第82話 プロゲーマーは真実を知る
時は遡る。
莉々が姿を消し、EPSに辞表を提出してから2日後のこと。
オレはコノメタから呼び出しを受け、アグナポットのVRゲーミングハウスを訪れた。
「思えば、怪しいことはいくつもあったんだ」
ソファーに座って向かい合うなり、コノメタは神妙な表情で切り出した。
「どうしてVRゲームから離れていたキミが、MAOにやってきたのか。
どうして対戦から離れていたキミが、アグナポットになんかやってきたのか。
どうして初日に都合よく、わたしがキミを見つける切っ掛けになる出来事が起こったのか……」
今日は、他のメンバーは顔を見せていない。
二人きりのリビングに、硬い声音が流れていく。
「……ジンケ君。キミは、リリィちゃん――森果莉々について、何をどこまで知っている?」
「それは……高校からのクラスメイトで……入学3日目にいきなり告白してきた変な奴で」
「家族構成は? ご両親は何をしている人?」
「……いや、家族については話した覚えがない」
「兄弟は?」
「……知らない」
「中学はどこに通ってた?」
「……知らない」
「ゲーム歴は?」
「………………」
はあ、とコノメタは溜め息をついた。
「本当に何も知らないんだね……。キミが間抜けなのか、彼女がそう誘導していたのか……」
……嘘だろ……?
あんなに毎日毎日一緒にいて……どうしてオレは、こんなにも莉々のことを知らない?
コノメタは呆れたようにもう一度溜め息をつく。
「最初からキミのことが好きで、会ったばかりなのに告白されたって? まったく馬鹿を言えよ。そんなキミにばかり都合のいい話があるものか」
「そりゃオレだって最初はそう思った! でもだんだん本気なんだってわかってきて……」
「本気なんだとしたら、むしろそっちのほうがおかしいだろう。見ず知らずの女の子に、何度も何度も告白されるくらい好かれてるなんて――そんなの、普通は怖いだろう。サスペンスの領域だよ。彼女が可愛かったから誤魔化されてただけでしょ。もしリリィちゃんがブサイクだったら速攻警察沙汰だったんじゃないの?」
「…………そんな、こと……」
二の句が継げない。
反論したいのに、言葉が出てこない。
俯いて拳を握り締めるオレの頭に、ばつ悪げな声が降ってくる。
「ちょっと言い過ぎたかな。ごめんね。……さっさと本題に入ろうか」
「本題……?」
「うん」
オレが顔を上げるのを待って、コノメタは前のめりになった。
「ジンケ君。キミは、リリィちゃんに誘われてMAOを始めた。そうだね?」
「ああ……」
「バーチャルギアはどうしたんだっけ?」
「あいつにもらったんだ。懸賞で当たったからって……」
「調べてみたんだけどね、ギアが当たる懸賞なんて、その時期にはなかったよ」
「……、は?」
さらりと放たれた言葉に、頭の中が一瞬だけ凍りついた。
「彼女はね、買ったんだよ。何万円もするバーチャルギアを自腹で買って、キミにプレゼントしたんだ。遠慮されると思って嘘をついたんだよ」
オレは、森果からバーチャルギアをプレゼントされたときの会話を思い出す。
――……ちなみに、森果
――なに?
――このマシンは、もしかして買ったのか?
――懸賞で当たった
――なんだ。そうか……
――あっ、やっぱり買った。ジンケのために
――あからさまな嘘をつくな!
…………本当、だったんだ…………。
嘘じゃ、なかったんだ…………。
あえて冗談めかして言うことで、オレの注意を真実から遠ざけた……?
