第78話 プロゲーマー見習い VS MAO最強の男:最高のゲーム
今日。
この東京ビッグサイトで――あるいはアグナポットのセントラル・アリーナで。
観客たちは、何度となく呆気に取られてきた。
MAO最強プレイヤーと呼び習わされる少年・ケージが次々と繰り出してくる、掟破りなプレイの数々。
暴力的なプレイヤースキルで量産されたパーフェクト勝利。
未来予知にも似た精密な耐久調整。
誰もが攻略できなかったトラップ戦術をいとも容易く破った直感。
そして――もはやチートにも等しい極大級の切り札《メテオ・ファラゾーガ》。
そのすべてがジンケの手によって攻略され、観客たちは無意識のうちにこう思っていた。
ああ、これでおしまいだ。
繰り返されたケージの掟破りも、ここが終点なのだ。
否であった。
切り札を破られ、自慢のスピードで圧倒され、完膚なきまでに追い詰められ。
ゆえにこそ、MAO最強のプレイヤーは、最強たる所以をここに示す。
最終最強の掟破りが、今ようやく発動した―――
突如として剣の切っ先から槍のように伸びた炎を、ジンケは避けきることができなかった。
肩の辺りに受け、ただそれだけで、砲弾でも喰らったかのように彼の身体が吹き飛ばされる。
観客席の下の壁に激しく叩きつけられ、ガィンッ!! という音が痛々しく響き渡った。
『……あ……あ……!』
実況の星空るるが、呻くように言う。
『あの、真紅に染まった剣は、一体……!?』
自ら穿ったクレーターの底にいるケージの手には、刀身を紅蓮の炎に覆われたバスタード・ソードが握られている。
不可思議な現象だった。
彼の剣は、《メテオ・ファラゾーガ》をMPゼロで放てること以外には何の効果も持たないはずである。
であれば、あの状態は一体なんなのか……?
『……なんて、ことだ……』
震えた声で呟いたのは、やはり解説のコノメタであった。
『こんな舞台で……一発勝負で……それを成功させたのか!?』
『こ、コノメタさんっ! なんなんでしょうか、あの現象は!?』
『《魔力武装》スキルの副作用だよ……』
どうにか平静を取り繕おうとするような調子で、コノメタは真紅の剣の正体を語る。
『《魔力武装》は、魔法が起こした現象に対するパリィ効果――つまり、強く弾くことのできる当たり判定を有する膜を、拳や武器の周りに発生させる。
だけど……たまに、なんだけどね。弾いた魔法の行き所がどこにもなかった場合に限って、魔法がその膜をすり抜けてしまうことがあるのさ。すると、魔法が《魔力武装》の膜の内側に閉じ込められ、あのように武器全体を薄く覆う形になるんだ!』
『えっ!? ……そ、それって、バ――』
『ストップ! 公的な実況解説の身の上でそれ以上は禁句だよ、星空さん。この現象はね、運営の見解では「仕様」なんだ。どれほどバの付くアレっぽく見えても、開発側が仕様だと言えばそれは仕様なのさ』
『し、失礼しましたっ! 本大会では、故意にバ――ゲームの不具合を利用することは禁止されております。しかし、それが「仕様」ならば――』
『何の問題もないね。《ブロークングングニル》の原理が、ちょうど似たような前例かな』
『ですがその「仕様」、果たして狙って起こせるものなのでしょうか? わたしは見たことがないのですが……』
『さっきも言った通り、射出した魔法の行き所がどこにもなかった場合に、この現象が起こりうると言われている。さっきケージ選手が剣の切っ先を地面に突き刺したのは、その条件を整えるためだろう。地中に射出された《メテオ・ファラゾーガ》には行き所がなく、そのため《魔力武装》の膜の内側に流入した……。
しかしこれは、剣を刺す角度や深さなんかが精密に条件に合致していなければ起こり得ないはずだ。いわゆる検証勢と呼ばれる人たちが、何時間も試してようやく1回成功するかどうかという難易度のはずだよ。普通は動画でしかお目にかかれない』
『え? ですが……』
『だから、今この場でその条件をクリアしたんだ、彼は』
戦慄、そして畏怖を込めた声音で、コノメタは真実をそのまま解説した。
