新たな証拠、発見(1)
梶山を先頭に、総勢七人は大通りに出て橋を渡った。
街のあちこちから好奇の視線を感じる。叶美はというと、意外と平気な顔をしている。
今、一団は堤防を歩いていた。右手には澱んだ河川、左手には民家が続いている。
いよいよスクラップ工場が見えてきた。役目を終えた自動車たちが哀れな姿で無造作に積み上げられている。その荒れ果てた様子はまるで無縁墓地を連想させる。
「ここは土日休みで、誰もいないんッスよ」
梶山は立ち止まって一団を振り返った。そして沢渕の横に並ぶと敷地内を指さした。堤防の上からは工場全体を見渡すことができる。
「あれですよ」
小型のバスが二台見えた。建物の壁にぴったり寄せて置いてある。不思議なのは、他の自動車と扱いが異なる点である。ひょっとするとまだ動かせるのかもしれない。
「いつから置いてあるんですか?」
「そうですねえ、はっきりとは覚えてないんですが、もう一年ほど前からあるような気がします」
「近くで見たいのですけど、中に入れますか?」
「誰もいないから大丈夫ッスよ。子供の頃はよくここで遊んだものです」
「どこから入るんですか?」
「正々堂々と玄関から行きましょう」
梶山はにやりと笑った。
堤防を下りて工場の玄関へ回ると、やはり門扉は閉じていた。しかしそれほど厳重なものではなく、その気になれば乗り越えることは可能であった。
ここからは住居不法侵入となる。
「森崎先輩と寺田さんはここで待っていてください」
沢渕は両手で制した。
何か言いかけた叶美に、
「先輩はスカート穿いてますから無理ですよね。二人して誰か来ないか見張っててください」
「はい、はい。お気遣いどうも」
彼女は生徒会長である。もしこの違法行為が学校に知れたら大変なことになる。それこそ選挙どころではなくなるだろう。
梶山が真っ先に金属扉に取り付いた。小柄な身体を効率よく揺さぶって軽々と登っていく。こういうことには慣れた様子である。
他の四人も後に続いた。
夕刻で辺りは暗くなりつつあったが、事務所の電気はついていなかった。やはり梶山の言う通り、中には誰もいないようだ。
勝手を知る梶山は一直線に走っていく。車庫を曲がった途端、マイクロバスが姿を現した。
二台とも同型のバスである。どちらもナンバープレートは外されている。白い車体には「鏡見谷旅館」という文字が入っていた。
所々の塗装が剥がれ落ち、錆びてはいるものの、大きな傷や凹みはない。まだ売り物になると考えて、脇にどけてあるのかもしれない。
沢渕は携帯電話を取り出して叶美に掛けた。
「今、バスの前に来ました。そちら異常ないですか?」
「こちらは大丈夫。バスの中には入れそう?」
「やってみます」
「電話はそのまま切らないで」
「了解」
堤防の水銀灯が敷地内をぼんやりと浮かび上がらせている。バスの車体の上を四つの影が動いた。
「ドアが開くかどうか調べてください」
沢渕が指示した。
二人ずつ分かれて、それぞれバスを調べた。
手前のバスは扉が半開きになっていた。隙間に手を入れて力を加えると、甲高い悲鳴を上げて全開してくれた。
「今の音は何?」
叶美の声がした。
「ドアが開きました。これから中に入ってみます」
「お願い」
沢渕は昇降口を駆け上った。
「犯行に使われたバスなら、何か痕跡が残っている筈よ。人質の目線になって、調べて頂戴」
バスが犯行に使われたことを証明するには何が必要だろうか。もちろん被害者の指紋照合ができればそれに越したことはないが、今それは無理な注文である。
天井、床、シートをじっくりと眺めた。特に変わった点はない。
自分が人質だったら何をするだろう。
そうだ、危険を承知の上で、ここに居た証拠を残す筈である。
日付、名前、住所、犯人の特徴、何でもいい。どこかに書き付けていないだろうか。
沢渕はもう一度車内を隈無く探した。
しかし手掛かりは何も見つからなかった。
突然、梶山が外から窓を叩いた。
「沢渕さん、ちょっと来てください」
「どうかしましたか?」
「こちらは扉に鍵が掛かっていて、どうやっても開きません」
梶山の仲間三人は手を真っ黒にして、力尽きた顔をしている。
沢渕は半ば諦めて窓から中を覗き込んだ。
さっきのバスと車内はまったく同じ作りになっている。同型バスだからそれは当たり前である。
そんな沢渕に突如衝撃が走った。
自然に目を見開いていた。思わず窓に近寄って額をぶつけた。
バスの座面は布製のクッションになっている。二人掛けの席は一人用のクッションを二つ並べて作られている。
そのクッション同士の隙間から何やら白い物が突き出していた。
一枚の紙である。
シートの色を背景に、紙の白さが一段と輝いていた。
「梶山さん!」
沢渕は鋭い声を上げた。
「あそこに何か見えませんか?」
のんびり近づいてきた梶山は、
「あっ」
と小さく声を上げた。
「紙が挟まってますねえ」
他の連中も集まってきた。
「窓を割って入りましょうか?」
梶山が言う。
「いや、それはマズいです。開きそうな窓はないですか?」
「この窓がぐらぐらです」
暗がりで誰かが声を上げた。
「ここが開けば、何とか身体を入れられるかもしれない」
沢渕の声で、全員が一斉に窓に飛びついた。
「せーの」
急に窓が滑り出した。開口部ができた。
小柄な梶山が素早く身体を滑り込ませた。その座席に到達する。
そして目標物を手にすると、ガラス越しに掲げた。
白い紙には文字が書かれていた。
「××高校三年 片比良七菜」




