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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
《RISE》激戦編――最強こそが試される

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第74話 プロゲーマー見習い VS MAO最強の男:最強の証拠Ⅱ


 なすすべもなかった。

 超能力じみた勘でトラップを避けてくる奴を相手に、どうすることもできなかった。


 ……何らかの対策を打たれて負けたっていうなら、わかる。

 納得できる。

 反省もして、次に活かすことができる。


 でも……ただ勘が鋭かったから負けた?

 そんなの、どうすればいいんだよ?


 2セット目が終わり、1対1。

 闘技場の反対側で、ケージがオレを見ていた。


『次は何をしてくる?』


 心の底からわくわくした、そんな瞳が……。

 オレの中の何かを、どんどん呑み込んでいく……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『1対1で迎えた3セット目! 引き続き《拳闘士》クラスで挑むケージ選手に対し、ジンケ選手は再び《ブロークングングニル》を出してきました! ……しかし……』


 実況の声が濁る。

 3セット目の試合は一方的なものになっていた。

 ジンケの槍は誰の目にも明らかに精彩を欠いている。

 ケージがそれをいとも簡単にかいくぐって、次々と拳をヒットさせていた。


『ジンケ選手、ここに来て動きにキレがありませんね。どうしたのでしょうか?』


『……動揺、だろうね』


『なるほど……。確かに、2セット目の試合展開は衝撃的なものがありました!』


『まずいよ、これは……』


『え? と、言いますと?』


 解説のコノメタは、言葉を選ぶように少しだけ間を取った。


『ジンケ選手はね、大会出場の経験がないんだ。これほどの大舞台で、あれほどまでこっぴどくやられた経験がないんだよ。そこから来る動揺が、プレイに思いっきり出てしまっている……』


『ええっ!? だ、大丈夫なんでしょうか!』


『大丈夫じゃないよ。大会出場の経験がないってことはね――試合中にぐらついた心を、立て直す方法を知らないってことなんだから』


 コノメタの声は苦々しげだった。


『よくある話だよね。……センスのある選手ほど、一度崩れると脆い』


 彼女の声音に混じった苦味が、同じチームのメンバーとしてのものであることを、聞いた者の誰もが察した。


 本来は、チームがきちんとバックアップしておくべきだったのだ。

 実力に比して少ないジンケの経験のなさを、蓄積したノウハウでもってカバーするべきだったのだ。


 しかし……彼の弱点は、見落とされていた。

 MAO歴1ヶ月にしてゴッズランク1位フィニッシュ。

《RISE》予選を圧巻の1位通過。

 ここまでの彼の実績は、あまりにも輝かしすぎた。


 眩しすぎる輝きは……必ずどこかに、死角を生むのだ。


 ほとんどワンサイドゲームで、3セット目が終了した。

《トラップモンク》に続いて、《ブロークングングニル》が敗北。

 この2スタイルは使用不可能となり――


 ジンケに残されたスタイルは、たったひとつになった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 暗い。

 前が見えない。

 どこに手を伸ばせばいいかわからなかった。


 ほんの少し前までは、あんなにも簡単に見えていた勝利への道……。

 それが、今は、どこを探しても見つからなかった……。


 残ったスタイルは、《ビースト拳闘士》。

 おそらくは、オレのポテンシャルを最も引き出すことができるスタイル。

 切り札にして……最後の砦。


 ケージは、おそらく次も《拳闘士》で来るだろう。

 ミラーマッチになる。

 相性もへったくれもない、実力勝負になる……。


 ――もし、これで負けたら?


 言い訳はできない。

 同じクラスでぶつかり合って、それでも負けたなら……格付けが、終わってしまう。

 弱いのは、オレのほうだと。

 この大観衆の前で……。


 何千人という観客の視線が、オレに集まっているのに気がついた。

 いや……違う、これで全部じゃない。

 アリーナに集まった観客の他に、ネット配信で見ている人間もいる。

 何万という人間が、今のオレを見ている。


 そして――その中には、森果も。


「……ハッ……ハッ……!」


 呼吸が浅くなり、全身から変な汗が滲んだ。

 なんだ……なんだ、これ……。

 視線が槍のように尖って、オレを滅多刺しにしている気がした。

 違う、被害妄想だ、こんなの……!

 わかってる……わかってるのに!


「……くっ……!」


 オレはメニューからログアウト・ボタンを押した。

 浮遊感が全身を包んで、辺りが暗くなる。

 あっという間に、暗くて静かな筐体の中に戻っていた。


 インターバルの間なら、ログアウトして休憩してもよかったはずだ……。

 頭を冷やせ。

 余計な感情を弾き出して、試合に集中するんだ!


