第67話 元・底辺ストリーマー VS MAO最強の男
不意に愚直な突撃をかけてきたケージを見て、プラムは一瞬、当惑した。
(一体どういう……!? いや、惑わされるなっ!!)
やることは変わらない。
プラムは《獣王牙の槍》を薙ぎ払うように振るい、ケージの突撃を拒絶する。
プラムが予備動作に入ってからも、ケージはまるで速度を落とす気配がなかった――このままだと直撃だぞ、と敵ながら心配してしまったそのとき。
ケージは、くんっと身を低くして槍を掻い潜る。
(やっぱり、このくらいじゃ……!)
わかっていた――だから準備をしていた。
プラムはショートカット・ワードを詠唱する。
体技魔法の発動に伴い、アバターがシステムに委ねられた。
慣性がキャンセルされ、振り抜いた槍が遡るようにして戻ってくる――!
《炎旋》。
身を低くして槍を躱したばかりのケージに、これを避けられるはずもなかった。
――プラムのこの一手を、読まれてさえいなければ。
「第三ショートカット発動」
ケージが片手剣を跳ね上げるようにしながら、大きくジャンプする。
片手剣用体技魔法《焔昇斬》。
剣の切っ先自体は、プラムには届かない――しかし、炎を纏った槍は、ケージの足元を通り抜ける。
プラムは顔をしかめながらも、しかし、大丈夫だ、と思った。
《焔昇斬》の後隙は、決して小さいものじゃない。
反撃を喰らう前に、ちゃんと防御体勢を取れる――!
《炎旋》の硬直が終わるなり、プラムはケージからの反撃を防ぐべく槍を構えた。
――しかし。
「え?」
ケージがいなかった。
ぞわっと背筋を寒気が駆け抜け、半ば以上勘で悟る。
「めくられ――!?」
振り向くよりも、背中を斬り裂かれるほうが早かった。
ケージは《焔昇斬》のジャンプを利用して、そのままプラムの頭上を飛び越えたのだ。
振り向きざまに反撃をしようとして、プラムはかろうじてこらえる。
(ダメ……! ドツボに嵌まるパターン!)
振り向きながら全力で間合いを取る。
見れば、ケージはしっかり防御態勢を取っていた。
「おっと……」
意外そうに呟いて、彼は片手剣を構え直す。
やはりプラムの反撃を受け止めて、さらなる追撃をかけようとしていたのだ。
(……?)
この一連の攻防に、プラムは引っ掛かりを覚えた。
ケージはもっと、好き勝手なプレイをするタイプだと思っていた。
実際、次に何をやってくるのかまるで読めないのだが――その一方で。
妙に、噛み合っている。
この感覚は独特だった。
だからすぐに思い当たる。
この噛み合った感覚の原因を。
(……人読みされてる……?)
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「プラムを人読みしてる……?」
観客席から試合を見ていたオレは、人知れず呟いていた。
人読み。
キャラクターや技ではなく、プレイヤー自身の闘い方を分析することだ。
ケージは今まで、プレイヤースキルで圧倒するような闘い方だった。
理不尽を押しつける、とでも言おうか。
自分の強さでひたすらに相手を押し潰すような、そういう闘い方だったはずだ。
なのに……プラムに対する、今の攻防は。
1から10まで、完全に読み切った動きだった――その場その場の反射神経でできる動きじゃない。
プラムの闘い方を、きちんと計算に入れて闘っている。
なぜここに来て?
オレや、あるいは他のワンダリング・ビーストがやるように、試合中に人読みを完了させる技術がある様子はない。
その動きから感じたのは、入念な事前準備だった。
「事前準備だって……?」
1回戦を、あんなプレイヤースキルの暴力で勝ち抜いたような奴が?
その事実は――今までのケージのプレイとは、真逆の印象を感じさせた。
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ミスはしていない、とプラムは思っていた。
よくできている。よくやれている。よく闘えているはずだ。
なのに、現実として、HP差は開いていった。
気付いたときには泣きたくなるような大差になっていた。
もうこうなったら大威力のコンボを狙うしかない。そう思って仕掛けても――
「ううっ……!」
当然、許してはくれない。
袋小路に入ったときの思考は読まれやすいのだ。
逆にコンボを叩き込まれて、第1ラウンドを落としてしまった。
全部、見抜かれている。
そんな感覚があった。
どうして?
