探偵達 五
「間宮直子はどこだ。東城蕎麦太郎と、彼の助手は?」
金橋に歩み寄った棚主が、その顔を見下ろしながら問う。
田所も遅れて棚主の横に立ち、泡まみれのヤクザの返事を待った。
金橋はしきりに咳をし、目をきつく閉じたり開けたりしながらうめく。
「痛え……顔中が痛え……! 目を開けてられねえ……せ、石鹸水が鼻の、喉の奥に下りてくる……!」
「質問に答えろ。そうすりゃ水もかけてやるし、横も向かせてやるさ」
「寄桜会の事務所だ! あ、穴鳥組って連中が使ってた事務所……ダンスホールのあるびるぢんぐが、今は無人になってて……俺達はそこを、今回の住処にしてる……」
「穴鳥組? ……ああ……」
「ワシと兄さんが前に踏み込んだ場所でんな」
緋田が棚主と顔を見合わせ、肩をすくめる。
子細は知らないが、場所がわかっているなら話が早い。すぐに助けに行こうと口を開きかけた田所が、いきなり上がった万佐の悲鳴に目を剥いてそちらを見た。
見れば、三村と美津がうずくまる万佐を何故か蹴りまくっている。「何、仲間割れしてんだ」と冷めた声で言う棚主に、三村が万佐の尻を踏みつけながら叫んだ。
「こンの糞莫迦いとこが! 寄桜会のダンスホールだと!? よりによって俺を狙ってる連中のいる建物を買おうとしてやがった! こいつがノコノコ商談に行ってりゃ、古烏組は労せずして俺の居場所を聞き出せてただろうぜ! てめえは! 本当にッ! 何度俺を窮地に立たせりゃ気が済むんだッ!!」
「勘弁してくれよ社長、知らなかったんだから! 痛い、痛いって! 美津ちゃんもやめて、足が見えちゃうよ! 痛ッい!!」
「いっぺん死ねこのブタッ!!」
取り乱す小悪党どもは、今は好きにさせておこう。田所は彼らの仲裁をミワさんに任せて、再び金橋を見た。
苦しげに目をつぶっている彼に、ふと、自然に問いが口からこぼれる。
「お前達は、何のためにここまでするんだ?」
「…………あ?」
「古烏組は、鉄砲玉の集団……言ってみれば寄桜会の上層部のために命を投げ出す、決死隊だったはずだ。ならば本来は、忠誠心や、成功報酬、死後の名誉などがお前達の戦う理由だったはず。だがお前達は、自分の飼い主にも牙を剥き、飼い殺しの立場に行き着いた」
金橋が、そっとまぶたを開けて田所を見る。細い視線を、田所の厳しい目つきが受け止める。
「そして今やお前達の飼い主はいなくなり、親組織も壊滅状態。古烏組は独立し、鉄砲玉だけで世に放たれた。ならば……今のお前達の戦う理由は、何だ?
金儲けの口を潰された腹いせに、間宮家の人間や三村探偵社に害をなすのはまだ分かる。だが、そのために直接怨恨のない人々を傷つけ、警官を殺し、東城達を拉致したのは何故だ? 今回のことは、お前達にとって、ここまでするほどのことなのか?」
金橋が、無数の男達の視線を受けながら、大きく咳をした。空中に漂う小さなシャボン玉を見つめて、その目が、音を立てんばかりにひん剥かれる。
「古烏組の鉄砲玉のすることに、『どこまで』なんて限度はねえんだよ、ジジイ。誰かを殺せと言われりゃ、邪魔なヤツは老若男女関係なく踏み潰して進み、標的にたどり着くためには誰にでも血を吐かせる。血の足跡を残すことが俺達の名誉だ。誇りだ。喜びだ。だから殺したいヤツは迷わず殺すのさ。それで世間がどう騒ごうが知ったこっちゃねえ。戦う理由? そんなもん、ろくに考えたこともねえよ」
「間宮直子の母親は、体自体は無傷で済ませたようだが」
棚主が口を挟むと、金橋は顔をしかめて首をわずかに振る。
「ありゃ、組長の趣味だ。あの人は人が死ぬ様より、苦しむ様を見る方が好きなんだ。長女の遺骨を浴びせた後、次女の首を送りつけて狂わせてから殺すって言って……」
