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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
《RISE》激戦編――最強こそが試される

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第37話 プロ見習いは相談される


《RISE》1日目。

 土曜日。

 ノース・アリーナのロビーに入るなり、全身に視線が突き刺さった。


「……ジンケだ……」

「やっぱり出るのか……」


 EPSに所属していることを公表してからは、あちこちのアリーナを転々とするのをやめて、ハウスから一番近いこのノース・アリーナを根城にしていた。

 だから、常連の連中にはもうかなり顔を覚えられているのだった。


「……リリィさんだ……」

「相変わらずすっげえおっぱい……」

「羨ましすぎて泣きそう……」


 そして当然、いつも行動を共にしている銀髪メイドも。

 こいつはとにかく人に見せつけるのが大好きなので、ロビーを通るときはわざわざオレの腕をぎゅっと抱き締めるのだった。

 おかげで余計な恨みを買っている気がしてならないが、オレもオレで気分がいいので文句は言わない。

 ガハハハ!!

 ……なんだかんだ似たもの同士なのかもしれねーな。


「あ、あのっ……!」


 ロビーはさっさと通り抜けてしまうつもりだったが、遠慮がちながらも強い声が、オレたちを呼び止めた。

 振り返ってみると、そこにいたのは見覚えのある女の子だった。


「あれ? あんた……」


「えっと……は、初めまして……で、いいんですかね?」


 困ったように笑ったのは、長い黒髪が印象的な、大人しそうな女の子。

 オレはその子の名前を知っている。


「なんか……不思議だな」


 オレも苦笑を返した。


「確かに初めましてなんだが、全然そんな気がしねーっていうか……だけどまあ、初めまして、プラム。オレがジンケだ」


「あっ……は、はいっ! 初めましてっ! プラムです!」


 右手を差し出すと、プラムは慌てたようにそれを両手で握った。

 先月、ランクマッチであれだけやり合って、最後には互いに考えてることが手に取るようにわかったくらいだったのに、ほぼ初対面なんだよな。

 不思議だぜ、まったく。


「あんたもノースが縄張りなのか? あんまり見かけたことないんだが……」


「あ、いえ……あたしは普段、ウエストの方にいることが多くて……今日は、もしかしたらジンケさんに会えるかも、って……」


「むむ」


 オレの左腕を抱くリリィが、手の力を強めた。

 どうした?


