表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
ブラックメイド跳梁編――最強にして最愛の挑戦者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/101

第81話 プロゲーマーは訪れる


 フォンランド地方東方の山間にひっそりと佇むその町には、冷たい風が吹いていた。

 西部劇風の年季の入った町並み。人通りはなく、一見すればゴーストタウンにも見える。

 だが、一歩踏み出すごとに視線を感じた。

 窓の隙間。あるいは建物の間に積まれた木箱の向こう。

 町のそこここから、警戒と敵意をない交ぜにした剣呑な視線が、全身に突き刺さってくるのだ……。

 オレは《匿名フード》を目深に被り、それに気付かないフリをしながら、酒場のスイングドアを抜けた。


「……いらっしゃい」


 カウンターの中にいる女マスターが、ダウナーな調子で言う。

 NPCじゃなかった。プレイヤーだ。

 店内をざっと見渡すと、いくつか並んだ丸テーブルのひとつに、男が3人、昼間からバーチャル・ビールをかっ喰らっていた。

 オレはカウンター席に座り、「ミルクティー一つ。ホットで」と注文する。


「……いいのかい?」


 女マスターは表情を変えないまま確認した。


「オレはミルクティーが飲みたいんだ」


「そうかい。なら勝手にするんだね」


 女マスターはカウンターを離れていく。

 それを見計らっていたかのようだった。


「おいおいおい! 今、ミルクティーって言ったかぁ!?」


 ダンッ! と。

 空のジョッキが勢いよく、目の前のカウンターに叩きつけられたのだ。


「……お子ちゃまはお呼びじゃねぇよ」


 酒臭いゲップが顔に当たる。

 じろりと視線だけ動かせば、いつの間にやら、遠くのテーブルで飲んだくれていた3人の男が、オレを取り囲んでいた。

 一人は大柄。2メートル近くある。

 一人は痩せぎす。おそらくウィザードか。

 一人は小柄。腰に短剣を提げている。


「迷惑してんだよぉ。てめえみてえなガキが蔓延ったせいでよ、MAOの民度は下がる一方なんだよぉ! なあ!?」

「ああ! MMORPGは大人のゲームだぜ!」

「ガキは排除するべきだよなぁ!!」


 オレは心中で溜め息をついた。

 アホくさ。

 男どもから視線を外す。ミルクティーまだか。


「―――シカトこいてんじゃねぇぞッ!!」


 大柄な男が、岩のような拳を轟然と振り上げた。

 その腕はまさに筋骨隆々。STRの数値も、おそらくは見た目通りに備わっているんだろう。

 だが、致命的なものが足りていない。


 オレは片手を上げて、振り下ろされた拳を受け止めた。


「んなっ……!?」


「――あんたの拳には誇りがない」


 座ったまま、男の腕をぐるりと捻る。

 大男の天地がひっくり返った。

 重力に引かれるまま、大男は首を床に突っ込み、ぐったりと動かなくなる。


「う……嘘だろ……?」

「こ、こいつのSTRは1000超えだぞ……!?」


 愕然と呻く残りの二人の前に、オレはゆっくりと立ち上がった。

 二人の男はオレを見て、ずり、と数センチ後ずさる。

 そのまま逃げてくれればオレとしても手間が省けたが、そこまで腰抜けではなかったみたいだ。


「な……ナメんなァッ!!」


 男の片方――痩せぎすの男が手のひらをかざし、バスケットボールほどの火球を射出する。《ファラミラ》だ。

 それと同時、もう一人――小柄な男が高速で動き、オレの側面に回った。

 多角攻撃。手慣れた連携だ。


 だが、そのすべてが、完全にオレの読み通りだった。


 正面から迫る《ファラミラ》を、《魔力武装》の加護を得た拳で横に弾く。

 火球が弾かれたその先には、側面攻撃を仕掛けようとしていた小柄な男がいた。


「んごっ……!?」


