名探偵(三村義則) 一
「さあ、きれいになったぞ。見てごらんよ美津。三村社長がまるで生まれ変わったようだよ」
使用済みの鋏と剃刀を、万佐が水の張ったバケツに放り込む。
有戸ホテルの屋上。中天にかかった大きな月に照らされて、三村と万佐、美津の三人がランプの光を囲んでいる。
三村は古ぼけた木椅子の上に腰かけ、万佐が刈ったばかりの頭をざりざりとなでる。その指の爪は同じく万佐によって剃刀で切り整えられていて、木椅子の周りには大量の毛髪とかぎ爪が散乱していた。
ランプの向こう側にいる美津は、はれ上がった頬におしろいを何層にも塗りこめながら、三村に引きつった笑顔を向けた。
「素敵ですわ、社長。一皮剥けましたね」
「おうよ。昨日は心底痛い目を見たが、終わってみれば我が人生最高の『災難』だったぜ。探偵どもに足蹴にされるわ、金を取られるわ、悪事を糾弾されるわ散々だったが、おかげで過去のしがらみを全て捨て去れた。今日からはもう人斬りの影におびえなくて済むんだ。散髪や爪切りも好きなだけできるぜ」
「ご自分に刃物を向けることをずっと嫌がっておられましたからね。まして他人にそれをさせるなんて、以前の社長からはとても考えられませんわ」
「人斬り十吾の刃がそれだけ怖かったのさ。しかし、何だな。実際会ってみれば案外気の良さそうなクソジジイだったな。まったく、親父が憎いぜ」
三村が立ち上がり、上半身裸の肩を手で払う。細かい毛髪のちくちくとした感触すら心地良かった。
まるで召使いのように、万佐が手鏡を目の前に差し出して来る。三村は短く刈り込まれた頭を角度を変えて楽しんでから、大きく口を開けて前歯を確認した。
三村が自らへし折った前歯は、田所達が帰った後、万佐と美津の協力のもと、根元から改めて引き抜かれていた。
未だ血がにじむ穴を指でなでつつ、三村は「安いもんだ」と笑う。
「たかが歯の二本で人斬り十吾と、浮気妻の問題を清算できたんだからな。こんなに爽快な気分は何十年かぶりだ。人生バンザイって気分だな」
「抜けた歯は金歯にすりゃあ解決だもんな。象牙の入れ歯なんてのもあるらしいよ。……でも、元川と高岡の件はどうすんの?」
万佐が顔を近づけると、甘い菓子の臭いと口臭が鼻に吹きかかる。三村は万佐の顔を押しのけながら「うるせえ、莫迦」と苦笑した。
「そんなもん、人斬り十吾に比べりゃささいな問題だろうが。あの二人がどこぞの田舎娘を拉致監禁したのも、性的暴行を加えたのも知ったこっちゃねえ。元川が町中で銃を発砲し、高岡が現職警官を殺したのだって、俺にゃ関係ねえよ。知ーらね、ってもんだ」
「知らねえって、そんなの通らないだろ。あの二人はあんたの部下なんだし、あんたの命令で練兵場の近くに潜んでたんだから」
「浮気妻達はそのことを公言しねえし、元川達が俺のことを警察に喋ったからって、どうとでもなるさ。警察の無能さは例の、暴力夫に殺された依頼主の件で十分露呈してるじゃねえか。
元川と高岡が勝手に暴走して犯罪しでかしたことにするぐらいワケねえよ。高岡もちゃんと病院に放り込んで、警察に通報したしな」
「……それじゃ、今後警察が何か言ってきたら、社長がなんとかしてくれるって考えていいんだね」
三村は心配性の万佐の尻を軽く蹴りつけ、笑いながら石床の上を歩き、隣の屋根の上に雪駄の底を下ろした。
円形の天窓の上を歩く彼に、万佐と美津が息を呑む。三村の眼下にはぎやまん一枚隔てて、遠い一階の床が広がっている。
三村は天窓の中心に落ちている鳩の死骸を拾い上げると、そのまま天窓をみしみしと鳴らしながら、万佐達の元に戻った。
万佐に朽ち果てた鳩を押しつけながら、三村が月をあおいで大声で笑う。