「え、えっと……」


 プラムは戸惑った顔で、オレの左腕にへばりついている銀髪メイドを見る。


「あの……その方は……?」


「ああ。こいつはウチのチームのバイト――」


「――をしながら、ジンケに寵愛されてます。以後よろしく」


「ちょうあっ……!?」


 ピースしながら言い放ったリリィの言葉に、プラムが顔を真っ赤にした。


「ち、寵愛って……そ、そういうご関係ですか……?」


「おはようからおやすみまでのご関係」


「おやすみまで……!?」


「たまにおやすみも言わせてくれない」


「ひゃあーっ……!」


 オレはリリィにデコピンした。


「あう。いたい」


「嘘はやめろ、嘘は。無表情のまんま際限なく調子に乗ってんな、お前」


「そのうち嘘から出た真になるから大丈夫」


 どういう理屈だよ。


「えっと……結局、どういうご関係なんですか……?」


 困惑顔のプラムに、オレは苦笑いして言う。


「まあ、オレの彼女的なもの」


「的なものです」


 謎のVサインをするリリィ。

 何のピースだ、それは。


「はあ……てきなもの……」


 プラムは腑に落ちてなさそうな様子だったが、これ以上の説明は難しかった。


「それより、あんたも《RISE》に出るのか?」


「あっ、はいっ!」


 プラムはぱっと眉を上げる。


「あたしなんか、たぶん予選で負けちゃうとは思うんですけど、せっかくなので……」


「先月2位がなに言ってんだよ。勝てるだろ、予選くらい」


「えー。でも、参加人数もすごく多いし……リーグ戦だし……」


 今回の《RISE》MAO部門の参加人数は、総勢256人らしい。

 それを128人ずつ、グループAとグループBに分けて、この土日で1日ずつリーグ戦をやる。

 その結果の各リーグ上位16名――合計で32人が、後日、東京の会場で行われるオフライン本戦に進むことができるのだ。


 いわゆるスイスドロー方式である。

 大会運営がすげー大変そうだが、そこはノウハウってやつがあったればこそだろう。


「何日目に出るんだ?」


「えっと、その……」


 プラムは言いにくそうにまごついたのち、チラッとオレの顔を見上げながら言った。


「グループA……今日です」


「ああ……」


 なぜ言いにくそうにしたのか、すぐに得心する。


「オレと一緒じゃん」


「……はい」


 オレがここにいる理由だ。

 試合のない明日は、ハウスで観戦に徹する予定だった。


「じゃあ、当たるかもな、もしかしたら」


「気が重いです……」


「ホントに?」


 訊き返すと、プラムは少しだけ口元を和らげる。


「ちょっとだけ、楽しみです」


 だろうな。

 こいつが闘った時に感じた通りの奴なら、きっとそう言うと思っていた。


「あ、そうだ……」


 プラムは不意にそう呟くと、きょろきょろ周囲の様子を窺った。


「どうした?」


「いえ、あの……大会の後でいいんですけど……よければ、相談に乗っていただきたいことが……」


「相談? オレで役に立てるようなことなのか?」


「むしろジンケさんでないと……」


「むむむ」


 リリィがくいくいとオレの腕を引っ張った。


「気を付けて、ジンケ。女が言う『相談に乗ってほしい』は『あなたのことを口説きます』と同義」


「えっ」


「ちっ、違いますよおっ!」


 プラムは顔を赤くしてわたわたと手を振る。

 ち、違うのか。

 びっくりした……。


「リリィお前、あんまり混乱させること言うなよ」


「本人にそのつもりがなくても無意識にっていうこともある」


 きゅーっと、リリィはオレの腕を掴む力を強めた。

 平坦な声は、今ばかりは拗ねたようにも聞こえる。


「わかったわかった。気を付けるから」


 頭を撫でてやると、刺々しくなっていた雰囲気が柔らかに凪いでいった。

 猫みたいな奴だ。


「悪い、プラム。相談ってのはなんなんだ? 触りだけでもいいから聞かせてくれねーか」


「あ、はい」


 その方がリリィも落ち着けるだろう。

 依然、プラムは周囲を気にしながら、ひそめた声で言った。


「あの、ですね……あたし、実は……EPSの方からお誘いを受けてまして……」


「え? チーム入りのか?」


「はい」


 ははあ……。

 コノメタの愉快そうな笑顔が頭に浮かぶ。


「なるほどな。それでオレに相談か」


「はい……。あたしだけだと、どう判断したらいいのか……」


「オレだって、まだ仮契約なんだけどな」


 プロゲーマーほど先行きのわからない道もない。

 学校の先生に訊いたってわかりゃしねーだろうし、ネットがどれだけ万能でもこればかりは教えてくれない。

 その道の先人に訊くしかないってことだ。

 そして、プラムには、相談できるような先輩がオレくらいしか思いつかなかったんだろう。


「んー……そうだな……。それならさ、明日ハウスに来いよ」


「えっ? ハウスって……VRゲーミングハウスですか? EPSの?」


「ああ。そこで明日のグループBの予選を、他のメンバーと観戦する予定だから。その時に、オレ以外の奴にもいろいろ相談してみりゃいいんじゃねーかな」


「で、でも……いいんでしょうか? まだメンバーじゃないあたしが……」


「話は通しとく。どうせお前をスカウトしたのって、あいつだろ? 腰に刀ぶら下げた辻斬りみたいな女」


「あ、はい! そうです! ……辻斬りみたいかどうかはわかりませんけど」


 クスッと笑うプラム。


「オレをスカウトしたのもあいつだよ。たぶん大丈夫だろ。事情を説明すれば入れてくれると思う」


「あ、ありがとうございますっ……!」


「じゃあそういうことで。今日はお互い頑張ろうぜ」


「はい!」


 プラムはぺこりと頭を下げて、そのまま去っていくかと思ったが、


「え、えっと……」


 頭を上げ損ねたような、中途半端な中腰の姿勢から、窺うような上目遣いでオレを見上げた。


「……ジンケ……先輩?」


 ―――先輩。

 先輩。

 センパイ!


「あっ……!? す、すみませんすみません! 気が早いですよねっ? でも、あの、その、えーっとぉ…………失礼しますっ!!」


 ひとしきりわたわたと慌てた後、再び勢いよく頭を下げて、プラムはぴゅーっと走り去っていった。


 ……先輩。

 先輩か。

 ほほう。


「………………ジンケ」


「うぎょっ」


 脇腹をつねられた。

 痛みはないがビックリした。


「な、なんだよ」


「鼻の下が伸びてた」


「え゛っ」


 リリィの無感情な瞳が、じーっとオレの顔を見上げる。


「どうしようかな」


「な、何を……?」


「浮気判定のラインをどこからにするか」


 寛大な! 寛大なご処置を!


「他の女と二人きりでお茶したところからか。他の女に『先輩』って呼ばれて喜んだところからか」


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 そういうつもりはないんです。

 本当なんです。


 平謝りしていると、唐突にリリィの視線がオレから外れる。


「………………ジンケは」


 漏れたのは弱々しい呟き。


「束縛の強い彼女は……いや?」


 オレの腕を掴む力が、まるで遠慮するように、ほんの少しだけ緩くなる。

 声は変わらない。

 顔もいつも通りだ。

 なのに、こんなに雄弁に、リリィは心の内を語る。


 ……やれやれ。

 妙に自信満々なときもあれば、不意に不安がるときもある。

 表情に出さないのも含めて、げに難しい奴だ。

 ちゃんと言葉にしてくれるのは、自分が面倒な人間であることに自覚があるからだろう。

 オレに誤解されたくないと、思ってくれている証なのだ。

 そういうところが――――


「嫌じゃないって」


 オレは俯きがちになったリリィのおでこをつんとつついた。

 リリィの顔が上がる。


「むしろもっと束縛してくれ。その方が、愛されてるって感じがして気持ちいい」


「ジンケ……」


 ほんのわずかに揺れる瞳でオレを見上げ、リリィはいつも通りの声音で言った。


「……できるだけ頑張るけど、わたし、SMはちょっと……」


「そういう意味じゃねーから!!」



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