第58話 プロ見習いは拍子抜けする
森果の誤解はなんとか解けた。
とはいえプラムへの警戒心はむしろ強くなったようで、最後までじーっと監視するような視線を送り続けていた。
観戦に回る森果や、別会場の別部門に出場するシルとはいったん別れる。
オレとプラムだけで、選手の控え室へと向かった。
「な……何か、挨拶とかしたほうがいいんでしょうか……」
「あー……どうだろな、その辺」
大会特有のマナーとかがあるんなら、シルに聞いておけばよかった。
まあ、よほど非常識なことをしなければ大丈夫だと思うが。
『選手控え室』と貼り紙がある扉を開けて、オレは『失礼します』と言おうとした。
しかし、直後に声を飲み込む。
緊張感に満ちている……ってわけでも、ない。
目を瞑って精神統一をしていたり、戦術を確認しているのか何かぶつぶつ呟いていたりする奴もいたが、一方で、知り合いらしき別の選手と普通に喋っている奴もいる。
でも……なんていうのかな。
それぞれのことをそれぞれにやりながら、一瞬だけ、部屋に入ったオレを、プレッシャーが包んだ気がした。
……新しく入室してきた人間に、反射的に目を向けただけか。
それとも――予選1位だからか?
「……えーっと」
何も気付いていないフリを取り繕いつつ、オレは自分たちの身の置き場を探した。
そのとき、気付く。
控え室の隅っこに、一人、異彩を放った人間がいることを。
「…………はあー。へえー」
とりわけ、奇妙な格好をしているとか、非常識なことをしているとかじゃあ、ない。
格好は普通のTシャツだし、見た目だって、眼鏡をかけた線の細い、いかにもゲーマーって感じの、たぶん高校生だろう。
そして、やっていることも、普通だった。
彼はゲームをしていた。
一心不乱に――古い携帯ゲーム機で。
「……?」
本戦開始直前のこの時間に、別のゲーム?
しかもあのハードって、10年くらい前のだよな?
いや、リラックスと時間潰しをかねて、別のゲームをすることくらい、あるか……?
あるいは、アクションゲームとかで反射神経が鈍らないようにしているのかも……。
オレはどうしてもその高校生が気になった。
そっと近付いてみると――どうして彼が異彩を放っているように見えたのかに気付く。
コイツ……なんて楽しそうな顔だ。
瞳を爛々と輝かせ、口元をほのかに綻ばせ、心からそのゲームを楽しんでいることが、見ているだけで伝わってくる。
まるで子供。
無邪気な小学生だ。
一体、どんなゲームをしてるんだ……?
ここはMAO部門本戦出場者の控え室だから、やっぱり昔の大作RPGとか……。
あまりに気になったから、不躾とわかってはいつつも、背後からチラッと画面を覗き込んだ。
すると。
「え゛っ」
ギャルゲーだった。
見目麗しき美少女がころころと表情を変えて、その下に台詞が縷々と表示される。
ボタンを押すのは1秒に1回くらい。
しかもAボタンだけ。
右手の親指以外微動だにしていない。
た……大会直前に、よりによって、それ……?
時間潰しとかでは断じてない。
表情を見ればわかる。
結構な賞金がかかった大会を前にして、コイツ、心の底からギャルゲーに耽溺している!
呆然と見ていると、さらにぎょっとすることがあった。
つーっと、彼の目から涙の筋が伝ったのだ。
め、めちゃくちゃ感動してる……!
誰もが余裕をなくすこの時間に、なんでそこまで入り込めるんだよ!
彼はスタッフロールまできっちりと見終えると、満足げに呟いた。
「はー……面白かった……」
彼はイヤホンを外し、ぐぐっと背中を伸ばす。
その拍子に、彼のTシャツの柄が目に入った。
「あっ! あれって、昨日の……!」
隣で見ていたプラムも、気付いたみたいだった。
昨日、会場の下見ですれ違った変なカップルの片割れ。
『かわのよろい』と大きく書かれたTシャツを着ていた男。
アイツだ。
アイツだった。
だが、今日の彼のTシャツに書かれた文字は、『かわのよろい』ではなかった。
昨日は、『はがねのよろい』になってたりして、などと冗談で言ったが……実際には、こう書かれていた。
『おうじゃのよろい』。
――おうじゃ。
王者。
たった一人の最強を決める今日この場で、その服を着てきたのは、自信の表れなのか。
それとも、何も考えていないだけなのか。
オレには判断がつかなかった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆
しばらくして、控え室にスタッフが呼びに来た。
本戦出場者、総勢32人。
その全員が、ステージに並ばされる。
「う、うわあ……! す、すごい人……!」
予選Aグループの1位と2位であるオレとプラムは、隣同士に立っていた。
目の前の観客席にひしめく、人、人、人。
……ヤバい。
緊張してきた。
こんな中でゲームすんの?
試合中はフルダイブしてるわけだから、多少はマシだと思うが……。
それを思うと、非VRのプロゲーマーって超すげえ。
オレなら絶対指先が狂う自信がある。
最前列に、ぶんぶんと旗みたいなのを振っている奴がいた。
よく見ると森果だった。
振り回している布には、『JINKE❤』と大きく書かれている。
「ジンケーっ!! カッコいいーっ!!!」
…………応援してくれてるんだろうに非常に申し訳ないんだが。
恥ずかしいからやめて!!!
「それでは、予選1位通過のお二人に一言ずつ頂きたいと思います!!」
MCをしているのは、いつも大会で実況をやっているeスポーツキャスター、星空るるだった。
この人もアバターと全然変わらねーな。
「ではまず、予選Aグループ圧倒の1位! ジンケ選手から!」
オレの顔にマイクが向けられる。
……やべえ。
何も考えてなかった。
あーとかうーとか言うのはみっともないと思って、黙ったままそれっぽい言葉を探した末、
「……今日は皆さんに面白い闘いをお見せできればと思います」
と、若干すかした台詞になってしまった。
おおおーっ!! と観客席がどよめくように湧き立ち、最前列の森果が鼻を押さえてうずくまった。
どうした!?
「予選にて《トラップモンク》という衝撃の新スタイルを披露してくれたジンケ選手! 今日の闘いにも期待が膨らみます!
さて! 続きまして、予選Bグループ第1位! ケージ選手!」
星空るるがステージを横切って、ある少年にマイクを向けた。
アイツは……!
さっき、控え室でギャルゲーをして号泣していた、変なTシャツの男!
アイツがケージだったのか……!
「アイツが……」
「初めて見た……」
「っていうか実在したのか……」
「クロニクルのオリキャラだと思ってたわ」
観客もざわざわする。
アイツがケージ。
MAO最強の男にして、初期MAOの《主人公》。
果たしてどんなコメントを残すのか、オレは固唾を呑んで待ちかまえた。
「あっ、えー……まあ……」
マイクを向けられたケージは、もごもごしながら、挙動不審に視線をあっちこっちにさまよわせた。
……んん?
「そのー……楽しめれば、いいかなー、と思います。はい……」
…………終わった。
何の面白味もない、何の変哲もない、凡庸の極地みたいなコメントを残して、ケージは口を閉じた。
「はい! ケージ選手、ありがとうございましたー!!」
星空るるは何事もなかったかのように進行する。
しかし、このとき、オレと観客たちの心中は、きっと完全に一致していた。
……最強の男、オーラ全然ねえ!!




