37.Victim 3rd & 4th:Town of Nightmare PART Ⅱ
アリアは昔から文武両道だったわけではない。
むしろ“叡智の才姫”として名が広まるまでは発明家として知識に重きを置いた少女だったのだ。
彼女は自ら考え、発明するのが好きだった。そしてその発明で誰かが喜んでくれるのが好きだった。
それゆえに彼女は様々な開発をした。
魔法通信器に動画撮影の技術、日々の生活に役立つ魔法動力の様々な機械。
更に彼女はそういった機械の開発だけでなく、医学にも多大な貢献を行ってきた。
難病を克服できるように特効薬の開発をし、病が広がらないために検疫や伝染病患者の隔離などといった考えを広める努力も行った。
そうした中で彼女の名は有名になり、やがて彼女に開発の依頼を頼む者も現れるようになった。
その中にあったのが軍事関係の依頼、つまり彼女の功績として最も王国で称えられている銃を量産製造できる構造の設計、そして魔法銃の開発であった。
アリアはその依頼を聞いたとき、断る事はしなかった。
彼女は発明に貴賤は存在しないと考えていたからである。どんな発明も使う人によって毒にも薬にもなり、他人を殺めるための銃もまた国家防衛という観点によれば薬でもあると考えたからだ。
そしてアリアはその銃の開発工程において自らを鍛えるようになった。
武器を扱う上で、その出来を確かめるにおいて自ら行いたいという気持ちがあり、そしてそうするにあたってせめて並の軍人程度には鍛えなければ、と思ったのである。
つまるところ、彼女は真面目で少しズレていたのだ。
しかしそんなズレが彼女を文武両道の麗人にし、叡智の才姫と共に呼称される二つ名“魔銃士”が生まれる程に仕上げさせた。
アリアはそんな風に世のため人のため、ただ自分の信じる『人助け』という道を突き進んできた。
だがその過程で彼女は大きな後悔を生み、自らの人生に疑問を抱く決断をしてしまった。
親友であった少女、サヤを見捨てた事である。
◇◆◇◆◇
「こっちだ! 早く!」
密集する集団と化していた“顔無し人間モドキ”の中に大きく道を作ったアリアが、イゴール達に叫ぶ。
彼らは一瞬驚きを見せるも、その声に反応にとっさに彼女の元に駆けた。
――ヤアアアマアアアノオオオウウウミイイ……。
人でなくなった化物達はおぞましい鳴き声を上げながら三人を追いかけて来ようとする。
アリアはそんな集団に向けて、腰にかけていたあるモノを投げつけた。
それは酒瓶だった。瓶は化物達の手前に落ち、ベシャリと内容物を広げる。
するとアリアは間髪入れずにそこに向けて射撃した。助けられたときは気付かなかったが、どうやらそれは魔法銃による火をまとった散弾のようだった。
直後、大きな火の手がその場に広がる。
彼女が投げたのは可燃性が高い油のようだった。
大きな火の手は上がると“顔無し人間モドキ”達は足を止める。正確に言えば、その頭部を炎に向けていた。
「今のうちだ! 私についてきてくれ!」
アリアは走り出し、イゴール達もその後について走り出す。
しばらくそうして走っていくと、彼女はやがて細い裏路地に入り、迷路のようになっている入り組んだ道を抜けていった。
やがてその先にたどり着いたのは三階建ての病院だった。
先にその中に入ったアリアは、イゴール達が同じく中に入ったのを確認すると扉に鍵をかけた。
三人がいるエントランスには人影はなく、また同時に他の存在の気配もない。
ただ明かりの消えたエントランスに魔法で輝くランタンがいくつか並んでいるだけである。
外からも化物達の声は聞こえてこず、どうやらそれでひとまずは安全を確保できたらしい。
イゴールは安心し、どっとこれまでの疲れが襲ってくるのを感じた。
「……まさか、君とこんなところで会うとはね、イゴール」
そのずっと走ってきた疲労から両手を膝を上に置いて息を切らすイゴールにアリアは言った。
彼女の言葉に、彼はそのまま頭を動かす。
