第64話 プロ見習いはメタられる
彼の名は《サタ》。
孤高のMAOプレイヤーであるはずの彼は今、無数の観客の視線が集うステージの上に立っていた。
対人戦大会《RISE》――その本戦の、それも2回戦の舞台である。
まさか、ここまで来られるとは思っていなかった。
彼の予選成績は5勝2敗――通過ライン16位に対しての15位である。
負けた相手がたまたま6勝以上の猛者ばかりであったために、ギリギリ本戦に滑り込めただけでしかない。
だというのに、何の因果か1回戦を制し、こうして本戦2日目のステージに立っている。
少し前までは、自分がこれほど多くの人間の視線を集めるなど、考えられないことだった。
それもこれも、8月にあった出会いがきっかけだ。
そう。
今、目の前に立っている、この少年との出会いが。
縁とは、どこまでも繋がってゆくものらしい。
サタの2回戦の対戦相手は、ジンケという名前だった。
まさか、彼とリアルで顔を合わせることになろうとは。
サタは一方的に感慨深い気持ちになった。
彼はサタのことなど覚えていないのだろうが、彼と同じステージに立っているという事実が、サタに己の成長を実感させた。
ステージの真ん中で握手を交わす。
その間、ジンケは何やら不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
「……な、何か?」
緊張を堪えて尋ねると、ジンケは「あ、いや」と誤魔化して、
「年上だったんだな、と思って」
その瞬間、サタの胸中に駆け抜けた感情は、余人にはどうあっても理解できまい。
わずかに数度、対戦しただけの自分のことを、彼は覚えてくれていた。
それが、舞い上がりそうになるほど嬉しかった。
まるで認められたような気持ちになった。
彼はこの大会を制すればプロになるらしい。
であれば、なるほど。
どうやら自分は、彼のファンになってしまったようだった。
手を離して、それぞれの筐体に向かう。
無論、手加減はしないつもりだった。
むしろファンであればこそ夢を見る。
もし彼に勝利できたなら、どんなに嬉しいだろう、と。
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『さあてっ! 2回戦も後半戦に入って参りました! 次の試合はジンケ選手対サタ選手!』
『奇縁だねえ。この二人は予選の4回戦でも当たっているよ。ほら、ジンケ選手が初めて《トラップモンク》を使った試合だ』
『ああ! あの試合はわたくしもよく覚えております! 解説だったホコノ選手も、サタ選手のプレイを賞賛していました!』
『……ふうん、そう』
『ホコノ選手の名前が出てきた途端におざなりにならないでくださいっ! ともあれ、今回もいい試合を見せてくれることを祈りましょう! それでは皆さん、アリーナへ!』
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ログインしたオレは、昨日よりもいくらか広くなったように見えるアリーナで、戦略を練っていた。
最初のスタイルはどれにする?
これまでは《ブロークングングニル》に先鋒を任せてきたが、昨日の1回戦ではそのパターンを崩した。
今度の相手はそれを踏まえて、馬鹿正直に《ブログ》狙いで来ることはないだろう。
1回戦のような奇襲は通用しないってことだ。
オレは試合前にチェックしておいた、対戦相手――サタの情報を思い返した。
サタが1回戦で使ったスタイルは、《コンボツインセイバー》と《剣士型セルフバフ》。
このうち、《コンボツインセイバー》で2勝をあげている。
先鋒に置くとしたら、勢いのあるそれか。
おそらくセルフバフ系統のメタとして採用されたスタイルだろうから、セルフバフを使わないオレに対してはあまり有効に作用しない。
だから様子見も兼ねて、勢いがあり、かつ犠牲にしても大丈夫な《コンボツインセイバー》を、先鋒に出してくるんじゃないか?
「……よし」
決めた。
オレはスターティング・スタイルに《トラップモンク》を選択した。
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『さあ、スターティング・スタイルが出揃ったようです! 両者装備が変わっていきます! 果たして先鋒はどのような――おおっと、これは!?』
セントラル・アリーナに星空るるの実況が響きわたる。
『ジンケ選手、再びの初手《トラップモンク》です!』
『対戦相手のサタ選手のスタイルは、今のところ《コンボツインセイバー》と《剣士型セルフバフ》。どちらにしても、《トラップモンク》ならば簡単に絡め取れるだろうね』
『で・す・がぁ! しかしぃーっ!?』
ジンケと対峙するサタは、剣など持ってはいなかった。
その手にあるのは杖とスペルブック。
そして、身に纏ったのは神官服だ。
『プリーストっ! サタ選手、クラスはプリーストです!
