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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
《RISE》激戦編――最強こそが試される

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第50話 プロ見習いは立ち向かうことを決意する


「はあっ……はあっ……はあっ……」


 オレはハウスの地下にあるトレーニングルームで、荒く息をしていた。

 MAOのアバターは疲労しない。

 システム的には《疲労ペナルティ》ってのがあるが、手足がダルくなったり重くなったりすることはない――基本的には。


 だから息が切れるのは、脳が疲れたときだ。

 度重なる集中状態に、身体ではなく脳細胞が疲労したとき、息切れという形でそれが現れる。


「どうする? 休憩するのかしら?」


 練習に付き合ってくれているニゲラが言った。

 オレは息を呑み込み、


「いや……もうちょっと行こう」


 下がりつつあった顎を上げる。


「ちょっとずつだけどスピードが上がっているのだわ。……でも、ここまでしてそのスタイルで闘う必要があるのかしら? 別のスタイルでも、アナタなら充分優勝の可能性はあると思うのだわ」


「いいや……必要だ。今を逃したら、きっとオレはずるずると逃げ続けることになる……それじゃあ、ダメなんだ」


「ふうん……。ま、このスタイルを完成させたアナタがどれほどのものなのか、興味がないわけでもないし、アタシ的には別にいいけどね? 個人的に練習にもなるし」


「っし……行くぞ!!」


 自分で自分に活を入れて―――

 オレは、何も持っていない手を握り締めた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 時は《RISE》オンライン予選2日目終了後まで遡る。


 その日、モニター越しに見た衝撃的な光景。

 並みいるアグナポットの猛者たちを次々と蹂躙した、一人のプレイヤーの姿。

 その姿が異常に目に焼き付いて離れないのは、強く見えたからじゃない。


 むしろ、強く見えなかったからだ。


「なんなんだ、アイツは……」


 呆然と呟きをこぼすオレを見て、コノメタが苦笑した。


「やっぱり知らないんだね。だと思った。としたら、その反応も当然か―――いや、実を言えば、私も同じ反応をしたい気持ちなんだけどね」


「なんなのよ、アイツはッ!」


 コノメタが語調を抑える横で、ニゲラが遠慮なく甲高い声でわめいた。


「なんでアレで勝てるの!? 戦略も戦術も、まるでぐちゃぐちゃだって言うのに―――!!」


 続いてプラムが控えめに、


「スタイルも、あんまりメジャーなやつじゃ、ありませんでしたよね……? と、いうか……」


「見たことないね、あんなスタイルは。ジンケ君みたいに自力で新スタイルを開発してきたというよりは―――普段使ってるのを、そのまま持ってきたという感じだ」


「普段……? 普段だって?

 それってもしかして……PvEのことを言ってるのか?」


「当然。それがこのゲームの本来のメインコンテンツだからね」


 PvE。

 対モンスター。


「PvE用の装備を、対人用に調整して持ってきたんじゃないかな、《ケージ》は」


 コノメタの考察は、オレの直感とも合致した。

 しかし、感情が認めようとしない。

 冗談じゃない、と頭のどこかが叫んでいて、


「冗談じゃないわっ!!」


 ニゲラが本当に叫んでいた。


「準備にその程度の手間しかかけないで、どうして勝てるのよっ!? アタシたちをバカにしてるのかしら!!」


「キミは出場してないじゃん、ニゲラ。……いや、まあ、一般的に見ると、私たちの準備量は狂気的な領域だからね。これでも準備した方なんじゃないかな、彼にしてみたら」


「コノメタは、アイツのことを知ってるのか?」


 予選2日目、圧倒的な第1位、ケージ。

 見た目からは、はっきり言って強そうだとは感じなかった。

 線の細い、ああ、ゲーマーってまさにこんな感じだよな、という雰囲気で。

 なのに闘えば、鬼神のように強いのだ。


「そりゃあ知ってるさ。ニゲラも知ってるし、プラムちゃんだって知ってるだろう?」


「……ふんっ」


「……はい。名前だけ、ですけど」


「リリィちゃんは?」


 リリィは無表情で、「いちおう」と頷いた。


「MAOプレイヤーの大半は、彼のことを知っている――何せ彼は、MAO初期において主役(・・)を務めたプレイヤーだからね」


「……主役……? なんだ、その……劇みたいな」


「劇という表現は割と近い。キミは早々にこの街に居着いてしまったからその感覚がないと思うけれど、MAOというゲームは本来、仮想世界を丸ごと使った観客参加型の演劇なんだよ。

 そう、すなわち―――役を演じる娯楽ロール・プレイング・ゲームだ」


 VRMMORPG(・・・)

 それがこのゲームのジャンルだ。


「ジンケ」


 リリィが平坦な声で言った。


「《クロニクル・クエスト》については……話したこと、あるっけ」


「ああ……要するに、全プレイヤー共通の大目的、みたいなやつだろ。メイン・クエスト――いや、グランド・クエストとかって言うんだっけ?」


 マギックエイジ・オンラインというゲームの最終目的。

 それがクロニクル・クエストだ。

 とはいえ、それに関わるも関わらないも自由なのが、MMORPGってジャンルの特徴だという風にも聞いた気がするが。


「このゲーム――MAOバージョン3《ムラームデウスの息吹》の最終目的は、舞台であるこの島、《ムラームデウス島》を南から北に開拓していって、一番北にあるって言われてる《精霊郷》にたどり着くこと」