 頭からバーチャルギアを外すと、シートに深く背を預けて、長く息をつく。

 筐体の隅の、黒い闇の中に……記憶の中の光景が、重なっていった。


 ゲーセンに通っていた、あの頃の記憶……。

 来る日も来る日も籠もった、狭くて薄暗い筐体の中……。

 そして、伝説と呼ばれるあの夜。


 あの日、知らない街のゲーセンで筐体に入ったときも、こんな風に何もかもが真っ暗だった。

 いつの間にか背後に迫っていた崖に呑み込まれて、どこに行けばいいかわからなくなっていた。

 わけもわからないまま必死に足掻いて、足掻いて、その末に――


 ――倒れる南羽

 ――地面に転がる白い石

 ――じんじんと痛む右手


「あ゛ぁあッ!!!」


 ダンッ! とシートを殴りつける。


 オレは、あの頃から何も成長していないのか?

 戻ってしまうのか、味のないガムを噛み続けるような、あの2年に?

 これまでやってきた努力は……何もかも、無駄だったのか……?


『ジンケ選手、あと1分でインターバルが終了します。ログインしてください』


 スピーカー越しに、スタッフの声が聞こえた。

 あちこちが真っ暗なまま、オレは再びバーチャルギアを手に取った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムははらはらとした気持ちで、ジンケが入っているステージ上の筐体を見つめていた。


 さっき、あの筐体の中から、何かを殴りつけるような音がわずかに聞こえたのだ。

 実況解説の二人は何事もなかったかのように進行しているし、周りの観客もバーチャルギアを掛けているからか、『空耳かな?』という雰囲気だ。


 だがプラムには、確かに見えた気がした。

 筐体の中で、苛立ちのままにシートを殴りつけるジンケの姿が……。


「ジンケさん……」


 プラムにとって、ジンケはある種、完璧な存在だった。

 どれだけ相手が強くても、ギリギリの勝負でも、大切な試合でも……どこかに余裕を持って闘っているような、そんな印象だった。


 だから今まで、彼の試合は安心して観ることができたのだ。

 彼なら大丈夫だ、と。

 彼ならどうせ勝つに決まっている、と。


 一方で、直接対峙したときには、その余裕がプラムの興味を惹きつけた。

 今度は何をするつもりなんだろう?

 今度はどんな風に驚かせてくれるんだろう?

 だからプラムは、ジンケとの真剣勝負を愛したのだ。


 しかし……それら安心感と魅力の源泉である余裕が、今は感じられない。

 遅まきながら、プラムは気がついた。


 自分は今、ジンケの『底』を見ているのだ、と。


 無限かとも思えた、彼の強さ。

 それが今まさに、底を突きかけているのだ。

 プラムはそっと、そばにいる二人に目をやった。

 リリィは無表情のまま無言。

 ミナハは腕を組んで静観している。

 二人とも、まるでジンケという存在を見定めようとしているかのようだった。


(……なんで……?)


 自然と、プラムはそう思う。


(ジンケさんが、あんなにつらそうなのに……この人たちはどうして黙り込んでるの?)


 れっきとした恋人であるリリィ。

 なにがしかの因縁があるらしいミナハ。

 今こそ、彼女たちの声が必要なのではないのか?


(……ああ、そうか)


 不意に、プラムは気付く。

 こう思えるのは、きっとあの闘いがあったからなのだ。

《RISE》予選での、全勝通過者を決める一戦……。

 お互いの何もかもを通じ合わせた、あの試合があったからなのだ。


 プラムは知っている。

 ジンケがゲームというものにどんな思いをかけているのか。

 だから、プラムだけがわかった。

 プラムだけが、筐体の中のジンケを、透かして見ることができたのだ。


 であれば――なんで、などと他人事めいたことを考えている場合ではない。

 元より、ここで声を上げられるのは、自分をおいて他にはいないのだから。


 インターバルが終わる寸前だった。

 もうログインしているかもしれない。

 声は届かないかもしれない。

 それでもプラムは、観客席の中から叫ぶ。


 口にする言葉は決まっていた。

 それは、初めて彼と闘ったとき、何を隠そう彼自身が、ゲームの中で教えてくれたこと――


「――ジンケさん! ()()()()!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『――ジンケさん! 楽しんで!!』


 ログインの寸前、筐体の外からプラムの声が聞こえた気がした。


 ……楽しんで?


 楽しめるはず、ねーだろ。

 楽しんでいいはず、ねーだろ。

 そんなことで、勝てるはず、ねーだろ!