『今、この場で……おそらくはぶっつけ本番で、完全に感覚だけで! ――成功させたんだ。動画でしかお目にかかれないような奇跡を……!』
星空るるが息を呑む音を、マイクがかすかに拾った。
アリーナ中が沈黙する。
それは、屈服の沈黙だった。
目の前で確かに起こった奇跡を前に、誰もが心の中でひれ伏したのだ。
『そ、それで……コノメタさん。あの状態になると、具体的にどのような効果があるのでしょう?』
『見たままだよ』
即答が、逆に戦慄を煽った。
『閉じ込められた魔法が何かの拍子に放出される他……すべての斬撃において、刀身を覆う魔法の威力が適用されることになる』
つまり、とコノメタは続けた。
『これから先、ケージ選手の攻撃はすべて、奥義級魔法《メテオ・ファラゾーガ》と同じ威力になるということだ……!』
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
壁に叩きつけられたオレは、自分のHPがまだ半分ほど残っていることを確認した。
具体的な理屈はともかく、ケージの剣にどういう現象が起こったのかは、身をもって理解した。
《メテオ・ファラゾーガ》の巨大さに比べれば、今の炎の槍は火の粉みたいなもんだ……。
おそらくその威力は、《メテオ・ファラゾーガ》の端に掠ったときと似たようなもの。
なのに、それだけで、満タンだったHPが半分も持っていかれたのだ。
「……く、くくっ……!」
……最後の最後までめちゃくちゃな奴だぜ。
いくら攻略しても底が見えない。
まったく……楽しませてくれるじゃねーか。
オレは顔を上げ、ケージが携えた炎の剣を見やる。
あの炎で剣が溶かされるってのは期待できない。
自分の魔法で自分の武器を壊せるんなら、《ブロークングングニル》で槍の耐久値を調整するのに、あれほど試行錯誤する必要はなかったからな。
剣そのもののスペックが低い。
それが、ケージのラスト・スタイルの唯一の弱点だった。
だが、刀身に纏ったあの炎によって、その弱点は消滅した――
アレがおそらく、ケージというプレイヤーの最終形態。
今から始まるのが、本当の最終幕。
……まるでRPGのボス戦でもやってるみたいだ。
と考えて、すぐに思い直した。
そういえば、MMORPGだったな、このゲームは。
だったら、ラストバトルに相応しいクライマックスにしよう。
壮麗なBGMにも、絢爛なCGムービーにも負けることのない―――
人間が、
人間と、
演じ生み出す、
―――最高の、ゲームを。
オレは《虎に翼》を発動して背に翼を広げ、身を低くする。
イメージは肉食獣。
虎視眈々と獲物を狙う、肉に飢えたハンター。
ケージは紅蓮に覆われた魔法剣を身体の前に構えた。
決して、剣道の達人のように綺麗な構えじゃあない。
だが、その立ち姿からは、その身に積み上げてきた経験値が匂い立ってくるかのようだった。
視線が交錯する。
その一瞬で、幾通りもの戦闘が始まり、そして終結した。
無限にも等しい可能性の中から、オレたちはたったひとつを選び出す。
それは、己が勝利する未来。
自分のすべてを叩き込んだ、必勝の戦術!
束の間の静寂。
嵐の前の静けさ。
呼吸を合わせるように、同時に予備動作が始まる。
最終戦闘の幕が、切って落とされた。
オレは全力で地面を蹴り、爆発的にスタートする。
寄り道している暇はない。
最速最短で間合いを詰める!
もちろん、ケージはそれを許しはしない。
再び《メテオ・ファラゾーガ》の炎に包まれた剣がこちらに向けられたかと思うと、その切っ先が唐突に伸びた。
必殺の威力を秘めた炎の槍。
……でも、あんたもわかってんだろ?
その技は一度見た。
初見でもない技にあっさりやられるほど、オレは甘くない!
ちょうど四足歩行の獣のように、両手両足で地面を叩く。
それで身体が跳ねるように大きく舞い上がり、炎の槍を飛び越えた。
オレは空中からケージを見る。
すでに剣を引き戻し、追撃の準備に入っていた。
読んでいたのだ、ジャンプで避けることを。
そしてオレも、読まれることを読んでいた!
