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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵3 ~探偵賛歌~
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獣の戦

 陽が上ってからの銀座は、ひたすら混沌としていた。


 ごく短期間で起きた無数の警官殺し、発砲事件、病院襲撃事件に爆弾事件。


 警察の動きはあわただしく、各新聞社の号外もどこに焦点を当てれば良いのか分からず、統一感のない紙面となっている。


 唯一事件の中核に身を置いていたミワさんの会社だけが、元寄桜会系古烏組の関与を叫び、事件の真相にかなり近い記事を社員全員で大々的にばらまいていた。


 無論田所や、東城、棚主達に関連する事柄は省かれた上で、である。


 三村達は森元が築地警察署に連れて行き、田所達は出頭命令があれば即時署に出向くという約束の下、解放された。


 直子を母親の入院している病院に送った田所は、病室を出たところで昨夜馬車で一緒になった、緋扇組の二人の極道と鉢合わせた。


「旦那、若がしと棚主さんが向かいの洋食屋でお待ちしてます」


「……」


「ここは俺らが固めますんで、どうぞ行って下さい」


 背広の前を広げ、ズボンに差した匕首を見せる二人の肩を軽く叩き、田所は言われたとおり廊下を歩き出す。


 病院を出ると、通りは人でごった返していた。踏み破られた号外が地面に散らばり、人々の顔にも心なしか緊張の色が見える。


 人の波を縫い、小さな洋食屋へたどり着くと、こじゃれたカウベルのついた扉を押し開く。


 店内には緋扇組の極道達がいて、奥のテーブルに緋田と棚主が座っていた。


 歩み寄ると、棚主が挨拶もせずに足元から弦楽器を入れるケースを取り上げ、テーブルの上に置く。「どうぞ」と手の平を見せる彼に、田所は席に着きながらケースの留め金を外す。


 中に入っていたのは、田所の日本刀だった。首を傾ける田所に、棚主は足を組みながら言葉を続けた。


「森元警部補が証拠品にされないよう、確保してくれたんだ。ケースはその辺の店で買った。新聞紙で包むよりは怪しまれないだろ」


「……ありがとう」


「針田兄弟は死亡。金橋は警察の手に渡った直後に、警官の喉にくらいついて警棒で撲殺されたそうだよ」


「何やってんねん、って言いたいとこやけど、まあ金橋がわざと警官に自分を殺させたんやろな。これで古烏組の生き残りは組長の釘島一人ってわけや……

 ちなみに、金橋に襲撃された高岡は生きとるで。ただいま尋問中や」


 緋田が言いながら、煙草をくわえてマッチをこする。


 田所は日本刀のケースをひざに置き、眼前の二人にゆっくりと口を開く。


「釘島は逃走中か」


「ああ、警察が網を広げている」


「ヤツは俺に『また今度』と言った」


「目ぇつけられたんや。たぶん、おたくを殺すまでは銀座を離れまへんで。

 古烏組は、それこそ烏のように執念深い連中や」


「好都合だ。ヤツが生きて潜伏している間は、事件は終わらない」


 紫煙を、ふーっと吹き上げる緋田が、「そんじゃ」と天井を見る。


「こっからは獣の戦っちゅうやつやな。誰かを助けるわけでも守るわけでもない、目障りなケダモノをただあぶりだしてぶち殺す。

 悪党同士の潰し合いってやつで」


「……辻斬りは得意だったよな、田所さん」


 あごをなでながら言う棚主に、田所がじろりと目を転がす。


「暗殺稼業、仕置き稼業ではあったが……辻斬り魔のように言われるのは、心外だ」


「過ぎ去った時代が戻ってきたのさ。釘島はあんたと戦いたがってる。鉄砲玉の矜持きょうじってやつかもな。

 あんたはそれに応えて、町をうろついてくれればいい」


「……」


「斬りたくなければ、斬らなくていい。代わりに俺達がやつを始末する」


 田所が、ゆっくりと立ち上がった。電灯に顔が隠れ、口元だけが光のそばに残る。


 煙草をふかし、あごをいじる二人に、低く「いいや、斬る」と声を放つ。


「間宮家だけのことではない。この国でこんな無法をする釘島を、放ってはおけない。

 ……ヤツが望むなら、立ち合い……斬る」


「分かった」


 短く応えた棚主が、緋田と共にゆっくりと席を立つ。


「主役はあんただ。及ばずながら助太刀といこうか、なあ、緋田さん」

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