 アリーナに戻る。

 数千人の観客の視線が、全身に突き刺さる。

 オレの手には、もはや武器はない。

 ラスト・スタイルは《ビースト拳闘士》。

 この身一つ。

 この試合で、オレが武器を持つことは、もうないのだ。

 いや……ここで負ければ、この大会自体でも、もう……。


 ……違う。

 違う、違う!

 勝つんだろ。優勝するんだろ!?

 プロになって、森果との約束を果たして、南羽にリベンジするんだろ……!?

 こんなところでつまづいていられるか。

 こんなむちゃくちゃな奴に、つまづかされてたまるかっ……!!


 ケージはやはり、今度も《拳闘士》だった。

 上等だよ。

 同じクラスなら、オレのほうに分がある。

 そのはずだ!

 そのはずだ……!


 4セット目―――開始。


 セオリー通り、オレは開幕から《虎に翼》を使用した。

 翼のエフェクトが現れ、フィジカル面にバフがかかる。

 一度目だから効果は微々たるものだが、二度、三度と繰り返すたびに、その効力は雪だるま式に膨らんでいくのだ。

 それを嫌って無理に攻めれば、今度は《手負いの獣》の発動条件が成立する……!


 ケージは一直線に間合いを詰めてきた。

 ああ、わかってたよ。

 あんたなら攻めてくると思っていた。

 躊躇したところで勝てるわけじゃないんだ――勝ち筋がたった一つなら、あんたは迷いなくそれを選ぶと思っていた!


 お互いに懐に入り込んでの、激しいインファイトが始まった。

 都合四つの拳が、閃光のように放たれては弾かれ合う。

 10フレーム以下の極小の時間の中で、互いの思惑が、策が、10、20、30と火花みたいに弾けて散った。


 オレの人読み力が教えてくれる一瞬先の未来を、ケージは常に半歩だけ超えてくる。

 まだ足りない。

 まだ足りないのだ。

 オレはまだ、こいつのところまで届いていないのだ……!


「くっ……!?」


 拳がオレの胸に突き刺さる。

 もろに喰らった……!

 だが、これで条件成立。

 HPが4分の1を割ったはずだ。

《手負いの獣》が発動し、STRとAGIを大幅に上げ――


「……あ?」


 一気に勝負を決めるべく準備をしていたオレは、思ったほど自分が強化されていないことに気付く。

 発動、していない。

《手負いの獣》が発動していない!


 反射的に、自分のHPを確認した。

 どういうことだ、さっきのダメージで4分の1以下に――

 ――なって、ない?


 なっていなかった。

 オレのHPは、ギリギリ……ほんの2ポイントだけ、4分の1を上回っていた。

 まさか。

 ……調整、された……?


《ビースト拳闘士》は2回戦でも使った。

 だから公開されている――耐久面のステータスも。

 そのデータがあれば……ギリギリ、《手負いの獣》を発動させずに済む攻撃の組み合わせを考案できるかもしれない。

 そう――対《ブロークングングニル》用に準備された、あの耐久調整のように!


 チェリー――ケージのバックアップについているブレインが、やったのか……?

 今日公開されたばかりのデータをもとに、ちょうどよくHPを調整する方法を考えた……?

 そしてそれを、この男が、ぶっつけ本番で完璧に実行した……?

 あの目まぐるしいインファイトの中で……!?


「……くっそ……!」


 オレには、そう吠えることしかできなかった。


「くっそおおおおおッ!!!!」


 いわゆるガチ勢と呼ばれるゲーマーなら誰だってそうだろうが、オレは、自分の実力にはそれなりの自信があった。

 たとえプロ相手であっても後れは取らないと、心の奥でそう自負していた。


 しかし、この瞬間。

 オレは魂の根幹に刻みつけられたのだ。



 こいつらのほうが、強い――と。



 ケージの拳が輝きを放ち、体技魔法を発動させる。

 今更のように《手負いの獣》が発動するが、どれだけSTRやAGIが上がったところで、始まってしまったコンボから抜け出せるわけじゃない。

 オレのHPは、一気に消し飛んだ。


 トドメを刺す瞬間――ケージの顔が、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『ジンケ選手、追い詰められたああああっ!! 残り1ラウンド! これを落とせば敗北が決定します!! 快進撃もここまでかあああ―――っ!!』


 プラムは手を組み合わせて祈っていた。

 リリィは無表情で闘技場を見下ろしていた。

 ミナハは腕を組んで静観を貫いていた。


 そして、もう一人。

 勝利に手を掛けた側のセコンドである少女・チェリーが、しかし誰よりも心配そうに呟いた。


「……先輩……」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 なんで……そんな顔をするんだ?


