第24話 プロ見習いは競争に身を投じる
「ぷーくすくす!」
EPSが所有するVRゲーミングハウスのリビングで、ニゲラ先輩が後輩たるオレをせせら笑っていた。
「ざーんねんだったわねぇー? せっかく開発した新戦法を、どこの誰とも知れない奴に取られちゃってー? くすくすくす!」
「ストレートに根性が腐ってやがる……」
それがトッププロの言うことか。
「いやまあ、実際のところ、別に誰が開発者だろうと同じことなんじゃねーの? 開発者になったからってランクマで勝てるようになるわけでもなし」
「あら。名誉には拘らないタイプなのかしら? 自分が考え出した戦法でランクマッチ環境が染まり上がっていく快感は、なかなかに格別なのよ? ワタシの回転戦法を真似しようとしたプレイヤーの多いこと多いこと!」
「……………………」
こいつの戦法に似たスタイルが今ティアー4なのには触れないほうが良さそうだ。
「それよりも、むしろ心配なんだよな」
「へえ? 何が?」
「オレより先に《ブロークングングニル》を改良した子がさ―――」
「―――うぇーい! コノメタちゃんが帰ったぞーっ!」
玄関のほうから声がしたかと思うと、帯刀した黒髪の女が、ばたばたとリビングに駆け込んできた。
「おっ! やあジンケ君! 暴れ回ってるみたいだねー!」
「久しぶりだなコノメタ。ブラジル帰りか?」
「ちょっと前に帰国したんだけどね。いろいろと仕事が重なっちゃって、しばらく来られなかったんだよ。
あ、リリィちゃん。頼んどいた資料揃えてくれた?」
「ばっちり」
「有能なメイドさんが来てくれて私は嬉しいよ!」
コノメタはぎゅーっとリリィを抱き枕みたいにする。
存外に器用なリリィは、オレよりもよっぽどチームに貢献しているようだった。
「フフ。ちょうどいいところに来たのだわ、コノメタ。聞きなさいよ。この男がね!」
「ふふうん? また何かやったの? 変なスタイル作って流行らせたことは知ってるけど」
ニゲラは妙に楽しそうに、オレが新スタイルの開発競争で後れを取ったことをコノメタに話した。
「へー。あるよね、そういうの」
「反応が薄いのだわ!?」
「私もスタイルの著作権にはあんまりこだわりがないほうだからねー。真似し真似されの繰り返しで環境が洗練されていくゲームなんだからさ」
「ぐぬぬ……」
悔しそうにしているニゲラは放っておいて、オレはコノメタに軽く相談する。
「そのことなんだが、ちょっと気になってることがあるんだ」
「ふん? 何が?」
「オレに先んじた、その《プラム》って子なんだけど……ストリーマーなんだよ。GamersGardenでやってる」
「プラム? ……んー? 聞いたことないなあ」
「だろうな。ちょっと前までフォロワー1桁しかいなかったらしいぜ」
「フォロワー1桁? ド底辺ストリーマーだね、言っちゃ悪いけど」
そう。
プラムは、ネット上に星の数ほど存在するド底辺ストリーマーだった。
ちょっと前までは。
「今、ちょうど配信やってる」
リリィがブラウザウインドウをコノメタに見せた。
「どれどれ?」
それに目を落としながら、ぼふっとオレの隣に座るコノメタ。
のどかな森みたいな、健やかな香りがした。
「……はっはあ。なるほどね。まあこうなるよね」
オレは肩を寄せて、コノメタが見ている画面を覗き込む。
「むー」
そしたらリリィがソファーの後ろから抱きついてきて、オレとコノメタの間に顔を割り込ませてきた。
コノメタがにやにや笑う。
「おっとっと。彼女には気を遣わないとね、ジンケ君」
「……それはプロゲーマーの先輩としての忠告か?」
「人生の先輩としての忠告」
痛み入るぜ。
「…………ぅぅ」
「おやおや? どしたのニゲラ? 寂しいならこっち来なよ。ようこそジンケ君ハーレムに!」
「いっ、行かないのだわっ! ぜったい!」
何を言ってんだか。
先輩二人の戯言はスルーして、オレは改めて画面を見る。
映っているのは、先ほど話題に出た《プラム》の配信ページだ。
ランクマッチをやっているらしい。
ちょうどひと試合終えてマッチング・ルームに戻ってきたところだ。
長い黒髪の、大人しそうな印象の女の子が、配信画面を見ながらあたふたと喋っている。
『え、あ、うまい、ですか? ありがとうございますっ! えっ? 可愛い? そ、そんなことは……。今日のパンツの色? えっと今日は――あっ!? なに答えさせようとしてるんですかっ!』
画面の横にあるコメント欄は、すごいペースでスクロールし続けている。
左下の辺りにフォロワー数が表示されているが、以前は1桁だったらしいそれは、今や4桁に届こうとしている。
誇張抜きで100倍以上だ。
コメント数に関しちゃ、おそらく以前の数千倍にもなっているだろう。
「伸びてるねー。ま、当然だけど。ティアーランキングが動くほど流行ってるんだろう? そのスタイル」
コノメタが感心するように言った。
