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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵2 ~焔の少年~  三章  焔の少年
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二十七

 メイドの膝が、時計屋の下腹部に叩きつけられた。

 しかし時計屋は動じず、なおも傷口をこじ開けようとする。


 彼の腹に拳を打ち当て、悲鳴を上げながら、メイドは力任せに体を突き放し、後方に下がる。


 刃が肩から抜け、血が噴き出した。傷口を押さえながら、前方にたたずんでいる時計屋を睨め上げる。


「いつなんだ」


 つぶやく時計屋の目が、メイドを射抜く。


 血走った獣のようだった眼差しが、まるで猜疑心さいぎしんに満ちた子供のように、危うい光を宿して歪んでいた。


「僕の前か。後か」


 問いの意味が分からず眉根を寄せるメイドに、次の瞬間時計屋が肉薄していた。

 あわてて突き出されるメイドの拳を、時計屋が立てた腕で受ける。


 直後、メイドの頬が勢い良く張られ、体が壁に叩きつけられた。メイドは一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに口を引き結ぶと張られた頬に指を当て、憎悪をこめた目で敵を睨む。


 時計屋は向けられる憎悪に表情を変えることもなく、半開きの口から生ぬるい息を吐いた。

 相手を観察しながら、震える指でこめかみをかく。


「知らない。お前なんか、知らない。僕は覚えている。あの孤児院の連中を一人残らず覚えている。やつらはけったくして僕を閉じ込めたんだ。あの自習室に。あの闇に。地獄に。――僕が孤児院に入る前に、あるいは出た後に、あそこに入れられた子供がいたのか? でもそんなことは、僕には関係ない。関係ないのに」


 違う。今までの時計屋とは、口調が違う。

 喋り方、発音のし方が違う。暗い声音ながらも明確につむがれていた言葉は、いまやねばつくような響きを帯び、言葉の合間に歯の間を息がすりぬける耳障りな音が混じっていた。


「何だ、こいつは――!」


 壁に肩を預けたメイドの前で、時計屋の指がこめかみを激しくこすり始めた。

 皮手袋がざりざりと皮膚を巻き込み、みるみる赤くなってゆく。


 あかと薄皮が混じったものを床に落としながら、時計屋がメイドに近づく。


 身構えるメイドのあごが、一瞬ではね上げられた。

 時計屋の手が巻き毛をつかみ、引き寄せる。


 大人の嘘を疑う少年の目が、メイドの顔を凝視する。


「『前』だ。きっと僕が入る、前だ。僕より年上? きっと、何歳か……」


「放せッ!!」


 メイドの指が、時計屋の目を突いた。ずぶりと、眼球の下側に指が埋まる。


 そのまま、指を眼窩に埋められたまま、無反応に見下ろしてくる相手に、メイドは初めて恐怖の色を浮かべて声を上げた。


「……自習室は、職員に嫌われた子供が入る場所だ。あの場所に入れられた子供は、壊れてしまう……僕と同じか? この女は、僕と同じ境遇なのか?」


 「いや、違う」……そうつぶやいた時計屋が、自分の目に突き入れられた細い指をつかんだ。


 顔を引きつらせるメイドの目の前で、時計屋が、握った刃物で、彼女の指を裂いた。


 骨にまで達した刃が、かりかりと音を立てる。噴き上がる血に絶叫するメイドが、時計屋につかまれていない方の拳を何度も彼の顔面に叩きつける。


 拳の向こうから見つめてくる目から、ようやく指が抜けた。うすく湯気を立てる白い骨に視線を落とした瞬間、メイドの顔に刃先が埋まった。


 下からすくい上げるように突き込まれた刃は、メイドの右目と鼻の間を裂き、そのまま彼女の体を壁に再度叩きつける。


 激痛にもだえるメイドと刃からおもむろに手を放すと、時計屋は考え事でもするように、のろのろと周囲を歩き始めた。


「『小さい頃から大事に大事に』……この女が言ったとおりなら、こいつが自習室に入っていたのはせいぜい数年、長くても十年ていどだ。山田秀人に引き取られたのなら、僕より恵まれている。僕はずっと出られなかった。誰も迎えに来てくれなかった。大人になるまで出られなかった。僕の方が、ずっと」