今までケージは、相手のことなんて何も考えていないような、プレイヤースキルで圧倒する試合しかしてこなかったのに。
なのにどうして、今になって、こんな……っ!
第2ラウンドが始まった
さっき待ちに入って負けた以上、同じ戦法を選択することはできなかった。
プラムは自分から果敢に攻めていく。
有利な間合いを手放さないようにしながら、焦らず、着実に……!
脳裏に、この1ヶ月ほどの時間が過ぎる。
それは、この大会のために費やしてきた時間。
努力の記憶だった。
ああでもないこうでもないとスタイルをこねくり回し。
ほんの1パーセントでも成功率を上げるため、毎日毎日同じコンボの練習をして。
目が潰れそうなくらい配信の録画を見返して、研究に励んだ。
EPSのゲーミングハウスに通って、ジンケやニゲラ相手に何百時間と練習した。
配信で多くのリスナーたちに励まされながら、様々な戦法を実験した。
こんなに真剣にゲームに取り組んだのは……きっと、人生で初めてだった。
それらが。
そのすべてが。
次の瞬間には、泡のように弾け消えてしまうかもしれない。
足元からせり上がってくる冷気の名は、きっと恐怖だった。
あの日々が、あの時間が、あの努力が。
すべて――すべてすべてすべて――パチンと、弾けて、消え去ってしまう……!
プラムはこれまで、部活動というものをしたことがない。
受験こそしたけれど、そんなに真剣だったわけじゃない。
自分の意思で。
自分の願いで。
本気で時間を捧げ、真剣に努力をしたのは――この大会が初めてだったのだと、今更のように、知る。
だから、初めてだったのだ。
自分が捧げた本気が、真剣が、誰に顧みられることもなく、泡のように消え去ってしまうかもしれないという恐怖が。
ああ――
思ったより……うまくいかないんだ。
努力って、意外と、報われないんだ。
そっか、当たり前だ。
あたしが努力をしてるなら……他の人は、それ以上に努力をしているに決まっている。
――――本当に?
何かが、囁いた。
本当に――今、お前の努力を潰そうとしているその男は、お前以上に努力をしたのか、と。
ケージ――MAO最強とされるプレイヤー。
普段は対人戦なんてまったくしていない、PvEプレイヤー。
そして、あからさまな――理不尽なまでの――
天才。
「……うっ……!」
プラムの中で、ぐつぐつとマグマのようなものが煮えた。
「……ううううううっ……!!!」
負けたくない。
終わりたくない。
勝ちたい。
勝ちたい!
勝ちたいッ!!
予選でのジンケの試合が、まるで走馬燈みたいに思い出された。
もう一度。
もう一度だけ、あの楽しい勝負をしたい。
ジンケさんとの本気のゲームを、もう一度だけっ……!!
ここだ。
ここさえ勝てば。
この人さえ、倒せば―――!!
ピシリ、とプラムの槍に亀裂が入った。
《フェアリー・メンテナンス》によるカウントが貯まったのだ。
必殺の《雷翔戟》は、いつでも放つことができる……!
(ダメ! 焦るな……っ!!)
がむしゃらに撃ってもきっと避けられる。
大丈夫。
《雷翔戟》の弾速ならば、隙を見てからでも充分に……!
プラムは血眼になってケージの隙を探した。
視界の動きが、《受け流し》が発動したときのようにスローモーションになっていく。
これまでの人生で一番、対戦相手の動きがよく見えた。
一挙手一投足。
目には見えない、体重の動きに至るまで。
そのすべてを肌で感じ―――
―――そして。
(見えたッ!!)
