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雅美と晶也の共同捜査(3)

 雅美が病院へ入っていくのを見届けてから、沢渕は駐車場の方へ歩き出した。

 来訪者用の駐車場は端から端まで見通しが利く。だが建物はさらに奥へと伸びている。敷地の形からすると、駐車場の先にも何かがあることになる。

 沢渕は周りを見て、誰も居ないことを確認すると生け垣を乗り越えた。背を低く保ちながら、芝生の上を進んだ。

 こちら側には職員用の駐車場が広がっていた。車でびっしりと埋められている。どうやら職員専用の通用門からしか出入りできないようだ。その門も今はぴたりと閉じられている。

 視線を移動していくと、その途中で身体に衝撃が走った。思わず声を上げそうになった。

 とうとう発見した。マイクロバスである。

 駐車場の隅にひっそりと置かれていた。それは長い旅の末、ようやく辿り着いた最終目的地のように思われた。

 この昼の時間、職員の出入りはなく、駐車場はひっそりと静まり返っている。そのおかげで大胆にマイクロバスに近づくことができた。

 窓から座席を数えた。十人乗りである。今も患者の送迎に使っているのだろうか。

 もちろん運転席には誰もいない。ドアを開けようとしたがビクともしなかった。鍵が掛かっているのだ。

 反対側に回ってスライド式の大型ドアにも手を掛けてみた。やはりこちらも動かない。

 何としても証拠が欲しかった。

 しかしすでに五年の歳月が経っている。それでもこのバスが犯行に使われたことを証明する痕跡はないものだろうか。

 突然、建物の一角でスチールのドアがきしみ音を立てた。

 誰か人が出てくる気配。慌てて腰を屈め、近くの植木の陰に身を投げた。

 この位置からは人物の顔は確認できなかった。車のドアが開閉されてエンジンが掛かった。通用門が自動で開くと、車は排気音を残して立ち去った。しばらくすると、モーターの回転音とともに通用門は閉められた。

 この職員用の駐車場は四方をフェンスで覆われているため、外から中を窺い知ることはできない。以前叶美と調査した時、バスに気づかなかったのはそのせいだろう。

 沢渕は人の気配が完全に消えてから、身を低くしたままゆっくりと移動し始めた。

 さっきから気になるプレハブ小屋があった。

 壁には高さを競うように空箱が積み上げられている。表面には「無農薬野菜」などの文字が見える。その脇には空の一升瓶が数本立ててあった。

 沢渕の目を引いたのは、そのプレハブからコンクリート舗装された小道がまっすぐ病院の中へと引き込まれていることだった。恐らくこのプレハブ小屋は病院の調理施設だろう。ここで作られた食事がカートに載せられて病室まで運ばれているのだ。