 壁際で、刃物が床に落ちる音がした。


 向かって来たメイドが、時計屋の背に風を切って蹴りを放つ。二つの肩甲骨の間に命中した蹴りは、時計屋を炎の方によろめかせた。そのまま接近し、拳打を叩き込む。


 わき腹と頬を殴り飛ばすと、さらに勢いをつけて胸に蹴りをぶち込み、燃える絨毯のすぐそばに敵を追い込む。


 両者の靴が焦げる中、メイドは時計屋の腕を取り、足を払い、咆哮を上げて炎の壁へ彼を投げ飛ばした。


 炎の中に消える時計屋が、焼けた床に落ちた音がした。


 焼夷弾の爆炎を浴びた床は、純粋な炎に焼かれた場所よりももろくなっていたらしい。


 続いてバキバキと音がして、床板が下の階に落ちる気配があった。


 メイドは急いで階段の方へ走ると、袖を破り、裂けた指を止血しながら階段を駆け下りた。


 果たして階下にたどり着くと、廊下に敷かれた青い絨毯の上に、煙を上げる床板と時計屋が横たわっていた。


 頭上では炎が渦巻うずまき、火の粉が降ってくる。


 メイドは汗を吸ってかたまった巻き毛をかき上げながら時計屋に近づき、その顔を見下ろして唾を飲み込んだ。


「――こいつ……まさか、私と同郷どうきょうなのか……?」


 つぶやいた瞬間、メイドの靴に焼けた木片が突き刺さった。


 砕けた床の破片を隠し持っていた時計屋が、横たわったままメイドのつま先をつらぬき、破壊する。


 絶叫するメイドの足首をつかむと、時計屋は彼女を引き倒し、馬乗りになった。


「『死は快楽』、『苦痛は喜び』……ならば、笑えばいい!!」


 時計屋本来の血走った目が、メイドの苦痛に歪んだ顔を見下ろしていた。


 抵抗するメイドの細い首に両手をかけ、締め上げる。

 彼女の拳が時計屋の体を突き上げたが、漏れるのは女の苦しげな声だけだ。


「そうだ、キヨマサ。我々の苦しみはこの女どもの比ではない! 我々にとって苦痛は苦痛以外の何ものでもないのだ! 傷つくことを楽しいなどとぬかす、のんきな人生を送ってはいない!」


「……! キヨ……マサ……!?」


 顔を紅潮させたメイドが、目の前の狂人の言葉を理解できずにうめいた。


 時計屋はメイドの首を持ち上げ、頭を床に叩きつける。口を開けてもだえる女の首が、さらに音を立てて締まった。


「お前の敵は私が殺してやる、幸太郎は私が救う! これは、ただの『敵』だ! 駆除すべき害獣だ!!」


 メイドの拳が力を失い、時計屋の肩を力なく叩いた。空気を求めて開閉する唇から、意味をなさぬ音が漏れる。


 全身を震わせて女を絞め殺そうとする時計屋の下で、命がちぢこまり、ついえようとする気配があった。


 メイドの手が床に落ち、頭上の炎を見上げる目から生理的な反応としての、涙がこぼれた。



【幸太郎を救うのは、何のため?】



 時計屋は考える。



【彼が不幸になると、苦しいから】


【キヨマサの心が、傷つくから】


【孤児が不幸になるのは、見ていて、辛い】



 時計屋は考える。



【幸太郎は、まるで自分だ。自分と同じなんだ】


【大人の都合で、理不尽な宿命を背負わされた】


【幸太郎は、私だ】


【だから、その敵は――――】



 時計屋の目が、キヨマサの目が、泣いている女を見る。







 メイドは気絶していた。顔を限界まで紅潮させ、滝のような汗をかき、床の上に倒れて息をしていた。


 時計屋は彼女の体を階段のそばに放り出し、その両の手首をひねり、砕いておいた。


 死の世界に片足を踏み込んでいたメイドは小さくうめいただけで、覚醒することもなかった。


 時計屋は、もう彼女のことなど、見たくもなかった。



 廊下を歩きながら、時計屋は嘔吐するように血を吐いた。それが痛めつけられた内臓から出た血なのか、単に顔面を殴られた時に口中から出た血が喉につまっていたのか、判別はできない。