「う……うん……ハァ、ハァ……まあ、その……君目的で、ここに来たから……」
「私目的で?」
「……それは私から説明しよう」
と、そこでイゴール程ではないにせよ息を切らしていたレナが呼吸を整えてから言った。
ちなみにアリアは一切息を切らしていない。
「あなたは?」
「私はレナ・ドレイク。まあ何ていうか……はぐれエクソシスト、とでも言ったら分かりやすいかしら。別に教会からのエクソシスト業をやってたわけでもないんだけれどね」
少し考え込む素振りを見せ、レナはそう名乗った。
彼女のその自己紹介にアリアは「ふむ……」と少し考え込む様子を見せた後にコクリと頷く。
「私はアリア・アーバクロンビー。身分はケドワード学園所属の生徒だ。よろしく頼む」
「んーまあ身分としてはそうなんだろうけれど……まあいいわ、よろしく」
アリアは有名人であり、彼女の二つ名は世俗から離れていたレナも知っていたようだった。
レナはそこでただの生徒と名乗るアリアに少しだけ釈然としなさそうな様子を見せるも、すぐさまアリアに右手を出し、アリアもまた右手でそれを掴んで握手する。
イゴールはそれを未だ疲労で動かせない体を落ち着かせながら見ている。
「よろしくレナさん。ところで、ここに来た事情なのだが……」
「ええ、そうね。結論から言えば私達はあなたに会いにここに来たのよ。サヤ・パメラ・カグラバの霊の強くなり過ぎた邪な魔力から場所を割り出し、あなたの身を守るためにね」
「……サヤの、霊?」
アリアは彼女の言葉に目を丸くして驚く。
そんな彼女にレナは説明をした。
今この国で起きている異変の原因がサヤの霊によるという事、彼女の生まれは特別な事、彼女は恨みのあるイゴール、アリア、そしてリクリーを狙うだろう事。そんなサヤに対抗するためにアリアを守りに来たという事。
諸々の説明をレナが行うと、アリアはとても苦々しそうに眉を顰め口をきゅっと結び近くにある待合室用の椅子に腰掛けた。
「…………そうか。サヤが」
座りしばらく間を置いた後に、アリアは俯きながら言う。
彼女の視線の先には先程まで彼女が使用していた魔法銃が一丁片手に握られていた。
「あのサヤが……いや、当然だろうな。私達は彼女の心を踏みにじり、見捨て、命を奪った。恨まれて当然だ」
「サヤ……」
「そうね。あなた達はそれほどの愚行を犯したのよ」
「ちょ、ちょっとレナさんっ……!」
「いや、いいんだイゴール」
レナの厳しい物言いについ声を上げたイゴールだったが、アリアはそれをすっと片手を出して止めた。
そのアリアの表情は、昏く疲弊に満ちた自嘲だった。
「いくら取り繕ったところで私達が犯した罪は消えない。結局私達は大義のためだの世の平和のためだの、なんなら自己の保身だのと彼女よりも優先させる理由をつけてサヤに大罪人の汚名を着せて葬った。そのツケがこれならば、なにより納得できる」
「アリア……」
彼女の様子に心配そうな声を出してしまうイゴール。
だが、アリアはそこで終わらなかった。彼女は疲れた表情のままイゴールに笑いかけると、すっとその場から立ち上がり胸元に銃を掲げた。
「だが、私達の罪と他の人々は別だ。私はこの身を捧げてでもこの町の外の人々を守りたいと思っている。この町の住人達は、残念ながらああして病に犯され人としての姿を失ってしまった。もう、これ以上被害を広げるわけにはいかない」
さっきとは打って変わって凛々しい表情ではっきりとした声で言い放つアリア。
ああ、これでこそアリアだとイゴールはちょっとした感動を覚え、パァッと笑顔になった。
「さ、さすがアリア……! 僕もそのたくましさは見習わないとね……!」
「ふふっ、女性の私が男性の君にそう言われるのはなんだか変な気分だな」
二人はそうして軽く笑い合う。
少なくとも今のアリアは大丈夫なのだと、イゴールは思った。
「……ところで聞きたいんだけれど」
と、そこでそんな二人のやり取りを横で見ていたレナがまたぶっきらぼうな口調で聞いてきた。
きっと今の町の惨状についての話なのだと、イゴールは気持ちを新たにする。
