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5.見送りと約束と

 それからさらに、三年が過ぎた。

 二人はともに15歳。


 ジェラルドは益々たくましく、美しい青年に育った。文武両道、使用人たちにも気遣いができ、明るくてとても優しい。領民たちからの評判も上々で、彼のことを悪く言うものは一人も存在しなかった。


 そんな中、ジェラルドはアカデミーに合格し、王都で寮生活を送ることになった。

 アカデミーには三年間在籍し、みっちりと教育を受ける必要がある。領地に帰ってくるのは年に一度か二度。長期休暇の折だけになるのだという。



「ジェラルド様が居なくなると、寂しくなるわね」


「……そうだね」



 母親とともに寂しさを共有しながら、メアリーは小さく息を吐く。



(だけど、良い機会だったのかも)



 メアリーがどれだけ距離を置いても、ジェラルドはしつこく追いすがってくる。彼の好意は恋愛感情と言うより家族に対する親愛の情なのだが、それでも侍女たちのやっかみは以前よりも強くなっていく。

 メアリーだけを特別扱いをするのはズルい。気に食わない、というのがその理由だ。



 だから、この辺りで物理的に距離を取るのも悪くない。もちろん、寂しくはあるけれど、仕方のないことだと思った。



 出発の朝、旅立つジェラルドを他の使用人たちとともに見送りつつ、メアリーは胸が痛くなる。



(ずっと一緒に居たはずなのにな)



 ジェラルドは段々遠くに離れていく。メアリーの手の届かない人になっていく。


 王都に移り住み、同年代の貴族たちと交流をし、たくさんのことを学んでいく中で、メアリーのことなどきっと忘れてしまうだろう。


 そして、貴族と平民との差を――――二人の間に越えられない壁があることを嫌でも実感するだろう。


 そうなれば、たとえジェラルドが伯爵家に帰ってきたとしても、メアリーとの関係がもとに戻ることはない。


 物理的な距離だけでなく、ほんとうの意味で、彼との別れのときが近づいていることをメアリーは実感してしまった。



「おいメアリー、どうしてすみっこにいるんだよ? 俺のこと、見送ってくれないの?」


「ジェラルド様……」



 けれどそのとき、他の使用人たちから離れたところに控えていたメアリーに、ジェラルドが声をかけてきた。彼は拗ねたような表情を浮かべ、メアリーの頬をそっと撫でる。メアリーの胸がドキッと跳ねた。



「中々会えなくなるんだぞ? メアリーは寂しくないの?」


「そりゃ……もちろん寂しいよ。だけどそう思っているのはわたしだけじゃない。使用人みんなが同じ想いだし、わたし一人がジェラルド様の時間をもらうわけにはいかないかなぁって」


「俺にとって、メアリーは特別な人なのに?」



 ジェラルドがそう言って、メアリーの手をギュッと握る。その瞬間、メアリーの身体がカッと熱くなった。



(特別って、そんな……)



 頭の中でジェラルドの言葉を反芻しつつ、メアリーは周囲をちらりと見遣る。幸いなことに、二人の会話は他の人間に聞こえていない様子だが、視線はしっかりとこちらに注がれていた。



「手紙書くよ。たくさん、たくさん書く。メアリーからの返事、待ってるから」



 ジェラルドの声音が切なく響く。先ほどから、彼の顔が真っ直ぐに見れない。熱い眼差し。握られたままの手のひらに力がこもる。



「……うん、分かった」


「なにかあったら言えよ。すぐに飛んで帰るから」


「そんなこと、絶対ないから大丈夫だよ」



 メアリーはただの使用人だ。ジェラルドの手をわずらわせるようなことがあってはならない。というより、そんな約束をできるはずがないのだ。



「俺のこと、忘れるなよ。……っていうか、他に好きな男とか、恋人とか、作るなよ?」


「なっ、何言ってるの! そんなこと、あるわけないじゃない」



 これではまるで、恋人同士の会話だ。恥ずかしさのあまりメアリーの頬が真っ赤に染まる。


 ジェラルドはそっと瞳を細めつつ、メアリーの頬をそっと撫でる。それから彼は、メアリーの頬に唇を寄せた。


 一瞬触れただけのかすかなぬくもり。メアリーは目を見開きつつ、呆然とジェラルドのことを見上げる。



「なっ……え?」


「――――ホント、相変わらず鈍いやつ」



 ジェラルドの頬は真っ赤だった。瞳がほんのりと潤んでいて熱っぽい。

 メアリーはキョロキョロと周囲を見回しつつ、バクバクとやかましい胸をそっと押さえた。



「本当は俺、今すぐお前のことを抱き締めたい」



 ジェラルドの言葉が、眼差しが、メアリーの身体を抱き締める。まるで本当に抱き締められているかのように、メアリーの身体が熱くなった。



「寂しいし、片時だって離れたくない。メアリーは?」


「わ、たしは……」



 なんと応えるべきなのだろう? 

 メアリーは空気に流されたくなってしまう。ついつい「わたしも」と言いたくなる。

 けれど、侍女が主人に対してそんな感情を抱くなど分不相応だろう。逡巡しつつ、メアリーはそっと視線を下げる。



「わたしはあくまで使用人の一人だもの。そんなふうに言ってもらう資格はないかなぁって……」


「だから! 俺にとってお前は特別だって言っただろう? メアリーのことを使用人だなんて、俺は思ってないよ」



 ジェラルドは一瞬――――本当に一瞬だけ、メアリーのことを抱き締めた。

 悲しくもないのに涙が出る。喉のあたりが熱く、言葉では言い表せない何かがせり上がってくるような感覚がした。



「ジェラルド様、わたしは……」


「待ってて。絶対、メアリーのことを迎えに来るから」



 あまりにも力強い言葉。イエス以外の返事が存在しない――――そんなふうに感じてしまうほどに。



(だけど、ここで頷くわけにはいかないわ)



 ジェラルドを待つなんてこと、メアリーには許されていない。迎えに来られたところで、二人の行きつく先は存在しないのだ。そうと分かっていながら、無責任に頷くことなどできない。メアリーはそっと俯いた。



「それじゃ、行ってくる」



 ジェラルドはメアリーの返事を待たず、彼女の頭を優しく撫でる。それから、満面の笑みを浮かべつつ大きく手を振ってきた。



「……行ってらっしゃい」



 


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