コノメタさん、これはまさか!』
『うん――これまでもちょこちょこ見かけたけど、どうやらサタ選手も隠し持っていたようだね。《バインドプリースト》を』
《バインドプリースト》。
MAOの対人戦において頻繁に使用される戦法の中でも特にヘイトの高い、耐久型のスタイルである。
毒を始めとしたスリップダメージ状態に相手を追い込んだのち、拘束魔法《バインド》を駆使してひたすら時間を稼ぎまくる。
この大会では1ラウンド120秒という、ランクマッチより長い制限時間が設けられているので、多くの場合で時間切れ勝利を狙うこのスタイルにはハンデがあった。
だから予選では誰一人使用しなかったのだが、本戦を目前として事情が変わった。
《神官》のクラスチャンピオンとして名高いプレイヤーが、新型の《バインドプリースト》を考案してゴッズランク1位を獲得したのだ。
この新型《バインドプリースト》は、耐久戦仕様でありながら自分から攻めていけるようにもなっており、強さはそのままに柔軟性を得た画期的なスタイルだった。
これならば1ラウンド120秒でも戦えると、幾人ものプレイヤーがこの《RISE》本戦に持ち込んでいた。
『これはジンケ選手、思惑を外された形ですか!?』
『そうだね。ジンケ選手としては、《コンボツインセイバー》か《剣士型セルフバフ》のどちらかを狙って《トラップモンク》を投入してきたんだろうからね』
『《トラップモンク》と《バインドプリースト》……どちらも変則的なスタイルになりますが、相性としてはどうなんでしょう?』
『……見てればわかるんじゃないかな。私は本人から聞いて知ってるけどね――』
どこか不穏さを感じさせるコノメタの発言は、試合が始まってすぐ、誰もがその意味を知るところとなった。
サタは動かない。
ジンケを毒状態にする《ポイズネス》を使用したっきり、決して自分から動くことはなかった。
これではトラップなど踏みようがない。
ジンケは攻撃魔法でサタを動かそうとするが、サタは回避行動を取ることなく、冷静に防御魔法で対処した。
そうしているうちにジンケのHPはじわじわと蝕まれていく。
ならばと、ジンケは接近戦に持ち込もうとした。
しかし、そのために彼がセルフバフを行っても、すぐさまサタがデバフ魔法を使用して相殺してしまう。
さらには《バインド》による拘束も受けて、接近そのものが不可能になった。
蓄積したスリップダメージが、ジンケからすべてのHPを奪い取る。
ひどく静かなまま、第1ラウンドがサタに渡った。
『ああ……これは……』
『ご覧の通りだね』
どこか痛ましげな実況解説をよそに、第2ラウンドが始まる。
今度のジンケは序盤から接近を試みた。
魔法の使用を控え、MPを温存しながら、かなり強引に仕込み刀の刃を届かせようとする。
『《ベケマール》――回復魔法による逆転勝ち狙いかな。時間切れ寸前に回復して体力差で勝つ気だね』
『なるほど! それならば!』
『もちろん、《ベケマール》の消費MP量を考えれば、それで勝てたとしても次に続かないし――そもそも、その戦法が通用するのは、従来の《バインドプリースト》だけだろう』
サタの杖が炎を放った。
新型《バインドプリースト》の新型たる所以である。
耐久戦ばかりではなく、急戦も演じられる攻撃手段――
『これは開発者がSNSで言っていたことなんだけど……この新型《バインドプリースト》は、ジンケ選手が予選で披露した《トラップモンク》から着想を得て作られたそうだ』
『奇しくも、《トラップモンク》から生まれたスタイルが、《トラップモンク》のカウンターとなってしまっているのですね……』
『そういうことだね。ジンケ選手本人も前に言っていたよ。《バインドプリ》はどう足掻いても無理、って』
サタの魔法攻撃によってHPを詰められ、ジンケは予定より早い段階で《ベケマール》の使用を強いられる。
これによって、彼のゲームプランは完全に崩壊した。
制限時間が終わったとき、ジンケのHPは、サタのそれを大きく下回っていた。
『ここまで無敗を誇っていた《トラップモンク》、ついに墜つ―――!! サタ選手、見事な奇襲で一つ目の白星を獲得しましたあああああ――――っ!!!』
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「……やられたな……」
インターバル中、オレは闘技場の反対側にいる対戦相手――サタを見やって、一人ごちた。
おそらく、1回戦で《コンボツインセイバー》を多めに使っていたのは、オレに《トラップモンク》を使わせるための撒き餌だ。
オレはそれにまんまとかかっちまったってわけだ……。
ヤツは、オレについてかなり研究してきている。
《トラップモンク》の弱点が《バインドプリースト》だとわかっていたのがその証拠だ。
《ブロークングングニル》についても、何かしらの対策をしてきていると考えるべきだろう。
「……だったら」
オレは口角をあげた。
ここを初陣にしよう。
オレは3つ目のスタイルを選択した。




