第60話 プロ見習いは胸に刻む
すり鉢状の観客席に、大量の観客がひしめいていた。
超満員。
闘技場にログインするなり目に飛び込んだ光景に、オレは圧倒されていた。
な……なんつー人数だ……。
何千人いるんだ、これ……?
今は歓声に場内が包まれてるが、試合が始まれば観客の声は遮断されるらしい。
それでも、これだけの人数に見られていることに違いはない。
視聴者数をただの数字でしか捉えられない普通のネット配信とは、圧が違いすぎた。
……ミナハは、こんな環境で戦ってたのか。
とんでもねえ。
すげーな、あいつ……。
「――なんて、言ってる場合じゃねーな」
深呼吸をして、身体の強張りを解く。
どれだけの観客に見られてようと、やることは同じだ。
最善を尽くす。
そして、勝つ。
ただそれだけのことだ!
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
『それでは改めて、MAOは闘技都市アグナポット、セントラル・アリーナよりお送りして参ります! 実況の星空るるです!』
『解説のコノメタでーす』
『見てください、この超満員! 見ているだけで圧倒されます!』
『これを見ると、MAOもメジャーになったなと思うね』
『わたくしどもでもこれだけ圧倒されるのですから、選手たちが感じるプレッシャーは凄まじいものだと思います! その辺りいかがですか、コノメタさん?』
『こればっかりは場数を踏んで慣れるしかない。その点、ジンケ選手はこういう大規模な大会に出た経験がないからね。不利と言わざるを得ないだろう』
『対戦相手は大会経験豊富なプロゲーマー、レバ選手です! これはジンケ選手、苦戦を強いられるか!?
――おっと! ここで両選手、スターティング・スタイルを決定したようです!』
闘技場の端にいる二人が、光に包まれて姿を変える。
レバは大きな盾と分厚い鎧に守られた重装戦士に。
そしてジンケは――
『おおっと!? ジンケ選手、《シダ院の戒杖刀》を携えています! これはまさかの、初手《トラップモンク》だあああ――――!!』
『《ブロークングングニル》で露払いをしてから《トラップモンク》を投入する、というのがジンケ選手の基本戦術だったようだけど……ここで外してきたね』
『レバ選手ももちろんそのつもりだったでしょう! レバ選手の初手は、おそらく《タンク型セルフバフ》かと思われますが、このスタイルは《ブロークングングニル》に有利とされております! 果たしてこの奇襲、決まるか否か!? 試合が開始されますッ!!』
カウントダウンののちに音高くゴングが鳴り、両選手が一斉に動いた。
《トラップモンク》は相手の足を封じて絡め取るのが得意だが、《タンク型》はどっしりと構えて粘り勝つタイプのスタイルだ。
トラップ魔法がさほど有効には働かないので、どちらかと言えば苦手な相手に分類されるだろう。
しかし、《タンク型》にとっても、《トラップモンク》が備える攻撃魔法や、切り札として準備されている回復魔法が、無視できない脅威となる。
それらを恐れるがゆえに無理に攻めようとすれば、トラップを踏む確実が上がってしまい、《トラップモンク》側の思う壺だ。
《トラップモンク》と《タンク型セルフバフ》――このマッチアップは、双方ともにとって、難しい組み合わせだと言えるだろう。
『ジンケ選手、風属性魔法を中心に攻めてゆきます! しかしレバ選手動かない! 大盾を有効に使い、しっかりと我慢しています!』
『さすがプロというところだ。攻められっぱなしというのは非常に精神によろしくないんだが、無理に動けばジンケ選手に有利になってしまう。このまま耐えに耐えて、ジンケ選手にMPを使わせるつもりだろう』
第1ラウンドの制限時間が終了し、HP差でジンケの勝利となった。
しかし、攻撃魔法を幾度となく使わせられたことで、ジンケのMPはかなり消耗させられている。
『レバ選手、第1ラウンドを落としてしまいましたが、ジンケ選手もかなりMPを使わせられてしまいました。コノメタさん、これがどう戦局に影響するのでしょう?』
『うん。これはね、回復魔法――《ベケマール》封じだよ』
『《ベケマール》封じ!?』
『ご存知の通り、対人戦における回復魔法は、軒並みMPの消費量が多い。1戦につき1回使えるかどうか、というくらいに設定されている。だから他の魔法を使えば使うほど、《ベケマール》がどんどん使いにくくなっていくんだ。すると、終盤で耐久力勝負になったときに効いてくる』
『なるほど! 《タンク型》は耐久力に優れたスタイルです! 長期戦で競り勝つことを見越して、《べケマール》を牽制しているのですね!?』
