第61話 プロ見習いは無言になる
「やっ、やりましたっ! やりましたよっ、ジンケさん!」
「2回戦進出おめでとう、プラム」
「はっ、はい……! あたし、もう思い残すことはありません……!」
いや、思い残せよ。
まだ1回戦だぞ。
オレに続いてプラムも2回戦進出を決め、いよいよ1回戦も大詰めとなった。
観客席のほうに回ってきたオレたちを、森果が手を振って呼ぶ。
「ちょうど始まる」
「ギリギリだったか」
「うん」
森果は入口で支給されるバーチャルギアを掛けていた。
と言っても傍目にはただの眼鏡にしか見えないが。
それをこれ見よがしに両手でずり上げて見せる森果。
「そろそろ褒めてくれてもいい」
「似合うな、眼鏡」
「うん。くるしゅうない」
「お二人とも。そういうのですからね。そういうのをイチャついてるって言うんです」
バカな。今のは日常会話では……。
「ゆくゆくは眼鏡プレイに興じるのもやぶさかじゃない」
「プレっ……!?」
「汚れてもいいのを用意しとくね、ジンケ」
「そんな日常会話があるか!」
森果と喋ってると何でもかんでも非日常会話になる。
そろそろ切り上げて、試合に意識を移そう。
オレたちは自分のギアを掛けると、ハーフダイブ・モードを起動した。
レンズ型ディスプレイを視線で操作し、《RISE》観戦専用アプリを起動。
少しのローディングの後、目の前に異世界が広がった。
ギアの骨伝導スピーカーからざわざわとした声が聞こえてくる。
オレは超満員のアリーナにいた。
と言っても、ヘッドマウント・ディスプレイとなったバーチャルギア・グラスがアグナポットのセントラル・アリーナを映しているだけであって、実際にオレの意識がここにあるわけじゃない――ただ、ここにいるように感じるだけのことだ。
オレの身体も、もちろん意識も、今もって東京ビッグサイトの会場に存在している。
つんつん、と手の甲をつつかれた感触があった。
横を見ても、そこには観戦用の即席アバターしかない。
触られたのはリアルにあるオレの身体だ。
「(ジンケ、ジンケ)」
左の耳をくすぐったのは、森果の囁きと吐息だった。
仮想世界の音を届けてくるのは骨伝導スピーカー――ヘッドホンやイヤホンのように耳を塞がないので、ハーフダイブ中でもリアルの音を聞くことができる。
「(今なら、周り、誰も見てない)」
「(……だから?)」
「(おっぱいとか触ってくれるとわたしはとても興奮する)」
「(欲望がダダ漏れすぎるだろ)」
そもそも触れるほどのおっぱいがゲフンゲフン!
少し考えてから、オレは構ってほしそうにつんつんつついてくる森果の手をきゅっと握った。
「(……今はとりあえずこれだけな)」
「(……ん)」
「(…………あのう、ジンケさん、リリィさん。傍にいるあたしには結構バッチリ聞こえてるんですけど……! 見えない分、よりいかがわしいというか……!)」
「(んっ……ぃやんっ、ジンケ……こんなところで……)」
「(ひゃあぁぁーっ……!)」
「(いや、何もしてねーから! わざとそれっぽい声出すな森果!)」
そんなことをやっているうちに、わあっと闘技場を歓声が包み込んだ。
真ん中のバトルステージに対戦者が姿を現したのだ。
『さあ! 第1回戦第12試合! ついに登場となります! 予選Bリーグ圧倒の第1位! ケージ選手ですっ!!』
線の細い黒髪の少年が、ステージの端に立っている。
さっきも全然オーラを感じなかったが、やはり、こうして仮想空間で見ても、その佇まいに威圧感のようなものは感じなかった。
『ケージ選手は、いわゆるeスポーツシーンにおいては決して有名ではありません。しかし、ことMAOにおいては、おそらく《五闘神》をも超える知名度を持つと思われます!』
『MAOをよくご存知ではない方のために、簡単に説明しよう』
解説のコノメタがなめらかに語り始める。
『このマギックエイジ・オンラインというゲームの最大の特色は、そのストーリーにあると言われている。と言っても、このゲームのストーリーには、シナリオライターが用意したテキストがほとんど存在しない。高度なAIを実装したNPCとプレイヤーが関わり合うことで、勝手に物語を生み出していく――そういうシステムになっているんだ』
『いわば、活躍次第で誰でも主役になれる。そういうゲームなわけですね!』
『その通り。そして、MAO初期――オープンベータテストとバージョン1において、誰もが認める《主役》となったのが、彼――ケージ選手だ』
『《五闘神》のエピソードには耳を疑うようなものも多いですが、ケージ選手の逸話にも凄まじいものが散見されますよね。「世界で初めてAIに恋をさせた」とか……』
