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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵3 ~探偵賛歌~
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探偵達 一

 大玄関をくぐり、立番の職員達から離れると、田所はみなを振り返り問うた。


「俺は維新後のヤクザの世界にはうとい。寄桜会の古烏組とは、どういう連中なんだ?」


「さっき正治郎が言ったとおりの連中さ。獰猛どうもうな狂犬だよ。仁義じんぎすじもあったもんじゃねえ」


 口を開いたミワさんにうんうんとうなずきながら、万佐が続きを引き取る。


「寄桜会はほんのちょっと前まで、銀座最大のヤクザ組織の一つだったんだよ。寄桜会か和命会か、銀座の顔役と言えばそのどっちかだった。ただ、飲食店のみかじめ取りとかお偉いさんのお守りとか、祭りのテキ屋とか、昔ながらのわりと堅実けんじつなシノギを好んで選ぶ和命会に比べて、寄桜会はなんていうか、かなり先進的だったんだよね」


「先進的?」


「シマの中でのシノギ以外に、色々と外に向かって働きかけてたってこと。うちの元川と高岡がおのぼりさんの家出娘をてごめにしてたけど、ああいうのはヤクザ社会では寄桜会の十八番おはこだった。

 世間知らずの上京娘や犯罪に手を染めた女、それこそ遊び場で酔いつぶれた女まで、イケると踏めば自分らの事務所や店に連れ込んであの手この手で借金を作らせ、よその遊郭ゆうかくに売っちまうのさ。

 シマで金を回すより、シマの外と金をやり取りするのが好きな組織だった。阿片の密輸入同様、ヤクザの世界でもあまりかっこのいい稼ぎ方じゃないけれど」


 次に美津が腕を組みながら、万佐のほほにできた白いにきびを見つめて口を開く。


「だがそんな寄桜会も、先日会長と幹部連中が海難事故でまとめて行方不明になり、崩壊寸前だ。傘下さんかの組の多くが見切りをつけ、和命会や他の組織に下ろうとしている。その中で、古烏組は唯一独立の道を選ぼうとしている連中だ」


「独立……自分達だけでヤクザを続ける実力があるということか?」


「いわゆる金儲けの才能はないに等しい。だが、古烏組は全盛期の寄桜会でさえ制御しきれず、持て余していた組なのだ。鉄砲玉上がりの武闘派ばかりで構成された集団で、二十人いた組員が組の中のいざこざだけで四人にまで減っている」


 単なる莫迦の集まりにも聞こえるが、十六人の仲間殺しというのは確かに暴力にまみれたヤクザ社会においても異常な数字だ。


 何よりそんな醜態をさらした組を、親組織が処分しなかったということがおかしい。


 敵対組織相手の殺った者勝ちの戦いならいざ知らず、同士討ちは会自体の士気に関わるはずだ。


 美津の背後で耳をほじっていた三村が、指先の耳垢みみあかを吹き飛ばしながら話を引き継ぐ。


「古烏組は少人数の精鋭部隊さ。本物の鉄砲玉はふつうのヤクザと違って、てめえの今後ってものを一切考えない。だから義理も人情も情けも容赦も筋も全部土足で踏み散らし、めちゃくちゃをやりやがるのよ。そういった狂った暴漢が、ヤクザの世界じゃ一番危険だ。

 銀座に腰をすえてるヤクザ組織は、どこも最低一人は幹部を古烏組に殺されてる。飼い主の寄桜会自身も、標的の情報に不備があったからって古烏組員に幹部を刺されてるしな」


「そんな連中がいたら、すぐに抗争になるだろう」


「実際何度も抗争になりかけた。だが鉄砲玉ってのは、本来殺しの責任を飼い主に及ばせないための人材なんだ。殺しの証拠は残さないし、下手を打ったら仲間が実行犯を始末する。あくまで寄桜会と関係ない第三者の殺人ってことにしちまうのさ。たとえはたから見てどんなに白々しくとも、寄桜会はぎりぎり知らぬ存ぜぬを通すことができたわけだ。

