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婚約破棄された侯爵令嬢と出会った辺境伯の嘘 ~戦場では無敵の脳筋男と、可愛げがないと婚約破棄された実はツンデレな女~

掲載日:2026/01/25


 大木(たいぼく)を踏み潰しながら、森林地帯を進撃するフロストジャイアントの群れ。体長一○m級の巨人の数は二○○体を超える。


()りもせずに、また攻めて来たか……全員抜刀(ばっとう)、標的を殲滅(せんめつ)するぞ!」


 黒鎧(くろよろい)の騎士たちが空中に跳び上がり、魔力を(まとう)う剣でフロストジャイアントの巨体を切り裂く。暴力の象徴のような魔物も、俺たちにとっては(ただ)獲物(えもの)だ。


(わか)、あれが群れを率いている個体のようです!」


 騎士が指差す方向に体長二○m級の特異体(イレギュラー)がいた。竜の骨でできたような巨大な戦斧(せんぷ)で、騎士たちを薙ぎ払っている。


「少しは手ごたえがありそうだな……あいつは俺がやる!」


 俺は加速して森の中を一気に駆け抜ける。大地を蹴って跳躍(ちょうやく)特異体(イレギュラー)の顔が目の前に迫る。


 特異体(イレギュラー)が戦斧を一閃(いっせん)、俺は両手持ちの大剣で受け止める。空中に足場を作って戦斧を弾き飛ばすと、剣に魔力を集束(しゅうそく)させる。


 魔力が(ほとばし)る光の刃が長く伸びる。体重を乗せて一気に振り抜くと、特異体(イレギュラー)の巨体が縦に真っ二つになった。


「若に掛かれば、特異体(イレギュラー)も形無しですね」


「馬鹿野郎。喋っている暇があるなら、次の魔物を仕留(しと)めろ!」


 ここはアレスタ王国北部、ヴェート辺境伯領は凶悪な魔物が巣食(すく)う辺境地帯に面している。魔物の群れを狩ることが、俺たち『辺境騎士』の日常だ。


※ ※ ※ ※


 (ひら)びやかなシャンデリアが吊るされた天井の高いホール。楽団の演奏に合わせて、貴族たちがダンスを踊っている。王宮のパーティーって奴に初めて出てみたが……正直、退屈以外の何モノでもない。


 自分が浮いている自覚はある。パーティーに出るつもりはなかったから、今の俺はシャツ一枚に革ズボンとブーツって格好。身体に残る無数の傷跡は、とてもカタギに見えない。


 それでも声を掛けて来る奴はいた。だが話題は貴族の派閥争いやゴシップばかりで、俺の方から早々に退場した。メシと酒が旨いことが唯一の救いだが、上品過ぎて俺の口には合わない。


「リアン、退屈そうだね」


 誰もいないバルコニーで、一人で酒を飲んでいると、金髪眼鏡のイケメンが声を掛けて来た。こいつはカミル・フリードリヒ、アレスタ王国の第二王子だ。


「見ての通りだ。こんなことなら、さっさと帰った方がマシだったな」


「リアン、何を言っているんだい? 今日の主役(・・)は君だ。パーティーに出なかったら、国王陛下の顔を潰すことになるよ」


 カミルが揶揄(からか)うように笑う。こいつの性格が悪いのは、今に始まったことじゃない。俺が逃げ出す頃合いだと踏んで、釘を刺しに来んだろう。


「適当なことを言うな。国王だって、俺が持参した親父(おやじ)の手紙を読んで初めて知ったんだ。元々パーティーをやる予定だったんだろう? パーティーで挨拶しろと国王に言われたが、正直面倒臭いぜ」