 リリィの細くて白い指が、下から上へつつーっと滑っていく。

 それから、もう片方の手の指が、移動幅の中間辺りを指した。


「このアグナポットも、その途上でできた街。以前、この場所でたくさんのプレイヤーが《エリアボス》と戦って倒したから、この場所に街が作れた」


「ああ。それが主役がどうとかいう話とどう繋がるんだ?」


「本になっているんだよ」


 と、そう言ったのはコノメタだった。


「本?」


「現在のバージョン3のクロニクル・クエストが最北端にある精霊郷への到達であるように、バージョン2では三つ巴の内乱の終結、バージョン1では《魔王》の討伐がゲームの最終目標だった。

 そして、それらを達成するまでにゲームの中で起こったことは、すべからくノベライズ(・・・・・)されている」


 コノメタの手に1冊の文庫本が現れた。

 金髪の美少女のイラストが表紙に描かれた、いわゆるライトノベルってやつか。

 その文庫本には、でかでかとこんな題名が躍っていた。


「――《マギックエイジ・オンライン・クロニクル》……」


 コノメタは無言でその文庫本を差し出してくる。

 オレは反射的に受け取って、何気なく表紙を開いた。

 口絵、というのか……本文の前にカラーのイラストが何枚かあり。

 その中に。


「――――!?」


 アイツがいた。

 ついさっき、予選を1位で突破した、あのプレイヤーが。


「MAOのメインストーリー――クロニクル・クエストに積極的に関わり、活躍したプレイヤーは、歴史(クロニクル)に名を刻む栄誉が与えられる。

 当然、活躍すればするほどに扱いは大きくなって、その頂点に《主人公》の座がある」


 自分の目で確かに目撃した人間が、ライトノベルのイラストに描かれている。

 現実と虚構が混じり合う感覚がオレを襲った。


「彼――ケージはね、オープンベータからバージョン1にかけて、この世界(ゲーム)の《主人公(・・・)》だったプレイヤーだよ」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「とまあ、ケージ対策についてはジンケ君とプラムちゃんそれぞれに自分で考えてもらうとして……本戦はトーナメントだから、当たるとは限らないしね。《クロニクル》はチームの備品で何セットかあるから、好きに読んでくれて構わないよ」


 パン! と空気を変えるように柏手を打って、コノメタはオレに視線を向けた。


「それよりも、もっと実際的な問題があるよね、ジンケ君。本戦のルールはわかっているだろう?」


「……ああ。ラストクラススタンディングの3セット先取だろ」


「その通り。つまり、追加でもう一つスタイルを用意しなくちゃならないわけだ」


「えっ!?」


 プラムが驚いた顔でオレを見た。


「ジンケさん、もしかして2つしかスタイル用意してないんですか!?」


「まあな。《トラップモンク》をきちんと仕上げるのが先決だと思って、本戦用の第3スタイルは後に回した」


「だ、大丈夫なんですか……? 本戦まで1ヶ月もないですよね……? スタイル登録はもっと……」


「ホンット、いつもギリギリで生きてるヤツよね。アテはあるのかしら?」


「ある」


 ニゲラにそう答えながら、オレは難しい顔をした。


「……んだが、今回ばっかはちゃんとモノになるのかわかんねー。強さはともかく、オレがビビらずにいられるのか……」


「……ついに伝家の宝刀を抜く気になったってわけかな?」


 コノメタが訳知り顔でにやりと笑う。


「そんなカッコいいもんじゃねーよ。……ただ、全力を出し尽くすべきだと思っただけだ」


 オレは配信終了画面のまま放置されたモニターを見やった。


「オレの思う以上に強い奴がいる。プラムとも闘って思い知った。もうきっと、くだらねー言い訳で逃げてられる余裕はなくなったんだ」


「確かにね……。今まではキミの類稀なセンスがどうにかしてくれたけど、それは同レベル、あるいは格上のセンスの持ち主には通用しない。今回の大会くらいは大丈夫だと思ってたけど、まさかケージが出てくるなんて思わなかったよ」


「ヤバいのか? あのケージって奴のゲームセンスは」


「ヤバいよ。むしろセンスしかない。それ以外は何にもないと言ってもいい。

 クロニクルを読めばなんとなくわかると思うよ。多少の脚色はあるけど、おおよそ実際にあったことに忠実に書かれてるって話だから」


「ふうん……」


 オレは手の中にある文庫本を見下ろした。

 暇を見つけて目を通しておくか。


「まあ、とにかく、そういうわけで、本戦用スタイルの練習相手が欲しいんだ。こればっかは、人間相手に練習しねーと意味がなくてさ……」


「なるほどね。じゃあニゲラ、よろしく!」


「はあっ!? なんでアタシ!?」


「選手権用のポイントももう足りてるでしょ? スケジュールが空いてるんじゃない?」


「それは、まあ……っていうか、アンタがやればいいでしょ、コノメタ!」


「私は解説の仕事がいろいろ入っててさあ」


 コイツ解説の仕事多いな。


「それに、ニゲラとしてもいい練習になると思うよ? ……対ミナハの練習にね」


「……え? ……ちょっと。アンタが練習しようとしてるスタイルって、もしかして……」


「……ああ」


 オレは決然と頷いて答えた。


「《拳闘士》の練習をしようと思ってる」


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