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雅美と晶也の共同捜査(2)

 沢渕は脇目も振らずに進んでいく。犯行現場となったこの街には何度も足を運んでいる。駅前からの道順は熟知していた。

 雅美はそんな彼の後を追う格好になる。

「ねえ、ちょっと待ってよ。『老人探偵団』って何のこと?」

「実は、この街にも探偵団がいましてね」

「ひょっとして、私たちのライバル?」

 彼女は勝ち気な性格である。早速、対抗心を燃やし始めた。

 しばらく大通りを行くと途中で脇道に入った。繁華街に背を向けた途端、喧騒が遠のく。車や人の往来がぴたりと止んだ。

「あの晩、人質を乗せたマイクロバスがこの辺りを走った筈なんだ」

 沢渕は自分に言い聞かせるように言った。

 雅美にとっては初めての場所である。左右の建物を確かめるように歩いていった。

「あなたの推理では、人質はこの付近のどこかに監禁されているのよね?」

「はい、今もその考えは変わりません」

「でも、十七人を収容できそうな建物はまるで見当たらないじゃない?」

 問題はそこなのだ。

 人目につかず大勢が五年間も居住できる場所。もっと言えばマイクロバスを所有している施設。

 何度調査を重ねても、そんな都合のよい建物は未だ発見できていない。

 本当にこの街にそんな物件が存在するのだろうか。

 いつか叶美と来た公園が見えてきた。植野老人らが集う場所である。今日は彼らと会って、調査対象リストを作成した経緯を尋ねるのが第一の目的である。

 入口からは公園が一望できた。

 砂場で幼稚園児が数人走り回っていた。傍のベンチでは母親らしき女性が二人並んで座っている。

 残念ながら、植野らの姿はない。

 しかし沢渕はさほど失望しなかった。彼らが普段午前中に集合しているのは承知済みである。今日は他にもするべきことがあった。

 沢渕はベンチに向かって歩いていった。

 二人の母親は話に夢中で自分たちの世界にいるようだった。二人の高校生が近づいてもまるで気づかない。

「すみません。ちょっとお尋ねします」

 沢渕は丁寧に頭を下げた。

 彼女らは同時に顔を上げた。

「いつもこちらに来ているお爺さんたちはお見えになりませんね?」

 高校生と老人の取り合わせに意表を突かれたのか、二人は黙って顔を見合わせた。

「僕たちは植野さんの知り合いです。以前ご一緒させてもらいましてね。今日も会いに来たのです」

「そう言えば、みなさん最近見掛けないわね」

「どうしたのかしら?」

 沢渕は少し離れた病院を指さして、

「みなさん、あの病院に通っているそうですね。今行けば会えるでしょうか?」

と訊いてみた。

「いえ、病院といっても身体が悪いのではなくて、待合室で世間話をしているだけなんですって」

「なるほど」

「病院はそれを黙認しているのですね?」

「そうね。他の患者さんに迷惑を掛けるわけでもないし、その辺はお咎めなしなんでしょう」

 すると黙っていたもう一人の母親が、

「みなさん、院長先生のお知り合いですからね」

と付け足した。

「あの病院の名前は何でしたっけ?」

 そう訊いてから、愚問だったことに気がついた。住宅地図のコピーを持参していたのだ。それを見れば済むことだ。

「佐伯医院よ」

 地図を出すよりも早く、母親の一人が答えた。

 確かに地図にもそう出ている。

「佐伯?」

 沢渕は思わず口にした。

 叶美によれば、植野の仲間に無愛想な老人がいて、確かその名前が佐伯だった気がする。これは偶然だろうか。

「あの病院は昔からやっているのですか?」

「随分古くからあるんじゃない? 建物も結構古いから」

 もし佐伯老人の病院だとしたら、今は息子が跡を継いでいるということか。

「病院にマイクロバスは置いてありますか?」

「バス?」

 一人が宙に視線を浮かべるようにしてから、

「そう言えば、送迎用のバスがあったわね」

と言った。それから怪訝そうな表情を浮かべた。沢渕の質問の意図が理解できないからであろう。

 元院長の佐伯は植野たちの仲間であるとすれば、待合室通いを容認しているのも納得がいく。

 問題は植野たちである。

 マイクロバス探しの話をした際に、どうして佐伯医院を挙げなかったのだろうか。もちろん仲間の病院が犯罪に関与しているとは口が裂けても言えないだろう。いや、もっと積極的な意味で佐伯をかばったとは考えられないか。