「リアン、君の気持ちは解るけど、社交界の付き合いも大切だからね。これからは君もパーティーに出る機会が増えるから、今のうちに慣れておくべきだよ」


 カミルは間違ったことを言っている訳じゃないが、考えるだけでウンザリする。


「アレン殿下、いい加減にして頂けますか!」


 突然響く声にパーティー会場へ戻ると、赤い髪の女が金髪のイケメンと対峙していた。


 女の年齢は二〇歳(はたち)前ってところで、俺より少し年下だ。肩まで伸ばした鮮やかな赤い髪と碧色(みどりいろ)の瞳。凛々(りり)しい顔立ちの物凄い美人が、毅然(きぜん)とした態度で金髪イケメンを睨んでいる。


 金髪のイケメンは二○代(なか)ば。別の女の腰に腕を回して、薄笑いを浮かべている。カミルと良く似ているのは、こいつが第一王子のアレン・フリードリヒだからだ。


「エマ、いくら私の婚約者であろうと口を(つつし)め。貴様に指図(さしず)される(いわれ)れはない!」


「いいえ、これ以上は見過ごせません。婚約者である私を差し置いて、パーティーがある(たび)に他の女性を連れ歩くなど、ローウェル侯爵家に対する侮辱行為です!」


 エマの言っていることが正しいのは、貴族社会に(うと)い俺でも解る。王族や貴族の結婚は政治的な目的で家同士が決めることだ。婚約者がいるのに公然の場で他の女を連れていたら、王子だからと許される筈がないだろう。


「何を大袈裟なことを……ああ、そういうことか。貴様のような可愛げのない女でも、焼きもちを焼くのだな!」


 アレンは面の皮が厚いのか、それとも(ただ)の馬鹿なのか。薄笑いを浮かべたまま的外れなことを言う。


「アレン殿下、勘違いしないで頂けますか。私はあくまでもローウェル侯爵家の人間として抗議しているのです。殿下に対する感情など一切ございません」


 エマが毅然と言い放つ。王子が相手でも全然物怖じしていない。良い度胸をしているが、そこまで言えばアレンの顔を潰すことになる。


「き、貴様という奴は……本当に可愛げのない女だな!」


 アレンの顔が怒りに赤く染まる。


「貴様と婚約したのがそもそもの間違いだった。エマ、貴様との婚約をたった今破棄する!」


 こいつは馬鹿決定だな。家同士で決めた婚約を自分の一存で破棄できる筈がないだろう。周りの貴族たちが冷笑を浮かべているが、アレンはそれにも気づいていない。


「リアン、面白いことになったね」


 カミルは完全に他人事だ。第二王子のカミルにとって、兄の失態は王位継承争いで有利に働くからな


「アレン殿下、本気で(おっしゃ)っているのですか? 婚約を破棄するなど……それこそ、ローウェル侯爵家に対する最大の侮辱行為です!」


「だから何だというのだ? 悪いのは貴様ではないか! ローウェル侯爵も娘の教育がなっていない! 貴様のような者を私の婚約者にした報いを受けるベきだ!」


 言っていることが無茶苦茶だ。このまま放置しても、アレンの立場が悪くなるだけだろう。だがエマはここまで侮辱されて、黙っているつもりはないらしい。


 エマの全身から殺意が滲み出る――こいつ、アレンを殴るつもりだな。


「アレン王子、それくらいにしたらどうだ?」


 突然割り込んだ俺に、アレンが怒りの矛先を向ける。


「貴様、どういうつもりだ? どこの田舎貴族か知らんが、無礼であろう!」


「田舎貴族なのは否定しないが、馬鹿(・・)を止めるのに無礼も何もないだろう。どう考えてもおまえが悪い。エマ嬢に謝れ」


 勿論(・・)俺はわざと(あお)っている。馬鹿は扱い(やす)くて助かる。


「貴様……王子である私に暴言を吐くなど、どうなるか解っているだろうな! 騎士たちは何をしている? こいつを捕らえろ!」


 アレンの指示で、城の騎士たちが集まって来る。周りの貴族たちが冷笑を浮かべる中、渦中(かちゅう)のエマは何故か憮然(ぶぜん)としている。


 ここが王宮だからだろう。騎士たちは剣を抜かずに、俺を取り押さえようと一斉に飛び掛かって来る。


「先に手を出したのはそっちだ。文句を言うなよ」


 騎士たちが俺に触れる前に殴り飛ばす。騎士たちの身体は高く宙を舞って、床に叩きつけられて白目を剥く。拳の形に鎧が陥没しているが手加減したから、たぶん死んでいないだろう。


