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オフライン最強の第六闘神 <伝説の格ゲーマー、VRMMOで再び最強を目指す>  作者: 紙城境介
《RISE》激戦編――最強こそが試される

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第34話 プロ見習いは最大のライバルに相談する


「ううううーん…………」


 ノース・アリーナ前の広場で、モニターに映される対戦を眺めながら、オレは唸り続けていた。

 大会用のスタイル……どんなのがいいんだろう?

 モニターには実戦に足る様々なスタイルが映っているが、どうにもしっくりこない。


 メインスタイルである《ブロークングングニル》では対応しきれない相手に対応できるのがいいんだろうな、きっと。

 不利が付くのは、強いて言えば《セルフバフ》系統だから、それに勝てるスタイル……。


「《コンボツインセイバー》……?」


《コンボツインセイバー》はその名の通り二刀流を使うスタイルで、息もつかせぬ高速コンボが売りだ。

 とにかく攻め攻めのスタイルなので、《セルフバフ》系統にバフを使わせる隙を与えることがないという強みがある。


「でもなー……」


《二刀流》は扱いが難しいって聞くんだよな。

 話によれば、きちんと使いこなせるようになるまで何ヶ月もかかるとか。

 それに、やることが《ブロークングングニル》と対して変わらない気がする。

 それならオレも《セルフバフ》系統を使えば、練習時間的にも効率がいいんじゃねーかって気がした。


「うーん……とりあえず《セルフバフ》を試してみるか?」


 ティアー1を不動の地位としている強力スタイルだ。

 一定の成果を出せることは間違いない。

 それに、自分で使ってみれば、弱点なんかもわかりやすくなるしな。


「よし!」


 となれば善は急げだ。

 武器やスキルを揃えてランクマッチで―――


「ん?」


 モニターから視線を切ると、じっとオレを見ている奴がいたのに気付いた。

 フードを目深に被って、顔つきを隠している。

 あれって……もしかして《匿名フード》か?

 頭上に表示されるキャラネームを見えなくするアイテムだ。

 他のプレイヤーの配信に映りたくないとか、単に名前を見られるのが嫌だからとか、あるいは有名プレイヤーだからとか、そういう理由で名前を隠したい奴が使う。

 道ばたで通りすがった程度なら、よくある他のフード型装備と見分けがつかないので、芸能人のサングラス程度には効果があるようだ。


 その奥から、オレに向けてジッと視線が送られている。

 ……誰だ?


「……あっ」


 オレに気付かれたのに気付いたんだろう、匿名フードの何者かは、慌てたように人混みの向こうに逃げた。


「おい!」


 逃げられると追いかけたくなるものである。

 オレも人混みを抜けていく。


 EPSに所属していることが公表されたとはいえ、顔写真つきで指名手配されたわけじゃない。

 キャラネームは注視しないと表示されないし、街中を歩いていて有名人みたいな扱いをされることは、今のところなかった。

 アリーナに入ったらまた別だろうけどな。


 なのに、あの視線……。

 それも匿名フード付き。

 一体どこのどいつだ?


 人混みを出ると、匿名フードのプレイヤーは数メートル先にいた。

 フードの下から、髪が一房、こぼれている。

 それは、金髪と茶髪の中間のような――

 ――アプリコットの髪。


「あっ!?」


 まさか!


「ミナハか!?」


 瞬間、ミナハらしき匿名フードが、ギョッとした様子で振り向いた。

 と、同時。


「え? ミナハ?」

「どこどこ?」

「ミナハいんの?」


 周囲の通行人たちがにわかにざわつき始める。

 ……あ、しまった。


「~~~~~~っ!! ばかっ!!」


 匿名フードが悪態をついたかと思うと、きびすを返してオレの方に駆け寄ってきた。


「こっち!」


「おっ?」


 腕を捕まれ、引っ張られていく。

 人通りの少ない路地に入ると、匿名フードはようやくオレの腕を放して、フードの奥からオレを睨みつけた。


「何のための匿名フードだと思ってるのよ」


「いや、なんか……ごめんな?」


 改めて近くからフードの奥を覗き込んでみれば、そこにあるのは、今は疎遠になってしまった幼なじみの顔だった。


 春浦南羽。

 キャラネーム《ミナハ》

《五闘神》が一角《闘神アテナ》――


「……はあ。まったく。気を付けてよね。それじゃ」


「は? いやいや待てよ」


 当たり前のように去っていこうとするミナハを呼び止めて、オレは言った。


「せっかく会ったんだし、お茶でもしようぜ」


「……………………」


 ミナハはなぜかぶすっとした顔でオレを睨む。

 あれ?