彼女の改良型《ブロークングングニル》に関するSNSの投稿は、MAO対人戦プレイヤーの中でこれでもかと拡散された。
結果、彼女がやっている配信に、大勢の人間が流れ込むことになったのだ。
「ネットってやつは、人が集まるときは本当に一瞬だ。これを幸と見るか不幸と見るかは人それぞれだけどね」
「……ちょっと気になってんだよ。オレのせいのような気がしてさ」
「彼女の配信が人で溢れ返ったのが?」
「ああ」
「それは自意識過剰だなあ。君のスタイルを改良して、それをSNSに投稿したのは彼女の自由意思だ。君の意思はこれっぽっちも関わっちゃいない」
「そうなんだけどさあ。こうやってあたふたしてるのを見てると……」
「嫌なんだったら、こうして配信してないよ。それに――」
コノメタは画面の中の少女――プラムの顔を指さした。
「――私には、楽しそうに見えるけどね」
「そうだといいんだけどな……」
オレには、自分の勝手で女の子を傷つけてしまった前科がある。
だからどうしても過敏になってしまうんだろう。
「まあ、人が増えたことで起こる弊害は確かにあるよ? でも、それは彼女自身が何とかするだろう。
私が思うに、そもそも彼女にはストリーマーの素養がある」
「素養? さっきまで名前すら知らなかったくせに」
「わかるさ。だって、こんなに環境が変わっても、彼女は配信をやめなかった――いきなりこんなに人が増えたら、普通はビビっちゃうのにね」
「……………………」
確かに……。
言われてみれば、そうかもしれない。
「埋もれていた逸材が見つかったんだね。ひひひ。これは面白くなってきた」
「……おい。まさかこの子もスカウトする気じゃねーだろうな」
「ちょうどストリーマー部門を一人増やしてもいいかなって話になってるんだよねー。特にVRゲームの」
「ストリーマー部門なんてあんのか」
「あるよ。公式サイトくらい見てよ」
メンバーが多くて把握しきれねーんだよ、EPS。
「まだ声をかける段階じゃあないけどね。少し様子見だ。
これは私の持論なんだけどね、優れたストリーマーには『主人公補正』があるんだよ」
「は? 主人公補正?」
「誰が意図したわけじゃないのに、面白くなる方向に偶然が働くんだ。オカルトと思うかもしれないけど、本当にあるんだよ。持ってる人間、と言えばいいのかな」
主人公補正ねえ……。
さすがに眉唾だな。
「もし彼女が本物なら、それは今月中に証明されるだろうね」
にんまりと怪しい笑みを浮かべて、コノメタはオレを見た。
「そこでジンケ君。今日、君には一つ、社長からの伝言を持ってきた」
「伝言?」
何が『そこで』なのかわかんねーけど。
というか、その『社長』って人、いまだに1回も会ったことないんだが。
「君という存在を、いつ、どうやって公表するかという話だよ。今のところ、君がEPSに仮メンバー――育成強化指定選手として所属していることは、外部には知られていない」
「仮メンバーでも公表するのか?」
「普通はあんまりしないけどね。社長が、ある条件を達成した場合のみやる、と仰せなんだよ。はっきり言えば、君という存在がチームの宣伝になりうると判断されたの」
「そりゃ光栄だけどさ。ある条件って?」
「今月、ゴッズランクの1位を一瞬でも取ったら」
ゴッズランク1位。
アグナポットに何千といるプレイヤーの、頂点。
「伝説的な連勝劇を演じ、誰もの度肝を抜く新スタイルを生み出し、そしてついにゴッズランクの頂点に辿り着いた謎のプレイヤー《JINKE》――その正体は、プロゲーミングチームExPlayerSの仮メンバーでした!」
わざとらしい口調で言って、コノメタは配信画面に映る女の子を指さした。
「そんな《JINKE》が、新進気鋭の美少女ストリーマーとランクを争ったりしたら、すっごく面白そうだよね?」
……そういうことかよ。
「何が主人公補正だ。意図ありありじゃねーか」
「ふふふ。私たちはプロである以前にゲーマーさ。面白そうなことは大好きだとも!」
つくづく業の深い職業だぜ。
「……わかったよ」
オレは腹を決めて言った。
「取ってやろうじゃねーか、ゴッズランク1位!」
「聞いたよ? 二言はなしだ!」
コノメタは勢いよくソファーから立ち上がった。
「遅れたけど、私もこれから今月のランクを上げる。ニゲラも当然、上位を狙う。だよね?」
「当然よ。上位になれば《選手権》に出るためのポイントももらえるのだもの」
「というわけで、1位になりたければ、私たちも纏めて薙ぎ倒していきたまえ。リリィちゃんとイチャついていられるのも今のうちだよ?」
「……上等」
オレは自分を鼓舞するように口角を上げ、二人の先輩を正面から見据えた――
8月もすでに後半。
夏休みも終わりに向かっている。
真夏の暑さとはまるで無縁の仮想世界で――
――地獄のように熱いランクマッチが、その火蓋を切って落とした。
【現在のジンケ:573位】