 顔面に仲間の火球を喰らって仰け反る男。

 その首を引っ掴み、爪先立ちになるくらい持ち上げる。


「たとえステータスの数値が低くても、どこをどう攻撃するかでダメージは別次元だ」


 爪先を踏んで身体を固定しながら、鳩尾に拳を叩き込んだ。

 ダメージがどこにも逃げられない。

 小柄な男は苦鳴さえ上げられないまま、白目を剥いて沈没する。


「ふぁ……《ファラゾー》――」


「先に《ファラミラ》を撃ったのは《ファラゾーガ》を温存したからだろ?」


 カウンターのナイフスタンドから1本抜き取り、クナイのように投げ放つ。

 切っ先がステーキよりも簡単に男の首に突き刺さり、詠唱がストップした。

 これで小柄な男、痩せぎすの男、共に戦闘不能。

 ほんの数秒の出来事だった――


「――死ね、クソ野郎ッ!!」


 だがそのとき、最初の大男が立ち上がった。

 狸寝入りだったのか、今の今まで気絶していたのか。事実は定かじゃあないが、その手にはさっきと違い、大振りな棍棒がある。

 棍棒が振り下ろされた。

 ニゲラ先輩とは似ても似つかない雑で粗暴な一撃。鋭さはなく、これでは蠅も叩き落とせないだろう。

 だがそれでも、岩にヒビを入れる程度の威力はある。アバターの頭蓋骨は言うまでもない。


第三ショート(サード・)カット発動(ブロウ)


 だから脳天を砕かれる前に、小さく呟いた。

 全身がシステムに支配される。

 握った拳が炎をまとい、竜のように立ち上った。

 振り下ろされる棍棒を、炎の拳が真っ向から迎え撃つ。


 拮抗は、一瞬もなかった。

 大振りな棍棒は、1フレームと保つことなく、粉々に四散した。


「なっ……ぁ……」


 大男が愕然と目を見開く。

 大して面白くもないその顔に、オレは狙いをつけた。


「迷惑な子供は排除するんじゃなくて躾けるもんだろ、おっさん。――こんな風に」


 ズォンッ!! と強く床に踏み込みながら、大男の顔面に拳をめり込ませる。

 2メートル近い上背が宙を浮いた。

 木の床に跳ね、転がって、そのまま酒場の外にまで飛び出していく。


「ふん」


 オレは拳を軽く振って、わずかに付着したダメージエフェクトのポリゴンを払うと、カウンター席に座り直した。


「あいよ、ミルクティー」


 ちょうどそのとき、女マスターがミルクティーを出してくれた。


「ああ、ありがとう。……お、美味いな」


 一口飲むや、優しい甘さが口の中に広がる。

 既製品じゃねーな。どうやらいい店みたいだ。客層を除けばだが。

 女マスターは頬杖を突いて、オレの顔を覗き込んだ。


「あんた……もしかして、《ブラックメイド》の仲間かい?」


 不意に飛び出した単語に、オレはミルクティーを味わう手を止めた。


「……《ブラックメイド》?」


「最近、ここらのPK領を潰して回ってるイカれた女さ。突然現れては殺戮の嵐を吹かせる、死神みたいなPKK。なんでも黒いメイド服を着てるとか」


「さて。そんな可愛いファッションの友達はいねーな。……けど、その話は気になる。詳しく聞かせてくれ」


「いいよ。ゴミ掃除の駄賃だ」


 仮にも客をゴミ扱いかよ。

 苦笑するオレに、女マスターは気だるげな口調のまま語る。


「って言っても詳しいことはわかりゃしない。わかるのは、ここ1週間で大小合わせて5つのPKクランが潰されたってこと。史上最速で《赤統連》のブラックリストに入ったってこと。それに、《ブラッディ・ネーム》の《殺人予告状》を、すでに3枚もはねのけてるって噂もあるさね」


「《ブラッディ・ネーム》の《殺人予告状》?」


「MAOのほぼすべてのPKクランを束ねるのが《赤名統一連盟》――略して《赤統連(せきとうれん)》。《ブラッディ・ネーム》は、その連中直属の凄腕PKのことさ。奴らはPKを働くとき、常にターゲットに対して《殺人予告状》を送りつける。私がお前を殺す前に、お前が私を殺してみろ――ってね」