「何も怖くねえ! 莫迦かよ万佐、よく見ろ! 俺以上に頼りになる男がこの世にいるか!? 今の俺は最強だぜ、天敵を失ったからな! 警察なんぞ道端のクソみてえなもんよ!」
「そ、そうかい……だったらいいんだけど」
汚い鳩を持った万佐を何度も蹴りながら、三村は美津に近づき、彼女のあごをつかんで顔を寄せた。
はれた頬が痛んだのか、美津は一瞬鬼の形相をさらして暴言を吐きかけたが、三村は意に介さず、その唇をふさぐ。とたんに美津はおとなしくなり、万佐が「あー!」と莫迦丸出しの声を上げてはしゃぎ出す。
三村は愛人の息づかいを楽しみながら、月に拳を突き上げて吼えた。
「ざまあ見ろ! 生き残ったぞ!! 運命に勝利したんだ!!」
「敵なしだ!」と声を夜空に放ち、右腕に美津を抱き、左腕で万佐をも抱き寄せた。
人生最大の敵と遭遇した日が、人生最良の日となった。恐怖とともに消費した日々は、これから取り戻せる。
自信と希望のみなぎった三村の笑顔は、しかし直後に視界の隅で開いた扉に、かき消えた。
音もなく開く階段室の扉が、月光に浮き上がった床に影を落とす。
その奥から、全く予想していなかった巨体が現れ出でた時、三村は能天気な笑顔を浮かべた万佐を、力任せにそちらへ蹴り出していた。
「ぐわっ!」と声を上げて床に突っ伏す万佐。その向こうで厳しい表情を浮かべている田所に、三村は一気に血の気の失せた顔をさらしながら美津を抱きしめた。
「ちょっ、なっ、十吾ッ!? なんで、待て、約束が! ええっ!?」
「良かった。まだ、居たか」
田所が屋上に踏み込み、三村に向かって来る。その背後から見覚えのある新聞記者が現れ、「よっ」とのんきな笑顔で片手を上げた。
三村は助けを求めるように美津を見たが、美津も状況が分からぬようで、ぽかんとしている。突如訪れた危機に青ざめる三村が、のろのろと起き上がる万佐に声を飛ばした。
「万佐! がんばれ! 行けッ!」
「いてて……何だって?」
「戦え! お前ならやれる! やっつけろ!!」
万佐は倒れた時に胸にはりついた鳩の死骸もそのままに、怪訝そうな顔を上げた。
すると目の前にそびえ立つ巨体と、目が合う。
反応のなくなった万佐に、三村は美津の体を抱えながら必死に怒鳴った。
「やれ! ガキの頃に唐手のまね事をして遊んだろ! あの時の要領だ! 殴れ! 跳べ! 突撃しろ!」
「……あ…………これはどうも、平素よりお世話になっております」
万佐は田所に一礼すると、まるでからくり人形のようなぎこちない動きで、いとも簡単にわきに退いた。
三村を指して「あいつです」と笑顔でとんちんかんな台詞を吐く万佐。田所は彼を無視して、三村へと大股で向かって来る。
三村は自分でも意味の分からない言葉を吐き散らし、美津と抱き合いながら後ずさる。背後には先ほど歩いたぎやまんの天窓があるが、二人分の体重を支えられるかどうかは、自信がなかった。
こちらへ腕を伸ばしてくる田所に、ようやく美津が顔を怒りの形に歪めて声を上げた。
「何だ貴様! 近寄るな! もう済んだはずだぞ!」
「状況が変わった。話を聞いてくれ」
「話だと! 自分で『二度と近づくな』と言っておいて……」
「頼む」
低く言う田所が、三村をゆるりと睨んだ。心臓の鼓動を感じながら頬をひきつらせる三村に、かつての天敵は表情を髪の影に沈めながら、言った。
「危害は加えない」
一時間後、田所達と三村達は同じ電車の車両に乗り、それぞれの陣営が向かい合う形で座席に座っていた。
田所から一通りの説明を聞いた三村達は最初は戸惑いを隠せないでいたが、田所の目的が依頼主と東城達の救出であると理解すると、次第に落ち着きを取り戻していった。
万佐がサクマ式ドロップスを取り出しながら、目の前の田所の太い腕に視線を落とし、問いかける。