 廊下を血を垂らして歩きながら、時計屋は声を上げて泣いた。


 メイド達を何人も撲殺した両手の指を広げ、自らの肉体から遠ざけるように前に掲げながら、廊下を一人で歩き続けた。



 巻き毛の少女が、自習室の闇の中で泣いている妄想が、頭から離れなかった。





 炎が、流れる血を照らし出す。


 血痕を残しながら歩く棚主の腰を、幸太郎が支えるように抱えようとする。


 もう少し背が高ければ。もう少し腕が長ければ。


 棚主の大きな体をずるずるとすべる腕に、幸太郎は唇を噛んで悔やんだ。


 はるか後方には棚主に射殺され、あるいは撲殺されたメイド達の死体がある。


 遮蔽物しゃへいぶつのない廊下で無傷で殺させてくれるほど、彼女達は生易なまやさしい相手ではなかった。


 幸太郎をかばいながら戦った棚主は、歩くのに苦労するほどの傷を負っていた。


「もう、許してくれたのかい」


 頭から垂れてくる血をぬぐいながら、棚主が言った。

 幸太郎は驚いて棚主の顔を見上げ、「何のこと?」と訊き返す。


「だって、言っただろ。『触らないで』って」


「あ……」


「嫌われたと思った」


 ぬぐったと思えば、また血が垂れてくる。目の中に入ろうとする血液を忌々(いまいま)しげに手の平で受けながら、棚主は口端だけで笑って見せた。


 幸太郎は、さっと顔色を変えて首を振る。


「違う、違います。そうじゃなくて……」


 上を見上げたまま歩いていた幸太郎が、床に落ちていた瓦礫がれきにつまづいた。


 あっと思う間もなく迫ってきた床が、鼻面を打つ寸前で止まる。

 幸太郎の腕をつかんだ棚主が、しかしそのまま膝をついて座り込んだ。


 床に手をついた幸太郎が、唖然として棚主を見る。


 棚主は笑っていたが、撃たれた右肩とわきばらからの出血は、頭部の傷と同様、止まっていなかった。


「少し……休もうか」


 二人が今いるホールは屋敷の二階に位置していて、天窓から差し込む光に浮かび上がった煙が、うすく流れ込んできている。


 火の手は上がっていなかったが、開け放たれた扉のすぐ向こうの床は、炎に赤く照らされていた。


 こんな場所で休もうと言い出した棚主に、幸太郎は床に爪を立て、うつむいた。


 大きな獣のように強い彼が、彼ほどの男が、歩けなくなったのだ。


「……なあ、幸太郎……実は……君に、言ってないことがあるんだ」


「……?」


「俺はね……」


 幸太郎と向かい合い、膝立ちになった棚主が、笑みを消してじっと相手を見つめた。



「……君の、血族……山田家本家の、当主になるはずだった男を……殺してるんだ……」



 一瞬、頭が真っ白になった。


 遠く聞こえていた炎の音も、自らの呼吸の音さえも耳から去り、幸太郎はただ、棚主の目だけを見た。


 聴覚が戻ってきたのは、数秒後に再び棚主が口を開いてからだった。


「先代当主の息子、次期当主となるはずだった山田栄八は、俺と争った結果、俺の知人の極道に撃たれて死んだ。彼の息子の栄治に関しては、俺がこの手で、殺したんだ」


「……なんで……」


「ある人を、守るためだった。君が会ったことのない人だ。だが、そのために当主の座が空席になり、君のお母さんが、東京に来た」


 鼻の奥が、つんと痛くなった。幸太郎は胸を押さえ、ひたすらまばたきを繰り返した。目の奥が湿ってゆくのを感じながら、棚主の口の動きを見る。


「君達親子に危害を加えたのは、確かに先代当主の秘書だった島田と、山田秀人だ。だが、そのきっかけを作ったのは、俺なんだ。俺が他の当主候補を殺したから、起きたことなんだ」