 一○人近い騎士を一瞬で倒すと、残りの騎士たちが警戒して剣に手を掛ける。


「おい……剣を抜くなら、自分も殺される覚悟をしろ」


 目を細めて殺意を放つ。剣を抜いた相手に容赦するつもりはない。威圧された騎士たちがピタリと動きを止める。


「貴様……いったい何者だ?」


 アレンが青ざめた顔で俺を見る。


「そう言えば、名乗っていなかったな。俺はリアン・ヴェートだ」


「ヴェートだと……そうか、貴様は野蛮人のヴェート辺境伯家の人間か!」


 アレスタ王国の北の果てを守るヴェート辺境伯家の人間を、野蛮人だと陰口を叩く貴族は多い。だがアレンのように、あからさまに言う奴は初めて見た。


「野蛮人の貴様は、自分が何をしたのか解っていないようだな? 王子である私への暴言は不敬罪だ。ヴェートなど取り潰してやる!」


「いや、何をしたのか解っていないのは、おまえの方だろう」


「何をふざけたことを……こんなことをして、只で済むと思うな! おまえたち、こいつを殺してしまえ!」


 アレンの指示で騎士たちが一斉に剣いたときだ。


「アレン、おまえはいったい何をしている!」


 声とともに現れたのは王冠をつけた壮年の男、アレスタ王国国王ジャン・フリードリヒだ。カミルが一緒なのは、こいつが国王を連れて来たんだろう。


「陛下、危険ですから下がって下さい! この者は野蛮人のヴェート辺境伯家の人間です! 狼藉を働いたので、騎士たちに仕留めさせるところです!」


「何だと……リアン(きょう)、アレンが言っているのは本当のことか?」


 ジャン国王が気遣(きづか)わし気に俺の反応を(うかが)う。


「いや、ちょっとした騒ぎがあって、アレン王子の指示で騎士たちが先に手を出したから殴った。それだけの話だ」


「なるほど……一応確認させて貰ったが、カミルから大よその話は聞いている。騎士たちよ、剣を収めてリアン卿に詫びろ。おまえたちは誰に剣を向けたか解っておるのか!」


 ジャン国王の剣幕に、騎士たちが慌てて剣を仕舞って俺に頭を下げる。アレン一人が唖然としている。


「陛下……どういうことですか?」


「アレン、おまえには先に教えておくべきだった……リアン卿はヴェート辺境伯家の現当主、つまり辺境伯だ」


 二○歳そこそこの俺が当主だなんて誰も思わないだろうが、ヴェート辺境伯家は完全な実力主義で、四男の俺が一週間前に家督を継いだ。王宮に来たのも、当主就任の挨拶を国王にするためだ。


「リアンが辺境伯……ですが陛下、この男は王子である私に暴言を吐いたんです! 不敬罪として裁いて何が悪いのですか?」


「何を馬鹿なことを……国王である私に対してなら不敬を問うこともできる。だがおまえは王子に過ぎん。辺境伯であるリアン卿の方が身分が上だということも解らんのか!」


 王子は王位継承権があるだけで、爵位のないアレンの実質的な地位はせいぜい男爵相当というところだ。もし俺が家督を継いでいないとしても、アレンに自分の都合で貴族を殺せるほどの権力はない。


 婚約破棄の件を含めて、騒ぎになった時点でアレンに常識を(さと)す奴がいてもおかしくない。だがこのパーティー会場には、王子であるアレンに口出しできるほどの実力者はいなかった。


 理由なら解っている。親父からの手紙で俺が家督を継いだことを知った国王が、主な貴族たちを集めて対策会議(・・・・)を開いていた。ヴェート家は辺境伯という地位以上に、アレスタ王国にとって厄介(・・)な存在だからだ。


