捜査方針、固まる(2)
「佐々峰さん」
突然、沢渕が思い出したように口を開いた。
「はい?」
奈帆子が応じる。
二人はしばし無言で見つめ合う格好になった。
「あっ、しまった!」
その声を合図に、メンバー全員が一斉に各自のグラスを宙に上げた。
奈帆子が勢いよく立ち上がった反動で、中央のテーブルがわずかに浮き上がった。しかし彼女はそんなことにお構いなく、ドアへ向かって突進した。
「タキネエ、どれだけ休憩時間をオーバーしてるんだ?」
ここは奈帆子を足止めする言動は慎むべきである。しかし我慢ならないとばかりに、クマが彼女の背中に向かって疑問を突き刺した。
「それがまだ休憩取ってなかったのよっ」
部屋に取り残されたメンバーに沈黙が生まれた。ドアがひとりでに閉まる音と、奈帆子のと思われるスリッパのばたつく音が廊下から聞こえた。
「おい、もう一度確認するけど、本当に大丈夫か、お前の姉さん」
「まあ、いつもあんな調子なんですけど」
多喜子は平然とした顔で答える。
「完全に仕事サボってるし。毎回思うんだけど、この店も本当に大丈夫か?」
「でもお姉ちゃん、言ってましたよ。探偵部は楽しくて、みんなと一緒に居ると時間の経つのも忘れる、って」
「本当に忘れてるんだよ、あの人は」
クマの鼻息は荒かった。
「さて、それではクマの走行ルートから作成した地図を配るとしよう」
直貴が一人ひとりにコピーを手渡した。
隣町全域が一枚に収まった地図である。捜索エリアをいくつかに分けて、それぞれに番号が振ってあった。
「結構広いわね」
叶美が声に出した。
沢渕も同感だった。この地図上のどこかで問題の雑誌が回収されたのは違いないが、いかにも範囲が広過ぎる。効率を考えると、捜索すべき場所はもう少し絞り込む必要がある。
そこで沢渕は日曜日に実際に町を歩き、そこで組み立てた推理を披露した。そして駅前のレンタカー店で撮ってきた写真を見せた。
マイクロバスとジャンボタクシーの写真である。
沢渕は説明する。
マイクロバスの定員は二十名程度で、路線バスをそのまま小さくした形である。用途は多人数の客の送迎である。ホテルや料亭、自動車学校などで使われている。
一方ジャンボタクシーの定員はせいぜい九名。四角いバンの室内高を広げたもので、用途は観光タクシーや老人ホームなどの送迎である。
「なるほどね」
直貴が眼鏡を光らせて言った。
「犯人たちは最初から多人数を乗せられるバスを所有していたという訳だね」
「そうです。だがその定員はせいぜい十人前後で、正規のバス路線から外れて、どこかで乗客を降ろす必要があったと思われます」
「つまり君の推理では、犯人が人質を監禁した建物が路線付近にあったということだ」
さすがに直貴の飲み込みは早い。
「この辺りは駅に近いため、比較的店舗も多いんです。その中で送迎バスを持っている業種に注目すべきだと思います」
「だが今営業中の店舗は除外してもいいんじゃないか?」
クマが横から言った。
「確かにそれも条件の一つだと思うよ」
直貴は彼の方を向いて、
「事件当時廃業していて、従業員や客がおらず、店舗だけがひっそりと残っていたという物件が怪しいね」
「それじゃあ、沢渕くんの推理も踏まえて、捜索担当エリアを決めましょう」
叶美が提案した。
「まずはメンバーを三班に分けようと思うの」
彼女はそう言うと全員を見回した。
「第一班は直貴とタキネエ。第二班はタキちゃんとクマ」
そこで叶美は一呼吸置くと、沢渕に一瞥をくれて、
「第三班は私と沢渕くん」
「何だよ、その組み合わせは? 何か意味があるのか?」
クマがすかさず噛みついた。
叶美は冷静な顔つきを崩さずに、
「同じ学年を避けた男女のペアよ。さらに言えば、力の強い者と弱い者の組み合わせ。だからタキちゃんにはクマ。もし現場で何か起こった時は、あなたがしっかりタキちゃんを守ってほしいの」
クマは太い腕を組んで黙って聞いている。
「タキネエは車を持っているから、機動力を生かして市街から離れたエリアを中心に捜索してもらいたいわ」
「それで、森崎と晶也は?」
「沢渕くんは探偵部に入ったばかりだから、色々と教えることがあるでしょ?」
「ふうん、そんなものかね」
クマはやや白けて言った。
沢渕の推理にしたがって、バス路線に沿った市街地の捜索に二班を、遠方に一班を充てる計画となった。直貴から各担当エリアの詳細地図が渡された。
「テストが近いから、今週は一日だけ捜索を許可します。一度エリア全体を実地調査して、アウトラインを掴んで頂戴。それで一旦捜索は中止すること。テストが明けたら再開しましょう」
叶美は部長らしく毅然とした態度で言った。
「テストのことをすっかり忘れていたぜ」
クマが頭を掻きむしって言った。
「タキちゃんと沢渕くんは最初のテストだからしっかり準備をして頂戴。探偵部に入ったから成績が悪かったなんて言われたくないから」
さすがは生徒会長である。これだけは譲れないとばかりに厳しい口調だった。
「いいか、お前たち、しっかり頑張るんだぞ」
説得力の欠片もないクマの言葉が虚しく飛ぶ。
「一番心配なのはクマ、あなたなのよ」
叶美は腕を組んで、口をへの字に結んだ。