『その通り。《べケマール》は耐久戦の切り札だ。ジンケ選手としても、その役割を期待して採用しているんだろう。これ以上MPを消費すると、その切り札を失ってしまうことになる――さて、どう出るかな……?』
始まった第2ラウンドでは、打って変わって接近戦が主体となった。
攻撃魔法の使用を嫌ったジンケが、自ら間合いを詰めたのだ。
望むところとばかりにレバも剣を振るい、ジンケの仕込み刀と激しく打ち合った。
『……ジンケ選手、引き延ばしに入っているね。制限時間を目一杯使う気か』
『一体どういう意図でしょうか?』
『《瞑想》スキルだよ』
『《瞑想》! MPリジェネ――時間が経つごとにちょっとずつMPを回復させていくスキルですね!』
『ジンケ選手の《トラップモンク》にはそのスキルが入っている。どちらかがKOされると、余った制限時間の分、回復できたはずのMPを逃してしまうからね。ここは制限時間を目一杯使って、最大限にMPを回復しようという算段だろう』
『それは、つまり……!?』
『うん――おそらく、計画的フルラウンドだね。このラウンドは前座だ』
制限時間が尽きたとき、HPが低いのはジンケのほうだった。
これでジンケは第2ラウンドを落としたことになるが、ラウンドの敗者には恩恵もある。
『ラウンド勝者には4分の1のMPが、敗者には3分の1のMPが与えられる。だからラウンドをあえて落とし、充分なMPを蓄えてから、満を持して第3ラウンドでケリをつける――上級者同士の試合ではしばしば見られる、《計画的フルラウンド》と呼ばれる戦術だ』
『しかし、レバ選手もジンケ選手の意図は承知の上! MP消費を抑え、第3ラウンドに備えております! 運命の最終ラウンド、勝利の女神はどちらに微笑む―――!?』
最終ラウンド。
ジンケはスペルブックを手にしていた。
その時点で場内の誰もが予想したが、彼はラウンド開始と同時、《オール・キャスト》コマンドを唱える。
4種類の強化魔法の光がジンケを包んだ。
強化されたSTRとAGIを携え、彼は自ら対戦相手に突っ込んでいく。
『またしても接近戦―――!? ジンケ選手、攻撃魔法を使いませんっ!!』
『粘られるのを嫌ったか!?』
ジンケの行動は、多くの観客の目に、耐久戦を嫌ったがゆえの蛮勇と映った。
事実、レバの側も数瞬遅れて最低限のセルフバフを終え、ジンケの突撃をはねのけてみせた。
数合、激しい打ち合いが続き、元よりステータスで劣るジンケの側が押され気味になる。
有利を広げるべく、レバが重い鎧を動かして前のめりになった、そのとき―――
スッ……と、静かに。
ジンケが後ろに引いた。
アバターが、何より心が攻勢に入ってしまったレバに、今さら待ちに戻ることはできなかった。
引いたジンケを反射的に追いかけようと足を踏み出し――
ヴァチィッ!! と雷を弾けさせる。
『《パラライズ・トラァ――――ップ》!! ついに炸裂ッ!! レバ選手、麻痺状態に入るぅ!!』
『釣り出されたか!!』
《トラップモンク》の本領が発揮された。
トラップ魔法を絡めた超威力コンボがレバを襲い、堅牢なHPが一気に削られる。
一度破られた要塞は、脆いものだった。
HP差をつけられたことで泰然と座していられなくなったレバは、少しでもダメージを稼ぐべく動かざるを得なくなる。
そこを無数のトラップが絡め取った。
終わってみれば大差。
最終ラウンドはジンケの圧勝となり、第1セットは彼の白星となった。
『ジンケ選手、見事な勝利です!』
『立ち回りの上手さが光ったね。上手すぎてちょっとムカつく』
『同じチームですよね!? しかし確かに、プロをも絡め取る見事な立ち回りでした!』
『でも……』
『はい?』
『なんだか、前より攻撃的になっている気がするな。気のせいかもしれないけど』
その後、ジンケは《ブロークングングニル》で2セット目と3セット目を連取し、ストレートで1回戦を突破した。
《トラップモンク》――未だ無敗。
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試合を終えてログアウトしたオレは、ステージの真ん中で対戦相手と握手を交わした。
「……っ」
そのとき。
相手の男の手に、強い力がぐっとこもった。
「……優勝してくれよ」
相手の男――レバというプロゲーマーは、かすかに笑ってそう呟いた。
「君が優勝してくれたら、俺が実質2位ってことになるからな」
冗談めかした言葉には――しかし、確かに、隠しきれない悔しさが滲んでいる。
オレは手を強く握り返して、はっきりと答えた。
「……ああ。もちろん」
レバはもう一度笑みを深めると、手を離し、ステージ脇の暗がりへと消えていった。
優勝という頂に立つのはたった一人。
たとえゲームであっても、誰もが本気なのだ。
オレは、強く握られた手の感触を、刻み込むようにぐっと握り締めた。




