第71話 プロゲーマー見習い VS MAO最強の男:瞳の輝きⅡ
『ケージ選手っ! 今大会初! ラウンドを落としましたああああっ!! MAO最強のプレイヤーに土をつけたのは、やはりと言いますか、優勝候補の一角、ジンケ選手です!! ……おや? コノメタさん、難しそうな顔をしてらっしゃいますね』
『難しくもなるさ。見てみなよ、ジンケ選手のMPを』
『MP? ……あっ!』
『先ほどの疑似《ブロークングングニル》による大コンボで、ジンケ選手はMPを使いきってしまった。ラウンドを取ったのはいいけど……ここから先、一体どうする気だ?』
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「ジンケさん……」
観客席で、プラムが心配そうに闘技場のジンケを見下ろしていた。
「あたしの……あたしのせい? あたしが負けて泣いたりしたから、ジンケさんは……」
仇を討ってくれようとしてくれているのではないか。
そのためにあんな無理な攻めをしたのではないか。
結果、第1ラウンドで力を使い果たした。
プラムにはそう思えてならなかった……。
「ナメないで」
しかし、隣に座るリリィが、力強くプラムの呟きを否定した。
「ジンケは、そんなに馬鹿じゃない」
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そして観客席の中には、心配そうな様子の少女がもう一人存在した。
ケージの相棒にしてブレインであるチェリーである。
彼女ははらはらした表情で闘技場の少年を見下ろしていた。
「ああ、先輩……余計なことしないでしょうね……! ときどきすごい馬鹿になるんですから……!」
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「ふう―――……」
長く息をついて思考をリセットする。
大丈夫だ。
焦ってなんかいない。
頭も身体も極めてクールだ。
第1ラウンドでMPを使い果たしてしまうのは織り込み済み。
元より第2ラウンドは捨ててMP回復に努め、第3ラウンドで雌雄を決するプランである。
そのためには、この第2ラウンドでどれだけケージにMPを使わせられるかが鍵になる。
堅実に守ってじれさせるのだ。
槍という武器は、時間切れ狙いの《TODランサー》なんてスタイルがあるくらい、防御に向いている。
速さに惑わされず、リーチを最大に活かして戦えば、必ず攻めを急いでMPを浪費してくれるはずだ!
ラウンド開始のカウントダウンが始まり、オレは槍を構える。
正面に立つケージは、ろくに構えもしていなかった。
右手にだらんと剣を持って――輝く瞳で、オレを見据えている。
第2ラウンド開始。
ケージが動いた。
予備動作をほとんど捉えさせない圧倒的初速……!
どこから来る!?
オレは神経を張り詰めさせる。
しかしそれは、完全な無駄に終わった。
消えるように動いたケージは、オレに近づいてはこなかった。
むしろ遠ざかった。
限界まで遠ざかって、壁際で足を止めていた。
そしてオレのほうに振り向き――
くいくい、と、指で手招いてみせるのだ。
「……は?」
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ざわめくアリーナの中、星空るるの実況が響く。
『ケージ選手! 開幕から壁際まで後退しますっ! こ、これは一体どういう意図でしょうか!? 先ほどのラウンドで、壁際に追いつめられて敗北したばかりですよね!?』
『まあ、表情から察するに―――』
コノメタが呆れたように苦笑して言った。
『―――「さっきの面白かったからもう一回やれ」、だろうね』
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――なんだ、こいつは!?
わけがわからなかった。
壁際に追いつめられたら超不利なのは、さっきのラウンドでわかったはずだ。
なのになんで自分から不利になる?
まさか舐めプレイ?
そんな馬鹿な。
この大舞台の、しかも追いつめられた状況で、そんな余裕がどこから……!?