「そんな……これまで私に逆らう貴族など……」


「それはおまえが第一王子で、次の国王になる可能性が高いからだ。それくらいは理解していると思っていた私も迂闊だった……リアン卿、重ね重ね申し訳ない」


 国王が頭を下げる。一国の王が貴族に頭を下げるなど本来ならあり得ないことだが、これもアレスタ王国におけるヴェート家の立場を考えれば不思議じゃない。


「アレン、おまえも頭を下げろ!」


 国王が無理矢理頭を下げさせると、アレンが物凄い顔で俺を睨む。こいつはまだ何も解っていないみたいだな。


「ジャン陛下、俺のことは構わないが、エマ嬢との婚約を破棄すると言った暴言の方はどうするつもりだ? ローウェル侯爵の教育がなっていないとか、エマ嬢を婚約者にした報いを受けるべきとか言っていたが」


「婚約破棄のことはカミルから聞いてはいたが……まさか、そこまで愚かなことを口にするとは……」


 国王が怒りに震える。アレンの発言のせいで、ローウェル侯爵を敵に回す可能性がある。大貴族と敵対して問題ないほど、アレスタ王国における王家の権力は磐石じゃない。


「陛下、それは誤解……いえ、つい口が滑ったと言いますか……」


「アレン、おまえは当面(とうめん)謹慎しろ。王家の立場というモノを理解させる必要がある」


 騎士たちに拘束されて、アレンが会場を後にする。カミルが面白がるように笑っているのを俺は見逃さなかった。


「エマ嬢にも本当に申し訳ないことをした。今後のことはローウェル侯爵と良く話し合って、できる限りのことはさせて貰うつもりだ」


「国王陛下、ありがとうございます。リアン卿、私事(わたくしごと)に巻き込んでしまいまして、申し訳ありません」


 エマは頭を下げるが、納得していないって顔だ。俺に対して何か言いたそうだが、結局それ以上は何も言わなかった。


 その後、会議に出席していた大貴族たちがパーティー会場にやって来る。国王の口から、俺がヴェート辺境伯になったことが発表される。


「アレスタ王国の守りの要であるヴェート辺境伯家の若き当主を皆に紹介しよう。これまでほとんど王宮に来たことがないリアン卿を知らぬ者も多いと思うが、先代辺境伯が認めた実力者だ」


 国王に促されて、大貴族たちと順番に挨拶する。正直面倒臭いが、これも当主の仕事だと諦めるしかない。


「娘のエマのために、アレン殿下に抗議してくれたそうですね。リアン卿、ありがとうございます」


 エマの父親のクリフ・ローウェル侯爵が気さくな笑みを浮かべる。エマの父らしい顎髭を整えたイケオジだ。


「別に大したことはしていない。クリフ侯爵の方が爵位が上なんだから、敬語は止めて貰えないか?」


「いいえ、アレスタ王国にとってヴェート辺境伯は特別な存在ですから」


 一通り挨拶を終えて一息つく。辺境伯だと知るまで俺を無視していた他の貴族たちが、話をしたそうにこっちを見ているが、面倒だから気づかないフリをする。


「リアン、大活躍だったね。エマ嬢のために、君があそこまでするとは思わなかったよ」


 カミルが笑顔で近づいて来る。


「おまえの良いように使われたようで納得できないが、まさか全部仕組んだ訳じゃないよな?」


「そんな筈がないだろう? 兄であるアレンの愚かさには、僕も手を焼いていたんだ。同じ王家の人間として本当に恥ずかしいよ」


 こんなことを言っているが、カミルならアレンを失脚させるために、ハニートラップくらいは仕掛けるだろう。もし俺が動かなかったとしても、エマとの婚約を破棄すると言わせただけで、アレンにとっては十分な失態だ。