 最後の瞬間に見えた、ケージの申し訳なさそうな顔。

 それが、オレの逆鱗に触れる。


 どうして喜ばない?

 勝てそうなのに、どうして喜ばない!?


 苛立つ。

 腹が立つ。

 オレがこんなにも欲している勝利を奪っていこうとしているのに、なんでそんな顔をするんだよ!?


 胸の中に吹き荒れた感情が、同種の感情に囚われたときの記憶を引っ張り出す。

 すなわち、筐体の中でシートを殴りつけた記憶を。

 そして、さらに。

 その記憶が、また別の記憶に紐付いた。


 1回戦。

 ケージの対戦相手が、オレと同じように、筐体の中で荒れていたことを。

 そして、あのときのケージもまた、さっきのように申し訳なさそうな顔をしていたことを。


 苛立ちがふっと消えて、ただの疑問だけが残る。

 どうしてだ?

 さっきまでは、あんなに瞳を輝かせて、心の底から楽しそうだったのに――

 いったい何が、あんたにそんな顔をさせるんだ?


 ――楽しんで!!


 不意に、プラムの声が蘇った。

 それが、呼び水。

 まさか、と思った。

 まさか、あんたは――


 はっきりと答えが出る前に、第2ラウンドが始まった。

 このラウンドが最後かもしれないって言うのに、オレの頭の中はまだ、ケージの表情への疑問に囚われていた。


 あんたが申し訳なさそうなのは、もしかして……()()()()()()()()()()()()()()


 オレがつらそうにしているからか?


 自分が楽しんだら楽しんだだけ、相手が苦しんでしまうからなのか……?


 ケージの拳は、さっきのラウンドに比べればいくらか手ぬるく思えた。

 あえて手を抜いているようには見えない。

 だとしたら、それは……無意識。

 心の底から湧き出す恐怖のようなものが、ケージの力をセーブしているのだ。


 情報と情報が次々に繋がって、オレに真実を与えてゆく。


 ケージというゲーマーは、典型的な天才だ。

 努力を必要としない、あるいは努力を努力と思わない。

 だからどんなゲームもすぐにうまくなってしまう。

 彼よりももっと多くの努力を重ねた人間よりも。


 だからなのだ、とオレは理解した。

 だから、ガチで取り組んでいる人間ほど、この男と闘うと否定された気分になる。

 今まで自分がやってきたのはなんだったんだと思わされていく。

 そうして……楽しくなくなっていくのだ。


 そうなってしまうのを、こいつ自身、きっとわかっている。

 そうだ、だから言ってたじゃねーか、本人がその口で!


 ――……対人は苦手だったんだけどさ


 対人戦が苦手な理由は、下手だからじゃない。

 逆だ。

 上手すぎるから。

 ゲームが上手すぎて、相手を怒らせてしまうから!


「――っざけッ……!!」


 答えに辿り着いた瞬間――膨大な憤りが、オレの中を荒れ狂った。


 思い出すのは、ケージが瞳に浮かべていた輝き。

 オレはこいつほど楽しそうにゲームをする奴を見たことがない。

 こいつほどゲームへの愛を感じさせる男を、他に見たことがない。


 こんな根っからのゲーマーが、どうして対人戦を苦手に思わなきゃならない?

 喜ぶべき瞬間に、どうしてあんな申し訳なさそうな顔をしなきゃならない?


 それは、いったい誰が悪いんだ?

 才能がありすぎるケージか?

 努力をしなくても強くなれてしまうことが、そんなにも悪いのか?


 ……違う。

 違うだろ!

 わかりきったことだ。

 悪いのは―――!!



「――ッんなああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 悪いのは、ゲームの楽しみ方を忘れて、自分より強い相手に八つ当たりをする奴だ。


 自分が持っていないものを持っている相手に対して、みっともなくも卑怯だ無茶苦茶だと罵る奴だ。


 自分には理解できないものを、そんなのはおかしいと一方的に拒絶する奴だ!




 そして!


 これほどゲームを愛している男と!


 対等に遊んでやることもできない、弱っちい奴だッ!!