 近づくと食器類が激しく重なり合う音、勢いよく流れる水の音が聞こえる。中で仕事をしているようだ。

 この病院には調理場が併設されていた。そしてそれは今も稼働している。これでまた、ここに人質が監禁されている可能性が高まった。

 こっそり小屋の窓を覗いてみた。

 今はとっくに昼を過ぎているが、夕飯の仕込みだろうか、白いエプロンをした数人の男女が無駄のない動きをしている。

 その時である。突然手前のドアが開かれた。沢渕は意表を突かれて隠れる暇もなかった。覚悟を決めて瞬時に直立した姿勢をとった。

「おい、お前。ここで何をしている?」

 威圧的な声だった。

 沢渕は肝を冷やしたが、努めて冷静な態度を保った。

「調理場はこちらですか?」

「ああ、そうだ」

「責任者の方はいらっしゃいますか?」

「私だが、何か用か?」

 大柄な男は腕を組んで沢渕の前に立ちはだかった。

「実はアルバイトの件で来ました。看護師さんにこちらの責任者と会うように言われまして」

 咄嗟に口から出任せを言った。

「アルバイトだって?」

「はい。こう見えても料理は得意でして」

 沢渕は愛想良く言った。

 しかし男は警戒心を解こうとはせず、

「誰の紹介で来たんだ?」

「特に紹介はないのですが、夏休みの間アルバイトできないかと思い、受付で訊いたらこちらへと行けと言われたものですから」

「誰に言われたんだ?」

「ええっと、お名前は何でしたかね」

 沢渕は空を見上げるようして、

「ほら、眼鏡を掛けている小柄な方ですよ。確か名前は…」

「まあ、誰だってどうでもいい。とにかく今はアルバイトの募集なんてしてないんだ」

 男は面倒臭そうに言うと、タバコに火を付けた。

 一度大きく煙を吐き出すと、

「さあ、帰ってくれ」

と言った。

「でも、これほどの大病院なら人手不足じゃないのですか?」

 大病院という言葉が男の自尊心をくすぐったのか、

「まあ、そりゃいつも忙しいさ」

と満更でもない顔になった。

「一日何人分の食事を作るのですか?」

「朝、昼、晩、それぞれ五十食ほどだな」

「それを何人で?」

「俺を入れて五人だよ」

「食事は入院患者用ですよね? つまり医師や看護師の分は含みませんよね?」

「当たり前だ、病人に合わせたレシピがあるんだ。結構大変な仕事なんだぞ」

「だけど、そのうち半分ぐらいは同じメニューで済みますよね?」

「そりゃ、同じ物も作っているがな」

 沢渕は目を光らせた。人質は十七名。彼らは病人ではないので、メニューは全員が同じ筈である。

「食事はどのように病室まで運ぶのですか?」

「どうしてそんな細かいことまで訊くんだ?」

 さすがに男は不審に思い始めたようだ。しかし沢渕は食い下がった。

「この仕事にとても興味があるからですよ。患者さんのために食事を作るのは、とても誇りのある仕事だと思います」

「ふん、そんなものかね」

 男はまた大きく煙を吐いた。

「教えてくださいよ。調理場の仕事がどのようなものか、とても知りたいんです」

「俺たちは発注された分、食事を作るだけだ。配膳は看護師が行う」

「できれば、発注票を見せて頂けませんか?」

「何でそんなものが見たいんだ?」

 男はタバコを捨てて、足でもみ消した。

「どんな行程で仕事が行われるのか、ぜひ知りたいのです」

「ダメだ、もう帰れ」

 さすがにこれ以上は無理だろうか、沢渕は考える。

 発注票には患者の名前や病室番号が書いてある筈である。暗号で書かれていても構わない。そんなものでも大いにヒントになる。

「どうしてもダメですか?」

「ダメだったらダメだ。こっちは忙しいんだ」

 男はそれ以上取り合わず、乱暴にドアを開けると中に消えた。

 沢渕は考える。

 この病院は監禁場所としての条件を数多く満たしている。

 しかしこれ以上深入りするのは危険だった。高校生が調理場に現れたことは、遅かれ早かれ犯人らの耳に入るだろう。そうすれば人質がどこか他の場所へ移されたり、証拠隠滅が図られたりすることは十分に考えられる。

 ここから先は探偵部とこの病院とのスピード勝負になることを予感させた。


「沢渕クン、遅いわよ」

 雅美はすでに合流地点で待っていた。

「すみません、ちょっと調理係と話していたので」

「へえ、あなたもなかなかやるわね」

 そう言いつつ、彼女の表情からは何かを掴んだことが明らかだった。

「こっちも成果ありよ」

 雅美はやや興奮気味なのか早口だった。

「沢渕クンが言った雑誌はどちらも待合室に置いてあったわ」

「それは大収穫です。病室の数は分かりましたか?」

「それなんだけど、この病院、増築してあるのよ。途中壁の色が変わっているから分かるんだけど」

 彼女はいつになく真面目な顔で言った。

「一階は診察だけに使っていて、二階以上は全て病室になってるわ」

「忘れないうちに簡単な見取り図を描いてください」

「いいわよ」

 雅美はペンを取り出すと生徒手帳を一枚破いた。

「このように左右に病室が並んでいて、各階に六部屋ずつあるわ」

「五階建てで一階部分を除くと、病室は全部で二十四室ですね」

 沢渕は裏庭からの外観を思い浮かべ、内部構造を把握しようとした。

「一部屋は何人用ですか?」

「廊下の左側が個室、右側が三人部屋みたい」

「病室の使用率はどんな具合でしたか?」

「そこまでは分からないわよ」

 雅美は不満げに言い返した。

「それは僕が確かめましょう。病室のドアの所に貼ってある名札を数えてみます」

「なるほど、その手があったわね」

「あと、立ち入り禁止区域はなかったですか?」

「いいえ、階段を使ってどの階も普通に行けたわよ」

「分かりました。では交代しましょう」

「いいわよ。今度私は何をすればいいの?」

「建物を外から観察してください。内部の造りと照らし合わせて、隠し部屋がないかどうかを検証してほしいのです」

「分かったわ。でも、どうやってやればいいの?」

「まずは窓の数に注意してみてください。内と外とで数が一致するかどうか。さらに建物に妙な出っ張りや引っ込みがないかを見てください」

「それだけ?」

「あと、先輩は背が高いから一階の窓をこっそり覗いて、病室がないかどうかを調べてもらえれば結構です」

「オッケー」

「くれぐれも無茶はしないでください。もし誰かに見つかったら、遊んでいてボールが敷地に入ったので探していると言ってください」

 不思議な顔をしている雅美の手に、赤いスポンジを握らせた。

 叶美から貰った小道具である。切り込みに手を入れて引き出すとテニスボールほどの大きさに膨らんだ。

「予めこれをどこか草陰に転がしておいてください」

「へえー、さすがは探偵部。便利な物を持ってるじゃない」

 雅美は感心した様子である。

「怪しまれたらこのボールのところへ行って、『あ、ここにありました』と、直ちにその場から逃げてください」

「了解」

「先輩、決して危険な真似はしないでくださいよ」

「あなたも心配性ね。大丈夫、ヘマはしないから」

 雅美は軽くウィンクをして駆け出した。沢渕は彼女の左右に揺れるポニーテールを見守っていた。

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