「へえ。面白えことをやってる連中もいるもんだな」


「《ブラッディ・ネーム》は最前線の廃人どもでも手に負えない腕っこきさ。それを3人も退けた。《赤統連》の面目は丸潰れさね」


「んじゃ、今この辺のPKクランは、そいつを倒すために躍起になってるってわけだ」


「ああ。まるで戦争だよ……」


「だったら、次の戦場がどこになりそうかわかるか?」


 すかさず訊くと、女マスターはオレに胡散臭そうな目を向けた。


「……賞金稼ぎのつもりならやめておきな。逆にデスペナルティですっからかんになるよ」


「なら大丈夫だな。オレはただ、恋人を迎えに行くだけだ」


 女マスターは少しだけ目つきを変える。

 オレを値踏みするような視線だった。

 その視線を堂々と受け止めて、しばらくの間、口を閉ざす。


「……ここから東に、霧深い森がある」


 さんざん勿体ぶって、女マスターはようやく、低い声でそう言った。


「その途中途中に、案内板が立てられてる。それが示す方向の逆の道をひたすら進んでいくと、《殺人妃》って名乗ってる女PKの屋敷に辿り着くはずさ。次はそこだろうって専らの噂だよ」


「ふうん……《殺人妃》ね……」


 クソ安直な名前だな。20年くらい前のセンス。


「わかった、ありがとう。ミルクティー美味かったぜ。釣りは取っといてくれ」


 硬貨をカウンターに置いて、オレは席を立った。

 東……霧深い森。

 そこに、あいつが来る――


 店を出ようとスイングドアに手をかけたとき、女マスターの声が背中にかかった。


「兄ちゃん!」


「あん?」


 振り向くと、銃口がこちらを向いていた。

 ……お?

 女マスターが引き金を引く。

 バンッ!! という炸裂音が、酒場の木材を震わせた。


 しばらくの間、残響が空間を満たす。

 女マスターの手に握られた拳銃から、白い硝煙が棚引く。

 1秒、2秒――3秒経っても、オレが倒れることはなかった。


「釣りはとっとけって、言ったはずだけどな」


 オレは顔の前で握っていた手を開く。

 コロン、と、一発の銃弾が、砂っぽい床に転がった。


「……参った。降参だよ」


 女マスターは苦笑して肩を竦める。

 この辺りはPK領。ほとんどPKしか住んでいない地帯だ。

 つまり、このマスターもPKだということだ。

 親切な情報提供は、おそらくいつもの手口なんだろうな――ったく、PKってのはどいつもこいつも。


「釈迦に説法かもしれないけど、気をつけるんだね」


 拳銃をカウンターに置いて、女マスターは今度こそ真面目な顔で言った。


「あの女は、ヤバいよ。まるで何かに取り憑かれているようだった……」


「……ああ。肝に銘じとく」


 女マスターに背を向けて、今度こそ酒場を出た。

 冷たい風が、肌に吹きつける。

 陰鬱な曇天を見上げて、オレは女マスターの言葉を反芻した。


 息をするように罠に嵌め、食事のように暴力に手を染めるPKをして、『ヤバい』と言わしめる女――《ブラックメイド》。

 その正体を、オレは知っている。

 そいつに会うために、オレはアグナポットから遠く離れたこの土地を訪れた。


「……どういうつもりなんだ、莉々……」


 冷たい風に乗せた言葉は、そのまま曇天に吸い込まれて、どこへともなく消え去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じゲームを舞台とした作品
『灰色のリアルを塗り潰す無人島クラフト・プレイ』
前人未踏の無人島マップを、《クラフト》を駆使して攻略せよ!

『最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ』
小悪魔系の後輩とゲームしたりイチャついたりゲームしながらイチャついたり。

マギックエイジ・オンライン設定資料集
設定資料集。順次加筆予定。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