考えるより早く、田所は金橋の太い首を巨大な手でつかんでいた。ぐっと喉を鳴らす金橋の顔を覗き込み、低く、問う。
「間宮直子は生きているんだろうな」
「……ま、まだ、な……! そこの三村を捕まえてから、一緒に殺す手はずになってる……組長は……一番肝心な獲物は、最後まで手をつけねえ……!」
「組長というのは、間宮家から出てきた男のことか。エラの張った大男だろう。苦しむ様を見るのが好きと言うのならばな」
棚主が、田所の肩を叩いた。手をゆるめろと言うのだろう。田所はあえぐ金橋を放り出し、吐き捨てるように言った。
「狂犬か。正にその通りの連中だ。邪魔者、気に入らない者、果ては因果のない者まで平気で痛めつけて殺す。自分達が地獄に落とした間宮一家のことなど、まるで石ころ同然にしか考えていない!」
「その点は古烏組だけの性質やありまへん。一番タガが外れとるのは古烏組やけど、この世の誰を不幸にしようと意にも介さんちゅうのは、寄桜会全体の性質ですわ。我がら(自分達)さえ栄えればええんやな」
緋田の言葉に、田所はわきにあった鉄製の柱を拳で叩いていた。がぁん、と音がして、頭上から埃が落ちてくる。
「桜の国(日本)に寄生する……寄桜会とはよく言ったものだ」
「金橋、間宮直子と、東城達は間違いなく穴鳥組の元事務所にいるんだろうな。古烏組の残りの面子もそこにいるのか」
棚主の問いに、金橋は鼻を鳴らしてうなずく。
「あのびるぢんぐは、ダンスホールってだけあって音が外に漏れにくい作りになっている。だから拷問にはうってつけなのさ。この倉庫みてえにな」
「……古烏組の面子は、あと三人だな。お前のように外に出てるやつもいるんだろう」
「三村の居所を突き止めるために、俺と組長が外に出て情報を集めていた。残り二人はびるぢんぐに残って捕まえた連中とおしゃべりさ。でも組長も、自分のアテが外れりゃ住処に戻ってるはずだ」
「さすが元鉄砲玉、組長がじきじきに外回りとは恐れ入る。組長の名前は?」
「……釘島だ。他の二人は針田。兄弟だよ」
「金に釘に針? 烏言うより、金物組やな」
小さく笑う緋田。田所は背を返しながら「もう十分だ」と、倉庫内の金橋以外の全員に声を飛ばした。
「俺は東城達と直ちゃんを助けに行く! 同行してくれる人は外の馬車へ来てくれ!」
「現場は銀座方面だ。緋田さん達の馬車でなく女形の馬車で行った方が近道を心得てる。俺は警察の知り合いに電話して、現地の警官を向かわせてもらえないか相談してみるよ」
棚主の返事に、田所は一瞬駆けつけた警官が返り討ちにされないかと危惧したが、彼ならばその点の注意も含めて電話の相手に伝えてくれるだろうと思い直した。
とにかく今は、現場に急行することだ。金橋はびるぢんぐが『拷問』に適している、という言い方をした。
田所の後ろから、ミワさんと、緋田の指示を受けた極道が二人ついて来る。さらに何故だか、三村達が急いで自分達から駆け寄って来た。視線をやると、三村が頭をかきながら作り笑いを向けてくる。
「いやいや、最後までつき合えって言ったのはあんただろ、十吾。ちゃんとお供するって」
「……なにやら楽しそうに見えるのは気のせいか?」
「へへ、俺以外の人間が人斬り十吾に襲われるのを高みの見物するってのは、けっこう楽しいもんでよ。しかも相手は俺を狙ってる糞ヤクザどもだ……守ってくれるんだろ? だったら行くさ。へへへ」
田所は一瞬、抑えがたい嫌悪を感じて三村の顔から目を背けた。
この男は今回の騒動の遠因が、自分にもあるということを分かっていて言っているのか。
倉庫の外、居並ぶ馬車の一つに田所が駆け込むと、後から来た極道が銀座の住所を女形に告げる。
人々を乗せた馬車は、ぎしぎしと軋みを上げ、再び夜を駆け出した。




