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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵2 ~焔の少年~  三章  焔の少年
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 葛びるのミルクホールに匹敵する広さのカッフェは、天道雨音が一人で管理するには、いささか大きすぎる建物だ。


 席は丸いテーブルが六つと、L字型のカウンター。天井や壁にはいくつも電灯が点き、出所の知れない西洋絵画がいくつも飾られている。


 テーブルの上の薄いほこりを何となく指でなでる棚主に、表の『Open』の札を『Close』に返してきた雨音が、玄関の鍵を閉めながら苦笑した。


「ごめんね、なってないわよね。自堕落な生活をしてきたツケだわ……お掃除が下手で……」


 棚主はテーブルの真上にある電灯を見上げてみる。


 光り輝くキノコのかさのようなそれを指の背でなでると、埃はついてこなかった。


 首をひねり、頬を赤らめている雨音に言う。


「ひょっとして、テーブルの後で電灯を掃除してないか? 掃除は『上から下』にやるといい。上で払った埃を下で取るんだよ」


「あら、お掃除得意?」


「別に」


 月末に葛びる全体を大掃除する時に、マスターに吹き込まれた知識だった。


 彼はことあるごとに四角い部屋を丸くくなだとか、熱したヤカンを濡れた布巾ふきんでつかむと火傷をするだとか、所帯じみたことを得意げに教えてくれる。


 いずれ嫁を取った時、家事を押しつけられるのは目に見えている。むしろ嬉々として自分から買って出るかもしれない。


 美人の嫁をお姫様のように扱うマスターが、笑顔で従僕のように鼻の下を伸ばしているのを想像すると、一気にいたたまれなくなった。


 たった今自分が雨音にした入れ知恵にすら、余計なことを言ったものだと辟易へきえきしたくなる。



 ……思考にまとまりがない。棚主は頭を振り、壁際のテーブル席の椅子を引いた。


 テーブルの上には、何故か誰も手をつけていない大きなサミヂ(サンドイッチ)が、皿の上に取り残されていた。


 一風変わった形をしたそれを見つめる棚主に、雨音がカウンターに向かいながら声をかける。


「ああそれ、食べていいよ。お客さんに出したんだけど、怒らせちゃって」


「怒らせた?」


「何年か前にセント……なんとかって、亜米利加の町で万国博覧会をしたでしょ。その時に珍しいサミヂが出されて評判になったそうなんだけど、それを食べたいってお客さんがいてね。本で調べて作ったんだけど、全然違うって怒っちゃって、一口も食べずに出て行ったところよ」


「面倒くさい客だ」


 困ったように笑う雨音を背に、棚主はサミヂをつかみ上げた。


 丸いパンに独逸ドイツ風のタルタルステーキを挟んだそれは、明治三十七年のセントルイス万博で、ホットドッグやコーンつきのアイスクリームと共に客に供された。いわゆるハンバーガーだ。