『あらかた事実なのだというから恐れ入るね。人によっては、彼を実在のプレイヤーではなく、MAOのオリジナルキャラだと思っているくらいだ。そのくらい、彼のゲーマーとしてのスペックは図抜けている』
『具体的にはどういったところがすごいのでしょう?』
『とにかくわけがわからないくらい頭の回転が早いね。これは彼の有名なエピソードなんだけど、バージョン1のラストダンジョン・《バラグトス城》を攻略したときの話は知っているかな?』
『ああ、はいはい! 運営が解くのに1時間かかると想定していたダンジョンの仕掛けを、わずか5分で解いた、というアレですね!』
『そう。彼の機転の利きっぷりはご都合主義の領域に足を突っ込んでいるともっぱらの評判だ。オープンベータのとあるボス戦で、完全に勘だけでボスの弱点を見抜いた逸話も有名だね』
そう、それな。
オレもそのエピソードを《クロニクル》で読んだとき、『いやいや、都合良すぎだろ』と本に突っ込んだ。
『他にも、アバター操作精度の高さには定評がある。これは《クロニクル》――ケージ選手が主役を務めたMAOのノベライズ本に書いてあったことなんだけれど、彼は、コンボをアドリブで組むらしい』
『コンボをアドリブで……と言いますと』
『これも彼のエピソードの一つなんだが――初見の敵を相手に、その敵限定で成立する永久コンボをその場で組んだことがあるんだってさ。ノックバックとかの具合を戦闘中に分析して』
『戦闘中に!? そ、それは……さすがに盛ってるのでは?』
『さてね。見てればわかるんじゃないかな? もしかしたらやるかもしれないよ、永久コンボ』
コノメタは冗談めかして言ったが、オレとしては冗談じゃねえという気持ちだった。
戦闘中に分析して永久コンボを組むなんて、普通に考えてできることじゃない。
コンボ開発ってのは、トレーニングモードで動かないNPCを相手に長い時間をかけて行うものだ。
実戦の中で、それも初見でなんて、できたとしたら神業だ。
でも、もし本当にできるんだとしたら。
そう思わせるものが、ケージというプレイヤーにはあった――無傷の予選1位という実績が、その予感に否応なく拍車をかける。
『さて! そろそろ第1セットが開始されます! ケージ選手のスターティング・スタイルは……ええっと』
『まあ一応、《剣士型セルフバフ》ということになるのかな……? もしかしたらバフを使わないかもしれないけど』
『《オールラウンダー》……とでも呼べばいいのでしょうか! コンセプトが読めません!』
ケージのスタイルは、やはり今回も、一見いい加減にも見える謎スタイルらしかった。
片手剣を持つケージの立ち姿には、特徴らしいものが何もない。
強そうにはまったく見えないんだが―――
『それでは、試合開始です!!』
―――ひとたび試合が始まれば、誰もが圧倒された。
極振りされたAGIで縦横無尽に動き回り、嵐のように相手を攻め立てる。
ケージのスピードは、目で追うのがやっとだった。
同じAGIステータスでも、技術ひとつで速度に雲泥の差が出る――同じ脚力でも、フォームの違いで足の速さに差が出るのと同じ理屈だ。
《軽剣士》における極振りAGIの実数値は1000を超える。
これは常人の限界に迫る領域だ。
多くの人間は自分のスピードに振り回され、まともにアバターを操作できなくなる。
それを、ケージは簡単に扱っていた。
無駄なく、精緻に、精確に。
緩急をつける余裕さえ見せながら、怒濤の攻めを間断なく繰り返した。
スタイルがどうとかじゃない。
根本的に――プレイヤースキルが違いすぎる。
あっという間だった。
占めて6回。
ケージは片手剣を乱舞させて相手のHPを削り取った。
そのうち5回が無傷。
相手の攻撃を受けたのは、たった1回のみ。
「……………………」
「……………………」
オレとプラムはすっかり無言になる。
言葉が見つからなかった。
ギアを外すと、ステージ上でケージがインタビューを受けていた。
『圧巻の勝利でした、ケージ選手! 全6ラウンドのうち5ラウンドがパーフェクトという衝撃の結果に終わりましたが、これは狙っていたんでしょうか!?』
ケージは星空るるの押しに怯むようにしながら、たどたどしく答える。
『あー……いや、別に狙ってたってわけじゃ……いつもの癖っていうか……普段、できるだけダメージ受けないようにしてるんで。PvEだと、回復薬を使うから』
『なるほど! PvEの経験が活きたと! では、今の試合について、何か感想などお有りでしょうか!?』
『あー……そうっすね……』
ケージは困ったように頭を掻きながら、平然とした調子でこう告げた。
『AGIが遅すぎてやりにくかったです』