「それじゃ、おたくはその、獄中に居る暴力夫が陰で糸を引いてると思ってるわけ? えっと……なんて名前だったっけな、そいつ」
「河北正治郎だ。間宮百合子……殺害された妻の方も、依頼当時は河北百合子と名乗っていた」
美津が三村に腹をなでられながら、自分のかばんから手帳を取り出して答える。
三村探偵社の依頼関連を書き留める仕事手帳なのだろう。彼女は万佐の立てるドロップを噛み砕く音をやかましげに聞きながら、さらに言葉を続ける。
「河北正治郎は勤め先の企業の人事を牛耳り、わいろを受け取ることで私腹を肥やし続けてきた。こう言うといかにも小悪党というふうに聞こえるが、我が社の調査では単純に小者と断じていい相手でもないようだ」
「と言うと?」
身を乗り出すミワさんに、美津はじろりと視線をやって答える。
「度を越しているのだ。人事を不正に操作することでわいろを受け取ってきたわけだが、ヤツはこの手のことを過去十年にわたって繰り返している。やっていること自体はみみっちいが、十年で得た金銭は莫大な額に上るだろう。こづかい稼ぎにわいろを受け取る会社幹部というのは珍しくないが、それでひと財産築こうという輩もいないものだ」
「しょせんわいろ取りだが、せしめた金がでか過ぎるってことか。よく十年も露見しなかったなあ」
「いや……それがどうも、露見してたようなふしもあるんだよな」
三村が、美津の懐に左手を突っ込みながら口を挟んだ。
田所の視線を受け、右の親指の爪をかじりながら、そわそわとした様子で続ける。
「俺達も、正治郎のヤツがお縄になった後で聞いたんだが……いや、お縄になった後だからこそ、噂が聞こえてきたのかもしれねえが……」
「噂?」
訊き返すミワさんに、三村が小さくうなずく。
「あの野郎、わいろの受け取りを他の幹部には隠してたらしいが、社長には影で認めさせてたって話だ」
「まさか。何だってそんな」
「毒を盛ったとか……」
三村が、他の全員の視線を受けて身をよじりながら、美津の懐に両手を突っ込んだ。さすがに抵抗する美津に頬を押しのけられながら、三村は歪んだ顔で言う。
「阿片だよ。どっかから阿片を手に入れて、社長の飲む茶に入れて中毒にしたらしい。わけも分からず苦しむ社長に、薬だと言って一時的に症状の治まる阿片を手渡し……自分に依存させてたって話だ。だからわいろのことを知っても、社長は正治郎をクビにできなかったとか」
「待て待て。阿片だと? そんなものをどこから手に入れたって言うんだ。だいたいわいろを得るために阿片を買ってたんじゃ、何にもなりゃしねえ。阿片って高いんだろ」
「だから、あくまで噂だっつってんだろ。……ただ……実際に正治郎の会社の社長は、正治郎が投獄されてから入院してるんだよな。原因は不明だが、阿片が切れたからだって言うやつもいる。
それにな、正治郎がわいろで得た金ってのは、半端じゃねえんだ。社長が文句を言えねえのをいいことに、会社の信用や実績を切り売りするようなおおっぴらなやり方をしてたとしたら、こいつはもう人事っつうより、会社自体を金に代えてたようなもんだからな」
美津が、しつこく胸をはだけさせようとする三村にとうとう蹴りを入れた。腹を押さえてうめく三村を見下ろしながら、田所があごに手を当て、考える。
「……正治郎の暮らしぶりというのは、ぜいたくなものだったのか? 彼の妻、間宮百合子の実家の方は、平屋の貧しい暮らしぶりだった。金を融通してもらっていた形跡はなかったぞ」
「い……いや……俺達もわいろのことを知って、さぞや正治郎の懐には金がうなってるんだろうと思ったんだが……ヤツの自宅も、ごく普通の平屋だった。会社の幹部のくせに地味な家に住んでるからよ、きっと別宅があって、そこに嫁以外の女をはべらせてんじゃねえかって思ったんだ」
