第65話 プロ見習いは拳を解き放つ
『予選に続いて、またしてもサタ選手に黒星スタートを喫してしまったジンケ選手! 第2セットはどう巻き返してくるか!? ――っと、両者スタイルが出揃ったようです!』
『サタ選手はまた《バインドプリースト》だね。もしかしたらあのスタイルが、ジンケ選手対策を一手に担っているのかもしれない』
『対するジンケ選手は――おっと!』
アリーナ中がざわめいていた。
ジンケの得物が、槍ではなかったからだ。
どころか、彼はその手に何も持っていない。
徒手空拳に、薄手の手袋を着けただけの姿――
これは、すなわち。
『ジンケ選手、クラス《拳闘士》!! ここで第3スタイルを見せてきたああああっ!!』
『ここで出してくるか……』
『おっと、コノメタさん! あのスタイルをご存じなのですか!?』
『私は開発には関わっていないけどね、話には聞いてるよ』
『開発……ということは!?』
『《ミナハ型最速拳闘士》じゃないよ。《ブロークングングニル》《トラップモンク》に続く、彼謹製の新スタイルで―――』
コノメタは口元に笑みを刻んで続けた。
『―――おそらくは、今後、彼のメインスタイルとなるものだ』
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会場の隅でグラスモードのバーチャルギアを着け、闘技場を見下ろしていたミナハは、かすかに頬を紅潮させていた。
「……やっと……やっと、見せてくれるのね……!」
喧嘩別れになったあの夜から、ずっと封印されていた拳。
それこそが、ミナハを《闘神》へと押し上げた原風景。
ジンケ――否、《JINK》の面目躍如となるリーサル・ウエポン。
伝説の夜からおよそ2年。
《JINK》を伝説たらしめた拳が、久方ぶりにヴェールを脱ぐ。
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『《ミナハ型最速拳闘士》だったとしたら、《バインドプリースト》には有利とは言えません。そうですね、コノメタさん?』
『うん。デバフや《バインド》で、頼みの綱の足を潰されてしまうからね。本家本元のミナハちゃんだったら話は変わるだろうけど』
『ジンケ選手のスタイルはまったくの新型ということですが、《拳闘士》というクラスの持ち味がスピードにあることは変わりません! ジンケ選手、果たしてどう戦っていくのか―――!?』
数千からなる観客たちが見守る中、試合は始まった。
サタはジンケをデバフ状態、あるいは毒状態にするための詠唱を開始。
対するジンケは―――
『第五ショートカット発動!』
キーワードの詠唱と同時に、ピカッと輝きが放たれる。
アクティブスキルの発動を意味するエフェクトだ。
彼の背中に一瞬だけ透けた翼が出現し、すぐに消滅した。
しかし、彼を鎧のように包み込む光が、後に残されている。
『ジンケ選手、開幕からスキル発動! しかし、今の見慣れないエフェクトは……!?』
『《虎に翼》だね』
『《虎に翼》!?』
『対人でもたまに使われる発動型スキルさ――効果は自己強化。正確には、STR、VIT、AGIといったフィジカル面を強化する』
『セルフバフ、ですか!? それは――』
サタがすかさずデバフ魔法を発動した。
ジンケが纏っていた光は相殺されて消えてしまう。
『デバフ手段が豊富な《バインドプリースト》にはセルフバフは通用しません! ジンケ選手、一体どうするのか――!?』
『ふふふ……』
ジンケは《拳闘士》特有の足の速さを使い、サタとの距離を詰めていった。
しかしサタは魔法による牽制をうまく使って逃げ回る。
そうするうちに、試合開始から30秒が経った。
再び、ジンケの背に翼が瞬く。
『あっ! またです! 再びの《虎に翼》! しかし――!?』
サタがすぐさまデバフを詠唱。
ジンケが纏った光が輝きを減じ――
『――あ、あれ? 消えない! バフが相殺されきっていませんっ! これは一体……!?』
『《虎に翼》はただの自己強化スキルじゃない。……使えば使うほど効果を増す自己強化スキルなのさ』
『使えば使うほど効果を……!? そ、それでは!』
『《虎に翼》のクールタイムは30秒。30秒ごとに、ジンケ選手のステータスは雪だるま式に膨れ上がっていくというわけだ。つまり、時間をかければかけるほど有利になっていく。……《バインドプリースト》みたいな耐久戦仕様のスタイルへのメタ・スキルなんだよ』
試合開始から60秒。
3度目の《虎に翼》が発動され、デバフ魔法の効力は、せいぜいバフを半減させる程度のものでしかなくなった。
向上したジンケのフィジカルを、サタは完璧には捌ききれない。
