王子と、命令。
「王子殿下、必ずや逃げおおせた獣人たちも捕まえてみせますので」
「……ああ、任せた」
目の前で恭しく頭を下げる騎士。
騎士は俺の言葉に頷いて、その場を後にする。
俺は、ヒックド・ミッガ。ミッガ王国の第七王子という、王族だという程度しか価値のない、そんな位置にいる。十二歳の俺に、俺より倍以上生きている騎士が王族だからと頭を下げるのだ。
俺が”王子”であるから。”王子”としてしか見られないことは窮屈だが、それを受け入れて生きている。
俺の父上———要するにミッガ王国の国王は、今フェアリートロフ王国が神子を手に入れたという事実に焦っている。フェアリートロフ王国に神子なんてものが現れる事がなかったら、俺もここにいなかっただろう。
俺が今いるのは、フェアリートロフ王国との国境の街である。南部に位置する開拓されていない森林、そこに獣人の村があるということで、その獣人たちの確保を父上が言いつけた。俺は、正直な感想を言うと、獣人を——いや、人間以外の種族を奴隷に落とすという行為には気分が良くない。ミッガ王国の王宮には奴隷として獣人が何人かいたが、俺からしてみれば人間と大して変わらない存在だった。
とはいえ、第七王子なんていう立場の俺がそんな意見を父上に言えるはずもない。俺が出来る事と言えば、俺の手元にいる奴隷たちに酷い扱いをしない事ぐらいである。
……とはいえ、こちら側が村を襲撃して獣人を奴隷にしているのだから、俺は加害者でしかなく、獣人たちからしてみれば敵でしかない訳だが。
俺には力がない。力がないから父上がしている事にも、疑問を抱いていても行動になど移せない。十二歳という、まだ成人してもいない俺は父上に命じられるままに動いている。
現在、俺と一緒にこの地に派遣されている者達は猫の獣人の村を襲った。そしてその村に居た大多数を奴隷に落とした。隷属の首輪をつけ、反抗出来ないようにし、意志を奪っている。子供は親の名を呼んで泣き叫んでいる。獣人を奴隷にする際に、亡くなった者もいる。その事実から、俺は目をそらしてはいけない。獣人たちを直接襲い、奴隷にしたのは俺ではない。だけれども、俺の下についている者が、父上の命令に従った俺の命令により、奴隷にしたのだ。泣き叫ぶ声も、憎しみの目も、全部受け止めなければならない。
騎士たちは、雇った傭兵たちと共に逃げおおせた猫の獣人たちの行方を追っている。俺は、出来れば幸運にも逃げ出せた彼らが、見つからなければいいと思う。そうすれば、彼らが奴隷に落ちることなんてないのだから。奴隷なんかにならずに、過ごせるのだから。
彼らを奴隷にするように間接的に命令を下しているのは俺なのに、そう思う。そんな風に考える自分が愚かだと感じる。
だけど、愚かだと、馬鹿だと感じるけれども、やはり俺は彼らが見つからなければいいと願っていた。
その願いが通じたのか、不思議な力でも働いているのか、そう遠くには行っていないはずなのに猫の獣人たちがどこへ消えたのか分からないという報告を受けた。足取りはつかめているというのに、突然、見つからなくなったのだと。よく分からないが、俺からしてみればそちらの方がほっとする。
奴隷として捕まれば、労働力にされるか、はたまたフェアリートロフ王国と戦争などという事になれば使い捨ての駒にされるか、そんなところだろう。幸福にはきっとなれない。手元に居る間は、酷くしないように出来るが、いずれ奴隷にした彼らも俺の手を離れる。離れて、不幸になる。その不幸に落としたのは、他でもない俺だ。
「申し訳ありません、王子殿下、もう少しという所だと思うのですが、不思議なことにたどり着けないのです!」
「不思議なこともあったもんだね。まぁ、良い。父上の言った期限までに見つからなければ、これまで捕えた奴隷のみを父上に献上するとしよう」
「はっ、必ずやそれまでに見つけてみせます」
そう答える騎士に頷くけれど、俺は見つからなければいいと願ってならない。そんな本心、周りに言えるはずもないけれども、獣人を奴隷にすると意気込んでいる騎士の後ろ姿を見ながら思った。
だけど、父上が告げていた期限がもうすぐ差し迫るという時、一人の獣人が捕まえられた。
それは俺以外のミッガ王国の遠征に参加していたメンバーを奮い立たせる内容だった。捕まえられたのは、探していた猫の獣人ではなく、狼の耳と尻尾を持つ狼の獣人の男だという話だった。狼の獣人は高い戦闘力を持つことで知られている。狼の獣人を奴隷にすることが出来れば、父上はさぞ喜ばれるだろう。
その狼の獣人を捕らえるための戦闘で、こちらの騎士は五人も死亡したという。怪我人はもっと多い。それだけの犠牲を払ってまで、獣人を奴隷にしなければならないのだろうか。そんな疑問を俺はこの場で口に出来ない。王である父上の意志に反する言葉など口にしたら俺自身もどうなるか分からない。
騎士たちは、そのとらえた茶色の耳と尻尾を持つ男から村の場所を聞き出すのだと意気込んでいた。おそらく、拷問するのだろう。猿轡をつけられ、拘束された狼の獣人は捕まえられた段階でボロボロだった。様子を見に行った俺のことを睨みつけていた。この、狼の獣人の、こんなひどい姿を作り出した一員に俺が居るのだ。こんなにボロボロなのに、これからまた、拷問をされるのだ。……やめてほしい、やめてくれ、と思う。けど、やはり、俺は……父上の命令に逆らう事が出来ない。
その翌日、その捕らえられた狼の獣人が死亡した事を報告された。どれだけ痛めつけても、村の場所を言わなかったのだと。場所を言えば命は助けてやるとそう告げても、言わなかったのだと。
村を愛しているから。村に危害がいかないように。言わなかったのだろうと、心が痛んだ。
どうか、彼が言わなかった、彼が守りたかった村が、俺達に、ミッガ王国に見つからなければいいと、そうその時俺は願っていた。
―――王子と、命令。
(王子は父親の命令に疑問を抱いている。獣人を奴隷にすることに疑問を抱いている。だけれども、王子はその命令に逆らえない)