 雨音が作ったハンバーガーはパンが厚く、両面をカリカリに焼いてあって、タルタルステーキの他に輪切りにした赤茄子と玉ねぎが挟んである。


 パンをめくってそれらを確認していた棚主が、おもむろに一口かじった。


 ざくっと良い音がする。


 香ばしいパンと、汁気の多い生野菜の感触。だが肉は少々焼きすぎていて、かじったそばからボロボロと崩れた。


 電気ブランとコップを運んで来た雨音が、猫のような目を上目づかいにして「どう?」と訊く。

 棚主は口の端から垂れる赤茄子をすすりながら、首をひねった。


「肉はもう少し軽く焼いた方が美味いかもしれない。味つけも濃い目の方が……」


「お塩だけじゃダメだったかな」


「ソースをくれ。あと、悪いが水も」


 雨音は電気ブランとコップをテーブルに置いて、「悪くないわよ」と笑ってカウンターに引き返す。


 棚主はそんな雨音の、白い洋服の上にエプロンをかけた後姿を見ながらハンバーガーを皿に戻した。


 次いで玄関の方を見ると、今更ながらに「もう店じまいかい」と声を飛ばす。


「何時から何時まで開いてるんだっけ、この店は」


「朝の八時から、夜の八時まで。水曜日と、日曜日はお休みね」


「……もう八時だったか」


「まだだけど、いいのよ。棚主さんが来たらその日はおしまい」


 なんともいえない顔をする棚主のもとに、雨音が盆の上に水の入ったコップと、様々なソースの容器を載せて戻って来る。


 差し出される盆の上を、棚主の手がさまよう。


 ウスターソース、ピューレ……トマトケッチャップ、醤油しょうゆ、諸々。


 一通り迷った後、棚主はトマトケッチャップを手に取り、パンを外したハンバーガーの中身にしぼった。


 続いてウスターソースを手に取り、しぼる。

 ピューレも、醤油も、あげくバタ(バター)もひとかけ放り込み、パンを戻してかじりついた。


 「ええー……」と声を漏らす雨音の目の前で、棚主は何度かうなずいて、悪くない、と片眉を上げてみせる。


「外国の味つけは日本とは勝手が違うからな。本場と違うと文句を言うなら、客の前に調味料を並べてやったらいい。勝手に自分好みにして食えってな」


「棚主さんの好みは雑多よ。胸が悪くなりそう」


 苦笑する雨音が、椅子を引いて来て棚主の隣に座る。


 棚主はハンバーガーをかじりながら電気ブランをコップに注ぎ、三分の一程度で瓶を置いた。


 残りの三分の二を水で埋めるのを見て、雨音は小さく眉を寄せる。



 窓を、不意に雨粒が叩き出した。ここ数日は天候が安定しない。


 床に座っていたカラス猫が、雨音の白いスカートのすそに寄って来て、「にゃあ」と鳴いた。


 黒い体を抱き上げ、膝に乗せる雨音に、棚主は水割りに口をつけて言う。


「その、彼も元気そうだ。……彼女だっけ?」


「彼よ。そうね、ごはんもよく食べるし、ダニもいないし」


「鳴き声がんでいる。前は、こう……『にゃあ』ではなく、『ぶみゃぁ』だった」


 鳴き声を再現してみせる棚主に、雨音が「そうそう」と笑う。


 カラス猫の喉をなでてやりながら、雨音は一呼吸置き、じっと棚主を見た。長いまつげが震え、薄い唇が小さく開く。


「――きっと、満ち足りてるのよ。この子も、私もね」


「何よりだ」


「もっと、ちょくちょく来てくれてもいいのに」


「そうはいかないさ。君は俺から代金を取らないから……ちょくちょく来たら、店が潰れる」


 言い終わるか終わらないかの内に雨音が片膝を上げ、テーブルの下で棚主の靴をヒールで踏んだ。


 顔をしかめる相手からつんと目をそらし、雨音は窓の外の闇を見る。


 靴を踏まれたままにして、棚主はハンバーガーの残りを口に放り込んだ。

 咀嚼そしゃくし終えたところで、何となく目を合わさずに訊く。


「店もそうだが……暮らしは、順調かい」


「ええ。場所が良いからお客も多いし、緋田さんが守ってくれてるから、寄桜会のヤクザも来ないし。色々不慣れだけど、常連さんもできたところ」


 棚主の知人である緋田は、千住の極道だ。