 なんか変なこと言ったか?


「い、いや、都合が悪いんなら、別に無理して――」


「…………いく」


「ん?」


「行くったら!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ミナハの行きつけだと言う、アグナポットでも穴場の喫茶店に連れてこられた。

 店の奥まった場所にあるテーブル席に向かい合って座ると、早速ミナハはフードの奥から非難の目を向けてくる。


「……私たち、前に喧嘩別れみたいな感じになったと、私は記憶してるんだけど?」


「そうだっけ?」


 確かに多少殴り合ったかもしれん。


「なに当たり前みたいにお茶に誘ってくれちゃってるのよ。気勢が殺がれるったらないわ」


「だったら断ればよかっただろ?」


 非難の視線が恨みがましげな視線になった。


「なんだよ」


「…………私の知ってるツルギは、道ばたで会った女の子をいきなりお茶に誘うような男じゃなかった」


「初対面の女の子だったら誘わねーよ。ナンパじゃあるまいし。それと、MAO(ここ)では《ジンケ》な」


 ミナハはオレの頭上に目を向けた。

 そこにはオレのキャラネームが表示されているはずだ。


「……活躍してるみたいね。ゴッズ1位取ったって?」


「まーな」


「やっと、やる気になってくれたのね」


「まーな」


「それって……私のため?」


 視線が、おずおずとしたそれになる。

 オレは思わず笑ってしまった。

 その視線は、オレが知っている、引っ込み思案でか弱い春浦南羽のものに似ていたからだ。

 だから、オレは言う。


「自意識過剰」


「えっ?」


「オレのためだよ。オレはオレのためにプロになる。他の誰のためでもない」


 それがオレの本音だった。

 ミナハにリベンジするのは、きっと手段に過ぎない。

 オレにとってそれがいいことだと思ったからそうするだけだ。

 誰かのために闘うなんて格好の付けたことは、たぶん、オレにはできない。


「…………そっ、か」


 そこで、注文しておいた品が来た。

 オレはコーヒー、ミナハは紅茶。


「砂糖は?」


「……4本」


「相変わらず甘党だな」


 スティックシュガーを4本渡す。

 ミナハはそれをさらさらと紅茶に流し込んで、スプーンでゆっくりかき混ぜた。

 オレはブラックのままコーヒーに口をつけて、


「お前のためだって言ってほしかったか?」


「~~~ッ!!」


 フードの下の顔が赤くなって、紅茶をかき混ぜる手が止まった。


「なっ……なんっ……!!」


「思いっきりそういう顔してたからな」


 オレはにやにや笑う。


「闘神とか呼ばれるようになっても、乙女なとこは変わんねーのな、お前。昔もさあ、お前、オレのお嫁さんになるとか言って―――」


「むっ、昔のことは言わないでよっ!」


 いつだかにリリィにも言ったとおり、結婚の約束こそしてないが、お遊びでそういう話をしたりはしたのだ。

 小学生だしな。

 そしてオレは小学生男子ゆえのプライドで『だっ、誰がお前なんかと!』的なことを言って、南羽を泣かせたのである。

 幼き日の思い出だ。


「……はあ。もう……」


 ミナハはぐったりと溜め息をついた。


「あんな別れ方をしたから、普通には喋れないと思って、顔を見るだけに留めるつもりだったのに……どうしてあなたは……」


「1ヶ月前なら、こうはできなかったと思うぜ」


 ミナハに負けて、プロになると決めたあの日。

 次にミナハと会うのは、どこかの闘技場だろうと思っていた。


「でもさ、8月、ランクマやりながらさ、ライバルのはずの連中と夜まで研究会やってたりしたら、考えが変わってきた。意地を張るべきところとそうじゃないところがあるんじゃねーか、ってな」