「お話し中のところ、失礼します」


 声を掛けて来たのは、ある意味で今日の主役のエマ・ローウェルだ。


「これはエマ嬢、愚かな兄がしたことは本当に申し訳ないね」


 カミルが芝居掛かった感じで言うと、エマが睨む。


「カミル殿下が気にされることではありませんので、謝罪は結構です」


 エマは誰に対しても本当に物怖じしないな。


「リアン卿、少しお時間を頂けませんか?」


「俺は別に構わないが」


「じゃあ、僕はそろそろ失礼するよ」


 カミルが空気を読んで立ち去る。エマが言いたいことは想像がつく。他の奴に聞かれないように、誰もいないバルコニーに向かう。


「リアン卿、先程はアレン殿下を止めて頂き、ありがとうございました」


 口ではそう言っているが、全然感情が籠っていない。


「礼は受け取っておくが、本題はここからだろう。俺に何か言いたいことがあるんじゃないか?」


「ええ……どうして私がアレン殿下を殴ろうとしたの止めたんですか?」


 エマは俺の真意を確かめるようにじっと見る。


「余計なお世話なのは承知の上だ。状況が状況だから、あんたがアレン王子を殴っても罪を問われるかは微妙なところだが、王子を殴った悪評は一生ついて回るだろう」


 俺は悪評なんて気にしないがエマは女だ。アレンとの婚約がどうなるか解らない状況でそんな悪評が立ったら、自分の首を絞めることになる。


「ローウェル家の名誉を守るためなら、私は構いません。それに私が何をしても、今回の件でローウェル家が咎められることはないでしょう」


 悪いのはアレンで、ローウェル家は完全に被害者だ。アレンを殴ることでエマが罪を問われても、ローウェル家自体が責任を取らされることはない。エマはそう踏んでいたんだろう。


 エマは自分でケリをつけるつもりだったのに、俺が余計なことをしたと思っている。俺はエマの気持ちに気づいていたが、あのまま放置する気はなかった。


「そう言うと思ったから、アレン王子を殴る権利を残しておいた」


「リアン卿、どういう意味ですか?」


「アレン王子はヴェート家と俺自身を馬鹿したんだ、俺には殴る権利がある。俺の権利をエマ嬢に譲るから、これからアレン王子を殴りに行かないか?」


 俺とアレンの力関係を考えれば、アレンのしたことは殺されても文句を言えない。俺の代わりにエマに殴らせると言ったら、国王は断れないだろう。あくまでも俺の代わりだから、エマが罪に問われることもない。


「本気で言っているんですか?」


「俺はいつでも本気だ。ヴェートの名に懸けて誓う。何事も本気でやらなかったら面白くないだろう」


「……リアン卿がどういう人か、少しだけ解った気がします。解りました。ご厚意に甘えさせて頂きます」


 エマが初めて笑顔を見せる。美人だとは思っていたが、笑うと可愛いんだな。


「カミル、そこにいるんだろう? 話は決まった。ジャン国王に伝えてくれ」


「リアン、君には敵わないね」


 姿を現したカミルを、エマが非難するように睨む。


「カミル殿下……盗み聞きはマナー違反だと思いますが?」


「嫌だな、僕は偶々(たまたま)通り掛かっただけだよ。そんなことよりも、アレン兄さんを殴りに行くんだろう? 貴族たちの前で公開処刑って訳にはいかないけど、僕も見届けさせて貰うよ」