ジンケの拳が当たるようになり始めた。
そして――
『90秒おおおお!! 4度目の《虎に翼》です!!』
目映いばかりのバフの光は、もはやどれだけデバフをかかろうと焼け石に水にしかならない。
制限時間は120秒。
《虎に翼》はこれで最後だが、残りの30秒を耐えきる手立ては、サタには存在しなかった。
『サタ選手ノック・アウト!! 第1ラウンド、勝者はジンケ選手ですっ!!』
『見事にハマったね。《虎に翼》は、受けに入った相手には滅法強いスキルなんだ。最初の1回が弱いし、ランクマッチじゃ制限時間の関係上3回までしか使えない……そのうえ、デメリットで体技魔法以外の魔法が発動できなくなっちゃうから、あんまり使われないんだけどね』
『なるほど! ジンケ選手が考案した新スタイルとは、《虎に翼》によって《拳闘士》が苦手とする耐久型のスタイルを克服したものなのですね!』
『……さて。果たしてそれだけかな?』
第2ラウンドが始まった。
先ほどと同様にジンケが《虎に翼》を発動する一方、サタは開幕からアクティブに動く。
『サタ選手、攻めに転じます! プランを変えてきました!』
『《虎に翼》で押しつぶされるのを避けるためには、当然そうするしかない。幸い、新型の《バインドプリースト》は攻撃魔法で殴り勝つこともできるようになっているからね。……でも問題は、その程度のこと、ジンケ選手は最初からわかってるってことだ』
サタは《バインド》でジンケの足を潰しながら、攻撃魔法で果敢に攻め立てた。
《拳闘士》はフィジカル面が大きく向上する代わりに、MDFを含む魔法面に下降補正が入る。
サタの攻撃魔法によって、ジンケのHPは急速に削られた。
『ああっ! すごい勢いでHPが減っていくーっ!! やはり《拳闘士》! 魔法攻撃には紙のような耐久力です! このままでは……!!』
『――いいや』
コノメタは笑っていた。
『ここからが見物だよ』
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(勝てる! 今度こそ……!!)
凄まじい勢いで削られるジンケのHPを見ながら、サタは自らを鼓舞するように心で叫んでいた。
(もう一度、同じことをすればいい! それだけで……それだけでっ……!!)
しかし、彼は気付いていなかった。
見えた光明にすがりつく、ということ。
それによって、自分の視野が狭まってしまっていることに。
ジンケのHPが、4分の1を割った。
(もう少―――)
サタの思考が潰える。
目の前で起こったことに、認識が置き去りにされる。
ジンケの姿が――消失した。
「―――っえ?」
疑問の声を漏らした、その瞬間。
彼のこめかみを、硬く握りしめられた拳が襲った。
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『……は……』
あれだけ闊達な星空るるの舌が、このときばかりは、束の間凍りつく。
『は……速いっ……! ジンケ選手! なんというスピードッ!! 目にも留まらないこの速さ……!! まるで《全振り》でもしているかのような……!!』
『いいや。もしアレがAGIに全振りした結果なら、あんな火力は出るはずもないさ』
一発、ジンケの拳が入るごとに、サタのHPが抉られたように減少する。
それもまた、まるでSTRに全振りでもしたかのような威力だった。
ジンケの全身から、赤い煙のようなものが立ち上っていた。
《虎に翼》の光とも違う、まるで血煙のようなオーラ。
それと共に、ジンケの瞳もまた、餓えた猛獣めいた輝きを放っていた。
『な……なんでしょうか、あのエフェクトは!? わたくし、見たことがありません!! あんな……まるで、手負いの獣のような……』
『ははは! まさに、だね! ……いやあ、本人たちは、大会前に公開するつもりだったみたいなんだけど、驚かせたほうが面白いかなと思って、私が止めたんだよね。ナイスリアクションありがとう、るるちゃん』
『あ、はい。それはどうも――って! そうじゃなくて! なんなんですかコノメタさん! あのエフェクトは!』
『さっき君が言ったとおり、《手負いの獣》さ』
『……はい?』
『予選から本戦までの間にジンケ君が発見した新スキルだよ』
『…………はいいいい――――――っ!?!?』
観客たちが今日一番のざわめきを見せる中、ジンケはサタのHPを削りきった。
それから、さらに2セットに渡って、ジンケはそのスタイル――《ビースト拳闘士》を使用し、サタのスタイルをすべて打ち破る。
そうして、3回戦へとコマを進めてみせたのだった。




