よし、任せろ!」


 オレはトレーニングルームに入り、ニゲラと対峙した。

 両の拳を叩き合わせて声を張り上げる。


「ばっちこーい! 全部弾き飛ばしてやる!」


「やれるものならやってみなさい!」


 かくして、《ファラゾーガ》の千本ノックが始まった。


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