「そういったことを聞き出す意味でも、正治郎には直接会って、わいろの件を問いただし、妻から調査依頼が出ていることも教えてやる必要があった。探偵社が人を脅す時の常套手段だ。自分がいかに追い詰められていて、多くの敵を抱えているかを標的に認識させる。その上で追い込みをかける」
美津がコートのボタンを留めながら、ため息をついた。
「ところが、話の途中で正治郎が席を立ってしまった。あの状況で我々を放置して、妻の方を殺しに行くのは予想外の出来事だった。まともな思考のできる人間なら、妻より我々探偵社を何とかしようとするものだ。正治郎という男は、正気を失っていたとしか思えない」
田所は美津の言い草に静かな怒りを感じたが、今彼女らをののしっても仕方がない。
窓をわずかに開けながら、美津と三村を交互に見て問う。
「結局のところ、正治郎がわいろをどう使っていたかは分からなかったんだな?」
「ああ。金を銀行に預けていた様子もないし、ヤツに愛人がいた形跡もない。莫大なわいろがどこに行ったのか、一応調査はしたのだが、分からずじまいだった」
「俺が思うに、正治郎にとってのわいろってのは、自分が良い思いをするための金じゃなかったんじゃねえかな。ヤツにとっちゃ、それは本来の給料以上に大事な金だったのかもしれねえ。
……だから、俺達を雇って事実を突き止めさせた自分の嫁に、怒りがわいたんじゃねえか。わいろを取れなくしちまった裏切り者に、激怒したんだ。殺しちまうほどによ」
三村はそう言ってから、しょうこりもなく美津の腰に腕を回し、抱きしめる。
拳をあごに押し当ててくる美津に頬ずりしつつ、震える声で田所に言った。
「な、なあ、十吾。あんた俺に言ったこと忘れてないよな? この件に関しちゃ、俺はあんたに誠意を見せたぜ。これ以上俺を痛めつけたりしねえよな?」
「ああ。約束する。だから一度だけ協力してくれ」
「間宮百合子の妹と、東城、それとヤツの女が消えたってか……正直に言うが、俺にゃまったく心当たりがねえ。得体の知れない四人組ってのも、誰だか分からねえ」
「俺は実のところ、腕っ節しか誇れるものがない。探偵を名乗ってはいるが、東城のように優れた推理ができるわけでもない」
三村の震えが、不意に収まった。その目にわずかな光が宿るのを確かめてから、田所は腕を組み、首を傾けた。
「こちらのミワさんが、三村一党は探偵社として、そこそこ優秀だとおっしゃるんだ。推理は得意かね、三村探偵」
「……俺はホームズ。大正のホームズだ。東城なんか、赤目探偵なんか目じゃねえ」
三村が美津から体を離し、上半身裸のままの腕を組んだ。刈ったばかりの頭から細かい毛髪が落ち、膝にかかる。
三村はそれを見つめながら、数秒後に田所を睨め上げる。
「吉原の東城の店が荒らされた時、誰も駆けつけなかったって話だったよな」
「ああ。近くにいた遊女がそう証言している」
「吉原の中は治外法権だ。多少血生臭いことが起こっても、吉原の上の方に話がいってりゃあ黙認されることもある。逆に言えば、上に話が通ってなけりゃ、自治のために誰かが様子を見に来る。東城の店が派手に荒らされたにも関わらず、近所の遊女以外現場に近づかなかったってことは……」
「襲撃した四人組が、吉原の実力者達に話を通していたということか」
三村がうなずきながら、隣に座る万佐の手を引く。
きょとんとする万佐の上着を脱がし、肌の上から羽織りつつ、唇を舐めて話を続けた。
「四人組は吉原に顔が利く連中か、遊女屋ごときには口ごたえができない類の人種だ。ここでさっきの話に出てきた阿片の噂をからめて考えれば、四人組は裏社会の人間である可能性が高い」
「犯罪者か。まあ、それは分かっていたことではあるが……」
