叶美のピンチ(2)
「とにかくクマのところへ急ごう」
説明は後回しと言わんばかりに、直貴は走り出した。
沢渕も後に続く。
すぐ目の前に校門が迫っていた。二人は登校する生徒たちを縫うように校舎へ駆け込んだ。
下駄箱付近が妙に混雑していた。職員室前に人だかりができているのだ。その人波が廊下に収まりきらず溢れ出している。
「こっちだ、こっち」
そんな混雑の中でも、いとも簡単にクマの姿を見つけることができた。他の生徒たちより頭一つ飛び出しているからである。
廊下には定期テストの学内順位が貼り出されたばかりだった。あちこちから歓声やため息が聞こえてくる。
二人はようやくクマの前に辿り着いた。
「森崎が校長室に呼び出されたって?」
直貴が挨拶もせずに言った。
「本当ですか?」
沢渕は驚いた。
その声は喧騒に飲み込まれ、果たしてクマに届いているのかどうか分からなかった。
「噂によると、先週隣町で他校の不良どもと一緒に居るところを見られたらしい。それで事情を聞かれているって訳だ」
クマは面倒臭そうに説明した。
「それってクマの友達なんだろう?」
「ああ、そうだ。ご丁寧に誰かが学校へ通報しやがった」
「実は僕も一緒に居ましたが、見かけほど悪い人たちではなかったですよ」
「そんなの分かってる。みんな俺の柔道仲間だ。別に不良じゃない」
「森崎先輩は校長にうまく説明できますかね?」
沢渕は二人を等分に見て言った。
「一緒に居たというだけでは大して怒られる理由もないが、問題は通報者が何て言ったかだよ」
「俺が事情を説明してやろうか?」
クマが今にも校長室のドアを蹴破るような勢いで言った。
「いや、ここは森崎一人に任せた方がいい。まさか探偵部の話を持ち出す訳にもいかんだろう」
確かにその通りだ。直貴はこんな時も冷静である。
「よりによって、選挙前の大事な時期だというのに。生徒会長が校長に呼び出されるなんて前代未聞だぜ、まったく」
クマは頭を掻きむしった。
彼が心配するのも無理はない。
悪い噂ほど早く広がるものだ。数日後の投票日には、それこそ根も葉もない噂が学園中を駆け巡っているかもしれない。それによって選挙の結果が左右されては困る。
もうすぐ予鈴が鳴るからか、廊下の混雑は徐々に緩和してきた。
「森崎にとって、さらに不利なことがあるんだ」
クマは大きく一つため息をついた。
「あれを見てくれ」
指がさす先には学内順位表があった。生徒名が成績順に並んでいる。
沢渕はそれを上から辿ると、九位に堀元直貴、そしてそのいくつか下に森崎叶美の名前を発見した。彼女は十三位である。今回、叶美は直貴に負けたことになる。
「堀元先輩も森崎先輩も上位に入ってますね」
沢渕がのんびりした声で振り向くと、直貴の険しい表情があった。
「いや、これは問題だよ。森崎の順位がかなり下がっている」
「そうなんだよ。あいつはいつも学年で三本の指に入っていたんだ。それが今回大幅ダウンしちまった」
やはりそれは探偵部の活動のせいだろうか、沢渕は考えた。
「それに、もう少し下の方を見てみろ」
クマは後ろから沢渕の両肩を掴むと、掲示板に正対させた。
「おや?」
先に直貴が何かを見つけた。
「橘雅美が二十五位にいるね。これは大躍進だな」
「だろう?」
クマは忌々しげに言った。
雅美は叶美には及ばないものの、それでも前回のテストから五十番も順位を上げている、そう直貴が説明した。
「これだけ成績に変動があると、選挙に影響するかもしれんぞ」
この結果によって直ちに叶美の人気が下降するとは思えないが、逆に雅美の評価が上がるのは間違いないだろう。
選挙を前に、森崎叶美の立場が危うくなってきたのは明らかだった。
三人はすっかり誰もいなくなった廊下で、叶美が校長室から出てくるのをしばらく待った。しかし彼女は姿を見せなかった。
予鈴が鳴ったため、男三人は仕方なくそれぞれの教室へ引き揚げることになった。