 事実、ミナハと普通に喋って、普通にお茶を飲んでいる今も、闘志はいささかも衰えていない。

 いつか必ず倒す。

 その意志は、まったく揺れていない。


「…………同じことを言うのね」


 紅茶の表面に目を落としながら、ミナハはぽつりと言った。


「何がだ? っていうか、誰とだ?」


「他の《闘神》よ」


 ――《闘神》。

 VR格闘ゲーム界において、頂点の実力を持つプロゲーマーたち。


「あの人たちも案外、仲良くしてるのよね……。闘神ネットワークなんて作ったりして……」


「は? 闘神ネットワーク? なにそれ」


 超気になるんだが。


「なのに、試合じゃ何の容赦もなくバチバチ闘志をぶつけ合うんだから……私、ついていけるようになるのに結構かかったのよ?」


「そりゃ、だって、ゲームだからな」


 オレは苦笑して言った。


「侮ってるとかじゃなくてさ……そもそもゲームだから、遊びだから、楽しむものだから、そこが両立するんじゃねーの? オレはそう思ってる」


「…………本当に」


 すぐ追いついてくるんだから――

 と。

 そんな風に、ミナハが呟いた気がした。


 お互いにコーヒーと紅茶を飲み尽くしたところで、オレはふと思いつく。

 そういや、これっていい機会なんじゃねーか?


「なあ、ミナハ。折り入って相談があるんだが」


「なに? EPSとの契約に不満でもあるの?」


「じゃなくてさ。今度大会に出ることになったんだ。そんで、大会用の新スタイルを考えてるんだが、どうもしっくり来るのがなくてさ……」


「…………言わないわよ、もう。『一応はライバルの私によくもそんなことをあっけらかんと』とか」


「別にツッコミ待ちじゃねーよ」


 ふう、とミナハは空になったカップをソーサーに置いた。


「《拳闘士》は? 拳を使うあなたに勝てるのなんて、私くらいのものでしょ」


「言ってくれるな。でも、とりあえず今はパス」


「……そう」


 まだあのことがオレの中で整理がついていないことを察したのか、ミナハは短い言葉で流してくれた。


「ツルギ――じゃなくてジンケなら、相性とかはあんまり考えすぎない方がいいと思うわ」


「……? なんでだ?」


「知識と経験が浅いから。どうやっても付け焼き刃になる。それより自分の強みを活かすことを考えた方が、勝率に繋がると思うわ」


「オレの強み、か……」


 と言うと、人読みの能力か?

 それとも……。


「……昔、とある将棋の名人がこう言ったの」


 ミナハは不意に言う。


「棋士が次の一手を決めるのに使うのは、『直感』『読み』『大局観』の三つだって。もちろんそれをそのままゲームに当てはめることはできないけれど、通じるところはあると私は思ってる」


「へえ。面白そうな話だな。例えば?」


「今のジンケの……《ブロークングングニル》だっけ? あのスタイルは、3ラウンドを通じてゲームをプランニングする性能に長けてると思う。ジンケがあのスタイルで勝てるのは、それを活かせる大局観を持ってるからだと、私は思うわ」


「大局観……」


 確かに《ブロークングングニル》を使うときは、自分が1ラウンド負けることすらも計算に入れ込んで、『最終的に、いかにして2ラウンド取るか』を考えながら闘っている部分がある。


「これは、頭のリソースに余裕があるからね。ゲーセンであれだけ闘ってたんだもの。アバター操作に関しては、もう何も考えなくてもいいくらいでしょ? だからその分、思考を他のことに割けるんだと思う」


「なるほど。昔取った杵柄がそこで効いてるんだな」


「昔取った杵柄って言うなら、ジンケはもうひとつ持ってるわ」


「それは、さっき言ってたうちの残り二つ――『直感』か『読み』のどっちかってことか?」


 ミナハは頷いた。


「どっちかはずば抜けてるけど、どっちかは全然ダメ」


「全然ですか……」


「全然」


 ミナハは繰り返した。


「センスがありすぎるのも困りものだと思うわ、本当に。昔はひたすらすごいと思ってたけど、自分で闘うようになってやっとわかった。()()()()()()()()にね」


「天才のデメリット……? 結局なんなんだよ、オレに足りないものって。『直感』か? 『読み』か?」


「それは――――」




「――――……ジンケ?」




 冷たい声だった。

 そして、平坦な声だった。


 とても、聞き覚えがある。

 まるで、8月中、毎日聞いていたかのような――


 オレは。

 ギギギギ、と首の骨が錆びついたかのようなぎこちなさで、横を見る。


 そこに――

 立っていた。


 そして、冷気すら感じる極寒の無表情で、オレとミナハを見下ろしていた。


「わたしが、いないうちに、何を、やってるの?」


 ……と言う、リリィの瞳グラフィックに。

 ハイライトがないように見えるのは、きっと気のせいだと思いたい。

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