第32話 プロ見習いは次なる闘いを命じられる
〈学校が終わったらハウスまで来るように〉
コノメタからそんなメールを受け取ったオレは、帰宅するなりMAOにログインした。
オレのセーブポイントは基本的に、ハウスの2階にある個室だ。
いつものように飾り気のない部屋に降り立ったオレは、廊下に出て、階段で1階に降りた。
すると。
「んー?」
「は?」
なんかいた。
ソファーの上で行儀悪く三角座りをした女の子が、スティック状のチョコをくわえたまま、階段から現れたオレに振り向いた。
タレ目気味の目元と、ざんばら切りの青い髪。
オーバーオールと言うのか、青いツナギを着ていて――
「んえっ!? ……あ」
一瞬ビビった。
ツナギの下に何も着ていないように見えたのだ。
実際にはノースリーブの肌着を着ていて、ツナギと重なって見えなくなっていただけだった。
……誰だろう?
知らない女の子だった。
夏休み中は、基本的にコノメタとニゲラくらいしか見かけなかったが、他にもハウスに出入りしている選手はいると聞いたし、実際、まったく見かけなかったわけでもない。
だけど、こんな女の子には見覚えがなかった。
ここにいるってことは、EPSの選手なんだろうが……。
「ど……どうも」
「ん」
会釈してみると、ツナギの女の子はこくりと頷いて、視線を前に戻した。
何の頷きなんだろう……。
オレはツナギの女の子の斜向かいに座った。
ソファーの上に持ち上げられた素足が、足首のストレッチでもするように上下している。
あんまり見るのも失礼だろうが、やっぱり無意識に見てしまうな。
それにしても、何をしてるんだ?
口にくわえたチョコスティックを、時おりポリポリと食べながら、彼女はテーブルに目を落としている。
その右手には――
……カード?
トランプのようなサイズの数枚のカードが、彼女の左手に握られていた。
「んー」
女の子は悩むように首を傾げる。
「んー……んー……んーんんー」
傾げる。傾げる。傾げる。
……傾げすぎじゃね?
そのまま横倒しになるんじゃないかと思ったそのとき、首の角度が元に戻り、
「んっ!」
と、左手に握ったカードの1枚を、テーブルに叩きつけた。
よく見ると、テーブルにも何枚かのカードが浮いている。
浮いているのだ。
見えないボードが置かれているように、カードが浮遊していた。
一人遊び……?
と思ったが、そうじゃない。
彼女の対面に当たる位置にも、何枚かカードがある。
そして、見えない対戦相手がいるかのように――
そのカードが動いた。
瞬間だった。
女の子の口から、チョコスティックがぽろっと落ちた。
そして。
「んあああああああああああ――――っ!!」
突如として絶叫し、ソファーの上をごろごろ転がり始めた。
何事!?
オレが面食らっている間に、
「……ふー……」
女の子は何事もなかったかのように元の三角座りに戻り、落としたチョコスティックをまたくわえて、再びカードを握る。
な、何、この静と動のギャップが凄まじい子……。
森果みたいに表情が乏しいタイプかと思ったら、絶叫したとき、結構すごい形相してたし……。
「へーい! お疲れさまー! お、いるなー、ジンケ君!」
しばらくの間、女の子の百面相を観察していたが、やがてコノメタがやってきた。
「おや」
コノメタはツナギの女の子に目を留める。
「シルちゃんだ。来てたの?」
「ん」
「あー、そっか。そっちは夏期シーズンが終わったんだっけ? どう、結果は?」
「ん!」
女の子は飽くまでもチョコスティックを口から離さないまま、手でOKサインを作った。
「おー。プレイオフ進出かー。シルちゃんがアメリカで活躍する姿を期待してるぞー」
「んん!」
サムズアップ。
喋らないのに感情表現が豊かだった。
不思議そうに見ていたオレに、コノメタがようやく気付く。
「あ。もしかしてジンケ君は初対面?」
「ああ。降りてきたらいきなりいてビックリした」
「彼女はEPSのデジタルカードゲーム部門所属の《シルバーフォルテ》ちゃんだよ。気軽に略して《シル》って呼んであげてね」
「デジタルカードゲーム部門……」
EPSはマルチタイトル・ゲーミングチームだから、いろんなジャンルのプレイヤーが所属している。
MAOは一応VR格闘ゲーム扱いなのでオレもその部門の所属だが、他にもFPS部門とかMOBA部門とかいろいろあるらしい。
その中の一つが、デジタルカードゲーム部門だ。
「デジタルカードゲームって、スマホとかパソコンでやるイメージだったんだが……今時のはVRに対応してるんだな」
オレはシルバーフォルテ――シルの手に握られたカードを見ながら言った。
「本当にVRゲームを避けてきたんだね、君……。そうだよ。VRTCGは、言ってしまえばカードゲームアニメの世界をそのまんま再現したようなゲームジャンルだね。目の前にモンスターだのクリーチャーだのミニオンだのフォロワーだのが実体化してバトルする」
「へー……。でも見たところ、全然実体化してないんだが」
「最初のコンセプトはまさに『アニメみたいなバトルを再現する』ことだったんだけどねえ……。段々と『実際にカードを触りながらデジタルTCGができるってだけでも充分面白くない?』って方向にシフトしていったみたいだね。そのほうが手軽だし。だからいろんなVRゲームと提携して、そのゲームの中でもプレイできるようになってたりする」
……そういえば、MAOの中なのに堂々と別のゲームしてる。
これ、地味にすごくねーか?
「そんなわけで、VRMMOプレイヤーがサブゲームとして手を出すジャンル第一位だよ。君もやってみるかい?」
「ううーん……。機会があったら、ってとこだな」
「そうかい。プロの手ほどきを受けられる最高の環境なんだけどね」
「んっ!」
シルがオレにサムズアップしてくる。
『いつでも教えてやるぜ!』ってことだろうか。
「それより、何か話があるんだろ?」
「おっと、そうだったそうだった」
コノメタはオレの向かい側――シルの隣に座る。
大丈夫か?
シルがまた転がり始めたら巻き込まれそうだが。
「そういえば、今日はリリィちゃんは?」
「そのうち来る。今はちょっと仮眠中」
「ふうん?」
結局オレの膝枕じゃ寝られなかったから、今頃は家の布団でぐっすりだろう。
「今日の話というのは他でもないよ。たぶん予想できてると思うけど、本契約に向けた、もう一つの条件についてだ」
「ああ」
オレがEPSと本契約を結ぶのには、二つの条件を達成しなければならないという話だった。
その一つが、8月のランクマッチを、ゴッズランク50位以上で終えること。
その条件は、1位フィニッシュという最高の結果で満たすことができた。
次は――
「プロゲーマーにとっての表舞台――メインステージといえば、何だと思う、ジンケ君?」
コノメタは試すように問いかけてくる。
オレは顔を引き締めて答えた。
「……大会、だな?」
「その通り!」
コノメタは何かのウインドウを出したかと思うと、それをオレのほうに押しつけてきた。
映っていたのは、何かのイベントの告知ページだ。
でかでかと躍るロゴには、アルファベット4文字でこうある。
――《RISE》。
「国内最大級の総合eスポーツイベント《RISE》」
コノメタはオレの顔を指さした。
「君には、この大会のMAO部門で優勝してもらう」
ちょっと自転車操業になってしまっているので、
ひとまず更新頻度を2日に1回に下げさせていただきます。
「ここはまとめて読んだほうがいいなー」というところは、
例外的に連続更新にするかも。




