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24.Victim 2nd:死人遊び PART Ⅰ

「うーんんー……えっと……ここ!」

「ほうほうそう来るかい? ならこうでホイ、チェックメイト」

「は、はうああぁ……また負けちゃった……」


 穏やかな空気が流れる放課後の教室。

 カゲトラはその隅でサヤを相手にチェスをしていた。

 結果はカゲトラの勝ちで、目の前のサヤは小動物みたいな顔で目をうるうるさせて残念がっている。


「ううう……本当にカー君は強いなぁ……私もクラスメイトには勝てるようになってきたからちょっとは戦えるかも! って思ったのに……」

「ははっそりゃ一朝一夕で俺っちに勝てるようになったらこっちの立場がないって。でも結構サヤちゃんは筋良いと思うぜ? あとは場数踏むのと盤外のスキル積むともっと強くなると思うぜ?」

「盤外のスキル?」


 分かりやすく肩を落としているサヤにカゲトラはニヤリと笑って言った。


「そうそう。まー何かって言うと相手の顔を読むスキルだな。勝負ってのは別に盤内だけじゃないんだよ。てかむしろ戦ってんのは生の人間なんだから本当に見るべきなのはそっちなのさ」


 カゲトラは中指と人差し指で自分の目を指した後、それをそのままサヤの目に向ける。

 彼の指が向けられると、サヤの体は軽くビクリと震えた。


「技術や知識ってのは基本中の基本で勉強の手段なんてそこら中に転がってるから言うまでのもんじゃないのよ。そこを踏まえて相手の心をいかに読んで手の内で転がしてやるかってのが肝だと俺っちは思ってるワケ」


 カゲトラは大きな商家の生まれである。

 東国から流れてきたタカガワ家はそこから持ち込んだ品々と知識を起点に財を成し、金で地位を買えるほどに成り上がった。そこから今まで続く商家としての哲学を保持し財産を膨らませ続けている。

 そんな家で生まれ育ったカゲトラも当然他人を見る目、感情を操る(すべ)を身に着けて才覚を発揮してきた。

 国内でも優秀な人間が集まるケドワード学園に彼が入学したのも地位と能力どちらから見ても当然の事であった。

 だが、そんな学園の中でカゲトラが見たサヤはこれまで会ったどんな人間とも違った。

 彼が今まであったどんな人間と比べても欲というものが見えず、他人は尊ぶべき相手であると思っていて、人はみんな幸せになるべきだと心から信じている。

 こんな純粋な人間がこの世に存在するのかと、騙し騙されの金儲けの世界で生きてきたカゲトラにとってはあまりにも衝撃的な存在だった。

 だからこそそんなカゲトラに取ってサヤは危うく守ってやったほうがいいと思える存在だったし、同時にこの世界の汚い部分を見せて“汚してやりたい”なんて下衆な欲求も沸く、そんな相手だった。


「だからもしよければ俺っちが先生になってもやっていいぜ? 相手の目や指先の動きだけで心を読むやり方、教えてやるよ」


 故にカゲトラは急に立ち上がり、手を机についてグイとサヤに顔を近づけて言った。

 突然顔を近づけられたサヤは目を丸くしてパチパチとさせている。


「あ、えっと……はうあ……」


 露骨に困っているサヤに、ちょっと加虐的な感情が掻き立てられるのを感じるカゲトラ。

 リクリーがよく彼女をからかっている気持ちがよく分かると彼は感じた。


「……その、せっかくの申しだけなんだけど、私はいいかなって。なんかそういうの、ずるしてるみたいで申し訳ないっていうか、人の心って読まれるの困っちゃう人もいそうだし……」


 と、そこでサヤはやっとカゲトラに目を合わせてきておずおずと言ってきた。

 優しすぎる彼女らしい回答だと、カゲトラは思った。


「……っぷ! あっはははははは! オーケーオーケー! まったくサヤちゃんは優しいねぇ!」


 カゲトラはぱっと顔を離して大笑いする。

 彼のその姿にサヤはやっぱり困った顔で「はうあ……」と可愛らしい鳴き声を上げてきた。


「まあサヤちゃんはそのままでいなよ。そういうやつが一人ぐらいいてもいいってもんさね!」


 ニコニコと笑って言うカゲトラ。

 その言葉に嘘はなかった。だが同時に“残念”と思う気持ちも確かにあったのだった。



   ◇◆◇◆◇



「…………ん、んん?」


 カゲトラは不快感に包まれながら瞼を開けた。

 体はところどころ痛みを感じるし、気分は悪く最悪の寝起きだった。

 なんなら懐かしい思い出を夢に見たのも精神的に悪い感覚を受ける理由の一つだろう。

 そんなことで調子を崩しながらも周囲を見回すと、そこがどことも知れぬ場所なのに気付いた。

 彼は今四方がおそらく銅でできた壁に囲まれていて、広さ的にはだいたい十メートル四方と言ったところだろう。

 明かりは床から四メートルぐらいの位置の壁に薄暗い魔法灯がそれぞれ一つずつかかっていてそれで照らされている。

 天井はなかった。だが、屋外というわけでもなく果てしなく続く壁の向こうに闇が続いているだけだった。

 背後には普通の通用口のような扉があって、それも壁と銅で出来ている。だが、壁よりも錆びついてボロボロだった。


「なんだよ、どこだよここ……」


 カゲトラは必死にどうして自分がこんなところにいるのか思い出す。

 彼は魔法通信器で実家だけでなく個人相手でも非常に深い仲……というか違法な取引もしていた商売仲間が一緒に仕事をしていた商家であるバークレー家が失踪し、その家に本人達は気づいていなかったが違法な流通の流れに一枚噛ませていたためにこのままではバレる、と言われそれを防ぐのを手伝うために首都を出立した。