横薙ぎに振るわれた炎剣から飛んだのは、三日月状になった炎の刃だった。
見事な対空技。
普通なら、このタイミングで放たれたそれを凌ぐすべはない。
空中=身動き不可能。
MAO対人戦における大前提のひとつは――しかし、今のオレにだけは適用されない!
空中で、くるりと前に一回転する。
跳び上がる前から読んでいたからこそ、こんな芸当ができる。
読み合いとは、すなわち未来の奪い合いだ。
一瞬先の未来に対して、どれだけの布石を打てるか!
それが勝敗に直結する……!
空中で前転したオレは、その遠心力を使って、飛来する炎の刃に踵落としを叩きつけた。
炎の刃は軌道を直角に曲げて、勢いよく地面に墜落する。
バウンッ!! と爆発が巻き起こって、粉塵のカーテンが闘技場を覆った。
視界が塞がれたまま、オレは地面へと戻る。
自分の位置は、きちんと把握していた。
想定通り――ケージの2メートル背後!
「第二ショートカット発動!」
振り向きざまに、稲光を纏った掌底を放つ。
雷属性拳闘系体技魔法《雷破掌》!
完全なる死角。
どうあっても反応できないはずの一撃だった。
しかし、ヒットの寸前になって粉塵の向こうから現れたケージは、すでにしてこちらを見据えていた。
今更、驚きはしない。
『なんとなく』だろ、また!
《雷破掌》とケージの炎剣が激突する。
バォウウン―――ッ!! と衝撃が膨らみ、辺りの粉塵が吹き散らされた。
「ぐッ……ぅ、ううっ……!!」
「………………ッ!!!」
間近から互いを睨み合いながら、拳と剣を押し合いへし合う。
バギッ、と足元に亀裂が入った。
ありもしない痛みが、右腕から肩に上ってくる。
激突のコンマ2秒後には、実は直感的にわかっていた。
これは……押し負ける……!
「がっ……!!」
右腕が肩ごと弾き返された。
やっぱり《メテオ・ファラゾーガ》の威力と正面からかち合うのは無理だったか……!
HPがガリリと削られた。
それでも、オレはミスったとは思わない。
これも想定通り。
HPが削られたことで、《手負いの獣》の発動条件が成立した。
「ッ!?」
追撃をしようとすでに動き出していたケージの目が見張られる。
オレはにやりと笑みを突きつけた。
強すぎる攻撃力の弊害だ。
どうやら、ダメージ調整ができなくなっちまったみたいだな!
爆発的に向上したSTRとAGIは、打ち負けたはずのオレに後出しジャンケンを可能とさせた。
追撃を受ける前にケージの懐に踏み込み直し、体技魔法を発動させる。
拳に纏うは紅蓮の炎。
炎属性拳闘系体技魔法《焔昇拳》……!
低い位置から立ち上った拳が、ケージの腹に突き刺さる。
直撃。
完璧な手応えだった。
「がッ、うっ……!?」
HPゲージをがくんと減らしながら、ケージの身体は高く上空へと舞い上がった。
言うまでもなく、浮かし技はコンボ起動の合図。
オレは追撃のため空を見上げ、しかしそこで、ピキリと全身を固まらせた。
空に舞い上がったケージが、炎の剣を振りかぶっていたのだ。
まさか。
撃てるのか、その状態から――反撃を!
オレの人読みは、炎の刃が放たれるのを反射的に予見する。
だが。
ケージがここで切ってきたカードは、そんな使い古された技じゃあなかった。
牽制などない。
様子見などない。
そう、この期に及んでのオレたちの闘いは、すべてが必殺であるべきなのだから。
「――第五ショートカット発動……!」
ピキンと体技魔法の起動を意味する光が輝くと、《メテオ・ファラゾーガ》を纏った剣が、さらなる炎に覆われた。
オリンピックの聖火にも似た荒々しく巨大な炎は、程なくとある形に己が輪郭を整える。
それは、獰猛なアギトを開いた、龍。
炎属性、刀剣系、奥義級体技魔法――《龍焔業破》!