「……」


「君は……さっき、俺がヤクザを殺したのを見て、怖くなったんだろう? 俺の本性をじかに見て、危険を感じたんだ。殺人者の本性をな……その感覚は、正しいよ。俺は元々、まともな人間じゃないんだ」


 首を振る幸太郎に、棚主は懺悔ざんげをするようにうなだれた。


 苦しんでいるような、怒っているような顔をしている幸太郎へ、彼は吐息と共に伝える。


「俺は、こういうヤツなんだ。悪いな、幸太郎――」


「違うって言ってるじゃないですか!!」


 突如怒鳴った幸太郎が、棚主の胸に顔をぶつけた。


 自分を見下ろす棚主の腕を、細い指が必死につかんでいる。幸太郎の声が、震えながら、言った。


「ぼくが、いるから……ぼくを守っているから、棚主さんが怪我をするんだと思って……満足に戦えないんだと思って、だから『触らないで』って言ったんです! 自分で歩かなきゃ、頼りっぱなしじゃみんなが危険な目にあうと思って! 棚主さんを、怖がるわけないじゃないですか!!」


「……」


「きっかけが誰だったかなんて関係ないんです! お母さんはお母さんの意志で東京に来たんです! 棚主さんは、だって、ぼくを……」


 幸太郎の記憶の中には、棚主の言葉と振る舞いが、一つ残らず鮮明に残っていた。


 彼と葛びるの人々が、幸太郎に関わった人々が、何をしてくれたか、何を言ってくれたか、誤解のしようもなく思い出すことができた。


「……ぼくのために、ここまで来てくれたじゃないですか……!」





 くぐもった幸太郎の声に、棚主ががく然としてその頭を見下ろした。


 喉まで上がってきた言葉を、発することができない。


 何を言えばいいのか。どんな返事をすればいいのか、分からなかった。


 震える子供に伸ばしかけた手を、ぐっと握り締めた。眉間にしわを刻むと、棚主は幸太郎の肩をつかみ、自分のわきに引きずった。


 驚いて顔を上げる幸太郎の前で、ゆっくりと立ち上がる。


 言うべき言葉は、言うべき時のために残すことにした。


 いつの間にか、開け放たれた扉からホールに入って来ていた敵が、棚主に愉快そうに声を放つ。


「僕からも感謝の言葉を送らせてもらおう、棚主君、まさか君がこの素晴らしき戦争の機会を作ってくれた立役者だったとは」


 会話をどこから聞いていたのか分からないが、山田秀人は名乗ってもいない棚主の名を口にした。


 棚主は鼻を鳴らし、低く吐き捨てるように返す。


「あんたの礼なんぞ胸糞悪いだけだ。大勢の人を巻き込んで、そんな格好になるのが望みだったのか?」


 片耳と片目をなくした山田秀人が、並びの良い歯を剥いて笑った。


 棚主のわきで幸太郎が立ち上がり、敵を睨む。


 山田秀人はそんな二人の前で血に濡れた日本刀を天窓に掲げ、「満足だ!」と叫んだ。


「ここまで来たら君らにも分かるだろう? 僕は本当に、本当に戦争が好きなんだ。死と殺人にまつわるあらゆるものを愛している! 帝都東京に巣食う悪しき権力の亡者を、山田家の因縁を、数え切れない人々を民衆を、殺人鬼を巻き込んだ素晴らしい事件を起こせたことはひたすら満足だ」


 山田秀人は扉を開けっ放しにしたまま、ホールの中央に歩いて行く。


 ややあって「だが」とつぶやくと、奥の壁にかけてある巨大な絵画に切っ先を向けた。


 絵画はキリスト教美術の『聖アントニウスの誘惑』を題材にしたもので、聖人を無数の悪魔が取り囲み、よってたかって悪に誘おうとしている図だった。


「僕は事件の実行者ではあるが、企画者ではない。僕は戦争を望んでいたが、今日この時に屋敷を火の海にする気はなかったし、警察と衝突する予定もなかった。幸太郎君一家や、彼らを自宅に泊めていた馬車業者に危害を加える気もなかった。