「私は誰に見られても構いませんが」


「おい、それじゃ俺が止めた意味がないだろう?」


 エマがどう思おうと、馬鹿のせいで彼女が傷つくのを見過ごすつもりはなかった。俺は自分のしたことが間違っているとは思わない。


「リアン卿、解っています。軽い冗談ですよ」


 エマがクスリと笑う。こいつも冗談を言うんだな。カミルが驚いているから、滅多に言わないんだろうが。


「よろしければ、私のことはエマと呼んで下さい。リアン卿がエマ嬢と言うと、違和感を感じますので……」


 エマが俺の反応を(うかが)う。


「解った。俺のこともリアンと呼び捨てにして構わない」


「ありがとうございます……ですが、さすがにリアン卿を呼び捨てにできません」


 礼を言われるようなことじゃないと思うが、エマが嬉しそうだから問題ないだろう。カミルがニヤニヤしているのがウザい。


 カミルが国王に話を通すまで少し待ってから、王宮の奥に通される。階段を降りて向かった先は地下室。国王は本気でアレンを謹慎させるつもりのようだな。


 薄暗い廊下の突き当りにある部屋の前で国王が待っていた。


「カミルから話は聞いているが……アレンに手を下すのは、本当にエマ嬢なのか?」


「はい、国王陛下。私は罪に問われても構いません」


「いや、悪いのは全てアレンだ。エマ嬢が罪を問われる(いわれ)れはないが……リアン卿もそれで構わないのだな?」


「俺が殴ったらアレン王子を殺すことになる。まだ(・・)そこまでするつもりはないから、今回はエマ嬢に譲るつもりだ」


「そ、そうか……リアン卿の寛大な心に感謝する」


 アレンの部屋に窓はないが、清潔なベッドにフロとトイレまである。王家の人間として最低限の生活は保証されているってことか。


「国王陛下! それに貴様たちまで……これはどういうことだ?」


 俺たちを貴様と呼ぶアレンに国王が憮然とするが、今はそんなことはどうでも良い。


「エマ、あとは任せるからな」


「リアン卿、ありがとうございます」


 エマはアレンに向き直って拳を構える。構え方が素人じゃない。


「アレン殿下、貴方がローウェル家を侮辱したことについて、これから実力で抗議させて頂きます」


「エマ、貴様……どういうつもりだ? ふざけるな! 女の癖に思い上がりおって!」


 感情的になったアレンは周りが見えていない。ジャン国王が怒りに打ち震えていることも、カミルが(あざけ)るような笑みを浮かべていることにも気づかない。


 エマがアレンを見据えながら全身に炎を纏う――これは火属性魔法を応用した身体強化だ。エマの魔力が強いことには気づいていたが、こんな風に魔法を実戦的に使うとは思わなかった。


「おい……貴様、待て……」


 エマはアレンを無視して一瞬で距離を詰める。炎を纏う拳をアレンが必死に(かわ)すと、拳が壁を粉砕(ふんさい)して(ひじ)までめり込む。石造りの壁を破壊する威力。真面(まとも)()らったらアレンは死んでいただろう。