誘い――込まれた。
追撃の出鼻を挫かれ、固まってしまった自分のアバターを顧みながら、オレは悟る。
読んでいた、わけではないだろう。
きっとアドリブだ。
しかし、オレの《焔昇拳》を受け、上空に跳ね上げられるまでの刹那で、この答えに辿り着いたのだ。
今ならば、当てられる――と。
意識がコンボモードに入った今のオレならば、必殺にして究極の一撃を、確実に叩き込むことができる、と!
《メテオ・ファラゾーガ》を纏った魔法剣に、最強最大の体技魔法を乗せた、究極無比なる必殺技。
その破壊力は計り知れない――4分の1を割ったオレのHPなんて、ロウソクの火のようにあっさりと吹き飛ばされるに違いない。
「―――だが!!」
それがどうした、とオレは吼える。
ここまで、勝ち目なんてあったほうが少なかった。
目の前にあったのは敗北と絶望の暗闇ばかりで、希望の光なんてあるほうが珍しかった。
それでも掴み取ったから、今この瞬間がある。
ありもしない光を、それでも掴んだからこそ、オレはここに立っている!
この程度の絶望―――
この程度の暗闇―――
―――正面から、ブチ破ってやればいいッ!!
「第一ショートカット発動―――ッ!!」
《手負いの獣》が発動したことにより、STRの数値が1400を超えた。
それによって、オレもまた、持ちうる中で最強最大の攻撃を放つ条件が整った。
オレは、頭上に向けて拳を突き上げる。
直後だった。
空から雷が落ちた。
まさに青天の霹靂――雲ひとつない空から落ちた雷は、突き上げたオレの拳に、まるで避雷針のように吸い寄せられる。
落雷が、オレの全身を鎧のように覆った。
バチバチと火花を咲かせながら、見る見るうちに形を変えてゆく稲妻は、ある獣の姿をかたどっていく。
――虎。
屈強なる猛虎。
雷属性拳闘系、奥義級体技魔法――《猛雷虎拳》!
雷にかたどられた虎と、炎にかたどられた龍が、地と空で互いに睨み合った。
ゴオウウン、という何かが唸るような音は、きっと余波同士が交わした前哨戦。
本番は――その程度じゃあ済まない。
オレが地面を蹴り、雷虎が空の龍へと喰いかかった。
ケージが空を駆り、炎龍が地の虎へと躍りかかった。
「「おォおぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」
爪で。
牙で。
雷で。
炎で。
虎と龍とが、互いを喰らい合う。
雷が火花と散り。
炎が火の粉と散った。
互いを散り散りに千切り合い、その果てに――――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
セントラル・アリーナは激しい閃光に包まれていた。
龍虎と化した二人の激突。
その結末を目撃せんとして、観客たちは悲鳴ひとつ漏らしはしなかった。
闘技場の姿を覆い隠す閃光が、徐々に引いていく。
目を開ければ、そこには答えがあるはずだ。
立っているのは、果たしてジンケか? それともケージか?
ただ目を開けるだけで、この夢のような闘いは終わりを告げる……。
観客の一人たるプラムは、そうっと瞼を上げた。
ぱちぱちと何度か瞬きをして、網膜に焼きついた極彩色の残像を追い払っていく。
閃光に覆い隠された、闘いの結末――
恐る恐る確認した光景は……まったく、予期していないものだった。
『え……えええ――――っ!!?』
『こ、これは……!』
壮絶な闘いの余波で、いくつものクレーターが穿たれた闘技場。
そこに、立っていた者は――
――一人も、いなかった。
ジンケとケージは、二人とも倒れ伏していた。
『あ……相打ち、でしょうか!?』
『――いや! 見ろ! HPゲージは……二人とも、ギリギリ残っている!』
『えっ!? と……という、ことは……?』
『気絶……しているんだ。二人とも!』
観客席がざわめく。
気絶。
あまりに凄まじい激突が、HPゲージの前に二人の意識を刈り取ったと言うのか……!?
