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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵3 ~探偵賛歌~
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探偵達 九

 東城は待っていた。


 事態を好転させるための、ほんのささいな出来事。ほんのわずかの隙を、床に這いつくばりながら辛抱強く待っていた。


 腹や胸に叩き込まれる拳を、申し訳程度の筋肉を緊張させてしのぎ続けた。

 そのかいあって、喉から血があふれてきたり、骨が折れる音を聞くようなこともなかった。


 だが、いずれ東城の体は壊される。その前に好機の到来がなければ、命運は尽きる。


 床に転がった東城の眼鏡を、鯉の刺青の男が踏み潰した。この場にいる二人のヤクザの、弟の方だ。彼はひしゃげた眼鏡のつるをつまみ、東城の眼前でぷらぷらと揺らす。


「あーあ、残念。ぶっ壊れちゃったよ。眼鏡がなきゃ、ろくに見えないだろ? 俺の顔、分かる?」


「……高級品だ。後で弁償してもらう」


 ヤクザが声なく笑い、眼鏡を放り捨てる。


 直後にわきから青面の方のヤクザが、東城のわきばらに蹴りを入れた。


 床を転がり、咳き込む東城を、二人のヤクザが交互に蹴りつける。

 背中を丸めてはダメだ。骨を痛めぬよう、腰を伸ばした姿勢で急所を腕で守る。


 直子が寝台の上でわめいている。美耶子は……この体勢からは、視界に入らない。


 やがてヤクザ達が息を乱しながら東城から離れ、獣のような声を上げた。


 青面のヤクザが首の骨を鳴らし、弟に言う。


「飽きてきた。素人のくせにしぶといやつだ……素手の拷問ではらちがあかない」


「いやあ、そりゃあ想像力が貧困だぜ兄貴。別に道具を使わなくたって面白い拷問はできらあな……強情を後悔させてやる」


 弟のヤクザが、呼吸を整えながらにぃっと笑った。


 東城の体の左側に回ると、がっちりと腕と手首を取り、引き起こす。


「兄貴、逆の腕を取れ。ひじの裏側に腕を回して、手首をかためるんだ」


「何をする気だ?」


「ハイカラに行こうぜ。西洋風の拷問……いや、『処刑』だ。向こうじゃあ人間の両腕に縄をくくりつけて、それぞれの端を二頭の馬のくらに結び、反対の方向に走らせるんだとよ」


「……そんなことしたら、真っ二つになっちまうじゃねえか」


面白おもしれえだろ?」


 顔を引きつらせる東城に、兄貴分のヤクザはすぐに破顔し、東城の右腕をかためにかかった。


 両腕を取られた東城は床に膝を立て、全身に力を入れて衝撃に備える。

 弟分のヤクザが、そんな彼に悪魔のようにささやいた。


「二人がかりで引き裂いてやる。人間の手で人間を解体できるか……? 大実験だ!!」


 次の瞬間、東城の両腕が、肉体が凄まじい力で左右に引かれる……



「ちょっと待て」


 両の手首とひじに激痛が走りかけた瞬間、兄貴分のヤクザが声を上げた。


 こんしんの力で腕を引こうとしていた弟分が「ああ!?」と不機嫌そうな怒声を上げる。


「なんだよ! 興がめるだろ!!」


「うるさい、静かにしろ」


 東城の腕を取ったまま、ヤクザ達が静止する。


 ダンスホールの奥、先刻大男が出て行ったのとは逆の方向から、わずかに音が聞こえてきた。ドンドンと、扉を叩く音だ。


 脂汗を床に落とす東城の頭越しに、ヤクザ達が顔を見合わせた。


「組長かな?」


「違う。組長は買い物に出たら二時間は戻らない。ぶらぶらそのへんを散歩して、一杯ひっかけてからじゃないと帰って来ねえ」


 兄貴分のヤクザが東城を放し、ホールの奥の扉へと向かった。弟分が「金橋かもよ!」と怒鳴ると、うんざりした顔で兄貴分が視線を返す。


「とにかく確認してくる。戻って来るまで休憩してろ。でかい音は出すな」


「早くしてくれよ。せっかく気がたかぶってんだからよ。早くしろよ兄貴」


 東城の腕をつかんだまま早口で言う弟を放って、兄貴分は扉を開け、ホールを出て行く。



 ――好機か。東城は自由になった方の腕の拳を握り締め、息を整えた。






 青面のヤクザは後ろ手に扉を閉めると、広い事務所を抜け、裏口へと続く廊下に出た。裏口の扉をノックする音は静かに、しかし断続的に響いてくる。


 金橋でもないな、とヤクザは思った。あの男はノックなどめったにしないし、したとしても無遠慮に、乱暴な叩き方をする。


 廊下は突き当たりで左に曲がっていて、さらに右に曲がり、裏口へと到達する。


 襲撃者が侵入した時、即座に銃撃されないようにするための構造だった。


 裏口の扉の前に立つと、ヤクザはじっと木製のぶ厚い扉を見つめた。ノックはまだ続いている。だが至近で聞くと、どうも素手で叩いているわけではないらしい。何か硬いものを、扉に打ちつけている。


 ……何を持ってやがる?


 ヤクザは一瞬『誰だ』と声を上げようとしたが、思いとどまり、わきに置いてあった鉄製の傘立てを静かに持ち上げた。


 ゆっくりと扉の鍵を開け、ノックが続いていることを確認する。


 次の瞬間、一気に体全体を扉に叩きつけ、ノックの主を弾き飛ばそうとした。


 だが、開いた扉の向こうに手ごたえがない。外に飛び出したヤクザが眉を寄せる間もなく、開いた扉の反対側の方から、即ち真横から、「よお」と声が上がる。


「古烏組の組員だな」


 牛のような大きな体をした男が、警察の持つ警棒を頭上に振り上げていた。


 扉のわきに潜み、警棒を伸ばしてノックをしていたのだ。警棒が、ヤクザの頭部に振り下ろされる。


 バキッ、と音がして、視界が揺れた。うめきながら、衝撃のままに外に数歩よろめき出てしまう。


 背後で扉が音を立てて閉められ、次いで電柱や物陰から、制服を来た警官が六人ほど現れた。


 振り向くと、牛のような男のわきに、眼鏡をかけた男が立っている。どうやら扉の開く側に潜んでいて、鼻を打ちつけたらしい。赤くなった鼻面からひとすじ、血が流れていた。


「……とりあえず、警官への暴行で確保しろ。間宮直子、その他の拉致容疑は後で確認する」


 ヤクザが咆哮を上げると、警官達が警棒を手に、一気に襲いかかって来た。

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