母親、思い起こす。
「―――死なれては困る。早急に対処するように」
声が聞こえる。
私は、ベッドに横になっている。身体に力が入らない。どうして、私が、神子であるアリスの母親たる私が、こんな目に合っているのだろう。これでは、まるで、昔のようではないか。
アリスは私に祝福をもたらしてくれていた、元々天使のような子だ。アリスが居たからこそ、私は五体満足で生きられた。だというのに、どうして、こんなことに————。
私はそんな思いで、ベッドの横で心配そうにこちらを見ている夫を見据えながら、昔のことを思い起こした。
私の祖父の代まで、私の家は貴族だったのだ。それは、母がいつも口にしていた言葉だった。今、私たちはこうして田舎で暮らしているけれども、貴族としての気高い心と、先祖への敬愛を忘れてはいけないと、そんなことを言っていた。母が何度も何度も口にしていたため、私にとって先祖の話は自分で復唱出来るぐらいだった。母が最も気に入っていた先祖が、金色の美しい髪に、澄んだ青い瞳を持つ美しい存在だった。だから、私にとってもその存在は特別だった。
母が亡くなり、私は夫と出会い、そして結婚をした。その頃、私は体を壊していた。元々、体が強くはなかった。その年の冬はいつもよりも寒かった。十数年に一度の寒さが訪れていたのだと、そんな風に言われていた年だった。だから、体が弱かった私が体調を崩すのは、当然といえば、当然のことだった。
私はその時、死を覚悟していた。私は死ぬのだろうと思っていて、なんとか診てもらえた医者からは、今夜が峠だろうといわれていた日、私の体調は、不思議なことに急激によくなっていった。医者からは奇跡だと驚かれた。そのしばらく後に、私のお腹に赤ちゃんが居ることが分かった。
――――私はこのおなかの中に宿った命が、私を助けてくれたのではないかとそんな風にも感じていた。私のお腹に宿ってくれた子供が私の命をつなげてくれたのではないかと、そんな風に考えて私はお腹に宿っていた命が愛おしくてたまらなかった。それは、おなかにいる子供が双子だと知ってからも変わらなかった。
ああ、二つも、私のお腹の中に、命があるんだ。私の子供が二人も生まれるんだ。なんて幸せなことだろう。夫と二人で、どちらに似るかななどと楽しみにしながら、待っていた。私は、どんな子供が生まれたとしても、精一杯可愛がろう。誰が敵になろうとも、私は、この子供たちの味方でいよう。
確かに私は、その時、そんな風に考えていた。
だけど、真っ先に生まれてきた子供を見た時、私はその子に目を引き付けられてしまった。私や夫とはちっとも似ていない。だけど、母が気に入っていて何度も聞かされた先祖はこのような存在だったのではないかと、赤ん坊を見てなんとなくそんな風に思えた。
双子を産むことは、大変なことで、死ぬかもしれないといわれていたけど、私は心配していなかった。一度死ぬかもしれないといわれていた状況を、子供たちが助けてくれたのだ。今度だってきっと大丈夫だと、そんな風に不思議と思えたからだ。
双子の姉であるアリスに心を引き付けられたのは確かだったが、妹であるレルンダのことも可愛がろうと思っていた。だけど、少しずつ大きくなるにつれ、”アリス”は特別だとそんな風に私は思うようになった。アリスは、私や夫とは似てなくて、とても、綺麗な顔立ちをしていた子供だった。
村人の中には、アリスは私たちの子供ではないのではないか、と口さがなくいうものだっていた。でもアリスは確かに私の子供であったし、アリスを守らなければと私は思っていた。その心にとらわれて、私はアリスは特別な子なの、私の子供なの、先祖返りで私たちと似ていないけどとずっと言い続けた。
言い続けて、アリスを守って、そうしている中で、レルンダのことを放っておいてしまうこともあった。だけど、レルンダは放っておいても大丈夫な子だった。私たちに似ていて、何処にでもいるような村人であるレルンダよりも、アリスを守らなければ、と私は必死だった。その結果、アリスは村人にも受け入れられて、アリスを皆を可愛がるようになった。