『しかし、完全な気絶ならば強制ログアウトになっているはずだ。つまり、今の二人の状態は、いわば微睡み……。夢とうつつを彷徨っている状態。一時的なものでしかない。じきに意識を取り戻すだろう……』
『それは……』
星空るるが唾を呑んだ。
『……二人同時に、でしょうか?』
『まさか』
コノメタがふっと笑う。
『……どちらかが先に、に決まってるよ』
聞くが早いか。
プラムはその場に立ち上がって、お腹の底から叫んでいた。
「ジンケさんッ!! 立ってぇえぇええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
暗い。
静かだった。
どこまでも真っ黒な、闇の中……。
オレは、一人きりだった。
暗闇に、すっと1本、光の道が彼方へと伸びていく。
オレはまるで虫みたいに、その道を辿って走っていこうとした。
だけど、うまくいかない。
走っても走っても、道のほうに置いていかれる。
前に走っているはずなのに、後ろに下がっているような気さえした……。
やがて、後ろのほうがうるさくなってくる。
ガラガラガラ、ガラガラガラ。
それはよく聞くと、崖が崩れるような音だった。
その音が、オレの背中を追いかけてくる。
……いや……。
オレのほうが、その音に近付いているのだろうか……?
ガラガラガラ、ガラガラガラ。
けたたましい音が、頭の中をガンガン叩く。
うるさい。うるさい。
そっちじゃない。オレはそっちには行かない。
オレが行きたいのは、この光の先なんだ!
ガラガラガラ、ガラガラガラ。
頭を満たすけたたましい音の中から、ふっと声が浮き上がってきた。
『……優勝してくれよ』
『…………3回戦、いけませんでした…………』
それは、オレのいる場所まで来られなかった人たちの声。
『―――私を、殴りに来てよっ!!!』
『わたしを、プロゲーマーの彼女にしてね』
それは、ここまでオレを引っ張ってくれた大切な約束。
声が手を引き、背中を押した。
いつしか崖が崩れる音は、遙か後ろに置き去りになった。
あとには前しか存在しない。
彼方へと伸びる光の道を、オレは飢えた獣のように走る。
前へ。
前へ。
走った走った道の先に、何かが光り輝いていた。
迷わずに手を伸ばす。
どこか暖かに感じるそれを――
――オレは、全力で掴み取った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「――お、……おおお……!! おおおおおおおおおおおお……っ!!!」
明滅する視界。
ぐらぐらする世界。
天地もあやふやなまま、しかしそれでも。
勝ちたい。
勝ちたい。
勝ちたい!
その思いだけが胸を満たし、身体の中をぐるぐると回る。
血流めいて循環した熱が、今にも千切れそうになるアバターに最後の火を入れた。
オレは――立ち上がる。
「……はあっ……はあっ……はあっ……!」
揺れている。
世界が揺れている。
右も左も、いまいちわからなかった。
でも、そいつだけは見える。
まっすぐ正面。
魔法剣を杖のようにして、今にも起き上がろうとしている、ケージの姿だけは、はっきりと。
ふらりと、足を踏み出した。
その場で50回くらいぐるぐる回ったみたいに、方向感覚がめちゃくちゃだ。
それでも、そいつの姿だけは見えていたから。
今、誰よりも打ち負かしたい、対戦相手の姿だけは見えていたから。
だから走る。
走る。
走る。
ぐらぐらと揺れる世界の中で、それでもたったひとつ欲しいもの―――
―――勝利に向かって!
「…………っジ…………」
立ち上がる途中のケージが、オレのほうを見て叫んだ。
「――――ジンケぇえぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」
オレはそれを掻き消すようにして咆哮しながら、ケージの顔面に拳を突き刺す。
拳に感触が返ったその一瞬を、まるで永遠のように感じた。
……どさり、と。
次に気付いたのは、殴り飛ばされたケージが、力なく地面に落下したときのこと。
「……はあっ……はあっ……はあっ……!」
自分の荒い息が、耳の中を満たしていた。
「……はあっ……はあっ……はあああっ……!」
ほんの少し置かれた間で、オレはかろうじて息を整え、頭上の空を仰ぐ。
そして――
――システムが、こう告げた。
【YOU WIN!】
オレはほとんど無意識に、拳を天へと突き上げていた。
それと同時に、割れんばかりの歓声が、オレの全身を包み込んだ―――