「なん、で……そこまでして……?」
「そんなの、キミにMAOをやらせたかったからに決まってる。
……いいかい? 落ち着いて聞いてくれ。今から、キミがMAOを始めてからEPSに入るまでのことを再構築する――そこに見紛いようもなく介在する、リリィちゃんの意思も含めてね」
コノメタはテーブルの上に、表計算ソフトか何かのウインドウを呼び出した。
書き込まれているのは、オレがEPSに入るまでのざっくりとしたタイムテーブル――
「まず1日目。キミたちはPKに遭遇したね」
「ああ……スカノーヴスの森とフリーダム・プリズナーの境界の看板を見落としたんだ」
「そこからもう怪しい。本当の初心者ならともかく、リリィちゃんはそこそこMAO歴があったんだろう? なのにどうしてそんな基本的なミスをしたんだい?」
「……そういうことだってあるだろ。初心者のオレの面倒を見ながらなんだから」
「まあ、そうかもね。じゃあ次。キミは遭遇したPKを撃退した。で、そのPKがネットに負け惜しみを書き込んでるのを見つけて、わたしはキミを発見したわけだ。……そのとき、そのPKとメールのやり取りをしたんだけどね」
「そうなのか?」
「うん。……ところがどっこい、今そのアドレスに送ってみるとご覧の通り」
ウインドウの表示が切り替わる。
「そのアドレス、もう使われてないんだよ」
「…………!?」
「いわゆる捨てアドレス。その場限りの代物だった。こいつは怪しいと思って、ツテを使って本人を探し出したんだけど……ははは、笑っちゃったよ」
「ど、……どうしたんだ?」
「キミが倒した、そのPKね……ネットに書き込みなんて、してないってさ」
「…………??」
頭がこんがらがった。
「キミにやられたのは事実だ。それは本人も覚えていた。でも、その負け惜しみをネットの掲示板に書き込んだりなんかしてないってさ。恥ずかしがって隠してる風じゃなかった。当の書き込みを見せても意味がわからないって様子だったね。……つまりさ、なりすましだよ」
「まさか……莉々が……!?」
「そうさ。当のPKとキミ自身以外には、その戦闘を見ていたのはリリィちゃんだけだったんだろう? なりすませるのは彼女だけだ」
「PKになりすましてネットに書き込んだ……なんでそんなこと……?」
「当然、キミという存在をわたしの目に触れさせるためだろうね。そうとしか思えない。道理で負け惜しみを掲示板に書くような奴の割に協力的だと思ったよ。わたしにメールを送ってきたのはあのPKではなく、リリィちゃんだったんだ――」
視線が木目状の床に落ちる。
オレの知らないところで、あいつ、何をやってたんだ……?
「次だ」
コノメタは画面をタイムテーブルに戻す。
「それから約1週間後、キミたちはアグナポットにやってきた。その理由は?」
「レベルが上がってきて……中級者はアグナポットを拠点にするって莉々が……」
「選択肢は他にもあるよ。むしろアグナポットはガチ勢の空気が蔓延してるからね、普通のエンジョイPvE勢は寄りつかないんじゃないかな。そこは明らかな誘導だ」
「……くっ……」
「そしてその日のうちにわたしと出会う。あのとき渡したチケット、どうして使おうと思ったの?」
「……それも、莉々が行きたいって……」
「……知ってるかい? リリィちゃんはね、キミの試合以外には極端に興味を示さないそうだよ。《RISE》の予選を一緒に観戦していたニゲラによればね。なのに、どうしてそのときだけ観に行きたがったんだろう?」
「……オレに……ミナハの試合を見せるため……?」
「そうだ。彼女はキミとミナハちゃんの関係も知っていたんだ、最初から。わたしが方々手を尽くしてようやく手に入れた情報を、どうして彼女が知っていたのか――それはさっぱりわからないけどね」
ふう、とソファーの背もたれに体重をかけ、コノメタは天井を仰いだ。
「……全部、彼女の差し金だったんだよ。わたしも、キミも、リリィちゃんの手のひらの上で踊っていたんだ。すべては、キミをゲームの世界に引きずり戻すため――キミをプロゲーマーにするためだったんだ、ジンケ君……」
オレを、プロゲーマーにするために。
決して安くないバーチャルギアを買い、数々の暗躍をし、欠片も気付かせないまま誘導し――
何が、あいつにそこまでさせる?
何のために――何の切っ掛けで?
「……リリィちゃん、学校にも来てないんだって?」
「……ああ」
「だったら、彼氏のキミから学校に来るよう説得すると言えば、個人情報に厳しい学校側も住所くらい教えてくれるんじゃないのかな」
「そうだな……」
答えながら瞼を閉じると、闇の中に莉々の顔が過ぎった。
無表情な顔。
かすかに照れた顔。
それに、あの夜の顔だって。
それらの裏側に、あいつは何を隠していたんだろう。
本当は、一体どういう気持ちで、オレの傍にいてくれたんだろう。
……今こそ、知るべきじゃないのか。
他ならぬオレが――今まで知ろうともしてこなかった分、取り戻せるくらい。
拳を強く握る。
試合のときとはまた異なる――しかしそれは、紛れもなく闘志だった。
「……っし。行ってみる!」
「うん」
コノメタは保護者みたいに柔らかく微笑んだ。
「もうすぐ大きな闘いが始まる。その前に、すべてを明らかにしてきたまえよ」