 ケージの拳が迫る。

 HPの調整を完了させる最後の一撃。

《手負いの獣》を発動させないまま追い詰める、芸術的とすら言っていい詰めの一手。


 オレは――それを、自ら顔面で受けた。


「……ッ!?」


 激しくノックバックしながら、オレは見る。

 ケージの顔が驚愕に染まったのを。

 オレは自然と、口元を緩ませていた。


 バシィッ!! と鳴り響くのは、クリティカル判定を示す音。

 攻撃者の想定以上に、オレのHPが削られる。


 HPが、4分の1を割った。


 ――すべてを閉ざしていた真っ暗闇に、光が射す。

 それは、勝利へと続く唯一の道筋を示していた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『《手負いの獣》発動ぉおおッ!! ジンケ選手、反撃に移るゥうぅううううううううううううううッ!!!』


 観客の歓声でアリーナが揺れる中、ミナハは幼馴染みのことを思っていた。


 ――ツルギ、私があなたのことを最強だと思うのはね、ゲームセンスが優れてるからでもなければ、285連勝の伝説があるからでもないの。

 ――私は、あなたが伝説のゲーマーなんかじゃなかった頃から、ずっとあなたが闘う姿を見てきた。

 ――そして……魅入られてきたのよ。


「コノメタさんも含めて、みんなあなたのセンスを褒めるけど……笑っちゃうわよね」


 だって、ツルギ――




 ――あなたって、最初は、クラスの男子で一番弱かったじゃない。




 ――でも、あなたはそこで止まらなかった。

 ――弱さから逃げず、才能を言い訳にせず、自分の弱さと真摯に向き合って強くなっていった。


 ミナハは――竜神ツルギの幼馴染み・春浦南羽は、かつて憧れ、今も憧れ続ける姿に、その理由を語る。


「私があなたのことを最強だと思うのはね――自分の弱さに、打ち勝ち続けてきたからなのよ」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 すべてが、ひっくり返った。

 そんな感覚だった。


 第2ラウンドの逆転勝ちに続いて、オレは第3ラウンドを圧勝で終える。

 やってみると、ひどく容易いことだった。

 何せケージは、オレを打ち負かすことを無意識に恐れて、手を緩めている――そんな状態の相手に、どうやったら後れを取るんだって話だ


 HPが尽きた後、ケージは唖然とした表情でオレを見ていた。

 オレは口元に不敵な笑みを刻んで、その顔に向ける。

 そして告げるのだ。


「どうした、MAO最強――ゲームはもう終わりか?」


 今まで腑抜けてて悪かったな。

 遊び相手なら、ここにいるぜ。

 最後まで付き合ってやる。

 だから――


「――は。ははははは……! ははははははははははははははははっ!!」


 ケージは不意に、大口を開けて笑い声を上げた。

 それは、オレが今まで聞いた中で、最も大きなケージの声だった。


 オレの真似をするように不敵に笑って、MAO最強の男は言った。


「……いいんだな?」


「いいぜ。それでもオレが勝つ」


 だから――本気で来い。


 5セット目。

 互いに二つのスタイルが破られ、残りはたった一つ。

 ラスト・クラス・スタンディング。

 ケージは最後のスタイルを解き放つ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『果たして誰が予想したでしょうか! ジンケ選手の驚愕的逆転勝利によって、試合はファイナルセットにもつれ込んだああ――――!!

 そしてついに! ケージ選手の第三スタイルがヴェールを脱ぎます! 《軽剣士》クラス、《拳闘士》クラスに続いて、果たしてどのようなクラスを選択してきたのか!? ご注目ください―――!!』


 数千人の観客が注目する中で、光に包まれたケージの姿が変わっていく。

 マントのような黒い布が腰から伸び、緑色の軽鎧が胸を覆った。

 そして右手には、片手剣よりも大振りで、大剣よりも小振りな両刃の剣が握られる。


 観客がどよめいた。

 それは一般的な対戦シーンでは、あまり用いられない種類の武器だったのだ。

 しかし同時に、一部の観客は知っていた。

 その武器種こそ、ケージというプレイヤーがMAOの黎明期より愛用している、彼の本領であることを。


『――バスタード・ソード!』


 解説のコノメタが叫んだ。


『バスタード・ソード――片手持ちでも両手持ちでも使える剣ですね! 盾を持てない分、対人戦では低く見られがちですが、果たしてクラスのほうは――?』


『よく見るんだ。……刀身の根元に、小さく魔方陣が刻まれている。あれはただの剣じゃない――《魔法剣》だ!』


『魔法剣!? ということは、まさか……!?』


『そうだよ。魔法剣を使用するクラスは、今大会のレギュレーションではたったひとつ!』


 コノメタの一言が、後に今大会ベスト・バウトに選ばれることになる一騎打ちの開幕を、高らかに告げた。


『―――《魔法剣士》だ!』



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