「アレン殿下、避けないで頂けますか。王宮を破壊したくありませんので」


「エ、エマ……や、止めろ……」


 さっきの勢いはどこに行ったのか、アレンは完全に怯えている。


「エマ、アレン王子を殺すのは構わないが、さすがにローウェル家を巻き込むことになるぞ」


「そうですね……万が一のときは、リアン卿が止めて頂けると思って本気を出しましたが、ここからは殺さないように手加減します」


 エマは俺が考えていることを見抜いていたらしい。


「ああ、そうしてくれ。エマの戦いの邪魔をしたくないからな」


「リアン卿のそういうところ(・・・・・・・)……いいえ、何でもありません」


 微笑むエマに思わず見惚(みと)れてしまう。戦いの最中に笑う姿は、まるで戦乙女(ヴァルキリー)のようだ。


 エマの拳がアレンの顔面にめり込む。そこからは一方的な暴力だ。殺さない程度に手加減した拳がアレンの全身を砕いて精神をへし折る。


「国王陛下、ありがとうございます。これで私の気は済みました」


 エマが動きを止めると、アレンが白目を剥いて床に崩れ落ちる。全身傷だらけで、もう殴るところがないくらいだ。


「そ、そうか……それは何よりだ……」


 ジャン国王がドン引きしている。


「それにしても、エマ嬢がこれほどの力を持っていたとは……」


「この件はできましたら内密にして頂けませんか? 人前で魔力を使うなと父に言われていますので」


「エマ嬢がそう言うなら、一切公言しないと約束しよう」


 国王としてもアレンが女にボコボコにされたことを知られたくないだろう。


 王宮の使用人たちがアレンを手当てするために部屋の外に運んでいく。


「国王陛下、私が申し上げるのは烏滸(おこ)がましく、父であるローウェル侯爵より正式に話があると思いますが、アレン殿下と私の婚約は破棄することになると思います」


 エマが淡々と告げる。アレンが婚約破棄を口にした時点で、エマの中では決定事項だったんだろう。


「エマ嬢には本当に申し訳ないと思うが……勿論、相応の違約金は支払わせて貰う」


 本来であれば、王家がエマに相応しい代わりの婚約者を用意するべきだろう。だが第二王子のカミルにはすでに婚約者がいて、王家に連なる者で他に適任者もいない。もしカミルに婚約者がいなかったとしても、俺は絶対に勧めないが。


「国王陛下、お気遣い頂きありがとうございます」


 こうなるとローウェル侯爵家がエマの新しい婚約者を探すことになる。貴族にとって結婚は重要な役割だからだ。だったら――


「エマ、俺と一緒にヴェート辺境伯領に来る気はないか?」


 唐突な言葉にエマが戸惑う。


「リアン卿……それはどういう意味ですか?」


「俺と婚約しないかと言っているんだ。勿論、ローウェル侯爵家に正式に申し込むつもりだ」


 エマが責めるように見る。


「もしかして、リアン卿は私に同情しているんですか?」


「そんな筈がないだろう。エマが同情されて喜ぶとは思わない。おまえはそんな弱い人間じゃないだろう?」


 俺はエマをじっと見つめる。


「俺は子供の頃からずっと戦場にいて、当分は結婚する気なんてなかった。だが当主になったらそんなことは言っていられないだろう。


 エマに()れているのかと()かれても、恋愛に(うと)い俺には正直良く解らないが、誰かと一緒になるなら、おまえが良いと思ったんだ。


 勿論(もちろん)無理強(むりじ)いするつもりはない。嫌いな奴と一緒にいても面白くないだろう。嫌ならハッキリと断ってくれ」


 エマがクスリと笑う。


()れているのかも解らないなんて、(ひど)い誘い文句ですね。ですがリアン卿が正直なことと、本気で言っていることは良く解りました。こちらこそ、よろしくお願します!」


 アッサリ承諾するとは思っていなかったが、こういうところがエマらしいと思う。蚊帳の外にいたジャン国王が唖然と、カミルがニヤニヤしている。


「リアンが婚約を申し出るなんて意外だけど……なるほどね。相手がエマ嬢なら納得できるよ」


「私が言えた義理ではないが、リアン卿とエマ嬢の婚約はアレスタ王国にとっても喜ばしいことだ」


 この反応だとカミルは気づいているが、国王はエマの実力を本当に知らないようだ。おそらくエマはアレスタ王国でも屈指の魔術士だろう。


 エマの魔力の強さと魔力操作の精度から考えれば、身体強化があの程度(・・・・)の威力の筈がない。そこから導き出される答えは、エマは身体強化を使うことに慣れていない。つまり他の魔法の方が得意ってことだ。


 エマがどんな魔法を使うか知らないが、そんなことはどうでも良い。カミルは勝手に勘違いしているようだが、俺は実力があるからエマを誘った訳じゃない――


 惚れているか解らないなんて言ったのは嘘で、俺はエマに夢中だ!


 自分が一目惚れするなんて想像もしていなかった。恋愛に興味がないと思っていたが、どうやら好きになる相手と出会わなかっただけらしい。


 誰にも屈しないのに、俺だけに可愛いところを見せるなんて最高過ぎる! エマを抱きしめたい! 四六時中一緒にいたい!


 だが我慢だ……この気持ちを知られる訳にいかない。先に惚れたと言ったら負け、結婚したら一生尻に敷かれることになる。


 だから俺は自分の気持ちをひた隠しにするつもりだ、エマと結婚するまで。


読んでくれて、ありがとうございます。少しでも面白いと思ってくれたら、ブックマークと評価をして貰えると嬉しいです。需要があれば連載版を書きたいかなと……



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