「さっきのあなた、あの化物達を簡単に退けてたわね。それはあの射撃が魔力の乗せていたからってのは分かる。魔力の乗せていない攻撃は“人ではないモノ”には通らないから。でもあの油を燃やした反応はまた別だった。あれはどういう原理?」
「ああ、アレか。あれはヤツらがどうにも温度でこちらを判別し襲ってきているのが分かったからね。つまり火の手を上げる事はやつらへの目眩ましにもなる。そしてそれは攻撃に際してもそうだ。火の魔法はことさら奴らに効く。故に私はこの魔法銃から『竜の息吹』を放ったというわけさ」
『竜の息吹』とは魔法銃に込められ使用できる魔法の一つである。
その効果はイゴール達が見たように炎をまとった散弾を発射するモノだ。
己の魔力を弾丸と変え様々な属性を乗せられる魔法銃は元からとても高価な武器であり、短銃にした彼女のものはほぼ彼女しか持っていないぐらいに貴重な品なのだとイゴールは前に聞いた事があった。
「なるほど、火か……ありがとう、参考になったわ。しかしよくそんな弱点を見つけたわね」
「いや、偶然みたいなものさ。ただ病への対処として高温による消毒は基本の一つだ。その過程でそうした弱点を見つけたに過ぎない」
「……そう」
レナは彼女の発言に少し考え込むように俯いた。
そして幾分かそうしていると、パッと彼女はアリアの方を向いて言った。
「ごめんなさい、ちょっと今回の状況に対応するために少しやりたい事があるから一人にならせてもらうわね。そうね……そこの診察室にいるから何か用があったら言ってちょうだい」
「あっ、ちょっとレナさん!?」
言いたいことだけ言って近くの診療室に入っていく彼女にイゴールの言葉は届かず、彼女は振り向く事なくそのまま扉を閉じた。
ご丁寧にガチャリ、と内鍵を閉める音までついて。
「……はぁ。本当に乱暴な人だな」
「ふふふ、まあそういうご婦人もいるさ。ところでイゴール、私も少し君に聞きたい事がある。私が拠点としている上の階の部屋にまで来てもらっていいかい?」
「えっ? う、うん。いいよ」
少し呆れていたイゴールにアリアがそう言ってきたので、彼は少し驚きつつも二つ返事で頷いた。
アリアはそんな彼に微笑み簡単に礼を言うと、置いてあったランタンを一つ手に取ってつかつかと堅い診療所の床をその軍靴の音を響きかせて歩いていく。
イゴールは彼女の背中にそのままついていく。すらっとした姿勢の美しい背中がそこにはあり、やはり彼女はかっこいいな、なんて場違いな事を思ってしまうような後ろ姿だった。
「ところでイゴール。君達が来たとき、町の外はどうだった?」
階段を歩きながらアリアが聞いてくる。彼女の視線はイゴールには振り向かずに前を見たままだ。
「え? 外って……いや、この中の状況を考えると不気味な程静かだったよ。外に衛兵すらいなかったし……ただ門は半端に開いてたかな? 体を横にしてやっとすり抜けられるぐらいの。そこから入ってきたし僕ら」
「そうか。町に異変があって、衛兵も入ってきたのだろう。そして扉はそのときからそのままなんだろうな」
アリアは相変わらず顔をイゴールには向けない。
それは二階に上がり、廊下に至ってもそうだった。
「……あれ、そういえばあいつらは外では見なかったな。狭いとはいえ隙間があれば出てきてもおかしくなかっただろうに。……サヤがアリアを狙ってたから? あ、とすると僕もここにいるのはよくないのかな……でもレナさんが何か考えてそうだし……」
「外に奴らは出ないよ。私がこの町の正門に魔法障壁を作ったからね。あの手の感染者が外に出れないだけのものだけれど」
「へー、さすがアリア。サヤ程じゃないけれど君もそっちは優秀だからねぇ。僕も魔法の勉強はしているけれど、どうしてもね……」
少し情けない気持ちになってイゴールは苦笑した。
彼がこうした態度になるとだいたいいつもアリアも共に苦笑し、励ましたり逆に叱ってくれたりしたものだと、過ぎた日々の事を思い出した。サヤがまだいた、あの日々の事を。