 僕という人間に悪をうながしたのは、島田や城戸警視といった連中だ。僕は、結局担ぎ出されただけだからね」


「……」


「彼らは僕を自分達にとって都合の良い悪事に利用しようとしたわけだが、結局は僕を扱えるような器じゃなかったわけだ。僕は彼らの望み以上の悪をなし、大事件にまで発展させた。

 言ってみれば僕は、火災みたいなものなんだよ。放火した人間を責める者はいても、炎を責める莫迦はいないだろう?」


 棚主はわずかに震え始めた膝に気合を入れるため、わき腹の傷口に指を当てた。


 弾丸が埋まっているのか、それとも肉をこそいで飛んでいってしまったのか分からないが、激痛が足を踏ん張らせる。


 山田秀人はそんな棚主にほほえみながら、両腕を広げて息をついた。


「だからさ、さっきの君らの話には、筋が通ってないよね。幸太郎君が憎むべきは火元だよ。悪しき企画をした島田、そもそも幸太郎君に当主の継承権を与えた先代当主。そしてぇ……」


 にこやかに棚主を見る山田秀人の前に、幸太郎が進み出た。


 目を見開く山田秀人と棚主の前で、幸太郎が拳を握って、口を開く。


「ぼくが誰を憎むか、誰を許さないかは……ぼくだけが決めることだ」


「……ほぅ。許さないなら、どうするね?」


 日本刀を揺らす山田秀人に、幸太郎がさらに一歩前に出る。


 素手の子供が、山田秀人をまともに睨んだ。


「やっつけてやる」


「ははは!! できるならどうぞ!?」


 日本刀が空を切り、刀身の血を床にはじき飛ばした。


 幸太郎に向かって剣を構える山田秀人に、棚主が急いで幸太郎の前に出る。


 しかし幸太郎も一歩進み、棚主の隣に立った。


「何のつもりだ! どいてろ!!」


「……棚主さんだって、ぼろぼろじゃないですか。一人じゃ、勝てませんよ」


 怒鳴ろうとした棚主に、幸太郎が笑顔を向けた。

 恐怖を無理やり隠した笑みに、棚主が口を引き結ぶ。


「言ったでしょ、自分で歩きたいんです。守られてるだけじゃ、嫌なんです。……ぼく、全然強くないけど……けっこうすばしっこいんです。放火魔から、逃げたくらいですから」


「莫迦野郎、そんなことで……」


「今の棚主さんより、速いかも。小さいから、片目の山田秀人じゃ、追いきれないかも」


 はっとして棚主が視線を向けると、山田秀人は日本刀を構えたまま笑顔で二人を待っている。


 幸太郎は棚主の腰に手を伸ばし、残弾のないリボルバーを抜き取った。


「ぼく、斬られないように走り回ります。これであいつを狙いますから……棚主さんはあいつが気を取られている間に……」


「……」


「ねえ、棚主さん。ぼく達、友達ですか?」


 棚主は無言だった。握り締めた拳に、幸太郎が手をそえる。


「一緒に戦いましょう。友達は、どっちが欠けてもダメでしょ? 二人だから、友達なんじゃないですか」


 棚主はそれでも、幸太郎の提案を否定しようとした。

 顔を向けた瞬間、幸太郎にもその意志が伝わったらしい。


 幸太郎は、泣きそうな顔で、言った。「信じて」と。



「迷ってるようなら、僕が決めてあげようか」



 不意に近づいた気配に、二人が前方を見た。山田秀人が、猛然とこちらに走り込んで来る。


 幸太郎はすでに、右に走っていた。棚主は歯を食いしばり、山田秀人に向かって駆け出した。


「――――幸太郎!!」


 叫んだ棚主が、横顔に彼の視線を感じながら、無理やり口端を上げた。「覚えてろ」と小さく動いた唇に、幸太郎が、ぱっと、笑った。


「信じてやるさ――任せたぞ、刈田幸太郎ッ!!」


 襲い来る日本刀に、棚主は右腕を抜いた上着を、からみつけるように叩きつけた。

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