王子、思うこと。
俺、ヒックド・ミッガは先ほどまで話していた婚約者になったフェアリートロフ王国の第五王女であるニーナエフ・フェアリーとの会話を思い起こした。
彼女は、俺の言葉に驚いていた。俺が、神子かもしれない少女に会ってしまったという事実に驚愕の感情をあらわにしていた。
俺の婚約者―――ニーナは、俺の言葉に思案するような表情を浮かべていた。そして、いった。もしかしたらそうかもしれないとは思っていたと。それだけ、フェアリートロフ王国の大神殿に引き取られている神子様は疑問を感じる点があったのだろう。
そういえば、もぬけの殻になっていた獣人の村は、とても自然豊かで、作物が育っていて、良い土地なのだという。あの場を整えて、未開の森の開拓に出た方がいいのではないかという話になっている。……おそらく、あの土地がそれだけ良い土地なのは、あの神子かもしれない少女が愛した土地だからではないかと思う。
恐らく、未開の森の中に足を踏み入れたであろう神子。その神子が生きているかどうかは、分からない。正直な感想を言うと死んでいる可能性の方が高いというのが本当だ。でも、本当にあの不思議な少女が神子であるのならば、死んでいることはありえないのではないかとも思う。
それにしても、フェアリートロフ王国とミッガ王国はどうなるのだろうか。フェアリートロフ王国の大神殿が偽物の神子を保護していたという失態が公になれば、今の両国の関係は変わるだろう。父上はフェアリートロフ王国が神子を手にしているからこそ、戦争を吹っかけられない。フェアリートロフ王国が神子を手にしたからこそ、不安になって父上は奴隷を増やしている。もし、フェアリートロフ王国の神子が偽物だと知れば、迷いもなく”神子を騙った罪は重い”などとそれらしいことを口にして戦争を吹っかけることであろう。
―――以前捕らえることになった猫の獣人たちは騎士の下で戦闘奴隷として働かされているものが主だ。ただ……捕えられた女性は、娼館に売られたりしているものもいると聞いている。
俺が捕まえて、奴隷に落としてしまった獣人たちがどのようになっているか、配下のものから報告を受けている。正直、心が痛む。自由を奪われ、そのような目にあっているものがミッガ王国にはそれなりに多く居る。父上は人間以外の種族を奴隷にすることを厭わない。それどころか、自分に逆らうものなら人間でも奴隷に落としたりするほどだ。そのことに対する反発もそれなりに多いのは、こうして辺境までやってきてより一層感じられる。
「……これから、どうなるのか、分からない」
正直、本当にフェアリートロフ王国で保護されている少女が神子ではなかったら、その反発しているものたちがどのような行動に出るかも分からない。
ニーナも、フェアリートロフ王国の王、要するに父親には俺がいった神子ではないかもしれないということについて話す気はないようだ。婚約者になったニーナが何を考えているのか現状は分からないが、年の割には落ち着いていて、先を見据えているような王女だと思った。
俺と同じように継承権が低い立場だからこそ、そうなったのかもしれない。継承権の低い王族という立場は、他の立場の者が思っているよりもずっと複雑だ。いつでも捨て置かれても仕方がない。そんな立場。民の中でも継承権の低い王族の名前をきちんと憶えているものも少ないだろう。
俺にとって、父上というのは絶対的な存在である。
父上に、俺は逆らえない。俺は父上の命令に従い続けている。
今は―――、俺がフェアリートロフ王国の第五王女との婚約に至ったことで機嫌をよくしているが、ことが冷めればまた奴隷を増やす仕事を命じられるだろう。
また第四王子にあたる俺の兄が、竜族を一人奴隷に落とすことが出来たと、王都では噂になっている。あと変わった風習を持つ民族を父上の命令で第五王子が追い立てているとも……。そのあたりにも、神子という存在がどう影響していくのか分からない。
神子という存在が世界に現れたというだけで、この世界では影響力が大きいものだ。
その影響力の中で、俺が何を出来るのか、分からない。
ひとまず、俺は婚約者との親交を深める事しかできない。まだ婚約者になったニーナとは、そこまで親交を深められてはいない。二か国がどのようになっていくのか分からないのだから、婚約者とはいっても本当に婚姻を結ぶかどうかも分からないが、ニーナがどのように動いていくつもりなのか、ぐらいはきちんと把握しておくのが一番良い。
俺は……あの会った少女が神子かもしれないという事実を父上に隠し、ニーナにその情報を流すということしか出来ない。俺がもっと、吹っ切れる人間だったのならもっと行動を起こせたかもしれないが、俺は父上のことを恐れている。父上の望む俺から、外れられない。もし、仮に父上が居なくなったとしても、それはそれで俺はどのように行動していけばいいか分からなくなることだろう。俺は、自分でも嫌になるけれど、そういう人間なのだ。
―――――王子、思うこと。
(その王子は隣国の王女と婚約を交わし、様々なことを思考する。だけど、今はまだ、王の支配から離れることは出来ない)