「……そうか」
けれどもアリアの反応はそんな彼の知っているモノとは違うものだった。
ただ落ち着いた声で返した、それだけだったのだ。
イゴールはそこに違和感を覚える。
だけれもども彼女も疲れているのだろうし、別におかしな事ではないと流す事にした。
「さあ、ここだ。どうぞ、せっかくだしジェントルファーストで」
レイが扉を片手で開き、もう片方の手で促してくる。
その顔は紳士的な笑顔で声も落ち着き払っている。
……やっぱり、何か違和感がある。イゴールはそう思った。
けれどもやはりその正体は分からず、イゴールは再びアリアの顔を見る。
「…………」
彼女は微笑んでいる。とても落ち着いた顔で、静かに。そして、なんだか威圧感を感じる表情でもあった。
「…………あっ、ああ。ありがとう」
その顔に気圧されるように、イゴールは部屋の中に入った。
部屋が明るいのは入口だけで中はきっとアリアがランタンを入れてくれるだろうと思った。
――バン! と扉が締められる音がした。部屋は、一瞬で闇に包まれた。
「……えっ? ア、アリア……?」
声は返ってこない。
ただ、気配は感じる。
彼女は闇の中で動き、何かを手に取っている音がする。
「イゴール。病を防ぐのには何が大事だと思う?」
「えっ……?」
暗闇の中から、アリアからの問いかけが聞こえてきた。
感情が希薄に感じる、落ち着いた声だった。
「え、えっと……」
「私はね、予防だと思うんだ。病に備え生活しバランスのいい栄養をとり運動をする。だけれども、一度伝染病が流行してしまえばそれだけでは難しい。だから、そうしたときに私は患者は人々と切り離して隔離した方がいいと思っていてね」
ゴソゴソ……と服を着替えているのか布が擦れる音がして、その後にカチャリ、カチャリ……と固く冷たい音が聞こえる。
イゴールはそこで、嫌な予感が明確なモノとなってアリアがおかしいのを察知した。
「え、えっと……アリア……一体、何が――」
「――この町を見ただろう? あんなにもう二度と助からぬ病にかかった人々がいて……彼ら彼女らには申し訳ないが、外に出すわけにはいかない。この病は、ここで滅菌せねばならない」
そこで、イゴールは気付いた。
彼女は今回の惨状をまるで流行り病が犯した感染爆発かのように語っているのだ。
レナから説明を受けサヤの悪意による仕業と聞いても、ずっと。
「だから、この町から人々を出られなくした……病は、閉じ込めねばならない……かかったものも……外から入ってきたものも……」
「…………っ!?」
イゴールは必死に服のポケットをまさぐる。
とんでもなくまずい事なっていると、彼はそう気付いたのだ。なので闇を照らし状況を確認するためにポケットの中を探す。
そして小型の魔法灯を取り出した。レナが闇は“人ではないモノ”の領分なので照らす手段はあってもいいとくれたものだ。
イゴールはそれを取り出し、点灯させる。
――眼前に、アリアがいた。
目は大きなレンズで口元が伸びて尖ったマスクを被り、返り血で汚れた白いマント纏いフードをその頭に下ろし、そして左手に魔法銃を、右手に二メートル程のハルバードを持ちそれをイゴールめがけて振り上げているアリアの姿が、そこにあった。
「うっ、わあああああああああああああああああっ!?!?」
イゴールはとっさに横に飛んで避ける。
ガギィン! とハルバードの刃が部屋の大理石の床を割った。
これ以上ない殺意の証拠であった。
「ああ、大人しくしろぉイゴール……私は、滅菌せねばならんのだぁ……! この病に満ちた町にいる命、すべてをぉ……! これで頭を開いて、菌を追い出してぇ……それこそが、病の抑止……滅菌だ滅菌滅菌だぁっ! 『人助け』だぁっ! ぐひ、ぐひひひ、ぐひひひひひひひひひひひひっ!!!!」
到底正気ではない声色で異常な笑い声と共にどうかしている言葉を鳥のようなマスク越しから聞かせてくるアリア。
狂い医者とでも言うべき怪物が、そこに表れていた。




