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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
《RISE》激戦編――最強こそが試される

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第56話 プロ見習いは首都に行く


《RISE》本戦を明日に控えた今日、土曜日。


「じゃあね、ジンケ。明日、行くから」


「ああ。楽しみにしててくれ」


「……あの女のハニートラップに気をつけて」


「だからプラムはそういうことしねーって」


 オレは森果に見送られて電車に乗り、東京駅を目指した。

 さほど時間はかからないし、初めて行くってわけでもない。

 しかし、駅が近付くごとに、高揚感とも緊張感ともつかない感覚が、全身に巡っていくのを感じた。


「今から緊張しても仕方ねーんだけどな……」


 完全なコンディションで試合に臨むため、前日に現地入りした方がいい、というのはチームの先輩たちのアドバイスだ。


『観光でもして緊張をほぐしなよ。リリィちゃんに怒られるかもだけど』


 などとオレとプラムにほざいていたコノメタは、その直後にフランスへと飛んだ。

 海の向こうで応援しているよ、とのことだ。


 東京駅のホームに降り、何度来ても慣れることのない複雑怪奇な構内をさまよい、ようやくの思いで丸の内南口にたどり着く。

 ここが待ち合わせ場所だ。


 しばらく、西洋のお城の中みたいなデザインの空間をぼーっと眺めていると、携帯端末がぶるりと震えた。

 っと、プラムだ。


「もしもーし」


『もしもし。ジンケさん――あっ、いた!』


 二人の女の子が小走りに駆け寄ってくる。

 片方は右手に端末を持った、長い黒髪に黒縁眼鏡の地味そうな子。

 もう片方は、青いツナギをだぼっと着こなしたぼーっとした雰囲気の女の子だ。

 一目でどちらが誰なのか見分けがついた。


「プラム……に、シル先輩? だよな?」


「あっ、はい……。プラム、です」


 黒髪に黒縁眼鏡のプラムは、なぜか前髪を指でいじって所在なさそうにした。


「オレがジンケだ。初めまして……か? 一応」


「あ、はい。初めまして……」


「……なんでさっきからちょっと恥ずかしそうなんだ」


「いえ、あの、その! ふ、深い意味はないんですけど!」


 プラムは俯きがちになって、長めの前髪の奧からちらっとオレを上目遣いに見た。


「……ゲームで知り合った人と……それも、男の人とリアルでお会いしたのは……初めて、なので……」


「……おう」


 なんか変なことしてるような気分になってくる!

 やましいことはない!

 何もないぞ、森果!


「で、そっちがシル先輩だな」


「(こくこく)」


 格好もゲームと同じだと思ったら、言動も同じだった。

 シルバーフォルテことシル先輩は、距離を詰めてきて、オレの肩をポンポンと叩いたのち、ぐっとサムズアップした。

 残念ながら何が言いたいのかよくわからない。


《RISE》に出る3人の中で一番大会慣れしてるってことで、今日はこの人がナビ役なんだが……大丈夫なのか……?


「シルさんとは、ここに来る途中でお会いして……アバターと同じ格好なので、すぐわかっちゃいました」


「何だかっていう技術で、リアルとアバターの記憶は簡単に結びつかないようになってるって聞いたけど、ここまでそのまんまだったらさすがにか」


 それに対して……。

 オレはリアルのプラムを見た。


「……プラムも基本、同じだけど、アバターより大人しそうだよな。正直、格ゲーとかやるタイプには見えねー」


「あはは……。学校のクラスメイトは、あたしがゲーマーだって知らないと思います……」


「お前、ゲーセン行くとモテるぜ。断言する」


「ええっ!?」


 普段、ゲーセンに姿を現す女子と言えば、不良の彼女くらいだからな。

 プラムみたいな落ち着いた見た目で、しかもゲームが上手いとなれば、それはもうちやほやされることだろう。


 プラムはあうあうとひとしきり慌てたあと、


「ジンケさんこそ、そのっ……! 女子校行くとモテると思いますっ!」


 と、お墨付きを出してきた。


「……いやー、さすがに女装はちょっと……」


「え、あ、いや! そっ、そういうことじゃなくてっ……! 清潔感もあって、程良くカッコよくて、あんまり女慣れしてない感もあって、彼氏にするにはちょうどいいといいますか……!」


 程良くとか女慣れしてない感とか、微妙に褒められてない感じがする。

 プラムの発言をどう解釈したものか迷っていると、シルがくいくいとオレの服を引っ張った。


「ん? なんだ? そろそろ出発?」


「(こくこく)」


「そうだな。先にホテルだっけ」


「(ふるふる)」


「え? そういう予定じゃなかったか?」


 と、その瞬間、シルのお腹でぐ~っと腹の虫が喚いた。


「……先に飯か」


「(こくこく!)」


 シルは勢いよく首を縦に振ると、端末の画面を突きつけてきた。

 画面には東京のとある飲食店のページが映っている。


「わかったわかった。ここ行こう。プラムもいいか?」


「あっ、はい!」


「(じゅるり)」


 早くもナビ役を放棄してるんだが、大丈夫かこの先輩。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 シルご所望の店で腹ごしらえをした後、大会運営が用意してくれたホテルへと向かった。