 そしてそのアレコレをするために首都から外に出た際にもっとも商人連合の力が強いイスタン領ジェーワンネルにやって来て情報の守秘において信頼のおける宿屋に泊まっていた。

 だが、そこからが思い出せなかった。

 本当に眠っていたら(・・・・・・)ここにいた(・・・・・)としか思えなかったのだ。

 ならば夢だと思うのが当たり前なのだが、どうしても彼にはこれが夢とは思えなかった。夢にしては、何もかもがリアル過ぎると、本能的な感覚がそう告げてきていた。


「そんな、バカな……」

『おはよう、カゲトラ・タカガワ。目覚めは快適だったかな?』


 と、そんなとき部屋の無限に続く上部の闇から降ってくるように声がした。

 老若男女すべての声が混ざったような、誰とも分からぬ謎の声だった。


「……はっ、最悪だったよ。で、あんた誰?」


 カゲトラは内心驚きつつも、声に向かって余裕な態度を作って不敵に笑って言った。

 動揺を悟られ付け込まれるのは交渉において最悪のパターンであるためである。


『私は……そうだね、“エクスキューター”とでも呼んでくれ。ともかく、今回の“遊び”で君をナビゲートする案内人のようなものだよ』

「遊び? 案内人?」


 意味不明な単語を思わず聞き返すカゲトラ。

 すると次の瞬間、背後の錆びた扉からガチャリ、という鍵が開く音が聞こえたかと思うとギィィ……とその扉が半開きになったため、彼は振り返って見る。


『これから君にはいつくかの“遊び”に挑戦してもらう。それをすべて乗り越えていければ君は晴れてここから生還できるだろう。逆に失敗すれば君は地獄すら生ぬるいと思える苦しみを味わう事になる。その運命を分かつ”遊び”はその扉の先に待っている。では、健闘を祈るよ』

「おいこら待て! 何が目的だ! どうして俺っちをこんなところに!」


 カゲトラの叫びは闇に消えていく。返答は来ない。

 説明すべきことはすべて話した、とでも言う事なのだろう。


「……チッ」


 正体を見せず、ただ声だけで最小限の指示をして終える。

 こちらに徹底的に意図も感情も隠すやり口であり、カゲトラはそう一筋縄ではいかない相手だと悟った。

 自らの身を守る(すべ)を徹底している相手は商売においても非常に厄介なのだと彼は経験上知っていた。


「……あーもう。ともかく、ここから行くしかねぇか」


 カゲトラは軽く頭の裏を掻きながら目の前の扉の取っ手を掴み、進むことにした。

 少なくとも今いる部屋に籠もっては現状から好転はあり得なかったため、いくら怪しくても進むしかないのである。

 扉の向こうは人一人分がせいぜいの細い通路で、相変わらず天井はなく無限の闇が続くだけだった。

 その廊下を進んでいくと、また扉があった。

 開くとあったのは大部屋だった。そしてそこに広がっていた光景にカゲトラはさすがに驚いた顔をした。


「オイオイオイ、なんだよこりゃ……」


 そこにあったのは、部屋と部屋の間にある穴に渡っている細い五本の橋だった。

 それぞれ素材などが違う別々の見た目の五本の橋で、幅は足を閉じて揃えたより少し広い程度の幅。そしてそれぞれ伸びる五本の橋の下には、天井と同じく底の見えない暗黒が広がっていた。

 どこまで落ちていくかまったく見えない深い深い大穴である。


『さて、それでは最初の”遊び”だ』


 と、そこであのエクスキューターと名乗る者の声がする。

 相変わらず重なり誰とも分からぬ声だった。


『そこにある橋の中で正解は一本だけ。間違いを選べば橋は途中で折れて奈落に真っ逆さまだ。君の商人としての目ならば果たしてどれが先に渡すモノとしてもっとも正しい答えなのかが分かるだろう。では、健闘を祈る』


 そこで言葉は消えた。

 ヒントはそこまで、という事らしい。


「マジかよ……ハァ」


 カゲトラはあえて小さくため息をつく。

 本当はもっと派手にため息をつきたかったのだが、なるべく平静に見せかける癖がここでも出ていた。

 これ以上はもう覚悟を決めて判断するしかないと思い、カゲトラは改めて部屋を見る。

 大部屋には橋以外は何も無い。

 橋は五本、それぞれ向こう側まで十五メートルといった長さである。それぞれの間隔は五メートルぐらいで到底危なくなったからといって横に飛び移れる幅ではない。つまり絶対に正解を引かねばならない。

 今度はそれぞれの橋は様子が違いを観察する。

 真ん中の一本は普通の鉄の橋だった。汚れも何も無い、新品と言った感じである。

 その右にあるのは打って変わって非常に錆びついた橋だった。赤錆にまみれところどころ欠けているのも見える。それだけ見れば通りたいとは思えない橋だ。

 またその右、右端にあるのは白い橋だった。どうもよく見るとその橋は鉄製ではなく大理石のようだった。綺麗な大理石の橋がすらっと伸びている。

 次に見たのは中央の鉄の橋の左にある橋だ。それは木箱でできた橋だった。木製の橋ではなく木箱だと思ったのは、長方形の木がいくつも連結されたような橋だったからだ。だから木製ではなく、木の箱がいくつも繋がっている、という印象を受けたのだ。

 そして最後の左端の橋。そこにあるのは黄金に輝く橋だった。ギラギラと輝いていて、悪趣味で目に毒まである。


「……さて、一体どれだって言うんだか」


 カゲトラは目を細め腕を組んでまじまじを橋を見比べる。

 文字通り彼の命運をかけた選択が、今始まった。


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