探偵達 十一
田所は極道達とミワさんに東城達を任せ、三村達とともに店の奥へと突き進んだ。
事務所らしき部屋を抜け、廊下に出て、裏口へと向かう。扉に近づくと、罵声と人の争う音が聞こえてきた。
田所は一気に扉に駆け寄り、力任せに蹴破る。
外では数人の警官が倒れていて、青黒い異様な顔をした男が、牛のような大きな体の男と取っ組み合っていた。
一瞬状況が分からず足を止めた田所が、扉のすぐわきに膝をついている男に気づいて目を剥く。
鼻血を出している眼鏡をかけた男は、田所が築地署で会った刑事だった。刑事も田所に気づき、顔を上げる。
青黒い顔の男が、取っ組み合っている相手のあごに頭突きを食らわし、引き剥がした。
「どっちだ!?」
短く叫ぶ田所に、眼鏡の刑事は一瞬口元を引き結ぶ。
だがすぐに頭を振り、青黒い顔の男を指さした。
「青面のやつが誘拐犯だ!」
大きな男が腹に蹴りを食らい、よろめいた瞬間、田所は刀を手に戦いの現場に突進した。
青黒い面に浮かんだ目が、ぎろりと田所を睨む。振り向きざまにその拳がまっすぐに放たれる。
速い。避けられない。
そう判断した田所は顔を狙ってきた相手にあごを引き、拳を額で受け止めた。
食いしばった歯がびき、と音を立て、目に火花が散る。倒れそうになる足を踏ん張り、全身の筋肉に気合を入れると、拳を放った男がうなりながら一歩下がった。
「何だ……このジジイは……」
頭部にもろに打撃を食らって悲鳴一つ上げない相手に、青面の男は不愉快そうな、それでいて興味深そうな声を上げる。
だが彼が再び拳を振りかぶった瞬間、田所の刀の刃先が音もなく青面の男の靴先にめり込んでいた。
親指の骨が砕ける音に、振りかぶった拳がびくりと震える。
それでも打撃を放ったのは、おそらくは古烏組のヤクザである男の意地か。
迫り来る拳をぶ厚い胸板に受けた田所が、打撃の威力に体をのけぞらせながら、同時に敵の腕をつかむ。
刀から手を離し、敵の拳の親指をつかむと、そのまま力任せにへし折った。
目を剥く敵が、田所の体重に引かれて共に地面に倒れる。
うめく間もなく、田所の丸太のような足が青面の男のあごの下に滑り込む。
両足を交差させてがっちりと首を挟むと、田所はそのまま半身を起こし、地面に両手をついて締め上げ始めた。
「ぐっ……かっ……!」
田所の足をかきむしり、腿に拳を打ち込む青面の男が、拘束を解こうと地面を靴でなでる。しかし田所は力をゆるめず、万力のような力で敵を締め付けながら言った。
「大した腕っ節だ。一対一なら危なかったな」
「……ぅくっ……」
「沈め」
田所がいっそう足に力を込めると、青面の男は歯を剥きながら、最後にずるりと靴で土をかき、動かなくなった。
眼鏡の刑事と、牛のような大きな男が駆け寄り「もういい!」と同時に叫ぶ。
「確保だ! あんたも動くんじゃない!」
「手錠だけじゃ危険だ」
ゆっくりと足をのける田所の前で、眼鏡の刑事が青面の男の両手に手錠をかけ、さらに自分の背広を脱いで両足首を縛り始める。「何だそりゃ」と目をぱちくりさせる相方の台詞に、眼鏡の刑事は「応急措置だ」と肩をすくめながら、田所を見た。
「中から出てきたな。間宮直子は?」
「無事だよ。仲間が保護してる」
「……自分の手で無実を証明したか。しかし……」
眼鏡の刑事が、地面に転がった日本刀を見る。田所はため息をついて、頭をかいた。
「……犯人達の護送と、けが人、被害者の救助を先に済ませよう。今更逃げはしないよ。それに……犯人の一味は、まだ一人残ってるはずなんだ」
「何?」
「例の寺から遺骨を盗んだ大男だ。あいつがいない。ひょっとしたらもうすぐここに帰って来るのかもしれない」
田所の言葉に、眼鏡の刑事は眉根を寄せて「横山」と牛のような体の男に声を投げた。
「動けるなら、電話を探して署に応援を要請してくれ。警官をたっぷり二十名は欲しい」
「待てよ、そうしたら現場で動けるのがお前一人しかいなくなるだろうが。この男だって……」
「大丈夫だ。棚主さんが身元を保証した。あの人もここに向かってる」
同時に目を丸くする大男二人に囲まれて、眼鏡の刑事は頭をかきながら顔をゆがめる。
「事件の解決が第一だ。使える戦力は使おう……急げ、横山」
「わ、分かった。気をつけろよ」
とまどいながらも駆け出す横山を見送りながら、眼鏡の刑事は深くため息をついた。
彼が倒れた警官達の介抱を始めると、田所の背後に影が差す。
振り向けば、えらそうに腕を組んだ三村が、仲間二人を従えて勝者のように扉の前に立っていた。
「いやあ、絶景かな絶景かな。警官とヤクザが同じ場所に転がってる光景なんてめったに見れねえやほんと」
「黙ってろ」
額に手を当てる田所。頭痛がするのは、受けた打撃のせいだけではない気がした。