 山田栄八との戦いで棚主側につき、紆余曲折うよきょくせつを経て、雨音の経営するカッフェを『シマ』として所有している。


 元々ヤクザに囲われていた雨音が、これ以上ヤクザに関わらないようにと、自分のシマである土地に住まわせて睨みを利かせているわけだ。


 だが彼と彼の身内がカッフェを訪れることはなく、みかじめを要求することもない。


 事実上、土地建物をまるごと雨音にくれてやっている状態だった。


「緋田さんは昔かたぎの男だから、義理にうるさい。君の安全を保証した以上、最後まで責任を持つだろうよ……ヤクザ以外にも困ったことがあったら、相談すればいい」


「相談なら棚主さんにするわ」


 雨音が首を傾けて、棚主の肩に頭を乗せてきた。

 洋風の短い髪が背広の襟にすべり込み、肌に触れる。


 だが彼女のヒールはまだ棚主の靴を踏んだままだった。


 それは、不満の表れではなく、棚主をどこにも行かせまいと繋ぎとめているかのようで。


 棚主はそんな雨音に、密かに息を呑んだ。雨音の膝から、カラス猫が飛び降りる。


 店の奥の階段から、電灯の点いていない二階へと上がって行く黒い獣の姿は、階上の闇と同化して溶けるように消滅してしまった。


 頭を動かし、髪の間から見上げてくる雨音の目は、その消滅した黒い獣の目と、同じ形をしている。


「棚主さん、私のことばかり訊くのね。仕事のこと、お店のこと、暮らしのこと。いつもは、他のことも話すのに」


「……そうだったかな」


「電気ブランも、いつもはストレートよ。お水で割ったりしないわ。……ねえ、酔えない理由でもあるの?」


「……」


「今日、なんで会いに来たの」


 棚主は水で割った電気ブランを、一気に飲み干した。


 雨音は視線を棚主の横顔に向けたまま、そのあごに線のように走る髭を一本、爪でつまんで引き抜いた。

 そうして悪戯いたずらっぽく笑うと、笑顔のままため息をつく。


「まるで、自分がいなくなってもやっていけるか……確かめに来たみたい」


「君は立派にやってる。確かめるまでもないさ」


「次はいつ来てくれるの」


「……」


 雨音のヒールが、棚主の靴をいっそう力をこめて踏みにじった。

 今度は表情を変えない棚主から、雨音もまた薄笑みを浮かべたまま、上体を離す。


 喉をさすりながら、棚主は多少言葉を選ぶように、視線をさまよわせて言った。


「俺はまっとうな人間じゃない。だから、しょっちゅう揉め事に巻き込まれるし……自分から揉め事に突っ込んで行くことも、ある」


「私を助けに来てくれた時のように?」


「俺には『欲』がある。普通の人にはない欲だ」


 雨音の顔から、笑みが消えた。棚主の低い声が、ホールに響く。


「――ゲス野郎が、力のない人の人生をもてあそび、破壊するのが、我慢ならない。そいつを打ち殺し、その周囲を血の海に沈めてでも、結果を変えたい……そういう、『殺人欲』が、俺にはある」


 雨音のヒールが、棚主の足から退いた。


 雨音の大きな目が、棚主の異様な光を宿し始めた目を見つめる。薄い唇が、そっと言葉をつむいだ。


「それは『欲』じゃないわ。世間の人は、普通……そういう気持ちを、『義侠心』とか、『義憤』って言葉で言い表すものよ」


「義侠心や義憤は心に秘めることもできる。でも、俺のはダメなんだ。目の前で起きてしまうと……どうしようもなくなる。

 赤の他人が、知らないところで死ぬのなら別だ。だが自分が関わった人が踏み潰されそうになっていると、踏みつけているやつを、無条件で殺したくなる」


「……」


「義侠心や義憤なら、見知らぬ土地の赤の他人の危機にも反応する。だが俺の『欲』は、自分の周りの人間に限られたものなんだ。綺麗な言葉で呼べるようなものでは……」


「関係ないわよ」


 短く言う雨音が、空になったコップに電気ブランを注いだ。「関係ない」ともう一度繰り返す彼女が、コップの半分ほどを満たした酒を、見つめる。


「助けてくれたのが、聖人だろうと、殺人狂だろうと、私達に何の違いがあるって言うの? 法で裁かれたなら、どっちも等しく殺人犯だわ。動機が倫理の上のものであろうと、感情的なものであろうと、文句なんか言わないわよ」