無数のシミュレーションによって確かに像を結んでいたケージのイメージが、頭の中から雲散霧消した。
壁際でオレを誘っているその男が、急に不気味な怪物のように見えてくる。
夜の人類圏外で遭遇した《月の影獣》よりも、今のケージのほうが、オレにとっては恐怖だった。
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『ジンケ選手、攻める攻める攻める―――っ!! 自ら壁を背にしたケージ選手を、情け容赦なく攻め立てていきます!! ケージ選手、当然ながら防戦一方!!』
『このポジショニングでは最大の武器であるAGIをまったく活かせない。リーチで勝る槍のほうが絶対的に有利だ。ケージ選手もうまく捌いているけど……』
捌ききれない攻撃が幾度となくケージにヒットし、じりじりとHP差が開いていく。
『一刻も早く壁際から抜け出さなければ、このまま決まってしまいます! いいのでしょうか、それで!?』
『どうなんだろう。解説として最悪な発言だと思うけど、わかんないよこんなの。何を考えてるんだ、あの子……』
コノメタの言葉は、アリーナに集った全員の気持ちを代弁していた。
ケージは一体何を考えているのか?
それが万人の知るところとなったのは、《魔力回収》スキルによってじわじわと回復したジンケのMPが、必要十分と言えるほどにまで達した頃のことだった。
ジンケの槍が稲光を放つ。
『《雷翔戟》ィィィ――――ッ!!!』
『まただっ!!』
壁を利用した疑似《ブロークングングニル》。
稲光を纏った槍に貫かれたケージは、したたかに壁に叩きつけられる―――
直前に、くるりと体勢を入れ替えた。
まるで猫のようだった。
身体を捻ったケージは、背中から壁に叩きつけられるのではなく、足から壁に着地する。
《雷翔戟》によって生まれた慣性が、彼を一時、壁に貼り付かせた。
まるでトカゲのように――
ジンケが愕然とそれを見上げる。
手元に残った槍を彼が握り直した頃には、ケージは壁を蹴っていた。
頭を下にしながらジンケの頭上まで飛び上がり――
――剣に紅蓮の炎を纏わせる。
『ぎゃ――』
『――逆《焔昇斬》!?』
剣を下から上へと斬り上げ、傷口に炎を走らせる体技魔法《焔昇斬》。
通常、対空技もしくは浮かし技として使用されるこれを、頭を下にした状態で発動する。
するとそれは、そのときだけ、対空技から対地技へと変貌するのだ。
天から地へ。
鋭く斬り下げられた刃が、ジンケを脳天から斬り裂いた。
その傷口に紅蓮の炎が走り、ダメージエフェクトの光芒が散る。
クリティカル・ダメージ。
ジンケのHPが一気に減る。
――だけでは終わらなかった。
再びくるりと体勢を入れ替えたケージが、ジンケの背後に着地する。
『ああっ!? めっ、「めくり」成功ぉおおっ!!』
『ポジション逆転―――あっ!?』
解説のコノメタが腰を浮かせた。
ジンケの背後に着地したケージが、すかさず剣に風を纏わせたのだ。
風属性、刺突系体技魔法《風鳴撃》。
『こっ、これはっ―――!?』
次の瞬間より始まる展開を、アリーナの誰もが予想できた。
なぜならそれは、前のラウンドで見たばかりのものと、極めてよく似た光景だったからだ。
風と共に鋭く繰り出された刺突が――ジンケを壁に叩きつける。
『やり返されるぞ―――!!』
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「かはっ―――!!」
したたかに壁に叩きつけられながら、オレはケージの顔を見ていた。
どうだ、と顔が言っていた。
面白いだろ、と瞳が告げていた。
どうしてだ、とオレは思う。
勝ち負けを競うこの場で。
少なくない賞金がかかったこの場で。
あんたはどうして、そんなにもまっすぐな目ができるんだ?
この大会の誰よりも、こいつはゲームを楽しんでいる。
誰もが真剣に闘う中で、ただ一人こいつだけが! この大舞台を遊び場にしている!
オレには、どうしてそれができるのかわからない。
勝ちたいと思わないのか。
負けたくないと思わないのか。
どうしてそんなにまっすぐなまま、そんなに強くなれるんだ!
かつて、ゲームセンターで重ねた記憶が、血を吐くように叫んでいた……―――