「こいつは推理でもなんでもねぇんだが、俺はヤクザだと思うぜ。それもかつての銀座の顔役、『寄桜会』の関係者だ」
突然飛び出てきた組織名に、田所が眉を寄せて三村を見た。三村は穴の空いた歯並びをさらしてニッと笑いながら、自信ありげに言う。
「悪さをしてるでかい会社の幹部に近づいて、俺達みたいにおどしをかける。社会的に抹殺する代わりにと色々条件を呑ませ、悪さに自分達の阿片を使うよう強要する。犯罪の秘密を共有し、わいろは口止め料に吸い上げるのさ。
わいろ受け取りという小さな犯罪を隠すために、阿片を他人に盛るという、より凶悪な犯罪を犯すように仕向けるんだ。こいつはまるっきり、ヤクザの手口だ。ケチな密売人の発想じゃねえ」
「ヤクザの発想……」
「分かるか? こづかい稼ぎのつもりでわいろに手を出した正治郎を、会社を食いつぶすほどの大悪党に仕立て上げるわけだ。俺達が浮気を楽しんでるだけの女をおどして、吉原で遊女まがいのことをさせてより多くの不義を犯させたのと同じさ。
犯罪慣れしてないやつほど、過去の前科を逆手に取られると未来に目がいかなくなる。正治郎はきっと、自分でも気づかない内に、自分が意図した以上の罪を重ねちまったんだ」
三村が自身の左手を右の拳で打ち、何度もうなずきながら続ける。
「社長を骨抜きにして、自社の役職やなにやらを金で売る。いや、ここまできたらおそらく売ってたのは役職だけじゃねえ。きっとできる限りの不正や談合に手を出していたはずだ。俺達三村探偵社がつきとめた不正が、人事の不正だったってだけだろうな。
つまり四人組は、幹部の正治郎を使って会社から金を引き出してたんだ。正治郎には一切うまみが行かないから、ヤツの暮らしも質素だった。ひょっとしたら、ヤクザに縛られた生活の苦しみで酒に走り、嫁に手を上げていたのかもしれねえ。
そこまで追い詰められていたから、嫁の差し金で俺達が不正を突き止めた時に、暴走したんだ。ヤクザに金を払えなくなれば、何をされるか分からねえからな」
「一応筋は通るが、四人組が寄桜会だと断定する根拠は何だ?」
田所の問いに、三村は背筋を伸ばして答えた。
「銀座で阿片を取り扱ってるヤクザが、寄桜会しかいねえからさ。銀座には寄桜会、命和会、青橋一家、それと緋扇組って四つのヤクザ組織がいるが、この中で阿片の業者とつながりを持ってるのは寄桜会だけなんだよ。他の組織は、みんな人間の精神を冒す阿片を禁忌扱いしてる。
寄桜会は危険度の高い外国産の阿片を帝国に持ち込んでるってんで、昔から評判が悪かった」
「あくまで阿片の噂が本当ならば、の話だな」
「だが結構いい線いってると思うぜ。俺も正治郎の行動にはずっと納得がいかなかったが、こう考えれば全てに説明がつく。ヤクザに脅されたんでもなきゃ、企業の幹部が社長に阿片を盛るなんて、なかなかできるもんじゃねえ。
……正治郎は、きっと逮捕された前後に寄桜会の四人組と連絡を取ったんだよ。自分の嫁と、三村探偵社が不正を突き止めたってな。正治郎から金を取れなくなった四人組は、報復として間宮百合子の家族と、俺達に危害を加えようとしている……」
三村がそこまで推測を口にすると、電車が不意に速度をゆるめ始めた。
次の駅に近づいて来ているのだ。田所はじっと三村の顔を見つめ、低く、最後の問いを向けた。
「お前さんのその推測が当たっているとしたら、間宮直子と東城達に会うためには、どうすればいい?」
「簡単さ」
三村は窓から吹き込んでくる風に目を細めながら、大きく歯を剥いてみせた。
「居所の分からない四人組を捜すんじゃなく、居所の分かっているヤツの元に行けばいい。間宮百合子を殺した犯人、正治郎を締め上げよう。ヤツは東京監獄にいるはずだ……このまま、電車に乗っていれば着く」