亀裂に包まれた槍が稲光を放つ。
投擲系体技魔法《雷翔戟》―――《ブロークングングニル》。
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そして、実況の星空るるが叫んだ。
『《雷翔戟》発射あああ――――ッ!!! 完璧なタイミングーッ!! ケージ選手、これは避けられなあああああああああいッ!!!』
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そして、観客席の中で、とある少女がぽつりと呟いた。
「――――迄」
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稲光を纏い、轟音を伴って撃ち出された《雷翔戟》。
迫り来たそれに対し―――ケージは、左腕を差し出した。
雷の槍がケージの左腕を貫き、ヴァヂンッ!! という音が炸裂する。
ケージの全身を帯電エフェクトが覆った。
《雷翔戟》の追加効果――麻痺だ。
しかしそれは、通常より早く消え去っていく。
《レジスト(雷)》。
ケージが装備しているスキルが、麻痺時間を大幅に短縮する。
しかしそれでも、ダメージは甚大だった。
ほぼ無傷だったケージのHPが、半分近くにまで減った。
それはあるいは、彼がこの大会で受けた中でも、最大のダメージかもしれなかった。
ケージの左腕に刺さった槍は即座に砕け散り、プラムの手の中に戻る。
すぐさま2発目――と行きたいところだったが、そうはいかなかった。
クールタイムだ。
《雷翔戟》は、あとほんの数秒の間、使うことができない……!
その間にケージは麻痺から脱し、悠々と回避体勢に入れてしまう。
そうはさせない。
予選でのジンケとの試合では、このほんのわずかなクールタイムが命運を分けた。
だから、対策は考えてある――!
槍が手元に戻るなり、プラムはケージとの距離を詰めた。
麻痺から脱し、走り出そうとしている彼の足に狙いをつける。
振りかぶった槍を、風が纏った。
体技魔法。
《風薙》。
風と共に振るわれた槍が、ケージの足を掬う。
ふわりと柔らかに、彼の身体が浮いた。
どんな超人でも、どんな天才でも。
浮かされてしまえば、動くことなどできない。
そして、《雷翔戟》のクールタイムが終了した。
遠距離からの《雷翔戟》を始動技とする、体技魔法三連撃。
その最後を締めくくるべく、ゼロ距離で轟音が弾けた。
―――と同時に、ケージは左手を差し出す。
稲光を纏った槍が貫いたのは、またしても彼の左腕だった。
しかし、それでも、このコンボの威力は絶大だ。
何のバフもかかっていないのなら、満タンのHPを一気にすべて刈り取れるほどの威力があると、プラムは確認している……!
「勝っ――――」
快哉は途切れた。
見てしまったからだ。
見えてしまったからだ。
わずかに、1ドット。
ケージのHPが、残っているのが。
(……そん……な―――)
ケージの麻痺はすぐに解ける。
彼は着地すら待たず、《焔昇斬》から始まる最大威力コンボを叩き込んだ。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
『第1セット決着っ!! 第2ラウンドをケージ選手が辛くも制し、一つ目の白星を手にしましたあああああっ!!
しかし、なんという奇跡でしょうかっ!! 《雷翔戟》《風薙》《雷翔戟》の極悪コンボを受けて、まさかHPが残るとは!!』
『―――違う』
『……はい? なんですか、コノメタさん?』
『違うんだ』
コノメタはどこか呆れたように苦笑していた。
『今のは、奇跡なんかじゃないんだ』
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
オレは、観客席で愕然としていた。
わかってしまったからだ。
なぜ今、ケージのHPが残ったのか。
偶然であってほしいと思った。
奇跡であってほしいと思った。
ケージという男が、ゲームの神様に愛されているからこういうことが起こったんだと、無邪気に信じていたかった。
しかし……今の、コノメタの発言。
あいつも、わかっていたんだ。
シルと同様に。
「奇跡じゃないって、どういうこと?」
隣の森果の呟きは、きっと反射的な独り言みたいなものだったろうが、オレは答えずにはいられなかった。
「ケージは……一度も、焦ってなかった」
「……焦ってない?」
「隙を突かれて《雷翔戟》を撃たれたときも、《風薙》で浮かされたときも、トドメの《雷翔戟》が来たときも―――でなきゃ、2撃目の《雷翔戟》を左手で受け止められるわけがないし、その直後、咄嗟の反撃で最大コンボを出せるわけがない。
わかってたんだ。あのとき、あの瞬間。プラムがあのコンボを出してくるって、最初から!」
だから……今となっては明白だ。
ケージのスタイルの、意味不明なステ振り。
その意味。
その意図は―――
「…………耐久調整…………」
「たいきゅうちょうせい……?」
「腕身代わり前提《雷翔戟》2発《風薙》1発確定耐え調整」
変にVITに振られていたポイントも。
スキル《レジスト(雷)》ももちろん!
「―――あのスタイルは、《ブロークングングニル》のカウンターだったんだ……!!」