「……」


「いいの、分かったから。また、あの夜みたいなことが起きたんでしょ……誰かが、棚主さんを待ってるんだ」


 雨音は電気ブランを一気に飲み干すと、「ぐっ!」と声を上げて机に手をついた。

 びりびりと痺れるほどの酒の強さにもだえる雨音に、棚主は残っていた水を慌てて差し出した。


 胸を上下させて水を飲み干すと、雨音は顔を真っ赤にして涙ぐみながら棚主の背中を平手で叩いた。


 もっと水をと席を立ちかける相手を、雨音は体当たりするように体で制した。

 吐息とともに酒気を吐き出すかのように、大きく口を開閉してから、雨音が声を上げて笑う。


「……大丈夫か、おい」


「しょうがないよね。棚主さんのそういう『欲』のおかげで、私は今、生かされてるんだもの」


 額に手を当てた雨音が、ふーっと息をついて壁にかかった絵を見た。


 小さなベアトリーチェ・チェンチの顔をとろりとした目で眺め、すぐそばにある棚主の耳に、ささやいた。


「でも、うれしいよ。ちゃんと行く前に様子を見に来てくれたんだから。……ねえ、それは『欲』とは関係ない気持ちでしょ?」


「ああ」


「私、なんとなく分かるなあ。ほら、あの夜、客船の上で話してくれたでしょ。棚主さんの昔の話……浮浪児だったころの、話」


 雨音に抱きつかれたまま、棚主は電気ブランの瓶に手を伸ばす。

 窓を叩く雨粒が、砕けて飛び散るのを見ながら、棚主はゆっくりうなずいた。


「力を持たない、踏みつけられる弱者ってさ。それ、昔の棚主さんなんだよ」


「……」


「一方的に踏まれる悔しさを知ってるから、棚主さんは同じ立場の人の声に、黙ってられないんだと思う」


 棚主は雨音の言葉に、コップに注ぎかけた電気ブランを寸前で止めた。瓶を傾かせたまま、考える。


 そうして考えれば考えるほど、雨音の台詞に対する否定と、卑下の言葉が浮かんできた。


 棚主は殺人者である自分を善とするような、一切の言葉を拒んできた。


 新聞を賑わせる凶悪犯や革命主義者が口にするような、義賊だとか、愛国の体現者だとかの自称は虫唾むしずが走る。


 自分の都合で、自分の判断で、気に入らない者を叩き殺す。その行為自体は悪以外の何ものでもない。そう自覚していた。




 だが今は、棚主はそんなことを口にはしなかった。

 瓶をテーブルに置くと、じんわりと汗をかいている雨音のわきに手をそえ、膝の裏に腕を差し入れた。


 そのまま雨音を抱き上げる。「わぅ」と妙な声を上げる雨音に、「上に寝泊りしてるのか」と階段を見ながら訊いた。


「横になった方がいい……ずうずうしくて恐縮だが、明け方までいていいかい? 扉の鍵を開け放して行くわけにもいかん」


「棚主さん。また会いに来てね。いなくなっちゃ、嫌よ」


 目を閉じて独り言のように言う雨音に、棚主は少し考えた後、小さく「ああ」と答えた。



 二階の寝台に雨音を寝かせた後、棚主は再びホールに戻り、窓の外を睨んでいた。


 今、このカッフェを訪れているのは、山田秀人と戦うにあたり友人である雨音と、今生こんじょうの別れを惜しむためではなかった。


 彼女のこれからの生活が、無事に営まれていくかの確認の意味もあったが、それだけではない。



 今回の事件は、元を正せば自分と、雨音の行為が発端ほったんとなっているのだ。


 山田家の次期当主であったはずの山田栄八と、その息子栄治が死ぬはめになったのは、結局のところ棚主と雨音に関わったからだ。


 山田栄八は雨音を殺そうとして逆に緋田に射殺され、栄治は棚主が息の根を止めた。