「当然、病院は今もやっていますよね?」

「ええ、もちろん」

 母親らは何をいまさら、という顔をした。

 沢渕は考える。

 現在開業している病院で十七人もの人質を果たして監禁できるだろうか。看護師や患者の目もある。

 いや、ここは発想を変える必要があるかもしれない。

 これまで監禁場所は人の寄りつかない廃墟のような施設をイメージしていたが、別段人が激しく出入りする場所でも構わないのではないか。

 病院は監禁に相応しい施設とは言えないだろうか。人質は病室という空間によって外界から隔離することができる。以前直貴と議論したように、人質は一カ所に集めるのではなく、連帯意識を起こさせないようむしろ一人ひとり個室に閉じ込めておくのが理想的かもしれないのだ。

 大病院ならば、当然独自の厨房設備も併設されているだろう。

 これは盲点かもしれない。直ちに確かめる必要性が出てきた。

「どうもありがとうございました」

 沢渕は雅美を促して、ベンチを離れた。

「これから佐伯医院へ行こうと思います」

「いいわよ」

 雅美が力強く答えた。

「あの病院に人質が監禁されているのね?」

「さあ、どうでしょう。だけど、調べる価値は十分ありそうです」

 沢渕は力強く地面を蹴った。人質が解放される瞬間が近づいているのかもしれない。彼の心は踊っていた。


 佐伯医院には公園から十分の距離だった。

 沢渕は五階建てのビルを見上げた。壁のモルタルは最近塗り替えたのか、妙に新しい雰囲気である。しかしずらりと整列したサッシ窓はすっかり光沢を失っていて、築何十年も経過しているように思われた。

 それとなく駐車場を覗いてみたが、来訪者用のスペースなのか、マイクロバスらしきものは見当たらなかった。

 二人は玄関が見通せる道路の反対側に立った。しばらく観察していると患者が出入りするのが確認できた。確かにこの病院は今も開業中である。

「橘先輩、二手に分かれましょう」

 沢渕は患者が視界から消えるのを待って言った。

「えっ、一緒に行くんじゃないの?」

 不満そうな彼女の声に、

「学生が二人で病院内を徘徊するのは目立ち過ぎます」

「そうかもしれないわね」

「建物の中と外を交代で調べてみましょう」

 雅美は黙って聞いている。試合前の緊張感を楽しむアスリートのようであった。

「長居は無用です。十五分と時間を決めましょう。まず先輩が病院内へ入ってください。僕は外を調べます」

「分かったわ。それで私は何を調べればいいの?」

「まず待合室へ行って、雑誌を調べてほしいのです。女性週刊誌や中古外車の雑誌を探してください。見つかったら書名を控えてください」

「なるほど、監禁場所から見つかった例の雑誌のことね?」

「そうです。まずは待合室で閲覧された後、新しい雑誌と入れ替えに監禁場所へ運ばれた可能性があります」

 鍵谷先生の鑑定では、雑誌からは百を超える指紋が検出された。つまり人質の辺倉祥子がメッセージを書き付ける前に不特定多数が触れたと考えられるのだ。病院の待合室はまさにその場所に相応しい。

「それだけでいいの?」

 雅美はもっと刺激が欲しいと言わんばかりである。

「時間があれば、下の階から順に病室数を調べてみてください。お見舞いに来た振りをして自然に歩いてください」

「了解」

「それでは十五分後にこの場所で」

 時計を確認して二人は別れた。

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