「チェックイン。シルバーフォルテで」


「シルバーフォルテ様ですね。承っております」


 シルがフロントの人には普通に喋ったのも驚きだったが、当たり前のようにキャラネームで部屋が取ってあるのにも驚きだった。

 えっ……ちょっと恥ずかしいんだけど……。

 とはいえそうも言ってられないので、オレ、プラムの順にチェックインを済ませ、自分の部屋の鍵をゲットする。


「普通の人……って言ったらおかしいですけど、MAOとは関係ない人にキャラネーム名乗るのって、なんか変な感じです……」


「言ってみたら、漫画家や作家にとってのペンネームみたいなもんだしな……。もうオレたちにとっちゃ、この名前はもう一つの本名みたいなもんなんだろうな」


 まあ、他の大会では普通に本名で予約してあるのかもしれねーけど。


 部屋は豪勢にも各選手一つずつあてがわれているらしい。

 が、オレとプラムの部屋は同じ階の近い場所にあり、行き来するのにも1分とかからなかった。


「ちっ、近付きませんから! あたし、ジンケさんの部屋には絶対に近付きませんからっ!」


 ……いつだかの森果のオフパコ発言を思い出したんだろう、プラムはぶんぶんと手を振りながら必要以上に宣言した。


「プラム……振りみたいになってるぞ、逆に」


「えっ、あっ……いや、その、そんなつもりは……! な、ないですからね!? ないですから! こ、これが最初で最後のチャンスかもとか、一切……!」


 逆に怪しくなってきた。

 森果の言うとおり、注意しておくべきかもしれない。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ホテルに荷物を置いたオレたちは、シルの提案で会場の下見へ行くことになった。

 当日、道に迷ったり電車がわからなかったりといった些細なトラブルから調子が崩れることもあるので、前日にリハーサルしておいた方がいい、というわけだ。


《RISE》本戦の会場は、東京ビッグサイト。


 そう、コミケで有名なあの東京国際展示場である。

 昔――東京オリンピックのときになんやかやとあったらしいが、今は普通に多くのイベントが催されている。


「うわー……思ったよりおっきいですねー……」


 しばらく電車に揺られて現地に到着すると、プラムがビッグサイトの特徴的な形状を見上げて感嘆の声をあげた。


「コミケのときには、この広大な空間に数万人という人がすし詰めになるんですね……。ぞっとしますね……」


「ぞっとするのかよ」


「(こくこく!)」


「お前もかよ」


 今は別のイベントが行われているようなので、あまり邪魔にならないように、中では会場までの道を確かめるだけに留めた。

 

「どのくらい人が集まるんでしょう……。100人? 200人?」


「いや、もっとだろ。キャパ的に。それにネット観戦も含めたら、下手したら万単位じゃねーの?」


「ひぇぇ……!」


 公式配信を観ない限りは観客の存在を感じなかった予選とは違って、本戦はリアルに人が集まるし、対戦する仮想闘技場にも観客が表示されるらしい。

 対戦に集中するため、あるいは助言などをできないようにするため、声こそ聞こえないらしいが、大勢に見られている、という感覚はどうしても付きまとう。

 そんな中で闘うのはオレも初めての経験だったが、これに慣れない限りは、プロなどとても名乗れはしないだろう。


 会場の下見を終えて、オレたちはビッグサイトを出る。

 東京湾の向こうに、夜の帳が顔を出し始めていた。

 これからどうするか、と二人に相談しようとしたそのとき、声が耳に飛び込んできた。


「うわー。想像してたよりデカいですねえ」


「コミケのときはここに数万人も集まるのか……ぞっとするな……」


「いやいや、祇園祭も同じくらい集まりますよ。ぞっとしないでください」


「アレはお前に無理やり連れてかれたんだろうが! 人混み嫌だって言ってるのに……」


「はいはい。ぶつぶつ言ってないで、さっさと会場下見しましょう。ぶっつけ本番で行ったら迷うに決まってるんですから、先輩は」


 高校生くらいのカップル……だろうか。

 男の方は、眼鏡をかけた地味な雰囲気。

 ただし、上着の下に『かわのよろい』と大きく書かれた変なTシャツを着ていて、その一点をもって、『あ、こいつ変な奴だな』と察することができる。


 女の方は、黒い髪を幼げなツーサイドアップにした……うえっ、なんだあの美少女!?

 まるでゲームからそのまま飛び出てきたような、凄まじい美少女だった――変なTシャツ以外は地味な男とは、悪いがまったく釣り合っていない。


 しかし、二人はこれ以上なく仲むつましげに喋り、あるいは肩をぶつけ合ったりしながら、オレたちとすれ違っていった。


「……変なカップルですね……」


「プラムもそう思うか?」


「何があったらあの組み合わせができるんでしょう……?」


 まったくだ。

 完全に外見からの印象になってしまうが、ぼっちの変人と女性雑誌の読者モデルって感じの組み合わせだった。

 一体どういうイベントが起こったら、あの二人に接点ができて、しかもあんなに仲良くなれるんだ?


「もしかしたら、あの人たちも《RISE》の出場者かもしれませんね」


「ん? なんでだ?」


「高校生が行きそうなイベントなんて、今やってないじゃないですか」


 ……そうか。

 今、ビッグサイトでやっているのは、中小企業向けの見本市が主のようだった。

 ってことは、今日ここに来るような高校生は、《RISE》本戦の出場者や観戦者くらい……か。


 後ろを振り返ったが、変なカップルはすでに場内へと消えていた。

 ……男が着ていた、『かわのよろい』と書かれたTシャツを思い出す。


「明日は『はがねのよろい』になってたりしてな」


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