その頃、もう一人の娘であるレルンダがおかしな子であると噂されるようになった。アリスの双子の妹であるというのに、美しくないと。特別な存在と双子でありながらも普通すぎると。私は当初、娘になんてことをいうんだと怒っていた。だけど、本当にレルンダは、おかしな子だった。
ある時、レルンダにちょっかいを出そうとした子供が居た。だけど、レルンダには不思議なことにはそのちょっかいは通じなかった。寧ろ、ちょっかいをかけようとした子供の方が大変な目にあった。自分の娘にこんなことを思ってはいけないとわかっていたが、それでも不気味で、異質だと思えた。
特別なアリスよりも、成長が少しだけ早くて、それも気に障った。私と夫が、気づけば一日レルンダを放ってしまって、そしてはっとなってレルンダの様子を慌てて見に行った時だって一人では何もできない子供のはずなのに、なぜかけろっとしていた。不気味な子供、おかしな子供。アリスと対比するように、レルンダは不気味がられていった。私は不気味だと思いながらも、娘だからと思っていた。
だけど、同じ気持であったはずの夫が言った。
「あの子はおかしい。アリスはこんなに可愛い子だというのに。可愛くもない」
優しい夫がそんな風に言うほどの存在なのだと思い、加えて、私が心の奥底でレルンダを不気味だと感じていたのもあってレルンダの事を疎ましく思うようになった。私の命をつないでくれた愛しい子であるアリスが、特別な子供であるアリスが、私たちがレルンダに構うと機嫌を悪くするからというのも理由の一つだった。
アリスは、特別な見た目をしていて、アリスこそが私を助けてくれた子供なのだとその頃は確信していた。
アリスは大きくなるにつれ、その特別さを顕現させていった。アリスを特別視し、アリスの家だからと皆が物をくれた。それに、アリスが生まれた頃から、村は豊作で、これもアリスという存在がいるからだろうと誰かが言い出したのも理由だった。幸福を与えてくれる特別な子。私は心の底からそう思うようになっていた。
対してレルンダは不気味で、だけど、子供であるのはかわりがないから捨てることは躊躇われて。だから、住まわせてあげていた。ご飯や衣服を時折与えた。神聖な存在であるアリスとは不気味な子はかかわらせたくないからあまりかかわらせなかった。レルンダはあまりにも喋らない子供に育った。口数が少なく、髪はぼさぼさで、淡々とした様子のレルンダは私と夫を苛立たせた。もっと泣き叫んだりすれば、まだ可愛げがあるものを、とそんな風に思っていた。
双子が七歳になってしばらくたったある日、家に神官がやってきた。この家に神子様が、いるはずだと。私も夫もそれを聞いた時、子供は二人いたが、アリスのことだと思った。アリスでないはずがないと。そして神子という特別な存在であるアリスの双子の妹としてレルンダは必要ないとして捨てた。
それから、私と夫は、神殿に引き取られて、神子の両親として相応しい生活を送っていた。
そんな日々の中で、どこか体に違和感を感じることはあった。だけど、気のせいだと思っていた。私は神子様の母親なのだから、何か悪いことが起きるはずがないと思っていた。
相談したら夫は、
「ははっ、もしかしたら私たちの天使が弟か妹を宿してくれたのかもしれないな」
などと言っていた。私もそうかもしれないと思った。
レルンダとは違う、神子様の妹か、弟として相応しい存在をアリスが宿してくれたのかもしれないと。
だけど、そうではなかった。
私は、病に倒れた。
どうして、という気持ちしか出てこない。私は神子の母親で、神子であるアリスを本当に大切に思っているのに。アリスだって親である私たちを祝福してくれているはずなのだ。なのに、どうして————。
「やはり、あの件は真実なのだろうな」
「……この様子を見ると、そうでしょうね」
大神殿に仕えているものたちの声がする。だけど、意識が朦朧とする私はその言葉をちゃんとは聞き取れなかった。
―――――母親、思い起こす。
(多分、神子な少女とその姉の母親は病に伏す。その理由を彼女は理解しない。彼女が体調が良好であったのを、姉のおかげだと誤解したままに、ただ、どうして、どうしてと嘆くのだ)