 その結果として当主の座が空き、継承者同士の争いが起きた。

 幸太郎が山田秀人に狙われたのも、そのきっかけ自体は、棚主達が作り出したものなのだ。


 見方を変えれば、今回の事件は、棚主と雨音が巻き込まれた以前の事件と同じものなのだ。


 山田栄八、栄治の死と、幸太郎の誘拐はそのままつながっている。


 事態は、収束してなどいなかった。山田家をめぐる重要なことは何一つ、解決してなどいなかったのだ。



 激しく窓を叩く雨。二階から音もなくカラス猫が降りて来て、電灯の光に照らされた棚主を見た。


 棚主は自分に向けられる野生の瞳に、同じ色を宿した視線を返して言った。


「決着をつける。義憤ではなく、憎悪で戦う。やつらの存在自体が、憎い」


 カラス猫は棚主を数秒見つめた後、雨音がいた時はけっして上らなかったテーブルに飛び乗った。


 棚主の前に座った彼は、何も言わずにそこにいる。そこにいて、黙って聞いている。


 尊厳を奪う者が憎い。子供の、魂を蹴る者が憎い。


 雨音の言葉に正しい部分があるとすれば、棚主は雨音や幸太郎に、確かに自分の過去の面影を重ねている。ただしそれは部分的な、要素的なものだ。


 大人の都合で踏みつけられる、邪悪な、醜悪な思惑の犠牲にされる、抵抗もできない孤独な子供の敵を、棚主は心底許せないのだ。


 だから殺す。この世から消そうとする。


 棚主は、幸太郎を自分と同じだとは考えていない。

 幸太郎は自分よりも、純粋で、まっすぐで、輝かしい世界に歩いて行く資格を持った人間だ。


 親に否定され、捨てられ、人殺しに堕ちた自分とは真逆の人間だ。


 それにこの事件の関係者には、棚主よりも幸太郎に近い人間がいる。


 それは雨音の、天道雨音という女の体の中にいた、赤ん坊だ。

 ヤクザに母体の中にいながらにして殺され、死産となった、名もない赤ん坊。


 山田栄治の血を引いた、本家筋の子。本来なら山田家本家の中で育ち、いずれは当主の座に着くはずだった人間。


 あの山田栄八ですら、死の直前にはそれを望んでいた。

 孫として、愛されることを望まれていた。


 なのに、生きられなかった。産まれてくることすらできなかったのだ。



 棚主はぐつぐつと猛っていた心が、冬の外気にさらされた刃のように冷えていくのを感じた。


 幸太郎は、このままでは雨音の赤ん坊と同じ運命をたどる。

 横暴な大人達に、よってたかって、八つ裂きにされる。


 雨音の顔を見ることで、棚主は今、最も必要なものを得ていた。


 行き場なく煮えたぎる怒りと殺意ではなく、明確な形を持った、冷静な憎悪と、意志だ。


 幸太郎や、雨音や、その赤ん坊を翻弄ほんろうし、地獄に突き落とした者どもを許してはおけない。


 そしてそれ以上に、翻弄された人々の運命に、明確な形で決着をつけねばならない。


 負けることは、許されない。



「俺にできることは知れている……ケダモノにできることは……同じケダモノを、食い殺すことだけだ……」



 ゆっくりと立ち上がる棚主を、カラス猫は黙ったまま見上げた。


 問題は、いかにして殺すかだ。どれほど多くの敵を殺し、幸太郎を逃がすかだ。


 カラス猫の視界の中で棚主は逆光に沈んだ顔を歪ませ、ぎょろりと双眸そうぼうを転がした。


 視線の先にはただ窓の外の闇があり、黒い血のように弾ける、雨粒の群があった。

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