 が、それも昔の話。古烏組に幹部を殺された寄桜会が、古烏組に離反をちらつかされて結局言いなりになっちまってから、立場関係が揺らいじまったんだ。古烏組は寄桜会の言うことを聞かなくなったし、寄桜会も古烏組を使うのは危険と判断して、金をやって飼い殺しの道を選んだ」


「殺しの仕事がなくなった鉄砲玉が下手な金儲けを始め、河北正治郎のゆすりに至ったってわけか。寄桜会が衰退したことで、古烏組は寄桜会の枠の中から飛び出してきた。やつらは今や、自分達の都合だけで殺しができる……」


 あごをなでながら顔をしかめたミワさんが、ちらりとうかがうように田所を見た。


「……じいさま、依頼主の娘がいなくなってから、どのくらい経ったっけ」


「警察に拘束され、東城達の店に行き、三村達と合流してからここに来た……短い時間じゃないが……」


「古烏組の事務所に捕まってるならまだいいんだが、別の場所だとやっかいだな。もともと他の寄桜会の組からは孤立していた連中だ、行き先を知ってるやつがいるとも思え……」


 ミワさんが言葉半ばで口をつぐむ。遠くから、がらがらと、車輪の音が東京監獄に近づいて来る。


 田所達が振り返ると、しばらくして道に二台の馬車が現れた。扉が開き、ぞろぞろと背広を着た男達が降りて来る。


 いかめしい顔つきの連中が、大玄関めがけて歩いて来るのを見て、立番の職員達が何だ何だと声を上げた。


 とっさに道をあけようとする万佐の襟を三村が、ミワさんの腕を田所がつかむ。


 こちらに向かって来る数人の男達の中に、見覚えのある人間がいた。


 田所はまっすぐに自分の前にやって来たハットの男に、困惑こんわくを隠せない顔で口を開く。


「……何故あんたがここに?」


「お互い様だ。想像はつくがね。……河北正治郎に会ってきたんだろ? 何か分かったかい」


 ハットの男はちらりと、ポケットに手を突っ込んでそっぽを向いている三村に視線をやり、すぐに田所に目を戻す。田所は少し考えてから、正直に正治郎の証言を話して聞かせた。


 うなずきながら話を聞いていたハットの男の隣で、意地の悪い狐を思わせるような細い目をした別の男が、声を上げる。


「兄さん、ワシがもういっぺん中入ってって、確認してきましょか? 指何本かへし折って聞いた方が確実でっせ」


「いや、多分無駄だろうよ。妻殺しやヤクザとの癒着ゆちゃく、阿片のことまでもらしたのに古烏組の居場所だけ黙秘する意味がない。本当に知らんのだろう……」


「何で緋扇組があんたといるんだ?」


 不意に三村が、そっぽを向いたまま口を開いた。ミワさんが田所に小声で「ヤクザだよ」とささやき、補足する。


 ハットの男がすかさず「お前の知ったことか」と切り捨て、田所に向かって低く告げる。


「間宮家で起きたことは既に世間に流れている。今は仏のお骨でいたずらをした罰当たりがいるという程度の話だが……これに、人死にの続報をつけ加えたくはないだろう」


「何か知っているのか?」


「入院した元川が襲われた。詳しい話は馬車の中でしよう」


 田所はハットの男の言葉に、反射的にうなずいていた。


 歩き出す男達を、しれっとその場にとどまろうとした三村の手をつかんで、引きずりながら追う。


「まさかこれで帰れるとは思ってないだろう? 敵はそもそもお前達三村探偵社を追っているんだ。ここまで来たら最後まで付き合ってもらうぞ」


「ひ、ひょっとして俺をエサに古烏組を引っ張り出すってんじゃねえだろうな?」


「その手もあるな。心配するな、お前の怖い人斬り十吾が守ってやるさ」


 顔を引きつらせる三村を馬車に放り込むと、美津と万佐もしぶしぶ後に続く。


 田所とミワさんが最後に乗り込むと、御者の男が手綱をしならせ、夜道に馬を走らせ始めた。

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